島田裕巳のレビュー一覧
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ご存じだろうか
親鸞は晩年、聖徳太子を讃える和讃を詠んだ
師である法然の教えを西方指南抄にまとめて
宗教家として信仰の根本を再認識する為には
天台宗開祖の最澄が日本最初の法華経理解者
としてとらえている「聖徳太子」を抜いては
日本仏教を語れないのだろう
【知っておきたい聖徳太子】
母の間人皇后の口中に救世観音が入って入胎
厩の前で産み落とすと赤・黄色の光が差込む
2歳で合掌し「南無仏」と称える
6歳で百済の僧が持つ経論を見たいと望む
16歳で物部守屋と戦う(四天王像の加護)
26歳、百済阿佐王子と面談し眉間から白光
27歳、愛馬黒駒で富士山登頂(3日で帰還)
37歳、魂で前世修行時の経典を持ち -
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神社は、とっても身近な存在なのですが、それゆえか、その存在について、あまり疑問を持ってきませんでした。
が、タイトルを見て気になったので、読んでみました。
名称に「神宮」が入っている神社は天皇にまつわる神社であること、神話に基づく神社の存在、実在の人がまつられた神社の区分など、神社についてあいまいだった知識が、かなり整理できました。
また、「伊勢神宮」の本当の名称は単に「神宮」であることや、神社の本殿は後付け、とか、神道は教えを持たない、とか、改めて得られた知識もいろいろとありました。
この本を読んで、神社や神道と日本人の相性のよさを感じました。
仏教との共存(神仏習合を含めて)が可能な -
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宗教、そして世界史についてちゃんと学んだことがなくて、最初は知らないことも多かったけど、最初から読み通すと最後には納得できた!用語も多いけど、面白かった。イスラム教は教団など組織がなく、説教を行うイマームも俗人、入信するには洗礼などもない。戒律の強制や罰することなどもないため、ゆるいといえる。啓典の民(同じ神を信仰するユダヤ教徒とキリスト教徒のことを仲間として捉える)は「ジズヤ」という人頭税さえ払えばイスラム教が支配的な地域でもユダヤ教やキリスト教の信仰を持ち続けても構わないとされる⇆キリスト教
→キリスト教が広まった地域に住み、迫害を受けていたユダヤ教徒は、自分達の信仰を守るために、イスラム -
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ネタバレつるりとした御影の墓石を頂く○○家先祖代々の墓。あれは実は代々受け継がれてなどいなくて高度成長期に広まった文化の一種なのである。そもそも代々続かないのは当然であり、必要以上に重く考える必要などない、だから安心して墓じまいをというのが著者の立場。なるほどと思った。確かに、誰でもみんな建てるようになり建てて一人前とされたものがやがて次代で・・という点で郊外のマイホームみたいなものなのかもしれない。深刻に悩んでいる人にとっては少しは気が楽になれる本だと思う。
P33 これから長い年月が経てば、いつかは私を知らない子孫が出てきます。わたしは忘れ去られて、その時ようやく「ご先祖さま」とひとくくりで呼ば -
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キリスト教・イスラム教・仏教などには、「経典・教典」がある。
しかし神道には「経典・教典」がない。
だから仏教を取り入れるがで一部争いはあったものの、日本の土着宗教である神道の中に、概ね大きな争いはなく仏教は溶け込んでいった。
というのは、なるほど、と思った。
僧侶や親など、人づてに「教え」が受け継がれていったものの「教典」がないから解釈違いで争いがないし、時代に合わせて柔軟に変わっていくことができる。同じ宗教に属していながら異なることを言っていても、納得できる理由があるならそれでいい。
今、「禅」や「マインドフルネス」などが一部でブームだが、仏教ではなく、このような日本民族宗教と仏教とが流合 -
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ネタバレ<感想>
本を読む前から、現代では宗教はあまり必要とされていないだろうという感覚はあったが、様々なデータからどのように宗教を取り巻く環境が変化しているのか知ることができた。
本書のタイトルに「日本人の末路」という言葉があったため、宗教を捨てたことによる悪影響を主張する本なのかと思っていたが、特別そういったことはなかった。
本書のメインである「死生観が変化している」という主張については、非常に納得感があった。これまで宗教が必要とされていたのは、「いつ死ぬかわからない」という病や死への恐怖のためであり、それらが解消されつつある現代に宗教離れが起こるのは至極当然とも思える。
寿命が長くなってしまっ
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