島田裕巳のレビュー一覧

  • サクッとわかる ビジネス教養 宗教と世界

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    5大宗教の始まりから現代までの歴史と、近現代の宗教にまつわるトピックの概要をさらりと書いた本。絵や図が多くとっつきやすい。全体像を掴める。さらりとしてるので知的好奇心は少ししか高まらなかった。ほかの本や動画もいっぱい見つつ都度全体像を再確認するのに最適。

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    2023年04月05日
  • なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか 【最強11神社】八幡/天神/稲荷/伊勢/出雲/春日/熊野/祗園/諏訪/白山/住吉の信仰系統

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    神社とはどういうものなのかが広く浅く、要点を踏まえて解説されている。日本にある様々な神社、その神社に祀られているものがどういう神なのかが丁寧に説明されている。学生時代に学んだ『神仏習合』や『本地垂迹説』『神仏分離』の流れが、時代背景と共に良く理解出来る良書。
    ただし、ある程度『古事記』の知識や歌舞伎などを知らないと、かなり読みにくく理解しにくい。古事記と、歌舞伎関連の本を読んで読み直したら新しい発見がありそう。

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    2023年01月30日
  • サクッとわかる ビジネス教養 宗教と世界

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    仏教、キリスト教、ヒンドゥー教についてイラスト付きで解説されている本でした。経済と宗教の部分が一番面白かったかもしれない。
    一度読んだだけだと記憶に定着しないくらいボリューム満点なので、何度か読み返したい教科書みたいな本でした。

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    2023年01月12日
  • もう親を捨てるしかない 介護・葬式・遺産は、要らない

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    結婚しない、子供を作らないのも自由だけど、いないと最期みとってくれるのはだれもおらず孤独に死ぬしかないというようなことが書かれており、その通りだなと。
    親の立場ですが、うまく子離れしたい。。いつまでも甘やかしてしまって、難しいのだけど。

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    2023年01月12日
  • 葬式は、要らない

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    日本人が葬式にお金をどれくらいかけているのか、すごくわかりやすく説明されていました。また、"伝統"といいつつその歴史も浅いもの、という宗教的なこともせつめいされていてなるほどなと。

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    2023年01月12日
  • 捨てられる宗教 葬式・墓・戒名を捨てた日本人の末路

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    日本人の平均寿命が伸びることで、死生観が変わった。死生観A(宗教により救いが必要な世界)とB(長く生きるため、老後までスケジュールする必要がある世界)があってBに移行しつつある。そうなると、宗教は不要になってきてむしろ葬式に呼ぶ人がお互い死んでしまっていなくなるとか。
    死生観変わったというのが確かにその通りで、私も感じてはいたことが思っていた通りに言語化されていて、うんうんうなずきながら読みました。

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    2023年01月12日
  • 葬式消滅 お墓も戒名もいらない

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    自分が死んだときに、葬式も墓もいらないと思っていたので、すべてに同意。世の中の流れもそのような方向に向かいつつあるという点は、あまり意識してなかったので意外な事実だった。

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    2023年01月07日
  • サクッとわかる ビジネス教養 宗教と世界

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    いろんな要素がありすぎて全てを理解できていない部分がありつつも、いろんな宗教をかいつまんで理解するにはとてもよい本でした。

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    2022年11月06日
  • 親鸞と聖徳太子

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    ご存じだろうか
    親鸞は晩年、聖徳太子を讃える和讃を詠んだ
    師である法然の教えを西方指南抄にまとめて
    宗教家として信仰の根本を再認識する為には
    天台宗開祖の最澄が日本最初の法華経理解者
    としてとらえている「聖徳太子」を抜いては
    日本仏教を語れないのだろう
    【知っておきたい聖徳太子】
    母の間人皇后の口中に救世観音が入って入胎
    厩の前で産み落とすと赤・黄色の光が差込む
    2歳で合掌し「南無仏」と称える
    6歳で百済の僧が持つ経論を見たいと望む
    16歳で物部守屋と戦う(四天王像の加護)
    26歳、百済阿佐王子と面談し眉間から白光
    27歳、愛馬黒駒で富士山登頂(3日で帰還)
    37歳、魂で前世修行時の経典を持ち帰る
    42歳、片岡山伝説(聖の聖を知る)

    近年の研究では冠位十二階と十七条憲法を定
    めたのは間違いないことが分かった(´・ω・`)
    (用語などで後世疑義→内容精査で同一思想)


    「厩戸王」は戦後になって仮に想定された名であって古代の文献には見えないこと、都の飛鳥と斑鳩を斜め一直線で結ぶ太子道は幅20メートルもある広壮なものであった事実が発掘でわかったこと、現在の法隆寺の前身である斑鳩寺は彩色壁画で飾られた最先端の大寺であったこと、その他の新しい研究成果を認めず、「いや、実在したのはぱっとしない厩戸王であって、聖徳太子はいなかった」と主張し続けているのが、
    大山誠一「聖徳太子は実在しなかった」

    この男を覚えておこう(トンデモ歴史家)

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    2022年09月16日
  • 教養として学んでおきたい神社

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    神社は、とっても身近な存在なのですが、それゆえか、その存在について、あまり疑問を持ってきませんでした。
    が、タイトルを見て気になったので、読んでみました。

    名称に「神宮」が入っている神社は天皇にまつわる神社であること、神話に基づく神社の存在、実在の人がまつられた神社の区分など、神社についてあいまいだった知識が、かなり整理できました。

    また、「伊勢神宮」の本当の名称は単に「神宮」であることや、神社の本殿は後付け、とか、神道は教えを持たない、とか、改めて得られた知識もいろいろとありました。

    この本を読んで、神社や神道と日本人の相性のよさを感じました。
    仏教との共存(神仏習合を含めて)が可能な(可能だった)理由も、少し理解できた気がします。

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    2022年08月22日
  • 小説 日蓮 上巻

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    ネタバレ

    かなり独特な表現のように思えましたが、主人公が仏教の道にのめりこんでいく様子が、とても興味深く感じられました。
    仏教との関わりってどういったものだったのかと、とても疑問に感じていたので、主人公が感じていた疑問とともに、後半読んでいきたいと思います。

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    2022年08月10日
  • 宗教対立がわかると「世界史」がかわる

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    宗教、そして世界史についてちゃんと学んだことがなくて、最初は知らないことも多かったけど、最初から読み通すと最後には納得できた!用語も多いけど、面白かった。イスラム教は教団など組織がなく、説教を行うイマームも俗人、入信するには洗礼などもない。戒律の強制や罰することなどもないため、ゆるいといえる。啓典の民(同じ神を信仰するユダヤ教徒とキリスト教徒のことを仲間として捉える)は「ジズヤ」という人頭税さえ払えばイスラム教が支配的な地域でもユダヤ教やキリスト教の信仰を持ち続けても構わないとされる⇆キリスト教
    →キリスト教が広まった地域に住み、迫害を受けていたユダヤ教徒は、自分達の信仰を守るために、イスラム教の広まった地域で生活する道を選んだ。

    ・イスラム教には原罪の観念はない→キリスト教徒の共存は難しい

    p.150 国が違えば、イスラム教を信仰するあり方が違う。それを一括してイスラム世界と捉えるのは難しいし、意味をなさない。ところがイスラム世界と言う捉え方が広がり、疑問も持たれないまま使われているのである。18世紀前において、ラテン・キリスト教世界(西ヨーロッパ)では、イスラーム世界と言う表現はほとんど用いられなかった。17世紀までは、イスラムと言うことさえ言葉さえ知られておらず、東方やアジアに住む人たちの事は、トルコ人、ペルシア人、ムーア人、ベルベル人、中国人、日本人と言った民族名で呼ばれていた。イスラム教徒が多く住み、宗教としてのイスラム教が強い影響力を持つ地域がイスラム世界として認識されるのは19世紀になってからである。羽田はそこに、イスラム世界と言う捉え方をするようになったヨーロッパ側における世界認識の変化を見ている。イスラム世界とは、ヨーロッパと対になる概念で、ヨーロッパが「近代的諸価値を実現した」+の世界であるのに対して、イスラーム世界は「前近代的な価値観を依然として保持した」マイナスの世界として捉えられるようになったと言うのである。


    p.193 戦前の日本では、初代の大天皇である神武天皇は実在し、皇妃と言う暦は神武天皇の即位から始まるとされていた。しかも、江戸時代の国学者である本居宣長は、日本が他国に優れている上、皇統が上に遡り、連綿とそれが受け継がれ、王朝の交代がなかったことに求めた。それは日本の近代におけるナショナリズムの形成に大きな多大な影響を与えた。

    p.232- イスラム教は普通名詞の世界
    アルカイダ・アルスルバ=基盤、戒律、原則
    カーバ=立方体
    アルカイダは1980年代からアフガニスタンに侵攻したソ連軍と戦うためにイスラム世界の至る所から集まった義勇兵、ムジャヒディーンの間で使われるようになる。ただし、その時点でも、7月するための記事を意味するもので、特定の組織の名称ではなかった。

    ※イスラム教世界では聖と俗は一体化しており、何か特別なことはない。

    p.264 したがって、イスラム教の信仰を獲得する、あるいはそれを強化する回心の体験を経ると、罪深さを感じる事はなく、むしろ自分は神に対する正しい信仰を確立したものであると言う自覚を得ることになる。イスラム教徒を意味する「ムスリム」とは、神に己の命を捧げたことを指す。それは、一般の社会生活において自ら落ちこぼれと捉えていた人間に対しても絶対的な自信を与える。まさに選民意識を抱かせることになるのだ。そして、信仰を知らない人間が生活する外側の社会は破壊しても構わないもの、むしろ破壊すべきものとして捉えるようになる。しかも、殉教者は神によって天国に召されるわけだから、彼らは自爆テロもいとわなくなるのである。

    p.266 テロを引き起こす根本的な原因は、テロリストの内面にある。そこで起こった心の転換、改心が決定的な意味を持つ。キリスト教の枠の中での改心なら、自己の罪深さを自覚するもので、悪は自らの内面にある。ところが、イスラム教では、政治運動の活動家の場合と同様に、会心によって自覚されるのは内面の悪ではなく、外側にある悪なのである。世界は根本的に間違っており、それは、神が作り出した世界からは大きく逸脱している。逸脱したものを探さなければならない。正すためには破壊が必要だ。テロリストはその方向に向かっていく。重要なのは、テロを引き起こす組織、集団に所属していることではなく、テロリスト個々人の心のあり方である。確信を得た人間は、間違った世界を正す、あるいはそうした世界に警告を与えるために、ひたすら破壊行為に向かって邁進する。彼らが自らの意図や動機について書き残したりしないのは、明確な確信があり、他者に認められることを一切必要としないからだろう。それだけつよい確信がなければ、自らの命を犠牲にすることはできない。殉教者として自分は必ず天国に召されると言う絶対的な信仰がなければ、自爆テロには至らない。こうした回心を遂げた人間にとっては、すでに外側にある社会は意味をなさない。それは否定されるべき社会に他ならない。それによって、その人間は外界から切り離され、その分不純なものをそぎ落としてしまう。アタや村井秀夫から透明感が感じられたのも、そのためである。自らの行為が及ぶ破壊の程度が凄まじいものになると想像することで、彼らの心は激しく昂ぶり、そこに陶酔の境地が生まれた。それは自爆テロの実行者全体に及ぶ真理である。自爆テロは、自らの命を守ろうとしないために、それを防ぐことが難しい。しかも、根本は個人の心の中での出来事であるだけに、その意図が意図や目的が外部に知られることもほとんどない。


    p.271 信仰は、必ずしも現世に価値をおかない。仏教などはその典型とも言えるが、キリスト教の痛みも、その傾向が強い。現世よりも来世に価値を置く傾向は、どの宗教にも見られる。したがって、社会の状況が悪化したと判断されれば、生きることよりも死ぬことに宗教的な価値があるとされるようになる。そこでは、信仰のために死ぬことに至上の価値が与えられる。それが、暗殺や自殺しろ、抗議の焼身自殺といったことに結びつくのだが、そこに宗教が関わっているため、その後、宗教対立のもとになることがある。

    今日的な宗教対立の特徴は、テロと言うところにだけあるわけではない。現代の大きな特徴は世俗主義の広がりと言うことにあるが、そうした事態が宗教の側からすれば、自分たちを脅かすものと受け取られる。そこから新たな対立が生まれてくる。

    p.296 イスラム法のであるしゃりやは、イスラム教徒の生活全般を規定するものである。あるいは、イスラム教では、世俗の生活を捨てた聖職者と言うものが存在しないことも既に触れた。その点で、イスラム教は聖俗が一体化した聖教一致の世界であるともいえる。だがそれは、あくまで政教分離が行われた世界からの見方であり、そもそもイスラム教には聖と俗、宗教生活とそれと関わらない世俗の生活を区別すると言う発想がない。それに対して、礼指定を原則とするフランスの社会は、宗教に対する信仰をあくまで個人のものとして捉え、公的な空間の中にそれが侵入してくることを拒む。そこにはフランス革命以来のカトリック教会との関係性が深く関わっている。その点で、イスラム教の信仰が、フランスの社会においてそのまま受け入れられる事は難しいのだ。フランスでは、公的な領域投資的な領域と分け、宗教の信仰が公的な領域に入ってくることを禁じる。徹底した生協分離を求めるわけだが、礼拝節と言うことに関して、キリスト教の教会は国や自治体の所有で、それをキリスト教徒が利用する形になっているのわけだが、イスラム教のモスクは、1905年の政教分離法以降に建てられたものなので、国や自治体の所有にはならない。そこには差別の意図は無いわけだが、結果的にモスクの運営に制約を与えている。土地を取得した上に維持費を捻出しなければならないからである。

    p.298 こうした事情はフランス特有のもので、同じヨーロッパであっても他の国では起こらない。西尾ロッパでは、既に見たように、フランスと同じくイスラム系の移民が増加し、そのために軋轢が起こり、差別の問題も発生している。だが、フランスのライシテのような厳格な政教分離を求めてられていないため、ヒジャブの公立高校での着用がそのまま気にされるような事は無い。ライシテと言う世俗主義的な政策は、イスラム教徒の側からすると、自分たちを迫害するものと映る。フランスと言う国家は、イスラム教の進行を否定しているのではないか。そのように受け取れる面がある事は否定できない。そうした中、イスラム教を揶揄する風刺画が描かれ、雑誌に掲載されれば、そうした感情はさらに刺激され、それがテロと結びついていた。しかも、フランスの大統領は、宗教を揶揄する権利があるとして、その点で譲らない。フランスには宗教対立を煽る仕組みが築き上げられてしまったとも言えるのだ。

    p.311 1つの例として女性の扱いと言うことにを考えても、それぞれの宗教が説く内容は現代からすれば差別的である。仏教には、女性は成仏できないと言う考え方がある。一神教の神は男性であり、ケイ素今日の三位一体には女性ないしは女性的なものが含まれない。イスラム教も、あくまで男性中心の宗教であり、女性は保護の対象とはなっても、男性に従う者として見なされている。女性差別の根本に宗教がある。そうした認識があるからこそ、先進国では、宗教の衰退と言う現象が顕著になっているのではないだろうか。

    p.315 では、宗教対立を激化させないために、私たちはどういった手立てがあるのだろうか。そこに施策があるわけではない。宗教は1つだと訴え、その方向に持っていこうとしても、それは難しい。その中で私たちができることがあるとすれば、宗教対立として作られる個々の事例について深く研究を進めていくことである。ここまで見てきたように、宗教同士が対立しているといっても、それは単純に教えが異なるからではない。そこには、土地やかね、支配と被支配の問題など、様々な事柄が関わっている。それを単純に宗教対立として捉えてしまっては、自体の本質を見抜くことができない。宗教対立と言う捉え方自体を、私たちは皆をしていく必要がある。もちろん、異なる宗教の間で、競技の違いから対立が起こるような事はあるが、それは論争によって解決すべき事柄であり、相手の存在を否定し、武力によって打ち倒すべきものではない。実際、教えの違いが単純に宗教対立を生んできたわけではない。宗教対立が起こったときの社会的、あるいは経済的な原因を明らかにすることで、物の見方は大きく変わってくる。本当は何が原因なのか。それを究明することで、私たちの理解は変わってくるし、それは宗教対立激化しないことに結びつくかもしれない。宗教対立であると煽れば、時代はより深刻なものになっていく。信じると言う行為は、人を頑なにさせる面があるからである。私たちは、常に思考停止に陥らず、物事が起こる根本的な原因を突き止めていく努力を惜しむべきではない。ある意味、宗教対立と言われる時代は、宗教の対立ではないと捉えることで、解決が図られ、平和がもたらされることになるかもしれない。もちろん、これまでの歴史を考えれば、事態は容易なものではない。そこには過去の出来事が深く関わり、それは「なかったこと」にはできないからだ。ある意味、特に新先進国に見られる宗教の衰退と言う事態は、歓迎されるべきものかもしれない。宗教が力を失うと言うことが、それを熱狂が薄れると言うことであり、私たちはそれによって冷静さを保つことができるからである。しかし、いちど力を失った宗教が、再び盛り返すようなこともある。近年のイスラム教の復興等は、その代表である。そして、イスラム教の復興は、原理主義を生み、新たな宗教の対立を引き起こしてきた。ただ、イスラム教には、ここまで述べてきたように、他の宗教と共存するシステムが確立されている。そのシステムをいかに機能させるか。そこに、宗教対立を引き起こさない手立てを講じる余地を見いだすことができるかもしれないのである。…私たちは単に戦争反対を叫ぶだけでなく、紛争当事者における宗教的事情について、改めて考察を深め、自体を正しく理解していくしかない。そうした試みをすることで、なぜ今日の事態が起こったのかの原因の一端を知ることができるのである。

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    2022年07月05日
  • 「墓じまい」で心の荷を下ろす

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    つるりとした御影の墓石を頂く○○家先祖代々の墓。あれは実は代々受け継がれてなどいなくて高度成長期に広まった文化の一種なのである。そもそも代々続かないのは当然であり、必要以上に重く考える必要などない、だから安心して墓じまいをというのが著者の立場。なるほどと思った。確かに、誰でもみんな建てるようになり建てて一人前とされたものがやがて次代で・・という点で郊外のマイホームみたいなものなのかもしれない。深刻に悩んでいる人にとっては少しは気が楽になれる本だと思う。

    P33 これから長い年月が経てば、いつかは私を知らない子孫が出てきます。わたしは忘れ去られて、その時ようやく「ご先祖さま」とひとくくりで呼ばれるようになるんです。それが無名性の獲得です。(上野誠氏)
    P90 どの家でも墓を作り、墓参りを行うというのは、火葬が普及してからの習俗なのです。

    P103 (カロートは日本語)「唐櫃」が転訛した言葉であると説明されています。【中略】東日本と西日本で遺族が持ち帰る遺骨の量に違いがあるのです。

    P133 柳田(国男)は(老人が自分は一族の御先祖になると語ったことに)これまでの日本人が求めてきた成功のイメージが示されていることに感銘を受けたと述べています。

    P137 先祖供養が稲作農家には好ましい信仰の形態であったとしても、そうした生活をしていない人々にとっては、必ずしもそうではありません。漁家なら漁船を購入してくれた先祖に、町工場なら工場を建ててくれた先祖に感謝の念を抱くということはあります。ところが、それがサラリーマンの家ということになれば、先祖と言われてものそのイメージは鮮明ではありません。

    P176 平均寿命が短く、いつまで生きられるかわからない、だから死ぬまで生きようと考えていた時代の死生観を「死生観A」と呼んでいます。それに対して超長寿社会の死生観は「死生観B」です。自分が長生きすることを前提に人生を組み立てていくもので、先のことを常に考え続けていく生き方になります。

    P182 長寿が実現された結果、わたしたちの人生は、次第にフェイドアウトしていくものに変化してきました。

    P207 人工ダイヤモンドで石を切る技術と中国の安価な御影石の輸入が、立派な墓を建てる慣習、文化を生んだのです。

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    2022年04月29日
  • 教養として学んでおきたい神社

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    キリスト教・イスラム教・仏教などには、「経典・教典」がある。
    しかし神道には「経典・教典」がない。
    だから仏教を取り入れるがで一部争いはあったものの、日本の土着宗教である神道の中に、概ね大きな争いはなく仏教は溶け込んでいった。
    というのは、なるほど、と思った。
    僧侶や親など、人づてに「教え」が受け継がれていったものの「教典」がないから解釈違いで争いがないし、時代に合わせて柔軟に変わっていくことができる。同じ宗教に属していながら異なることを言っていても、納得できる理由があるならそれでいい。
    今、「禅」や「マインドフルネス」などが一部でブームだが、仏教ではなく、このような日本民族宗教と仏教とが流合して源流があるんだろうか。

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    2022年03月23日
  • 捨てられる宗教 葬式・墓・戒名を捨てた日本人の末路

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    <感想>
    本を読む前から、現代では宗教はあまり必要とされていないだろうという感覚はあったが、様々なデータからどのように宗教を取り巻く環境が変化しているのか知ることができた。
    本書のタイトルに「日本人の末路」という言葉があったため、宗教を捨てたことによる悪影響を主張する本なのかと思っていたが、特別そういったことはなかった。

    本書のメインである「死生観が変化している」という主張については、非常に納得感があった。これまで宗教が必要とされていたのは、「いつ死ぬかわからない」という病や死への恐怖のためであり、それらが解消されつつある現代に宗教離れが起こるのは至極当然とも思える。
    寿命が長くなってしまったがために、死が遠い未来のこととして捉えられ、スケジュール化されてしまっているというのも非常に的を射ていると感じた。
    介護施設が実質的な「あの世」となっているという着眼点は、なかなか面白いと感じた。

    人類は寿命を長くするために努力してきたが、その結果長すぎる人生に耐えられなくなり、寿命が来る前に自ら死を選択する人も現れているという内容があり、なんとも皮肉なことだと感じた。実際、定年を迎えてから、働くこともなく35年近く生きることや、その間に知り合いがどんどん亡くなっていき孤独になっていくことを考えると、死を選択した人の考え方も非常によくわかると感じた。

    人生100年時代ということはよく耳にするが、自分が今後老後を迎えたときに、果たしてどのように生きるべきかということを考えさせられる内容だった。


    <自分なり要約>
    近年、宗教を捨てる人々が日本含む先進国で増加傾向にある。原因として、「平均寿命の増加で、人々の死生観に変化が生じたため」と著者は考える。

    これまでの死生観では、社会の不安定さと医療の未発達のために寿命が短く、いつ死んでもおかしくないという感覚が強かった。現実世界を苦しみと捉え、不安の解決と来世への期待のために宗教が必要とされていた。

    しかし、社会の安定化と医療の発達により寿命が増加。結果として人生100年時代となり、人々の死生観も差し迫った問題から遠い未来のことという感覚へと変化してしまった。また、死の判定や病気の対処を医療に頼るようになったことで、宗教が求められる場面が減ってしまった。

    このような死生観の転換により、現代日本では葬式・墓・戒名の必要性に疑問を持つ人々が現れるようになり、葬式の簡素化や墓を持たない人々が増えているといったことが起きていると考えられる。

    従来の死生観を持つ人々もまだ残っており、その人々に共通するのは、身近な人の死を経験し自身の死を意識しているということである。

    今後は長い老後をいかに飽きずに過ごすかが重要となるが、趣味などを通じて学び続けることや、客観的に世界を理解するように努めるのが良いのではないだろうか。

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    2022年02月23日
  • 無宗教こそ日本人の宗教である

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    日本の特異性を見事につまびらかにしてくれている快書。仏教や神道の著作ではなく、一神教関係の著作を読んでから読むと面白さが際立つ気がする

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    2021年12月31日
  • 日本の10大新宗教

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    日本の10大新宗教 2007

    数々の新宗教をざっくりとつかめる良書
    2015年7月4日記述

    宗教学者の島田裕巳氏による著作。
    2007年出版。
    新宗教について解説している。
    しかし多くの新宗教があるのだなとそれだけでも勉強になる。

    1.天理教
    2.大本
    3.生長の家
    4.天照皇大神宮教と璽宇
    5.立正佼成会と霊友会
    6.創価学会
    7.世界救世教、神慈秀明会と真光系教団
    8.PL教団
    9.真如苑
    10.GLA(ジー・エル・エー総合本部)

    率直に言うと天理教、創価学会、PL教団くらいしか認識が無かった。
    天理教は日本史で学んだ記憶がある。
    開祖中山みきは人物名も教科書か何かで覚える機会があった。
    他については宗教ということでCMやりまくる訳でも無いので知らんくても仕方ないのか。

    大本の出口王仁三郎という人物は生長の家など他の新宗教に多くの影響を与えてきた。
    正直言ってもうちょい知られるべき人物かもしれない。
    まあ新宗教ということで評価が定まってないのかもしれんが・・

    高度経済成長と核にして信者を拡大してきた新宗教。
    創価学会や立正佼成会はその流れで拡大してきたのか。
    創価学会が元は創価教育学会であったこと。
    創立者牧口常三郎、2代戸田城聖・・

    個人的には真如苑くらいしか参加出来そうにない。
    著者の指摘にもあったように集団行動を強く伴う活動の難しさを感じる。
    そのあたりが昨今の現状なのだろうと思う。

    本書は多くの新宗教を取り上げており、ざっくりと全体像をつかむ意味でも良い。
    ただ多くの人物名が出てくるのでその辺りの配慮があっても良かったかなと思えた。

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    2021年12月23日
  • なぜ日本人は神社にもお寺にも行くのか

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    神社、お寺について調べるために読んだ本。教科書で習ったけれど今一つ理解できなかった神仏習合、本地垂迹説がのがよくわかった。

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    2021年11月05日
  • サクッとわかる ビジネス教養 宗教と世界

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    世界の5大宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教、ヒンドゥー教)をそれぞれ、テーマごとに見開きでカラーイラストや表なども交え初心者にわかりやすく開設した本。

    最近(2021年)もイスラエルとパレスチナの交戦、アメリカのアフガン撤退によるタリバンの興隆等、地政学的観点よりも、宗教的観点から見た方が状況を理解しやすい情勢がある事からも、本書を読むだけでそれらもめ事の理解のための基礎知識は得られるのはありがたい。

    もちろん、本書はあくまで入り口部分の基礎知識が主たる内容なので、より深い理解ためには他の書を多く当たる必要がある。

    私もそうだが、普段宗教とは無縁で生活している人が多い日本において、世界を動かしている重要なファクターの一つが宗教であることが良く理解できる本である。

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    2021年09月02日
  • もう親を捨てるしかない 介護・葬式・遺産は、要らない

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    親捨ては必要。
    昔は都会に出て就職したり、若くして結婚するなど必然的に親離れしていたから、わざわざ捨てる必要もなかったし、日本人も短命だったから介護する前に旅立っていた。
    長寿になり、夫婦でも老々介護、さらに子供とはいえ老人が老人を介護しなければならない事態に。
    また、都会生まれの子供が増加するに従って生涯未婚率もあがった。40歳を超えても結婚せず親と共に実家生活をしているのは共依存。精神的に親離れするのは親殺しという親を乗り越える上で必要な儀式。

    「子供に迷惑をかけたくない」は高齢者のキーワードだが、自分の死後の後始末は死んだ本人にはできない。綺麗事にすぎない。歳を取れば人に迷惑をかけないで生きられなくなる。医療、介護、葬儀、墓など死後のこと。だから少しはボケた方が死の苦しみを感じなくて済むのかも。

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    2021年08月13日