島田裕巳のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
島田裕巳(1953年~)氏は、東大文学部卒、東大大学院人文科学研究科博士課程満期退学、放送教育開発センター(現・メディア教育開発センター)助教授、日本女子大学教授、東大先端科学技術研究センター特任研究員等を経て、東京女子大学非常勤講師。宗教学者として、宗教に関連する一般向け書籍を多数執筆。
私は新書を含むノンフィクションを好んで読み、興味のある新刊はその時点で入手するようにしているが、今般、過去に評判になった新書で未読のものを、新・古書店でまとめて入手して読んでおり、本書はその中の一冊である。
章立て及び内容は以下の通り。序章:「無宗教」は恥ではない!、第1章:日本人は本当に「無宗教」と思って -
Posted by ブクログ
ひいきとは何かを考察した本。 言葉の定義について、歴史を遡って考察する。
著者は歌舞伎や相撲などを事例に構造を説明しているが、少々わかりにくかった。「いきの構造」や「甘えの構造」という過去の名著に倣って書かれているけれど、これを読んだことない人にはピンと来ないと思う。 自分の感覚では、贔屓とは単純にファンのことであって、著者のように深く考察して言葉を使い分けするほどのことでもなさそうな気がする。
自分の傾向として、スポーツなどで応援する人やチームには、判官びいきのバイアスが掛かる。小林一茶の俳句「痩蛙負けるな一茶これにあり」。弱い方を贔屓する方が楽しめるのだ。 また、えこひいきするのは嫌なもの -
Posted by ブクログ
性と宗教、というと縁遠いような印象と、非常に近い印象との二つの相反するイメージがある。
本書は、まさに性行為そのものが、各宗教でどう取り上げられてきたかを示している。
主に取り上げられるのは、キリスト教、イスラム教、仏教、神道だが、そのほかの教義についても一部触れる。
古い宗教である、キリスト教、イスラム教、仏教については、女性の地位が一段低く扱われることがある。
例えば、仏教においては変成男子、イスラムの9歳から結婚が可能と考える根拠、バチカンの女性神父拒否など…
現代にそぐわないとされる教義も、後世の人々が勝手に替えられないというところに、宗教の在り方が問われていることも、筆者は後書きで指 -
Posted by ブクログ
読まずに生き残れるか?は、煽りすぎ。
高校で習った世界史を、宗教という視点から再構成してみましょうといった感じ。
そこに、現代史として、イスラム原理主義と、ウクライナとロシアの宗教観が混じってくる。
いつも思うのは、人が何かを信じるという、そのエネルギーが恐ろしい。
神話は、時に現実に生きてくるわけだし、教典に従って、生活をし続けている人々がいる。
(まあ、宗教がなくても、何かの規範の中で生きているわけだけども)
そして、何を信じるか、で進んできた時間の流れは、相手の信じるものを打ちこわし、正しくないと言い切ってしまう。
そういうものを、恐ろしいと感じ、私は私の都合のよい信仰で良いと思っ -
Posted by ブクログ
ネタバレ曹洞宗や臨済宗といった禅宗の場合には、不立文字と言うように、教えを文字にして表現することを戒める傾向が強く、他の宗派を批判したり、攻撃する事はなかった
戦前の昭和15年に、現在の宗教法人の前身となる宗教団体法が制定されるが、それ以前の段階では13宗56派が存在した
宗教法人は認証されるものであるにもかかわらず、多くの人たちは認可されるものと誤解している
比叡山が10世紀末以降、支配下に置いたのが祇園社、つまり今の八坂神社である
南都北嶺は兵僧を抱え、武力を所有することで、独立性を保っていた
織田信長の比叡山焼き討ちや豊臣秀吉の検地や刀狩りは、寺社勢力から領地や兵力を奪い、世俗の権力の支配下に置