銀色夏生のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
銀色夏生さんのインドの聖地への瞑想ツアー旅日記。
まず、インドには北東部に細長いセブンシスターズと呼ばれる7つの州があることを初めて知りました。
そんなチベット文化圏への旅。
食事、環境、整備されてない道路、長時間の移動、高山地帯‥
どれをとってもハードそうで私は絶対行かれそうにないので、そういう旅の様子の体験記って貴重で、とっても楽しい。
悪路の様子は読んでいるだけで乗り物酔いしそうだし、高山で頭が痛くなりそうだし、虫いっぱいで発狂しそうだけど、そんな旅をクールにこなす銀色夏生さん。
写真もたくさんでとてもよかったです。
銀色夏生さんのおかげで、知らない世界を知ることができました。 -
Posted by ブクログ
本が好きな大人の女の人がいる。
本の投稿から仲良くなって、顔を見たことなければ
声を聞いたこともない。文面でずっと話をしてる。
その人が、本を選んで送る活動を始めて
こっそり活動に課金をして送られてきた本。
それがこの本。
詩集は昔から好きだから、
まさか選書してくれた中に入ってくるとは
思ってもなくて、大喜びで本人に感謝を伝えた。
銀色夏生さんの言葉はどこが私に似ている。
現実の中でなんとも言えないような感情が
湧き上がってきて。
怒ってるのに怒っても仕方ないと分かっていたり、
悲しいのに、こんなことで悲しんじゃいけないって
思っていたり。
そんな、
どの言葉を添えたら正解なのか分からない部分を
上手に分からないまま文にしてくれてる。
その優しさと、突き刺さる言葉は私だと思った。
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Posted by ブクログ
もう読まなくていいかなと思っていたんだけど、読んだ。内容はまったく変わらず、庭仕事と近くの温泉施設とかに行くのとなに食べたとかそういう日常の話。なんだけど、これってもしかして理想の老後ってやつなのかも、と思った。子どもは独立していて、宮崎県の田舎の実家近くでひとり暮らし、好きなように時間を使って好きなものをつくって食べて、庭仕事に精を出し、庭をこうしようとかなにを育てようとか楽しみも目標もあって、日々出かけていく温泉施設もあり、話したりお茶したりする友人もいる。それに、独立したとはいえまだ20代の子どもたちとか、近所にいてお兄さんが面倒見ているとはいえ高齢のお母さんとかいても、つかず離れずという感じで、なんというか気を遣ったり心配したりする人間関係がないのもいいのかな、と。
銀色さんが、これからこんなふうに暮らしていこう(つまり自分の好きなように)と思う、と人に話したときに、それはひとりだからできるのよ、と言われたと書いてあったけど、まさにそう。そして、そう言われて銀色さんが、確かに人によって状況が違うから、できることも、いいと思うことも、考えることも違ってくる、だからますますひとりの道をいくことになる、って書いていて、それもそうだなーと思った。
で、ラストのほうで、これからは人ともあまり会わずにますます自分の内面に向かうようになるだろう、とか書いていたけど、どうなるんだろう、とちょっと次作が楽しみなような気がした。 -
Posted by ブクログ
これの前に一冊読んでいる本があり、なかなか進まなくて先に読んでしまった。
講演会のような、読者との対談のような語り口調で読みやすい。章が短いので気になってどんどん読んでしまう。
私にとっては『かわいいものの本』以来の銀色夏生さんで、この人ってこんなに意志が強くて、作品で自分の考えを主張する人だったんだなと少し驚いた。
ライフハックというか、人生の指標的なことが得られればなと思い読んでみた。すると私が普段考えていたり、こうじゃないかなと推測していたことと全く同じことがいくつか書かれていたりして、心の中で「すっごいわかる!!」と勝手に共鳴することがしばしば。
良い意味で枯れているというか悟っているというか・・・こういうことをもっと年上の人から教わりたいというような内容で、読んで良かったなぁ。
・自分が幸せだと思いたいのか、人から幸せだと思われたいのか
これは最近、物を少なくしたくて片付けているので特に考える。何かを買う時や手放す時、自分はどういう理由で選別しているか。自分が心から欲しいからなのか、他人に羨ましがられたい・豊かに見せたいからなのか・・・恐ろしいことにこの2つははっきり切り離しがたく、ちょっと気を抜くと見栄のような理由で物を持ち続けようとする自分に気付いてしまう。
他にもSNSありきで凝った写真を撮ろうとするとか。
確かに真逆のはずなのに、不思議だ。
それって自分と他人が近すぎる、他人にコントロールを握られてるも同然なので、もっと自分主体の判断力を身に着けたいと思う。
・突然その時が来た
銀色さんが何について研究していたのかは分からないけれど、私はよく流行っているものを遠巻きに見て、でも好奇心で何が良くて流行っているんだろうと見に行って、やっぱり私の好みと違ったと思うことが結構ある。漫画や本やアニメやドラマもそう。爆発的に流行っているものよりも、こっそり密かに盛り上がっているものの方が格段に私をドキドキさせる。
根がオタクで拘りの強いタイプなんだろうけど、一方で流行りに乗っかり続けて満足している人の身軽さが羨ましくもある。そうはなれないけど。
・本当に必要なものだけを残したらほとんどの物が消えた
銀色さんは結構、断捨離というか終活というか、早いとは思うけどそういうことが進んでいるみたいだけど、銀色さんの娘ぐらいの年齢の私も既にそうなりつつある。嫌な仕事をして嫌な人と付き合って、我慢して年を取って、何が残るんだろうと本気で疑問に思うし、そうしたからって誰も私の人生の責任は取ってくれない。くれなかった。
だからやりたいことや人付き合いは自分の心のみに聞いて選ぶことにしたし、嫌なことはどんどん止めていった。
するとまるで仙人のような質素な生活になりつつあるけど、私の心は本当に落ち着いている。
・何事もプラスマイナスゼロだと思う
これは私もよく考える。「宇宙の法則」みたいなものだろうか。高い地位にある人はそれだけ対価を払っているものだし、光が強いほど影は濃くなる。物事の本質を見ようとしない人は、余計な嫉妬や劣等感を感じ続ける。が、それも対価だと思う。
・自分が心地よくいられる空間を守るために
おひとり様でどれだけ行動できるか試していたことがあって、カフェ・映画・軽食は行けたけど、ライブ・ジム・読書会等は気まずくてやめた。焼肉・旅行もたぶん無理。集団の中の孤独が苦手なんだと思う。
最近は「君子危うきに近寄らず」って自分を守るために大事だなと思って、意識して危険そうな人や場所を避けている。もっと早くから実行したかった。
・孤独感はいつか底を打つ
あの時こうしていればとか、あの選択をしていれば・・・とよく言うけど、その選択をした自分ってもはや今の自分とは別人だよなと思うから、過去のことはあまり後悔しない。今のルートを選んだのが、私なんだと思っている。
・大変だ、と言わないと納得してくれない人に対して
これはよくいる・・・。こちらが何も言ってないのに、〇〇って大変そうとか心配とか言ってきて(言うだけ)、否定すると、でも~とか~だし・・・と色々並べ立てて私がどうしても大変であって欲しい人。なんだろう、お節介なのか貶めたいのか。縁を切るべき人。
・承認欲求についてふたたび
私も負けず嫌いっていう性質じゃないので、勝たないといけない世界が本当に苦手。しかも見方を変えると、誰かに「勝とうとする」ということは、今現在はその誰かに負けている、勝っていないということを自分でわざわざ認識しているということ。自分に「負け」のレッテルを貼っている。
だから勝ち負けなど認識しない、もっと言えば既に勝っている、つまり最初から相手にしないのが一番だと思っている。負けるが勝ち。もちろんスポーツや学力は勝ち負けがハッキリする世界だけれど、それさえも結局は過去の自分との戦いだと思うし。
だから大人になってもいつまでも勝ち負けに拘る人が幼く見えてものすごく苦手。友達なのに何に対しても張り合ってくる人とか、他人の得意とする分野でも勝負を挑んでしまう人とか。
上には上がいるので、永遠に「負けた」と思い続けることになるわけで、哀れだなとも思う。
・深く沈んでいつか浮かんでくる愛情
やっぱり子供の心が強く育つには、愛情が不可欠なんだと最近強く思う。私は銀色さんと違っておそらく愛情が薄い親に育てられた。傍から見たら恵まれているように見えると思う。だから気付いていなかったけど幼少期から絶対の味方みたいな人が一人もいない中で育ったと思う。生きる術や独り立ちする方法も教えられない。これがどれだけ過酷なことか。
だから外に出ると常に不安で、自信がなくて、何かあった時の解決能力が低かったのだと分かった。私はそういう心の「形」に作られたんだと思う。
けれど今は親と離れて暮らし、心から愛情を注いでくれる夫がいて、もし違った性格の自分であれば出会っていなかったと考えると、それこそ人生プラマイゼロだなと思う。
それでも要らない苦労をした身からすると、子どもに愛を与えられないなら産むべきではないと断言する。
・自由とは自分で決められるということ
よくわかる、私も小学校低学年が最も暗黒時代だったと言える。要領が悪く、まだ自分の能力も発揮できておらず、キャラクターも固まっていない。そしてしんとした教室に一日何時間、週5日以上も拘束され、大人しくしていてもヒステリックで理不尽な先生に文句を言われ、言い返すこともない。それが学年が上がるにつれ勉強や集団生活の実績が確立され、手のひらを返すように先生に持ち上げられるように・・・教育ってこんなんで良いのか?と未だに猜疑心と軽蔑の目で見ている。
やっぱり、歳を取れば取るほど自由になれた。自由って厳しい面もあるけど、私にとっては居心地の良い空間でしかない。子供時代が不自由である必要性は何一つなく、自主性や学力に影響するとさえ思う。
・子供の人生の中では本人が主役
私は逆で、たぶん親が主役というか主導権を譲らなかったから、いつも脇役だった。子供の意見を聞いて、それを叶えてくれた覚えがなくて、気付いたら行先や、周りの物や選択肢が決められていて、決断力や判断力をつける機会が奪われていたのだと思う。早いもの勝ちと一緒で、親が先に決めるから子供は既に残り物を受け取るしかない・・・という感じ。そのマインドで学生時代から20代前半までずっと脇役で、でも自分でも気付いていて、集団の中でも主役のお姫様みたいな子が中心にいて脇役はそのおこぼれにしかありつけず、お姫様はライフステージが進むにつれてどんどん脇役を置いて進学や就職や結婚出産していって・・・ここから抜け出す方法を模索していたなぁ。なるべく一人で行動したり、人の意見に簡単に迎合しないようにしたり。
だから私は親の言ったことはよく覚えている。主役が脇役に言った訳だから。
本当は、子供の頃に私の話や意見に興味を持ってちゃんと聞いて、人として尊重して貰いたかったなと今でも思う。子供は親の付属品でも脇役でもない。
・人々とともに成功する
これも分かる・・・。特に職場で、同じ仕事をしている人をライバルのように蹴落とすタイプがいると、この人のせいで全体の生産性が上がらないどころか下がっているなと。自分が誰よりも仕事できる人でありたい、出世したいばかりに仕事を抱え込み、後輩に教えない、与えない、育成しない、嫌がらせや精神的苦痛を与える、結果退職に追い込む。人を雇うには莫大なお金がかかるそうなので、辞めさせるまでいくと明らかに会社に損害が出ている。それでも会社は仕事ができる(ように見える)人を手放さないし責任も追及しないことがほとんどで、何人入ってこようと繰り返し・・・。まぁそうなると会社自体がそのレベルなんだろうけど。
自分だけ良い思いをしたい、周りがどうなろうと知らないという人は、会社全体の利益が見えていないという点で害悪で、仕事ができるって周りの人とのコミュニケーションや協調性も含まれるはずで、そうなるともはや「仕事ができない人」と同義なのではないか。また仕事をバリバリやるけど自己中心的ということは家庭を放置している可能性も高く、いずれ人生において何かしら破綻することは必定なので、これもまた人生プラマイゼロということを分かっていない哀れな人だなぁと思う。
日本人は部活とか集団行動とかチームとか好きな割に、その良さを全然活かせてないよなと思う。所詮軍隊のようにトップダウンで下を統制するというようなイメージしか持っていない人間もまだ割といるもんだなと。協力して教え合って助け合う、これがどれだけ生産性を上げて心の支えにもなるか、それは確かに教育すべきだけど、それを教えられる人がいるのか、また昨今の即物的短絡的社会でその概念を広めることは難しそうだ・・・けどやらなくてはなと思う。
銀色さんは人生で色々な経験を経てこういった考えに辿り着いたのだろうけど、私はまだ人生を悟るには未完成で、今の考えも後に変わっていく可能性はある。でも、自分の考えていることと同じことを考える人がいるんだとか、こういう考え方もあるのかとか、それを得られることって有難いなと思う。
これからもこれってこうなんじゃないかという仮説と実験、つまり研究を私も続けていこうと思えた。
そして心の奥に静かな湖を。
20240519 -
Posted by ブクログ
ネタバレ銀色夏生さん
20代の頃から読み始め、詩、つれづれノート、写真集、物語。大好きで夢中になって読んでいた
つれづれノートの新刊が出る度、それはもう嬉しくて大事に大事に読んでいたな、、
でも20年くらいたった時、ちょっと今までの好きな感じじゃなくなり、、それから読むことを止めたんだ
それから10年程経ち、、
古本屋で何気なく懐かしさもあり、購入
つれづれノート25を読んでみた
懐かしさで、涙が出そうになった
私が大好きだった、あの世界観が25は戻ってきている(もしかして、ずっと変わらなかったのかもしれないけれど、、)
静かに綺麗な凛とした、もしくは薄いブルーのような透明感が根底にある
読むと、静かにだけど心が強くなるような、ドンとした強さがあり
私は私で良いんだと
感じられる
銀色さんの本を読むと、心が澄む感じなんです
スーッて
久々に味わえて幸せで、感動しました
また26から、集めていこう!! -
Posted by ブクログ
ネタバレ写真も多く、つらつらとたのしく読めた。
瞑想ツアー、というタイトルだけど、銀色さん的にあまり瞑想については深堀りしていない感じ。だけどさらっとしててそれが逆に読み心地がよかった。
気になった箇所
ボロボロのタワン僧院に行ったので、もう部屋の窓からきれいにそこが見えないことを悔しく思わなくなった。あの屋根は黄金ではなくペンキだとわかったから。あの建物は豪華ですごい世界ではないとわかったから(でも違う意味ですごいところもあるのだろうけど。お堂やダライ・ラマ14世の部屋はよかった)。とにかく最初に想像したものとは違って内部を知って勝手な憧れや幻想がなくなったというか。よかった。憧れとはそういうものかもしれない。
寺院の入り口に花壇があって花が咲いていた。薄いピンク色のダリアと紫陽花。常連ご夫婦の旦那さんの方が「この違いがわからないんだよね~。同じ花で大きさが違うだけかと思った」と言った。ニコニコしながらさわやかに。「こっちが紫陽花で、こっちがダリアですよ」と説明しながら、私は美しい衝撃を受けた。花好きの私にとってはまったく違うものなのに、興味のない人にとってはこれほどまでにわからないとは。なんだ、だったらなにも気にしなくていいんじゃないか、という解放感を覚え、なぜだかスーッと癒されたような気持ちになった。癒しの神髄って、こういうことかも!気にするほどのことじゃないって、気づくこと。
若夫婦とミニくんが話しているのが聞こえてきた。食事について。ミニ「一日一食ぐらいしか食べない。ハラへってるのが好きなんですよ。ハラへってるな~って、すごいハラへってから食うのが。だから今は食べすぎてますよ。普段こんな食べない」
なるほど、インドで一か月修行してただけのことはある。今は地元でヨガを教えてるヨガの先生なんだよね。
「ハラへってるのが好きなんですよ。ハラへってるな~って、すごいハラへってから食うのが」を聞いて、なぜか私もだんぜんそうしたくなった。
なんかいいと思った。
ミニくんの淡々とした話し方、ひょうひょうとした存在感、そういうのすべて含め、時々、カッと目を見開いている不思議さのある人ではあるが。
本当にそう思って言ってたから。
本当にそう思って言ってる人の言葉は「お守り」になる。この言葉を忘れないようにしよう。
無意識にものを食べ始めたら、思い出そう。ハラへるのがいいことみたいな気にさせる。ハラへるのが怖くない。私も早くハラへりたいってまで思った。
ハラへることが強迫観念みたいになってて、ただの習慣で、12時になったらお昼食べなきゃとか、夜になったらご飯食べなきゃとか、ご飯を食べ損ねた時に変にイライラしたり、原因となったものごとを恨んだり、無意識に思ってた気がする。
でも別に、食べなくてもいいんだよね。ハラへるって、異常なことじゃない。悲しいことじゃない。それが好きって思えれば、ハラがへっても怖くない。ハラがへるのはネガティブなことじゃないと気づかせてくれた。
ミニくんは本当にそう思って言ってるんだけど、もっと範囲を広げて、この言葉、他のことにも応用できないだろうか?人にどうこう言われたくない時に、ストップをかけるために。
例えば・・
「金ないのが好きなんですよ。金ないな~って、すごい金ないまま生きているのが」
いいね。
「恋人がいないのが好きなんですよ。彼(彼女)いないなあ~って、すごい、ひとりのままで生きているのが」
いい。
「◎◎が好きなんですよ。◎◎だな~って、すごい◎◎のまま生きているのが」
一般的にネガティブだといわれていることを、なんでも◎◎に入れればいい。
「人気ないのが好きなんですよ。人気ないな~って、すごい、人気ないまま生きているのが」
そうサッパリと明るく言えれば、それでその話題は終わる。本当は好きと思えなくてもとりあえず言い切ることができればいい。自分でそう明るく言えれば人は何も言えなくなる。ここにもまた解放感を覚えないだろうか。
あとがき
この旅は移動が多かったせいで、車の中などでいろいろなことをたくさん考えることができました。特に帰りの車の中では、ひどいガタガタ道だったけど、新たな気づきもありました。それが何だったかは覚えていませんが、その頃に考えていたことのひとつの指針、心境の変化が起こったような感じです。非言語の会話じゃないけど、意識した体験以外の意識下の体験も多かったのではと思います。そちら方が重要かも。 -
Posted by ブクログ
いつもは途中で終えちゃうけど、わりとサクサク読めた。
単調だけど。
※気になった箇所
私はできれば死ぬまでこの家でひとりで暮らしたい。できる限り自分の好きな暮らしぶりでここにいたい。ここにいる限りはリラックスしていられる。それを可能にするためには最低限、体を動かせないといけない。運動能力は高くなくていい。よたよたでも動けば生活できる。それを考えて今から、死ぬまで動かせる体というのを目標に、意識して動こうと思う。くつろいでいる時に変な形でだらんとしていたら、ハッと思い出して姿勢を正す。そうすれば膝や腰を痛める確率が低くなる。
私はよく、失敗した出来事を反省して原因を解明するために自分のどこがいけなかったのか、次への対策は?など、何日も何か月も何年も真剣に考え続けていたが、それはよくなかったのではないか。
反省も解明も悪いことではないけど、それほど長く考え込むべきではない。そんなことを考えていたから未来が悶々とし続けていたのだ。
パッと切り替えて明るい気分で過ごしていたら、次の日は明るい気分になっていたかもしれない。何十年も、断続的に暗い気分を作り出していた私だった。
で、昨日から、たとえ研究や探求であっても暗いことを考えるのをやめることにした。
透明で明るいドロップの色のような気分、しっとりと落ち着いたやさしい色の感情、できれば輝く金や銀のひらめきや展望など、とにかく気分の色をきれいにすることにする。忘れていても、気づいたら、そうする。手帳にも書いた。
これからあとにどのような気分の人生が続くか、とても楽しみ。
暗い反省や妄想をし始めたら、ハッ、ダメ!と思って、きれいな気分、軽い感情、だよ。
今日考えた明るさと暗さの配分がそのまま明日に適用されるとしたら、明日のために明るいことを考えていたいと思う。
夜。紙に3つの言葉を書いてマグネットで冷蔵庫にはりつける。3つの実験。
1.わずかでも「イヤだ」と感じたことはしない
2.繊細な直観に従う
3.1日の気分をできるだけ明るい感情だけで満たす
これは自分の生活をすべて管理できるひとりの今だからこそできる。人づきあいも整理され、食べるものもコントロールできる今。邪魔するものがない今。実験の効果が見えやすい。