中野剛志の作品一覧
「中野剛志」の「あした、この国は崩壊する ポストコロナとMMT」「新しい階級闘争―大都市エリートから民主主義を守る」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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Posted by ブクログ
変動相場制の下では、自国通貨を発行する政府は、自国通貨建て国債に関し、返済の意志がある限り、債務不履行に陥ることはない。α銀行が借り手のA社に貸し出す場合、現金をA社に渡すのではなく、A社の預金口座に額を記帳するだけ。政府は通貨を発行し、租税の支払い手段として定める。税は、通貨の価値を保証するために必要。政府は税を徴収するため、徴収する前に支出して国民に通貨を渡しておく。つまり、政府支出が先に会って徴税はその後。財政赤字は単に政府支出を通じて民間部門に通貨を供給しているだけ。民間銀行の日銀当座預金を供給したのは日銀であって、民間預金を原資としていない。MMTは、財政赤字を無尽蔵に膨らませると、供給が需要に追い付かなくなって高インフレになる、と主張している。財政支出の伸びと名目GDPの成長率の間には極めて高い相関関係がある。GDP=消費+投資+政府支出+純輸出。日本経済がデフレに突入したのは、まさに公共投資が減少し、消費税率が5%へと増税された後の1998年。低所得者の方が高所得者よりも消費性向が高い、すなわち所得に占める消費の割合が高いため、所得をより低所得者へと再配分すると、消費需要が拡大し、成長を促進する。日本のGDPの6割が個人消費。日本企業がダメだから日本経済が低迷しているのではなく、デフレを放っているから日本企業は積極的な投資が難しくなり、その結果、魅力ある製品やサービスを生み出せなくなった。通貨の供給量が増えたからインフレになるのではなく、はんたいに、デマンドプル・インフレが信用創造を通じて通貨の供給量を増やす。世界恐慌から得られる教訓として、経済政策は、インフレでは資本主義、デフレでは社会主義。生産増強以外にインフレ収束の途はない。積極財政によって増加した民間投資や公共投資は、まずは「需要」の拡大として現れるが、数年後あるいは数十年後に遅れて、「供給」を強化する効果を発揮する。所得税や法人税は、景気が良くなってインフレ気味になると、自動的に税負担が重くなり、インフレを抑制する効果が現れるという「自動安定化措置」の機能があるが、消費税にはない。コロナ禍では、低所得者の主な雇用先である対人サービスが大きな打撃を受けたため、低所得者の経済被害がより大きくなり、格差が拡大した。イエレン提唱の「高圧経済」。「供給は常に需要を生み出す」というあり得ない前提である「セーの法則」を基にした新古典派経済学。「いい加減にセーの法則」(笑)。短期的視野に基づく赤字の削減は、それが教育のような人的資本への投資の削減になる場合には、対GDP比の債務を増加させる。「国債残高/GDP」が1以上の場合、分母と分子が同じ額だけ増えると、分数は小さくなる。ある部門の収支の赤字は、別の部門の収支の黒字。誰かの債務は誰かの債権。国内民間部門の収支+国内政府部門の収支+海外部門の収支=0。90年の財政黒字は民間部門がバブルにより債務を増大させたことの裏返し。財政(政府部門)の黒字化とは、民間部門の赤字か、つまりバブルの発生による過剰債務の裏返し。GDP=消費+投資+政府支出+輸出-輸入。財政政策は、デフレなら政府支出を増やしてインフレにし、インフレが行き過ぎたら政府支出を減らしてインフレの高進を防ぐ。「コストプッシュ・インフレ」の対策は供給能力の拡大だが、投資なくして供給能力を拡大することは不可能。積極財政を行わなければ、供給能力が強化されないので、将来、コストアップ・インフレが起きやすくなる。
Posted by ブクログ
政府は通貨を発行し、それを租税の支払い手段として定めることにより、通貨に納税義務の解消手段としての需要が生じる。それが通貨の価値。その通貨は政府が発行(支出)したもの。よって、支出が先、徴税は後。税を軽くすると、納税のための需要が減って通貨価値は下がるため、インフレ圧力が発生。「賃金誘導型」成長戦略=「アメ型」成長戦略。「利潤主導型」成長戦略=「ムチ型」成長戦略。アメ型は強い交渉力を持つ労働組合が経済成長の源泉。企業側にとっては制約だが、これがあるからこそイノベーションへと進む。また、「国境の壁」という制約が海外移転や移民労働者流入を阻止するという「制約」を活用する手法。インフレへ。「ムチ型」は人件費抑制、効率化。労働組合弱体化、そしてグローバリゼーション。人件費抑制はが外国人労働者で埋め合わせ。人件費の底辺戦争。デフレへ。国内需要が減っても海外で儲ける。労働者の賃金は上がらず、一部の投資家や企業だけが儲かり格差拡大。トリクルダウンは起きない。米では株主重視の経営観や制度改革が利益配分を労働者から奪った。企業経営者と労働者の所得格差の拡大。生産性の低下。消費者は負債へ依存。金融市場の発達によりこれが可能に。資産バブルの崩壊、金融危機へ。日本のバブル崩壊は金融政策というマクロ政策の失敗なのに、日本的経営が否定されるというミクロの視点が注目されてしまった。そして米の失敗を模倣し「構造改革」へ。雇用重視vs株主重視(オリックス)。ROEは、分子の当期純利益を増やさなくても株主還元により分母の自己資本を減らせば、簡単に数値の改善が可能。インフレ(貨幣価値減少)は格差を縮小させる効果。デフレ(貨幣価値拡大)は格差を拡大させる効果。よって、富裕者層、投資家、経営者はインフレを非常に嫌がる。ムチ型によるゼロサム状態では、労働規制の緩和や民営化は利益が労働者や市民から企業経営者へ移るだけ。現実の世界には、政府の介入や規制が一切なくともうまく機能する「市場」など存在しない。平成日本は、規制が多くも強くもなく、複雑でもないのに、勘違いして「規制緩和」をやって政府の介入を弱めた。「市場」と呼ばれているものも、政府が整備する制度。PFIによる「低廉かつ良質な公共サービス」では儲からないし、儲けてはいけない事業。公共部門より資金調達コストは高く、独占事業となり、長期にわたるため、公共の監視コストもかかる。PFIは幻想にすぎない。レント・シーカーはデフレで民意に充満しているルサンチマンを利用して、ルールや規制を自分たちに都合よく変えてしまう戦略をとる。レント・シーカーは、正当な「特定の利益」に対し、一律に「既得権益」とレッテルを貼り、不当な利益であるかのように印象付け、そのルールや規制がなくなれば、既得権益がなくなり、あたかも国民全体が豊かになるかのように喧伝する。「規制の中には不当なものもある」を、「規制は不当である」という話にすり替え、規制緩和派を「改革派」と呼んで応援し、「守旧派」「抵抗勢力」というレッテルを貼って追放する。この「改革」は、既得権益をレント・シーカーに移しただけで国民一般が豊かになったわけではない。ルサンチマンにとらわれた国民はムチ型成長戦略を支持したい気持ちに駆られる。人々は、「自分に痛みが来ない時」だけ、「痛みを伴う改革」を支持する。誰もが自分以外の既得権益の打破を求める結果、各業界の規則権益は、改革派によってそれぞれ個別撃破されていく。「日本人であること」は大きな「既得権益」。グローバル化を徹底すれば、移民を受け入れることになり、いずれ、日本人であるという「既得権益」をなくすことになる。我が国の「与党審査」のようなものは欧米には存在しない。官僚の「予測的対応」「忖度」。70年代までのアメ型では、官僚は政治の指示に従って政策を実行するだけでは間に合わず、政治の領域にも踏み込んで面倒な利害調整に多大な労力を注ぐ必要。ムチ型は、企業や経営者を厳しい競争にさらしておけばよいだけなので、官僚は面倒な利害調整に関わる必要はなく、若手の「吏員型官僚」は「改革派官僚」へ。改革派を装ったレント・シーカーは、デフレ下でたまったルサンチマンを利用し、「日本は官主導の国」とでっち上げ、官僚パッシングを流行らせた。経済界は「財政健全化が重要」というが、それなら法人税は減税ではなく、むしろ増税を主張すべき。しかし経済界は「国際競争力の強化」という別の論理にすり替えて、法人税減税を正当化。消費増税でデフレ圧力が強まっても、人件費を抑制でき、国内需要が減少しても海外の需要を取りに行けばよいので困らない。財政健全化こそが少子化・人口減少の原因。民間部門がバブルで債務を増やしまくれば、政府の債務が減って財政が健全化するのは当然。国債の償還の原資は、国債借り換えなので、その原資は「その将来世代に属する人々の中で国債を保有する者」となり、将来世代の納税者から国債保有者へと同じ世代の国民の間でお金が移っているだけ。理財局が言う通り、国債は「将来世代へのツケ」ではなく、「未来への贈り物」。政府の債務は民間の債権。つまり、国債は、国民の「資産」。「認識共同体」財務官僚たちは、財政健全化論を精神論や道徳論で考えている。肥大化したエリート意識。「センメルヴェイス反射」。インフレを過剰な民主主義のせいにする間違った議論の大きな影響力。保守派は民主主義の過剰を是正したい。新自由主義者はインフレを抑制したい。インフレ=民主主義の過剰。よって、保守派は信じ油主義と結ばれた。マルクス主義に幻滅したリベラル派は、資本主義体制そのものの構造的な問題に正面から取り組むことを放棄し、関心の中心を「階級」や市民社会や団体のような「集団」から「個人のアイデンティティ」へと移した。国家や社会や文化の支配から「個人を解放」することがリベラル派の使命へ。国家や社会の制約から「解放」して自由に活動させるという新自由主義と親和性が高くなった。今日のリベラル派は、女性の社会進出や移民の流入を歓迎するが、それによる労働者の供給過剰、賃金抑制や失業といった構造的問題にはだんまりを決め込み、男性やマジョリティに属する労働者の悲痛な声を代弁しよとしない「偽善」を宿す。リベラル派は、弱者保護の身振りをして「アイデンティティ」の問題を声高に論じながら、実は「勝ち組」の側に立っている。新自由主義に背を向けるという点で、本来の保守派と本来のリベラル派は手を組みうる。エリートたちも、「財政健全化は不可欠」「グローバル化は避けられない」「自由貿易でなければ繁栄は望めない」「規制緩和で経済は成長する」といったフェイク・ニュースを信じ込み、ばらまき続けてきた。NAFTAによりメキシコ農業は米からの安価なトウモロコシの輸入により壊滅し、困窮したメキシコ人は不法移民として米に流入したため、米の労働者の実質賃金は伸びなくなった。グローバル化の時代には国家主権はもはや通用しない=グローバルの時代には民主政治はもはや通用しない⇒グローバル化とは民主政治の否定。グローバル化、国民国家、民主政治の3つを同時には実現できない「トリレンマ」。グローバル化と民主政治は両立しない。ユーロ加盟国は、不況対策として、積極財政によってインフレ(ユーロ価値の下落)を起こすことができない。ユーロの価値を維持するため、国民に失業と賃金抑制を強いている。国際条約を使って民主政治を制限すればグローバル化の徹底は可能。国際条約をムチ型成長戦略のために用いるべきではない。それは国際条約によって民主政治をすり抜けようとする国際条約の悪用。現代民主国家において通貨価値を保証するのは「徴税権力=民主政治」。MMTは経済政策を「民主化」すべきと主張している。デフレに経路依存性がある。イデオロギーにも経路依存性がある。令和の政策ピボット(方針転換)で大事なのは、本来の保守派(右派)と本来のリベラル派(左派)は、反新自由主義という経済政策において手を携えられるはず、ということ。
Posted by ブクログ
「需要不足/供給過剰」がデフレ。「需要過剰/供給不足」がインフレ。需要は「消費」と「投資」。消費も投資も減り、需要はさらに縮小してデフレが解消されない。デフレとは持っているおカネの価値が上がって、人々はモノよりもカネを欲しがるようになる。デフレ下では、消費者は浮いたお金があっても、支出ではなく貯蓄に廻す。インフレはその逆。経済成長はインフレが前提。合成の誤謬。デフレ対策として、企業間競争を抑え、生産性は向上させない、保護主義。「構造改革」はインフレ対策であってデフレ対策ではない。競争を激しくして競争に負けた企業の淘汰を進めると、失業者という「遊休資産」が増え、国の経済はかえって非効率になる。企業経営と国の経済運営は全く別物。デフレの時は「大きな政府」が望ましい。「借用証書」が貨幣のはじまり。「信用/負債」の関係。貨幣とは負債の一形式。貨幣を創造するということは、負債を発生させること。銀行は、貸し出しによって預金という貨幣を創造し、借り手が債務を銀行に返済すると、預金通貨は消滅する。銀行が預金集めに奔走するのは、自行の資金繰りを円滑にするためであり、貸し出しの原資を集めている訳ではない。貨幣全体の8割以上は「預金通貨」。銀行は手元にある預金を貸し出すのではなく、その反対に貸出しが預金を生み出す。いくら中央銀行がマネタリーベースの量を増やしても、借り手の方に資金需要がない限り、銀行の貸出し(すなわち預金通貨の創出)は増えない。「紐では、引けるけど、押せない」。国債発行(財政赤字)が通貨(預金)供給量を増やす。政府の日銀当座預金と銀行の日銀当座預金の間での振替にすぎない。政府の財政赤字は、それと同額の民間部門の貯蓄を生み出す。自国通貨建ての国債は返済不能に陥ることはあり得ない。ユーロを採用した国は、自国通貨の発行権という特権を放棄したために破綻する可能性のある存在となった。財政破綻しない政府であれば、債務を完全に返済しきる必要もなく、「借り換え」を永久に続ければよい。財政赤字の制約を決めるのは、インフレ率(物価上昇率)。デフレの時には財政赤字に制約はない。税金は物価調整の手段であって財源確保の手段ではない。インフレが行き過ぎるのを防ぐために存在。格差の拡大は、需要を減少させ、経済成長を阻害する。(国内民間部門の収支)+(国内政府部門の収支)+海外部門の収支(海外から見た)=0。経常収支の黒字化は、輸出によって相手国の市場と雇用を奪う、つまり、自国の利益のために他国を食い物にする「近隣窮乏化政策」。誰かの債務は誰かの債権。金利がゼロ近くまで下落すると投機的需要が無限に大きくなり、金融緩和の効果がなくなるという「流動性の罠」。「ノーベル経済学賞」と呼ばれている賞は、実は、ノーベル賞ではない。供給は常に需要を生み出す、という「セーの法則」など、現実には存在しない。主流派経済学の「セーの法則」を前提とした一般均衡理論は、「供給過剰/需要不足」を説明できない。MMTとは「財政赤字の大小はインフレ率で判断すべきだ」という考え方。「就労保障プログラム」とは、公的部門が釈迦的に許容可能な最低賃金で、希望する労働者を雇用し、働く場所を与える」という政策で、景気変動を緩和し、物価を安定させつつ、完全雇用を可能にするアイデア。TPPの経済効果算定に用いられたCGEモデルは、貿易自由化である産業で失われた雇用は瞬間的に別の産業による雇用に置き換わるという、失業による損失を計算しないモデル。GATTの下では、各国は補助金や福祉政策なその補償的な措置を講じた。すなwち、貿易自由化が進めば進むほど、政府の規模は小さくなるのではなく、逆に大きくなった。GATT下での貿易自由化は、むしろ「マイルドな保護貿易}だった。戦後日本の貿易依存度はアメリカと同様、10~15%で、「戦後日本は貿易立国だ」というのは神話に過ぎず、日本はアメリカと同様、内需大国。19世紀末から20世紀初頭に「グローバリゼーションは高くなり、大戦で途絶し、戦後は「脱・グローバリゼーション」へ。1980年以降、世界は再びグローバリゼーションへ。なぜなら、各国ともインフレ対策が課題だったから。1980年以降の本格的な自由貿易により、経済成長率は低下し、格差は拡大していった。商品の移動は労働者の移動の代用。