島田裕巳のレビュー一覧
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島田裕巳(1953年~)氏は、東大文学部卒、東大大学院人文科学研究科博士課程満期退学、放送教育開発センター(現・メディア教育開発センター)助教授、日本女子大学教授、東大先端科学技術研究センター特任研究員等を経て、東京女子大学非常勤講師。宗教学者として、宗教に関連する一般向け書籍を多数執筆。
私は従来、死生観に関わる本をよく読み、著者の本でも、『「日本人の神」入門』、『人は死んだらどこに行くのか』、『無宗教こそ日本人の宗教である』等を読んできたが、アラ還世代に入った数年前から、人生後半の生き方を説いた本も読むようになり、本書を手に取った。
本書は、人生100年時代と言われるようになった現代におい -
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柴田錬三郎が言ったように日蓮は「法螺吹き」ではないか?良観との「祈雨対決」仏教者が「7日のうちに雨降らば弟子となろう」と思い切った挑発を言うだろうか。自伝的文章にあるといっても疑わしい(と思う)。女性信徒への情感溢れる書簡が有名だが、ほとんど色気なし。自ら「なぜ正しいことを主張して迫害される」と苦悩する人間像。対蒙古防衛体制に邪魔者なのを無自覚。
鎌倉から佐渡へ流罪。佐渡で曼荼羅を書き上げたところで小説は終わり。 名脇役の源空丸は、佐渡で怪我をして亡くなりその際、日蓮が念仏を唱えたのはちょっと不思議
〇法門上は、本尊は最重要の争点。
佐渡始顕本尊は実在せず(だから「文字が金色になった」と空想 -
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宗教学者が日本の8ヵ所の「聖地」と呼ばれる場所についてその歴史やしきたり、現代の立ち位置などを解説している。
比較的近代に創設された天理教本部のような場所から、神話の時代にまで由来が遡る沖ノ島など歴史の深さも様々。現代でも宗教上の重要な拠点だったり、パワースポットと呼ばれて観光客を呼び込む場所もあり、訪れる人たちの目的もまた多様化している。
各地にあるしきたりや「封印」、伝統行事は誰がいつ、どのようにして決めたのだろうと思う。後の世の人達に不要と判断されればなくなってしまうものが今でも続いているのには、それだけ人々を惹き付ける物があるからだろう。 -
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宗教対立、と一言で括ってしまうことの危険性を説いた本だと感じました。
宗教というと、どうしても、どこかスピリチュアルなものだ〜と距離を置いてしまうというか……また、信仰というものの強さと頑なさを知っているからこそ、思考停止になってしまっていた面もあったのだなと実感させられました。
時代に即して利用されたり、隠れ蓑にされたり、拠り所にされたりしてきている宗教。姿形を変えながら歴史に現れている宗教を、単純に理解しようとしてはいけない。でも、理解し切ろうとするとあらゆる分野の知識が要るからメチャメチャ難しい……!というもやもや。
タイトルで、「わかる」と「かわる」の対比なのは何故なんだろうと考えて -
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基本的に格上の神社とは、古事記·日本書紀に登場する神社。
本書に掲載される神社とその祭神は、
伊勢神宮 アマテラス
氷川神社、八坂神社 スサノオ
出雲大社 オオクニヌシ
大神神社 オオモノヌシ
浅間神社 コノハナサクヤビメ
宗像大社 宗像三女神
神社の形態の第1段階は、磐座などで祭祀を行っていた。第2段階では、磐座が鎮座する神体山が信仰の対象となる。大神神社では三輪山、伊勢神宮では朝熊山がそれにあたる。第3段階になると、神体山の前に、俗界と区別するために鳥居が建てられる。第4段階で拝殿を建てられ、最後の第5段階で本殿が建てられる。
との変遷があるようだ。
何気に訪れる神社に、このような歴史 -
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宗教はどこからどのようにして生まれてくるのか。特定の人の内面からある日突然発生(降臨)することもあるだろうし、周りで生活する人々の状況が後押しする事で成長していく。生まれも育ちもそれぞれだと感じるが、何かしらの悪意に近い意図を持って近づくこともできてしまう。
本来的な宗教が生まれた意味を教義として実践している間は理解できる(破壊活動など人を傷つける行為は理解しない)が、その道を外してしまった時、仮に心が縛られてしまった人たちが抑えられない力になってしまう危険性を感じた。
近年騒がれる団体だけでなく、どの様な歴史背景から様々な団体が生まれてきたか、わかりやすく書かれていた。
票の獲得や就職に利用 -
Posted by ブクログ
簡素化、消滅へと進む葬式のこれまでとこれからについてエッセイのような感じで解説。
今のような仏教式の葬式の原型は曹洞宗の葬式で、それは儒教の影響を受け、教団を経済的に支えるというビジネス的な背景のあるものだったということなど、葬式についてこれまで知らなかった知識や最近の流れをいろいろ知ることができた。
個人的には、高額な戒名や故人と直接関係のない人を大勢呼ぶような大規模な葬式はいかがなものかとは思うが、遺族として気持ちを整理する、故人との別れの場として、従来の仏教式の葬式も悪くないと思っているので、葬式消滅に向かう流れには、一抹の寂しさを感じる。
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