作品情報
タイトル:罪と罰
著者:フョードル・ドストエフスキー
形式:Audible(7割)+書籍(3割)
かかった時間:約27時間
読みやすさ:★★☆☆☆
罪と罰 (上)/ドストエフスキー, 江川 卓|岩波文庫 - 岩波書店
罪と罰 (中)/ドストエフスキー, 江川 卓|岩波文庫 - 岩波書店
罪と罰 (下)/ドストエフスキー, 江川 卓|岩波文庫 - 岩波書店
Audible版『罪と罰 上 』 | ドストエフスキー | Audible.co.jp
読み方に関する振り返り
Audibleと書籍を併用。Audibleはハードルを下げてくれた一方、登場人物の名前が入り組んでおり、メモが取れないのは痛かった。飛行機や移動時間ではAudibleが便利だったが、重要な場面では文字で読んだ方が頭に残った。
感想
忌憚なく意見を言ってしまうと、長すぎます!(笑)
前半をやっと乗り越えたと思ったら、後半も停滞するところが多く、読むのが大変でした...。正直ドーパミン中毒現代人にとっては苦行。
また、キャラクターで好きになれる人がほとんどいないのも辛いところ。だいたい貧困が影響して、もしくは生来的に性根が曲がっている。また、出てくる女性が現代的なあり方とはかなりかけ離れた、可憐で純潔で弱々しい女性が多く、そこの点も感情移入がしづらかった。
上記のせいで8割ぐらいはイライラしながら読んでいたが、それでも読む価値はあったと思う。主題が「殺人は正義のもとで正当化されうるか?」と言う根源的なものでもあり、復活や救い、愛といったキリスト教のテーマも加えながら、アンサーを返していく様は神聖で神々しく圧倒される。日本の文学と比較して、常に神という絶対的な存在が人間の中にいるので、なんだか悩みのスケールが大きいように感じる。
このように様々なテーマがおり合わさっているわけだが、自分が最も刺さったテーマは「英雄になれない非凡人である''シラミ''はシラミなりに日々どう生きていけるのか」である。この物語にはナポレオン的英雄は一切出てこない。むしろ、英雄譚にすら出てこないモブキャラたち、もっと言うと底辺の人間が多い。非英雄である(そしてなれるわけもない)という現実を受け止め、いかに生きていけるか、そんなことも描かれていたように感じる。このどうにもならない英雄への距離への恨めしさ、やるせなさ、腹立たしさは凡人の私にとって痛いほど頷ける。
ロシア文学のなんとも言えない陰鬱さ、社会の停滞を感じられるのも面白い。目に浮かぶ情景が全部薄暗く影が濃い....。寒いもんね...。しかし、スターターとしてはあまりに重いので、他の作品でも良いと思う。
カラマーゾフの兄弟はこれより長いらしく、今のところもう挑戦したくないという気持ち、、。トルストイの戦争と平和も読みたいが、この鬱々した雰囲気はちょっとなぁと引け目を感じる。。。
感想 ネタバレあり
①圧倒の救済シーン
正直、ほとんどうんざりしていて、楽しめなかった。ある一場面を除いて。
それは、ソーニャに罪を告白するシーンで、救いを受けるシーンだ。
とふいに、ソーニャに対する刺すような怪しい憎悪の念が、思いがけなく彼の心を走り流れた。彼はこの感情にわれながら驚きおびえたように、とつぜん頭を上げて、彼女の顔をひたとみつめた。けれども彼は、自分の上にそそがれている不安げな、悩ましいほど心づかいにみちた彼女の視線に出会った。そこには愛があった。彼の憎悪は幻のごとく消え失せた。あれはそうではなかった。ある一つの感情をほかのものと取り違えたのだ。それはつまり、あの瞬間が来たことを意味したにすぎないのだ。
フョードル・ドストエフスキー(著)、工藤精一郎(訳)『罪と罰』岩波文庫、1955-1957年
これをAudibleで聴いた時、私の目の前にも何か啓示が降りてきたような気がした。文章力天才すぎる。(読み手の方もすごい!)この繊細でドラマチックな表現をズーーーっと続けてるもんだから、冗長に感じるんだろう。でもこのような重要な場面では、最高にこの表現力が際立って、思わずニヤニヤした。
ひたすら3章も選民思想を語ってき、弱者にも注がれるその愛に、主人公にかなり大きな天変地異が起こる瞬間。私も召された気がする。
②貧困は他人への想像力を狭める
この作品では、貧しい人々の体験することを追体験できる点も価値があると思う。そして、彼らがどんな場所に住み、街を人をどのように感じ、そしていかに殺人を決心するのか。彼らが犯罪に手を染めるまでの心の動きまでもうんざりするほど追体験できるのだ。
最近では、若者や外国人による殺人強盗のケースも増えている。どうせ捕まる可能性が高いのに、そこまで大きくない額のために、人まで殺すなんて...と全く不可思議に感じてしまう部分もある。しかし、この本を読むと、貧困というのはいかに他人への想像力を狭めるのかが分かる。
狭い部屋に横たわる。今日食べるご飯もない。お金を借りに物品を渡しに行ったら貶される。遠くに住む母と妹は自分の状況を露知らず、可愛い妹は自分のために男に一生身を捧げる。
こんな状況だったら、誰でも人生が嫌になってしまうだろうし、誰かを尊重するなんてもってのほかだ。(主人公は元々選民思想が強いので、生来全ての人を尊重することはできなかっただろうが)
③奇妙な罪の感じ方
主人公の罪の捉え方は、きわめて独特である。
彼の中には二種類の犯罪がある。第一は社会的に定義される犯罪、第二は自己認知に基づく犯罪である。後者は両親や自分の倫理観との照らし合わせによって判断される。
社会的な犯罪に関して主人公は、「犯罪とは何をしたかではなく、誰がしたかで決まる」と理解している。権力者の行為は犯罪として裁かれず、弱者の行為だけが犯罪とされる。戦勝国の戦争犯罪が不問にされることを例に挙げれば、この発想は十分に理解できる。主人公はこの論理を根拠に、自らの犯罪を正当化しようとした。自分が強者となれば、その行為も正当化されると信じたのである。
しかし、実際には彼は「強者」にはなれなかった。そのため、行為は罪として自分に跳ね返り、彼は後悔することになる。「自分が弱かったから反省せざるを得なかった」という発想は清々しいほどまで正直だが、同時に人間の普遍的な倫理観を欠落させた、どこか空虚な結論でもある。
④なぜここまで自意識が高いのか
主人公に関して特に不可解なのは、彼がなぜこれほどまでに「自分は特別な存在だ」と思い込めたのか、という点である。彼は多少は聡明であるものの、決して天才ではなく、怠惰な一面も見せる。それにもかかわらず、「一度の殺人で得られる金によって偉大な人物になれる」と信じ込めたのはなぜか。
一つの理由は、彼が田舎で育ち、他者との交流をほとんど持たなかったことにあるだろう。優れた人々と出会う機会が少なかったため、相対的に自分を過大評価してしまった可能性がある。狭い世界の中で、自分を「こちら側の人間」、すなわち偉大な存在に近い者だと錯覚していたのではないか。
それにしてもなお、その過剰な自意識の高さは不思議であり、読者に強い違和感を残す。
さいごに
大学生が主人公の本作を同じ大学生の時期に読めたことは貴重な経験だと感じる。太宰治にも通じるが、若さゆえの過剰な思想やロマンチシズムは、老齢になってからでは手に余るように感じる。だからこそ今、この時期に出会えた意味は大きい。読んだ価値は十分にあった。