完結作品一覧
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-老人がひとり、バーでピアノを弾き始めた。ロバート・コリンズ、ジャズの帝王と呼ばれた男。彼には一つだけ願いがあった。それは「息子」と呼んだ日本人サックスプレーヤーと、一度でいいから共演したい、というものだった……。大人気作家が描く、叙情と人間味にあふれた傑作短編集! ※Vol.1「グッバイ・マイ・サン」に関しては『VISIONARY 5』に、Vol.2「恋文」に関しては『VISIONARY 4』に、Vol.3「オール オア ナッシング」に関しては『VISIONARY 9』に、Vol.4「チャボ」に関しては『VISIONARY 2』にも収録されております。
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-稀代のストーリーテラー壺井栄が紡ぐ島の物語には、私たちがなくしてきた人の暮しが息づいている。 キクにはどういうからくりで世の中に景気や不景気がやってくるのか、知るすべがなかった。しかし、戦争のあとには必ずその不景気がめぐって来るのだということだけは分かった。 二度も夫をなくし、キクが十数年ぶりに娘が生んだ私生児の孫とともに島に戻って来た。住み込みで役場の小使いとして、雨風をしのげる小部屋をあてがわれ、孫を背負い遊ばせながら働けるのは、何もなくなったいまのキクには、誰に対しても有り難うござんすと、笑顔を向けなければならない境涯であった。 【著者】 壺井栄 小説家 1899年 - 1967年 香川県小豆郡坂手村(現内海町坂手)生まれ。 坂手郵便局や役場勤務後、同郷の壺井繁治を頼り1925年に上京。 以後東京。 1941(昭和16年)『暦』が第4回新潮社文芸賞を受賞。 1955(昭和30年)『風』で第7回女流文学者賞を受賞。 『母のない子と子のない母と』で第2回芸術選奨文部大臣賞を受賞。 1954(昭和29年)映画「二十四の瞳」(木下恵介監督、高峰秀子主演)が公開され、全国的ヒットとなり、小豆島と壺井栄の名が一躍クローズアップされる。
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-黒島伝治の農民もの、シベリアもの、どちらの小説も、古いフィルムを回しながら観る映画のようだ。 この『軍隊日記』は姫路聯隊へ入隊するために東京を引き上げる日、すなわち大正八年十一月二十日から書きはじめられ、シベリアへ動員される直前の大正十年四月八日で「除隊の日まで』と題する第一冊がおわり、第二冊目は『星の下を』という題でシベリア時代の日記となり大正十一年七月十一日兵役免除となって帰郷し、さらに翌年の七月九日の日附のところでおわっている。 日本文学のなかで軍隊生活に取材した小説は相当あるが、作家の手で書かれた軍隊日記はおそらく黒島伝治の『軍隊日記』が唯一のものではないだろうか。(壺井繁治記) 【著者】 黒島伝治 香川県の小豆郡苗羽村(現在の小豆島町)に生まれる。実業補習学校を卒業して醤油工場に勤務、学資を貯めて上京し早稲田大学予科の選科生となる。このため徴兵猶予の対象とならず1919年には兵役の召集を受け姫路の連隊に在営、シベリア出兵に看護卒として従軍した。この体験が、彼の代表作である『渦巻ける烏の群』『橇』などの〈シベリアもの〉とよばれる日本文学史上稀有な戦争文学として結実することとなる。1922年病を得て小豆島へ帰郷する。
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4.1「助けられて、褒められて、人生初の恋をしてしまった。」教師の西野は幼少期から「マジメすぎる」と周りから言われ育ってきた。そんななか、同じ学校に勤める三浦先生だけは「西野先生はマジメだから良い」と評価してくれていた。周りの評価を気にせず、自分のことを良く言ってくれる三浦先生に密かに恋をしている西野だが、ある日親睦会で酔った三浦先生と一緒に帰ることに。しかしみんながいなくなった後、酔った三浦先生は「もしよかったらセックスしませんか?」と言い始め?!コダ先生が丁寧に描く、マジメ一辺倒、でもどこかキュートな西野先生と、普段はとぼけているけどいざとなったら優しく頼もしい三浦先生の繊細な恋模様は必見です!表題作の他、『千年ヴァージン~極道一家に嫁いだアタシ~』収録。特装版だけの描き下ろし漫画も収録したお得な一冊です!
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4.8北村誠光31歳、そこそこのセンスにルックス、そこそこの肩書きに収入、そこそこの良い女とそこそこに長い関係、可も不可もない人生を送ってきたコンビニの店長…天変地異的な色恋沙汰に巻き込まれた!! コンビニバイトの年下イマドキ男子・南原に突然の告白。それに対応できない北村だったが、告白翌日から姿を現さなくなり、気になり始める。ある日、北村と彼女が飲んでいたところ、妹が乱入。その友達として南原がくっついてきて、突然の再会…! 南原の瞳は北村をロックオン! 好きで仕方ないセツナイ気持ちが爆発。現実に戻れないラブライフ。
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3.3鈴木家は仲良し兄妹(男4人と女1人)だけで暮らしています。両親は海外に行っているので、今年の朝日(末っ子)の誕生日にはビデオレターが届きました。みんなで仲良く見てみると……。なんと兄妹で唯一の女の子、はるなだけは養子だったことが判明!!しかも4兄弟の中から結婚相手を決めなければならないなんて!混乱するはるなに兄たちが出した提案は「エッチをして相手を決めること」。断りきれないはるなはそのまま兄弟たちとベッドを共にすることになり―!?年下のはずの弟には初めてを奪われ、双子の兄には前からも後ろからも責められ…。「お母さん、はるなは…また…ものすごく乱れてしまいました…」衝撃すぎる“お見合い”をお見逃しなく!他、『絶対服従★は~れむ学園』『壮絶アラビアンナイト~闇オークションで売られた処女~』を収録したお得な1冊!
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-流浪の俳人尾崎放哉は90年前、小豆島の島民に看取られその生涯を終えた。今も島に生きる「放哉さん」。 「入庵雑記」は放哉が小豆島に来て3ヶ月後に書いたもの、亡くなる半年前1925年と思われる。自由律俳句の俳人放哉が終焉の地、小豆島西光寺の南郷庵に暮らした年月はわずか8ヶ月であった。海が好き、母恋し、しかし放蕩わがままな放哉にとって、暖かく包み込むような島民のお世話を得て、小豆島は放哉最期にふさわしい場所ではなかったか。著名な句「咳をしてもひとり」の放哉はまた随筆の達人であった。メソメソしたところが目につくものの、言葉使いの美しさは絶妙で、やはり放哉ならではである。 【目次】 島に来るまで 海 念仏 鉦たたき 石 風 灯 【著者】 尾崎放哉 鳥取県鳥取市出身。東京帝国大学(現在の東京大学)法学部を卒業後、東洋生命保険(現:朝日生命)に就職し、大阪支店次長を務めるなど、出世コースを進み、豪奢な生活を送っていたエリートでありながら、突然、それまでの生活を捨て、無所有を信条とする一燈園に住まい、俳句三昧の生活に入る。
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