速水健朗のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
TBS文化系トークラジオLIFEなどでよく聴く速水健朗氏が不思議な本を出した。
1973年生まれ。丑年。私より一回り若い。そうだったんだ、、
彼が記憶の範囲で語る時代の世相は、12歳年上の私は当然知っている。
むろん彼と手すべて覚えているはずもなく、様々な文献をあたったのだろう。
詳しい。
そうなると、こちらも知っている話だけに、つい引き込まれる。
読み飛ばせない。
そういうわけでいつもより時間がかかった。
通して読んで思うのは、現在ってのは突然いまになったわけではないということ。
過去から線で結ばれている、連続している、ということ。
昨今起こっている現象の萌芽はちゃんと過去にある。
貧困、少子化、スマホ、、、
もちろん進化した、といえるものもある。
マイノリティに対する接し方などは、今のほうが明らかいい。
度が過ぎると「ふてほど」の阿部サダオのセリフの世界になるが。
そういえば同性婚に対する札幌高裁の判断が画期的、とニュースにある。
同性愛は太古の昔からずーっとあるものなのだから、認めればいいだけなのに、、、
左利き1割もようやく市民権を得たのだから、できないわけがない。
選択的夫婦別姓はなおのこと。
離婚のときの共同親権は逆にダメな理由は勉強しないと、、、
話がそれたが、それてもおかしくない内容の本ではあった。
過去から今を追いかけた本。
読ませていただいた。
-
Posted by ブクログ
【きっかけ】
まさしく1973年生まれである自分にとって、育った時代そのものが一冊になった。
そういう一冊だからこそ集中力を保ちつつ読むことができた。少しずつだったけど。
【感想】
50年経つのかという思いと、これから先どうなるのかという不安がないまぜな気持ちにさせられた一冊だった。著者の意図としては、ノスタルジーにならないよう構成など気を使って書いていたようだが、全般的に自分は完全にノスタルジーに浸った。1980、1990、2000年代記。団塊ジュニア世代として多数派の人口も50歳前後の時がきた。
この本を買った動機の一つは最近の生きづらさもある。頑張ってここまで来たけど息切れしてきた。どこまでも世代として人が多いということは今の時代、同世代格差とか分断とかいろいろ言い募られる。自分以外の人の生き方はどうであったのか知りたいということもあった。
どこまでどうように頑張ればいいのか。という自分の思いは読んで当てが外れたが、紋切り型の文章、スバっと展開の切り替えも早くその時の時代の空気感は伝わった。反ロスジェネと帯にあったが、これを読んだからと言って今が変わることはない。
ロストはロストなだけにそこまでのことを著者が意図したかどうかわかりかねた。また、これからの10年をどう生きるかという指標ができるわけでもない。これを読んで同時代を俯瞰し自分自身をどう納得させてられるかという本だと感じた。
自分はそういう意味でもノスタルジーを感じたし大いに懐かしんだ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ筆者と同世代(75年生まれ)なので登場する物事、事件は懐かしさを感じつつ、自分はこう思ったなと、速水さんと対話するような感じで読んだ。
見たことはない『北の国から』の中に出てくる、「買い物もパソコンでできるようになるし、サラリーマンは会社でなくても家からパソコンで仕事帰りできるようになる」は速水さんも指摘の通り、かなり正確な未来の予言かつ作家(北の国からの)の期待を裏切るものだったと思う。でも団塊jジュニア世代は双方の言い分がわかるそんな世代でもあるのではないかと感じた。家にこもってテレビゲームする子どもももはや、eスポーツとして市民権を得ている。それは決して悪いことではないように感じる。むしろ、批判は過去の極端なノスタルジーではないだろうか。(そこに付随する既得権を手放せない)
また、大学進学率についても、80年代は26.5%であった点について会社や大学のブランド化の始まりについても描かれているがまさにいま、自身のキャラクターをカテゴライズする先駆け(例えば韻脚とか陽キャとか)かと思った。
一番、共感したのは『景気がいい時代、バブル時代に生きていたかったという声を良く耳にするが、当時の一般庶民は、好景気にむしろ腹を立てていた。儲かっているのは、株を持っているものと土地を待っているものだけ。庶民は、マイホームを旡夢見ることすら許されない。』(ユニコーンの名曲 大迷惑を思い出す)という箇所。あの頃、小学生だったがむしろ沖縄、北海道に飛行機で行った!というのですらちょっとした羨望の的でお金もちの子どもの方が少数派だった。(むしろ家族旅行はいまのが充実してないか)
他にもいろいろと懐かしい点はあるが、好景気の恩恵があったのは一部だと思う。
世代で語る、というのはともすれば分断化や変なカタルシスに陥りそうだけど冷静に書いていると思う。小室ファミリーやモー娘。の考察も面白かった。
ただある意味、バブル世代にせよ、氷河期世代にせよ、ある程度の年齢になると金枝篇みたいに犠牲にならざるを得ないのかな。何らかの恩恵に預からず、損な役回りであったとしても。誰だって生きてりゃ年を取るし貧乏くじを引くときが来るのではないだろうか。そこから離れようともがくほど生きづらくなる人も多くなる仕組みになっているのは辛い。いろいろと考えさせられた。 -
Posted by ブクログ
面白かった(笑)
普段モヤモヤ〜と感じてることが言語化されていてスッキリ。具体的には、谷根千アツイよな〜、中央線ってなんか苦手、鎌倉に引っ越すクリエイティブ、若いママが選んだ下町、自由が丘ってそんなにいいか問題。全部個人的に感じていたことだけど、この本に裏付けされて。感じていたことは間違えていなかったのかと納得w
東京西高東低は明治時代からあったのね。その西高東低。昔は物理的に階級的に区別があったけど、最近は気分的なものだけ。そうなると実質的な便利さに比べてブランドというだけで西側の家賃が高すぎる。現在感度の高い人たちは東京中心部、ちょっと東(八丁堀、清澄白河、蔵前、北千住)に新たな交流の場を見出しているけど、まだまだ西ブランドを大事にしていて動けない人も多いと。
そして鎌倉のよさね。遊びに行きたい…! -
Posted by ブクログ
・ラーメンが日本に広まった初期の要因としては、
①アメリカの余剰農産物処理法に基づく小麦戦略により、大量の小麦が輸入されたという物質的要因があった。
②安藤百福という一人の経営者が大量生産のメソッドを導入したことで、工業製品としてインスタントラーメンを広めた。
…という文化的要因だけではない側面がある。
・ご当地ラーメンは、地域の特産物・風土に根差したものではなく、地域の観光化に伴い生まれた「地域に縁のない観光資源」である。
このあたりが引っかかった。ラーメンは後から物語られたものなんですね。
現代史の精度はさておいて、高い教養を基にラーメンを絡めて書く様子は速水さんらしい気がしました。二郎ラーメンが食べたくなった。 -
Posted by ブクログ
好きだったあのバンド…気が付けば解散してた!
ってことってありますよね。
そんなバンドの終わりを綴ったサブカルチャーレポ
まあよくあるのが「お金」ドラッグ」「メンバーの死」「音楽性の違い」なんだけど、メンバー同士の殴り合いやら、マネージャーの暴走や画策、泥沼裁判沙汰などなど、その理由はそれぞれ。
ビートルズからSMAP、ミューズなど、気になるバンドの解散劇がよくわかります。
ちょっと笑ったのが「SPEED」。
原因に意外な男名前が…って私が知らなかっただけ?
「長年同じ釜の飯を食い、下手すりゃ親兄弟よりも多くの歳月を過ごしたバンド仲間との決別は、愛と憎しみが複雑に交錯し、ほどけない」(by 筋肉少女帯 大槻ケンヂ)
これ名言! -
Posted by ブクログ
食を通じて、その人の政治思考を見てみようという面白い一冊。
左翼、右翼、政治という単語を見るとどうもキナ臭い印象があるが、本書は実にとっかかりやすい内容だ。
人にはそれぞれ食の好みがあり、それをマッピングしてみる。
そこから、ジロリアンやB級グルメなどのジャンク好き、有機野菜、ベジタリアン、ビーガン、種々いるわけだ。本書はフード左翼主体九割で書かれているものの、実にあるあると頷き通しだ。
ベジフェスなどで見るフード左翼。ベジタリアンやビーガンになるまでの過程として、健康志向から入る、毒素を抜く(デトックス)気持ち的要素から入る、環境破壊反対から入る、動物愛護精神から入るなど様々だ。
もちろん単純に左右に分けられるわけではない。
ディーンアンドデルーカのトートを下げて、有機野菜たっぷりの弁当を日々作る人も、呼ばれた結婚式のフォアグラを食べたりする人もいるわけだ。
左右どちらが良い悪いということは一言も書かれていない。
かつて、日本では台所は女性の聖域とされた時代があったが、そこから女性を解放しよう(国力の一部に組み込もうという平等主義)という共産主義が生まれたわけだ。
現代。アイランドキッチンで老若男女が地産の有機野菜やオーガニックの種々を調理し、ワインを持ち寄り一席設ける。これは超極左的共産主義キッチンだと。
左右どちらが良い悪いという話ではない。
政治思想と言うと胡散臭いが、その人の消費、食を見ると、その延長線上に結果としての思想(意識、無意識関わらず)が見えて来る。