有吉佐和子のレビュー一覧
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昭和51年から52年にかけて発表された作品。時代背景は昭和の後半。時々戦時中の思い出話も混じる。家族のあり方や夫婦の会話に古さを感じ、なぜこの作品が今読まれるのか不思議であった。が、最後まで読むと、タイトルでもある青い壺に関わった人々の人生を覗き見たような、登場人物たちの価値観を突きつけられたような感覚が起こった。人の評価と自分自身の評価は一致せず、思いもかけない出来事が起こることもあれば、ささやかな毎日が幸せをつれてくることもある。でも、生きていると、心の中にコブや穴をつくり、それを削ったり埋めたりしていくんだなあと思った。なにで埋めるかはその人次第、削るかさらに増やすかも。割り切れない、そ
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ネタバレ青い壺がさまざまな人の手に渡って最後に作者の前に現れる。
50年前の作品との事で戦後間もない話や戦時中の話なども出てきた。
嫁姑問題、遺産相続、退職後の話など現在にもつながる話が多い。中高年の世代が読むと頷く所も多いのだろうけど、会話がやや冗長で読んでいて親戚のおばさんの悪口をひたすら聞かされているような心境になり読後のすっきり感はあまりなく、自分が読むにはまだ早かったか。
陶芸家が作った作品を10年の時を経て目の前に現れた時、古美術の鑑定家が12世紀の中国の代物だと勘違い?で絶賛する。生涯の最高傑作な訳なのだが、逆にこの10年はそれを越える作品はできないのかと思うと、経験を積んで徐々に熟練 -
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時は戦後間もない昭和中期。新劇の女王、森江耀子の前に突然、若い頃に生き別れた娘が現れた。顔も佇まいも母親と瓜二つ。田舎で祖母に育てられたとは思えないほどの垢抜けた美しさだ。母親に憧れて自分も女優になるという。その感動のご対面をカメラに収めようと、楽屋にマスコミが詰めかけた。なんてことない話を母親の視点から、娘の視点から何度も何度も繰り返し説明して長編にしている。ご対面部分だけで上巻の半分まで引っ張っているのだから、ちょっと退屈になってくるんですよねー。
母親の恋人を娘が好きになるところから話は面白くなるが、それでも大きな進展はない。しかし、母親と娘の微妙な心の動き。好きなんだけど相容れない複 -
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紀ノ川、奈良県では吉野と呼ばれる川が、和歌山に入ると紀ノ川と呼ばれ、有田川の北を走って和歌山湾に流れ込む。
紀ノ川沿いの九度山で、旧家に生まれ祖母に躾けられた花が、名家に相応しくお金と時間をかけて、しきたりにのっとった結婚の儀式を行うところから話が始まる。それはもう本当の話なのかと疑いたくなるほどの異様な式だ。川の流れに逆らってはいけないということで下流へ嫁に行く、というところまでは受け入れられるが、五艘の船に信頼縁者が乗り込み、その下流の六十谷(むそた)まで、途中何件かの旧家で休息を取りながら一日かけてゆっくりと下っていく、とか、披露宴は男しか入れないとか、結婚式まで二人はほとんど顔も合わ -
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有吉佐和子さんブームに乗って「悪女について」以来久しぶりに有吉作品を読んでみました。
エリート商社マンを夫に持つ音子。夫が大阪から東京に転勤となり、念願の新築社宅に入居。新しい暮らしに心躍るのものの社宅内での噂話、子どもの成績の優劣や進学などに振り回されていくお話です。
家電が進化し「女が閑になった」と言われた時代。時間ができた専業主婦のエネルギーは子どもの教育問題へと向かっていきます。結果、音子は息子の一挙手一投足に一喜一憂するようになり、同じ社宅に住む主婦の言動にも被害妄想とも取れる反応を示し、時にヒステリックに泣いたりご近所を罵ったり。その様子には恐怖すら覚えました。
個人的には音子 -
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紀伊半島の南西を走り、和歌山湾(淡路島の南島)に流れ込む有田川。その両岸には今もところどころでみかん畑が山肌を埋めている。
時は明治の初め、有田川の上流からタンスの引き出しに乗せられ流れてきた女の子が御霊(ごりょう)の山持ちの家に拾われ大切に育てられた。が、自分が拾われた子だと知り、有田川の氾濫で川に流されたことをきっかけに家を離れ滝川原の蜜柑農家で面倒見てもらうことになった。それが千代10歳のこと。そこからは蜜柑一筋の人生を辿るが、赤ん坊だった妹の悠紀のことだけは忘れない。愛しい、会いたい、思いを募らせているうちにひょんなことから御霊の家で生存を知られ、父母が会いにきた。そこからまた交流が -
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ニューギニア界隈は全くの未履修だから当時の詳しい事情は分からないけど、作者さんがまぁすっごい過酷な一ヶ月間を過ごされたということは分かった。
友達に誘われてパッとニューギニア行きを即決できるのフッ軽が過ぎるし、そもそもそんな時代にパッと海外旅行(しかもニューギニアに)できるの、作者さんはなかなかの大物だったんだ。
そしていざ現地に行ってみたら、未開社会の洗礼を浴びて恨みつらみを吐きたくなる気持ちはとてもよく分かる。自分なら(衛生観念的な理由で)頼まれても絶対マネできないわ…。
これはもうとにかく畑中さんが凄すぎるということ。畑中さんのバイタリティどうなってるん?
ところでこれ、ほぼ60年前のお -
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『連舞』の続編
家元が交通事故で急逝。そこから話はいっきに跡目争いのお家騒動に移行してゆく。 あちこちで天一坊的なものが湧いて出て ひと昔前のサスペンスのようだ。
秋子と千春の直接対決的なものを期待していたので正直少し残念だった。
秋子は終盤 「私は変わったのではない、育ったのだ。」と自分に言いきかせているが、一番の要因は“梶川 月”の名跡を継いだことだと思う。 “月”の名跡が秋子を育てたのだ。
それに比べて寿々と千春のなんと変わらないことか…。
最後 このまま秋子のひとり勝ちで終わるのかと思いきや何もかも思い通りというわけにはいかなかった。