島田裕巳のレビュー一覧
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内容が内容だけに、冒頭の断りに30頁近く割いている。
新興宗教というと、ネガティヴなイメージが付くため、本書では新宗教と記されている。
さて、新宗教と見聞きするとオウム真理教が思い浮かぶ。宗教やカルトの範疇を超え、テロである。その他、ライフスペースなんてのもありました。シャクティパッドという、頭をパチパチ叩いて、数百万の祈祷料だかお布施だか名目は知らんがお支払。
法の華なんてのもありました。教祖の「最高ですかー!」に帰依する門徒の「最高でーす!」のコールアンドレスポンス。
パナウェーブ研究所なるものもありましたね。白装束の彼ら。一時、メディアを騒がせました。白いワゴンで跋扈し、全身白づ -
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「なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか」幻冬舎新書 2013年 島田裕巳さん。
軽いタッチで書かれた読み易い本です。新書ですものね。
宗教学者の島田裕巳さんの本は、寺社巡りが好きなので時折愉しく読ませて貰っています。これは、八幡神社とか、諏訪神社とか、そういう「どこにでもある身近な神社」がそれぞれどういう謂われがあるか、というのをまとめた読み物です。
こういうの、電子書籍で持っておくと、どこでもいつでも読めるし検索も出来て便利です。
細かい情報は備忘するにも煩雑すぎるので、ここに書きませんが。読み終えて、どの神社の歴史も、「伝説レベルの歴史」と「証拠が残っている歴史」とを突き合わせてみると -
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仏教は日本では国家主導で広まり、都が藤原京に移った696年、試験に合格した者だけが正式な僧侶とみなされる年分度者の制度が生まれた。最澄、空海が亡くなった後に、天台宗と真言宗にも年分度者の定員が認められ、それぞれ宗派としての独立を高めていく。
中国で天台宗を開いた天台智?は釈迦の教えを整理して、大乗仏典のひとつである法華経を最高位に位置付け、誰もが仏になれると説かれている点を強調した。日本の法華信仰は法華義疏に遡るが、これは聖徳太子の著作ではない可能性が高い。天台本覚論の核心にある草木成仏の思想は、あらゆるものに霊魂が宿っているとする日本古代のアニミズムを背景として、徹底した現実肯定の思想に発 -
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この社会では寝たきり老人を増やして平均寿命を伸ばしている。
長寿国・日本。
本当にその長寿が幸福につながるのだろうか。
殺人件数は減りつつも、介護殺人は増加の一途をたどる。
介護疲れからの殺人を、この国は仕方がないものと容認しているようにしか見えない。
今後の超高齢化により、介護はますます負担を増す。
もう親を捨てるしかない。
子が生き残るためには、もはや親を捨てるしかない時代に突入している。
孤独死、下流老人、老々介護、介護殺人。
高齢化社会から見えてくる現実は問題だらけなのに、それらの問題が家庭の問題として、自己責任とされている。
介護を放棄すれば罪になり、介 -
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一般向けの書籍も多数発表している宗教学者・島田裕巳が、宗教の本質的な部分を構成する“死生観”について、神道、仏教、キリスト教、イスラム教等がどのような特徴をもち、他の宗教とどの点で共通し、また異なっているのかを考察したものである。
論旨は概ね以下である。
◆死という必ず巡ってくる出来事を前提として、いかに生きていくのか、それが死生観の本質である。死生観は、死後の世界についての考え方を含みこむことで、個々の宗教が世界をどう把握しているのか、即ち、それぞれの宗教の世界観に密接に結びついている。
◆神道には開祖が存在せず、教えも聖典もないため、死生観も曖昧で、死後に赴く場所も必ずしも明確になっていな -
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「スマホが神になる」角川新書。2016。島田裕己さん。
タイトルほどの衝撃性は無かったです。ちょっとハッタリ...。
でも、宗教とスマートフォンを巡る蘊蓄というか、ふむふむエッセイとして、読み易く楽しめました。
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ここ数年、著作を愉しんでいる宗教学者・島田裕己さん。
別段、何かの宗教の魅力を語るのではなくて、むしろ実は寺社仏閣を見物的に愉しむガイドのような読み方も出来る人です。
(真面目な宗教学の著作もある方なんでしょうが)
この本も、特段、すごく大きな期待もせずに(失礼)ふらっと読んでみました。
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●スマートフォンがとっても普及しています。
●ネットも出来て、ゲームも出来て -
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死とどう向き合うか、葬式とどう向き合うか、というよりも、
宗教とどう向き合うか、仏教とどう向き合うか、という話だったように思う。
かつて死は今より身近にあって、いつもそばで私達を見ていた。
元々は、いかに肉体の苦しみを和らげるか、ということが医療の目的であって、いかに精神の苦しみを和らげるか、ということが宗教の目的だった。
それらは「死を遠ざけること」と「死の恐怖を克服すること」のためにあるのではなくて、「死を受け入れること」のためにあった。だから医療と宗教は密接で、寧ろ同義だった。
けれどいつの間にか、医療の目的は「死を遠ざけること」に変わってしまった。死は忌むべき、克服すべきものとされ -
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著者の「なぜ八幡神社が日本で一番多いのか」は読んだが、さほど記憶に残っていない。本書の方が古代史好きの僕には刺激的な本だった。
でも皇祖神とは誰だったのか、という問いの前に皇祖神とは何かという定義が必要なのでは。
素人考えを云わせて貰えば、元々男神アマテルが持統天皇の時に女神アマテラスに性転換しているぐらいだから、本来の皇祖神であるはずがない。
本書では高御産巣日神が皇祖神ではと云う民俗学者や古代文学者、古代史家の説に触れている。
恐らく、纏向で多数の氏族で出来上がった揺籃時期のクニで、共同で祀られたのが太陽神だったと思う。疫病をきっかけに土地の神、大物主が復活するが、この土地の神と太陽神 -
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