岸見一郎のレビュー一覧
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何度読んでも発見がある。
子育て・教育のこと、パートナーとのことの2つを通じて、他人との関わり方・姿勢を見つめ直すことに重点が置かれている。
◾️面白かった箇所
p210
別れた人の嫌なとこばかり浮かぶ→美点が思い出されるようになったら、その人への思いから解放されたこと。
…医局みたい
子育て…問題行動の5段階
なんでもない行動を勇気づけしてあげる意識が大切なのかな。
私たちの幸せを築き上げる
p239
・・・「夫婦キャリア論」という本で、夫婦のキャリアは夫婦で作り上げるもの、というのを思い出した。
「わたし」からの脱却、自己中心性からの脱却
p241 星野源が言うところの「自分なくし」みたいな感覚かも。
幸福なる生を手に入れるために「わたし」は消えてなくなるべき -
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なぜあなたの恋愛は幸せをもたらさないのか
愛する技術がない
ライフスタイル(普段の思考の癖)がネガティブ
相手のせいにできる恋愛をするため
・既婚者
・2人以上を好きになる
嫉妬
厄介なのは、相手が自分を愛してくれていることを想像するのではなく、自分を愛していないのではないかと想像し、それを裏付ける証拠を想像することです
「幼稚な愛は「愛されているから愛する』という原則にしたがう。未成熟な愛は「あなたが必要だから、あなたを愛する』と言い、成熟した愛は「あなたを愛しているから、あなたが必要だ』と言う」
恋愛においては、自分の代わりになる人がいてはいけないのです。失恋がなぜつらいのかといえば、私でなくてもよかったことを思い知らされるからです。
反対に、自分が選ばれた時は、自分が相手にとって誰も代わりになれない存在であることを知ることができるから嬉しいのです。
愛する人と共鳴する
愛する人が愛されることを願うことができることが愛
素直になれないのは相手に負けたくないから
喧嘩は相手に対しての甘え -
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・近代資本主義は前近代の伝統的身分社会を破壊した。しかし、そんことにはすべべての人間を自由にしたという正の側面だけではなく、人と人との温かなリアルのつながり、絆を破壊したという負の側面もあった。人間は、自由になると同時に一人で世界と対峙せざるをえない孤独な存在となった。
・権威にはふたつある。合理的な権威と非合理的な権威である。また、複縦にも自律的服従と他律的服従がある。自分では判断せず、他者の意思や判断をそのまま受け入れることが他律的服従である。服従を自覚していない者は問題である。
・「組織人」とは。自分が服従していることを忘れた人間の典型である。
・20世紀の権威は匿名の目に見えない存在となった。もはや誰も命令などしないが、それでも人は目に見えない権威に従うようになった。
権威主義的倫理の一番の問題は、理性で考えないことである。
「ひと」に同調することは自分を捨てることである。自分の考えを持たない人間はもはや人間ではなく、いつでも他の誰かと交換可能な単なる人材に過ぎない。
・しかし、なぜ権威への不服従は難しいのか。それは、孤独になるからである。服従している限り、守られていると感じ、安全だと感じるのである。
・社会的無意識、集合的無意識の問題。それが社会に蔓延し、権威となっている。
・自由を求めていたはずなのに、自由には責任を伴うことを知ったとき、人は自由を手放してしまう。自由を手放せば、自分が誰かを考えること、人生の意味を考えることからも解放される。 -
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ネタバレ・書かれていることは結構厳しい。フランクルの「人生に意味を問うのではなく、人生から問われている」に近い感じ。
・働くために生きるのではなく、生きるために働く。働くことは幸せでなければならない。
・キネーシス(目的達成のための過程)とエネルゲイア(行為そのものが目的)。エネルゲイアを最も重視する。→ ジャイロとジョニィ
「人生の最大の決断は、次のように考えればできる。すでにその一つは書いた。つまり、自分の存在が他者に貢献していることを意識することである。そのためには、自分が他者と結びついていることも意識すること。このことは時に容易ではないが、他者を自分から分別せず、自分も他者を分別しないという意識的な決断をしなければならない。さらには、この、今ここで生きていることが他者に貢献していると思って生きられることは、ただ生きることを超えて、「よく生きる」ということにもなるのである。 … 次に、成功することを人生の目標にしないということである。何も成し遂げなくても、生きていることでそのまま他者に貢献しているからである。また、このように考えて決断したとしても、今度はその決断に固執しないことも大切である。他者貢献と幸福を目指す道は一つとは限らないからである。 … 人生に絶望しないためには、一つは成功を人生の目標としないことである。」 -
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普通である勇気=等身大の自分を受け入れる勇気
思うような結果を得られなかったら、次回はもっとよい結果を出せるよう頑張ればいいと考えればよい。それ「だけ」なのですが、ブレーキをかけてしまう。
植物は実を成らしたら、それ以上を求めません。実を採って口にする人、花を愛でる人はいるでしょうが、植物や花が考えることではありません。
失敗しても勇気をくじかれて自信を失うのではなく、困難を切り抜ける力を持たなければなりません。
この失敗からは何を学べるだろうかと、失敗を前向きに受け止めていいのです。
取り組んでいる仕事に価値があると思える人は成功、失敗に囚われることはありません。
自信がないことにしておくことのメリットを考えれば、何で自信を持たないでおこうと決心しているかが分かる。
どんなことを学ぶ時でも、人からどう思われてるかを気にしてると力はつかない。
仕事で関わる人に貢献できることはないかと考えられたら、手順の決まっている仕事でも日々違った思いで取り組むことができます
間違えても「できない人」と思われないとわかれば、どうしても正解を出そうとする必要もなくなり、じっくり学び、力を伸ばすことができるようになります。
間違えても、ただ間違えただけで、できない、能力がないわけではない。
到底達成不可能な目標を持たないことも重要。
あらゆる人と仲良くなるというような目標は達成できない。
アドラーは、自分の姿を飾らず、ただ目の前の課題に全力で向き合うことを示しました。 -
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タイトルに、先生の強い思いがメッセージとして込められていると思います。
ご専門のアドラー心理学を引用しつつかつご自分の人生経験をそこへ引き合わせながら、独自の考え方や乗り越え方を提示するといったような 内容です。
キーネーシス(動)とエネルゲイア(現実活動態)という概念は初めて知りました。過去も未来も関係ない「今ここ」を生きるという強い言葉は若い人にこそ響くのではないかと感じました。
けれど次の言葉、
人生をキーネーシスとして見れば、若くして亡くなった人は志を遂げずに道半ばで亡くなったことになるが、人生をエネルゲイアとして見れば、瞬間、瞬間に生は完結するのだから、いつ死んだとしても道半ばということにはならない(p128)
はむしろある程度人生経験を重ねた人、特に若くして亡くなった親しい人がいる方には勇気づけられる言葉なのではと感じました。
先生のお父様の様態が急変し家族がその死を覚悟するほどの状況になったあとに一命を取り留め少し落ち着いたあとに、お父様の方が息子である先生の身体を気遣ってくれたことに驚いたというエピソードが出てきます(p51)親が何もできなくなっていっても親が親であることには変わりはなくその親と「今」共にいられることが喜びなのだと。
自分も親と似た経験があり、深く共感しました。
初めての手術後まだ麻酔が残っていて朦朧としていた親が、真っ先に家族一人一人の名前を挙げて「大丈夫か?」「大丈夫だな」とその安否を気遣い出したことがありました。自分の方が命に関わる状況にあったのに(今思えばだからこそ、だったのででしょうけれど)家族の心配を全力でしているのです。手術が無事終わった安心感以上に、親が家族を思う心が真っ直ぐ感じられてその場では堪えましたが後で泣けて仕方なかったことを思い出しました。
どんな状態であろうとただ「ある(いる)」ことの尊さは、喪ったものが大きかった経験のよりある人の方が身にしみるかもしれません。
本章に出てくる宮沢賢治と妹トシのエピソードも有名ですが、病気とか障害とか関係なく存在として「ある」ことがその人に関わる人への貢献になっている、というのはとても勇気づけられる事実だと思います。自分は貢献というより励まし、くらいの言葉のほうがしっくり来ますがとてもよく理解できたように感じました。
先生のお母様の亡くなる時のエピソードに関連し延命措置について触れられています(第5章)
他者の死は自分の一部が失われることなのだ(p125)
自分も、衝撃の後は喪失感、空虚感、それからゆっくり悲しみが来たことを覚えています。喪失感というのは悲しみよりも埋めがたいと感じます。
書き留めておきたい言葉が他にもたくさんありました。書き留めておくのは、一読して「そうだそうだ」と思っても、なかなか心からそう思えず揺らいだり疑ったりしがちだからです。書き留めて時々見返したいですね。
本当に幸福な人は立ち止まって動かなくなる(p48)
どこにも行かなくていい、ここにいてもいいと思えることは大切である(p47)
希望を未来に結びつけてはいけない(p39)
生きていること自体に価値を認め合うところに人間の尊厳がある。他者から価値がない、生きる価値がないと決めつけられることがあってはならない(p164)
人は何も達成しなくても幸福で「ある」。(略)「今」幸福であること、それ自体が希望なのである(p182)
命を絶った人が見えていなかったのは、自分の存在がいかに他者にとって大きいかということである(p230)
親が生前「(人を)殺すのは簡単にできる。でもそれをしたら自分はどうなってもいいが、家族が(社会的に)生きられなくなる。そう考えたらどんな状況にあっても人を殺すことは絶対にやってはならない前にできない」と言っていたことがありました。
人を殺すことはなぜいけないのかという問いに対する一つの答えではあると今は思います(多分他にも答えはいくつかあると)でも「その人を殺す」の中に自分も入るというのは案外見落としがちということに気付かされた先生の言葉でした。
変化しないということも、やはり無変化という変化である(p60)
大好きなアーティストが「変わらないでい続けるために変化し続ける」と言ってたなと思い出しました(この言葉にピンときた方は多分同じアーティストのファン)
最後にこの言葉。先生御自身が入院加療中であまりまだ調子の良くない頃のエピソード。
明るい看護師さんと接するのがつらかった。(略)やはり普通にしていられる人のほうがありがたい(p155)
いつでも誰にでも元気いっぱいならいいというものでもないという実感のこもった、苦情めいた言葉にちょっと笑ってしまいました。 -
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アドラー心理学は「勇気の心理学」と言われている。
大切なのは、過去ではなく「これからどう生きるか」に目を向けること。
人は誰も、人のためだけに生きているわけではない。
だからこそ「今ここ」に集中することが大事になる。
アドラー心理学は、褒めないし罰しない。
するのは、ひたすら「認める」こと。
それは相手を評価するためではない。
相手の存在を、そのまま受け取るということだ。
人は所属感覚を求める。
共同体としてつながっていると感じると、喜びを感じる。
だから「ありがとう」「助かった」という言葉には意味がある。
それは感謝以上に、「私たちはつながっている」という感覚を伝える言葉だからだ。
大事なのは相手を褒めることではない。
自分の気持ちを、正直に言葉にすること。
原因は過去に求めがちだが、アドラーは目的を見る。
この未来のために、今の行動があると考える。
だから今の行動は、すべて未来に向かっている。
自分の人生を良くするために。
その「良さ」を自分で見つけるために。
学び、行動し続けることが、勇気なのだと思う。 -
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「人は自分が意味づけした世界に生きている」
今の自分に響きました。
意味づけが変われば、悪も善かも知れないし、幸も不幸も変わるのかも知れない。
何度でも繰り返して読みたい。
学ぶことの多い本でした。
意識が変わることは容易ではないとしても、知ると知らない、意識してみる意識しないでは、人生が変わるのではないか。
(48ページ)
「どこから」ではなくて「どこへ」
原因論と目的論
(110ページ)
自己受容、他者信頼、他者貢献
どれ一つを欠いても人は幸福にはなれないのです。
(128ページ)
「人は自分が意味づけした世界に生きている」
(179ページ)
「一人の生命を救う者が全世界を救う」
今日ここでこうして接しているこの人との関係を少しでも変えようと努めることが、ひいては全人類を変えることにつながる、と考えてみたいのです。 -
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ネタバレ生きているだけで、幸せ
この幸せが続くことが不安⇒死を意識する
不安=漠然
恐れ=具体的
成功=結果
幸せ=過程
達成感<健康
仕事の目的を明確化⇒必要以上に仕事をしなくなる
人生の課題=仕事、交友、愛
優先順位 どれかを下げるためにどれかの比重を上げていることがある
自らの頂点と比べない
成功しなくても幸せになれる
友達:作るのではなく、なるもの
口だけの人=劣等コンプレックス
自己アピール=優越コンプレックス
でもの多様=神経症的ライフスタイル(性格と言わないのは生来のものではないから)
あれこれ理由を持ち出して回避する
やればできる=失敗を回避したい⇒挑戦をしない
可能性の中に生きたい
執着、依存、恋愛初期のホルモン作用ではない愛とは?=愛する能力の問題。特定の人だけを対象としないのが愛。あの人は好きだけど、あの人は嫌い、というのは愛ではない。誰からも愛されなくても愛することができる人が、愛する能力がある。我・それ関係と我・汝関係←対話から生まれる、全人格をもって相手と向き合う。
示唆に富んでいるが、言葉が平易でも理解するのが難しい。
著者が50歳で心筋梗塞を患い、仕事量をセーブしたという経験が、まさにメメントモリ。