島田裕巳のレビュー一覧
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●無宗教と公言する日本人が、実は宗教に対して強い関心を持ち、ある意味熱心に宗教活動、信仰活動を実践している、、、56
●現代の日本人は、結婚式を神道で行い、葬式は仏教で行うことを、いいかげんで無節操なことだと、自嘲的に語る傾向がある。 しかし、そうした慣習の背景には、神仏宿合という、長い歴史を経て形成されてきた信仰のあり方がある。決してそれは、いいかげんなものでも無節操なものでもない。それは、日本人なりに、日常の生活に合う形で、独自に形を作ってきた信仰のあり方であり、卑下する必要は全く無いのである。76
●自分たちの宗教は何かと問われたとき無宗教と答えるしかないと感じながらも、無宗教だと公言す -
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日本人の宗教、あるいは宗教性について「無宗教」という言葉でアプローチをはかった一冊。
一つの宗教だけを守ろうとしない無節操さ
宗教コンプレックス(劣等感):日本人は宗教を大切なものと考えながら、今の自分たちが、宗教に真摯な態度で臨んでいないことを嘆かわしく思っている。
⇒自嘲的に「無宗教」
ある特定の宗教を信じるということは、他の宗教や信仰を認めないことであり、排他性や排外主義に結びついていくと考え、特定の宗教を信奉するよりも、無宗教であることに価値を見出す。
⇒強い誇りを持って「無宗教」
「日本人が無に求めてきたのは、私という小さな存在の限界を超えることである。もっと広い世界、もっと豊か -
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1998年4月27日にカルロス・カスタネダはカリフオルニア州ウエストウッドの自宅で肝臓ガンのため死去したという。彼が世に紹介されたのは1968年・UCLAで人類学を学ぶ学生だった時のドクター論文だそうだ。
小生が彼の著作を読んだのは、先に記したチベットのモーツアルトでの紹介からで、1984年だった。「ドンフアンの教え」カスタネダの最初の著作がアメリカで刊行された16年後の事になる。1968年は原子力空母・エンタープライズ寄航問題・東大闘争・三億円事件・・などの年だ。
60〜70年代の「ニューエイジ運動」のゴットファーザと称されたカルロス・カスタネダの著作シリーズと真木悠介氏の「気流の鳴る音」 -
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日本の政界に蔓延る最大の宗教団体の事績が淡々と一応中立的に綴られる。
日蓮の教義をテーラリングし、カリスマを仕立て、団結を煽っていたが今後は緩やかな衰退と思われる。
個人的には仏法は戦いだ!等、会長さまの名言集が微笑ましい。自称リベラルな人は本当に独善的だなと思う。
もともとは日蓮が政治について語っていたため、日蓮系の宗教は政治色が強いのだなとか、やっぱ公明党は当初の目論見が創価学会による神権政治だったのだなとか、やっぱり創価と色々納得。
個人的には未顧客開拓の一環で、日本侵略中のムスリム達に折伏大行進をしてみてほしい。成功したら少しは日本社会から感謝されるかも。 -
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日本の新宗教
神道系でも仏教系でも、開祖を神と位置付ける。
神格化した個人崇拝の形態。
個人崇拝に集金システムと等級評価システムをくっつける。
でっちあげ神話、演出した奇跡。
そして、現実のお困りごとや社会的孤立を包摂すると見せかけて社会や既存の共同体から隔絶する。
だいたい、新宗教はこの材料でできてるのかと認識した。
色々いるけど日蓮系はロックで行動派。折伏大行進しかり。
法難に酔うと認知が歪んで変なことになるのかも。
また、そもそもトンチキな教えにハマる人がいる事実、教育の敗北によるのか、耐え難い苦境のせいで転がり込んでしまうのか。
少なくとも、日本のマクロ経済政策は緊縮一辺倒で国民 -
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ネタバレ・日本の仏教では、宗派が前面に出てくるため、その大本にあるはずの釈迦よりも、それぞれの宗派の宗祖の方が重視される。その結果、それぞれの宗派の信者は、釈迦の教えではなく、宗祖の教えを信仰の対象にしている。
・中国に伝えられたのは、パーリ仏典ではなく、サンスクリット語で記された「大乗仏典」だった。『大正新脩大蔵経』は、その大乗仏典を収めたものなのである。
・パーリ仏典の方は、現在の日本では、「原始仏典」と呼ばれることが多い。
・仏教は、釈迦の悟りの内容を探求し続けていく試みである。その点で絶えず発展し、変化していく。私たちは、そうした仏教の特徴を認識する必要がある。
・インドの場合には、まず極楽浄 -
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公明党といえば長く政権与党自民党と共に、国政を牽引する側の立場としてのイメージが大きい。私の住む街は公明党地盤と言って良いから、国政選挙では自民党議員が出馬せず公明党候補が長く当選してきた。その公明党が最近何かと話題になっている。長く協力体制にあった自民党を離れ、まさかないだろうとは思っていたが、民主党と新しい政党「中道改革連合」を成立させた(正にその当日、結党大会が行われた日に本レビューを書いている)。まさかと書いたのは、地方に強い自民党と都市部に強い公明党はお互いの弱い地盤を補完し合うという意味で利点があったものの、立憲民主も同じく都市部の若者を支持基盤とするから、候補の食い合いになるので
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宗教の変化、時代ごとの生活の変化に合わせて、進化してきた葬式。
また現代ではビジネスとしての側面も強くあるけれど、宗教的な意味合いも合わせ持つので疎かにしにくいという心理も働く、葬儀関連の諸々。
親が死んだ時、簡素な葬儀にした事に、後ろめたさを感じたりもしたけれど、やっぱり間違ってなかったと思えた。
しきたりにこだわり、形式だけの葬式にずっと疑問を抱いていた。司会の人の悲しそうな話し方にも白々しさを感じていた。
仏教徒でもないのに戒名つけられるより、生まれてからずっと使ってきた名前でいい。
近場ならまだしも遠い場所まで墓参りも面倒。
こんな風に考える私でも、大切な人の死は寂しいし、本棚の隅に
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