【感想・ネタバレ】0葬 ――あっさり死ぬのレビュー

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Posted by ブクログ 2016年10月09日

死とどう向き合うか、葬式とどう向き合うか、というよりも、
宗教とどう向き合うか、仏教とどう向き合うか、という話だったように思う。

かつて死は今より身近にあって、いつもそばで私達を見ていた。
元々は、いかに肉体の苦しみを和らげるか、ということが医療の目的であって、いかに精神の苦しみを和らげるか、とい...続きを読むうことが宗教の目的だった。
それらは「死を遠ざけること」と「死の恐怖を克服すること」のためにあるのではなくて、「死を受け入れること」のためにあった。だから医療と宗教は密接で、寧ろ同義だった。

けれどいつの間にか、医療の目的は「死を遠ざけること」に変わってしまった。死は忌むべき、克服すべきものとされてしまった。そして宗教と医療と死の蜜月は終わってしまった。以来、その3つは相容れがたく、けれどやはり分かちがたく絡まり合っている。
というのが、今の世界の姿なのではないだろうか。

今の日本には宗教が必要なんじゃないか、と思う。
人智を超えた災害とか、文明をたやすく破壊してしまう暴力とか、そういう圧倒的な脅威を前にして、静かに祈りを捧げる対象としての宗教が。
それをみんな薄々感じてはいて、でも宗教一般に対して20年来のアレルギー体質を持つ日本人はそれを言い出せなくて、だから国家事業と銘打ったハコモノを崇めたり、日夜魔女裁判に明け暮れて貼り付け炎上、磔、火炙り、そうやってみんなが一つの思想を持っていることを確認している。新国立競技場建設とは、21世紀の大仏建立なのかもしれない。

現代の日本に合った、新たな葬式の枠組み、新たな「死」のストーリーが必要である。
それはつまり、現代の日本人に合った新たな宗教そのものが必要とされているということなのではないだろうか。

結局、資本主義と寺壇制度が、今の日本人の宗教観と死生観をこんな風にしてしまった諸悪の根源なのではないか、という気がする。
もし日本人が、仏教ではなくて神道を選んでいたらどうだっただろう。でもそもそも神道は宗教とは言いがたい、ライフスタイルみたいなものだから、やっぱりそれでは「国家」たり得なかったのかもしれない。
しかし日本人の死生観を語るにおいては、そちらの観点もなくてはならないものだと思う。

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Posted by ブクログ 2016年06月19日

今の葬式って禅宗が始めたのかー、知らなかった。

基本的な論旨は同意なんだけど、残された生者の側から見た葬儀の意味について、もっと深く掘り下げてほしかったなあ。そこがないと、一般の人たちに向けた説得力はいまいち欠けるように思う。

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