有吉佐和子のレビュー一覧
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ネタバレ50年以上前、自分の両親が生まれた頃のお話。
認知症ではなく「痴呆症」と呼ばれた時代で、それが進行すると、便を食べるなどの「人格崩壊(表現が違うかも)」に至るそう。
この時代、認知症をもつ方への理解も進んでいない中、仕事もしながらつきっきりで舅の世話をする昭子の献身ぶりには心を打たれた。その息子である敏も学業の傍ら、徘徊した祖父を探すなどの行動をとっていて偉いなと思った。
反面、昭子の夫の信利やその妹の京子は、自分の父が認知症になっても他人事で、世話を昭子に押し付けている態度が気になった。しかしこれは、「女が家庭を守るもの」という当時の価値観によるものだろう。また、老人福祉に関する専門家から -
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今年最初の作品として手にとったのは、時代を超えて話題になった『青い壺』。
古き良き昭和の風情だったり、家父長制の名残りが色濃く残る時代背景は、どこか懐かしさを感じさせる。幼少期の記憶が蘇ってきて感慨深い。
物語は、無名の陶芸家が作った青磁の壺が、十余年の歳月を経て人から人へと巡り、作者と再会するまでの軌跡を描いたもの。
この壺に関わる人物たちの複雑な人間関係や繊細な感情が深く掘り下げられていて、上質で深い読み味を残す作品だった。
壺と共に不思議な縁が織りなす、紆余曲折の旅路。
そこで出会う人物のそれぞれの苦悩や喜びなど、様々な人生の一部に触れることができた。そして、壺がその時々の持ち主た -
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ネタバレ『恍惚の人』は、認知症という言葉がまだ一般的でなかった時代に、「老い」と「介護」を真正面から描いた作品です。
舞台はごく普通の家庭。特別な不幸が起きるわけではありません。ただ、年を重ねた父が少しずつ変わっていく。その変化に、家族がどう向き合わされていくのかが、淡々と、しかし容赦なく描かれます。
印象的なのは、誰かが明確に「悪者」になるわけではないことです。
介護する側も、される側も、みな必死に「正しく」あろうとする。
それでも、苛立ち、疲弊し、思ってもいない言葉が口をついて出る。その現実が、非常に生々しい。
この作品が突きつけてくるのは、
「家族だから支えられる」という理想と、
「家族だか -
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ネタバレ戦後、進駐軍として日本に来た黒人軍人と結婚し、ニューヨークに移り住んだ笑子の物語。
黒人の子どもを日本で産み、疎まれ、アメリカでも貧困層として生きることを強いられる。
この小説で印象的だったのは、笑子が感情的ではない女性として描かれていることだ。
妬みや怒りがあってもおかしくない状況なのに、有吉佐和子はそれを内面描写として強調しない。
怒りは行動として表れることはあっても、心情としては淡々としている。
その距離感があるからこそ、この物語は
「差別される女性の悲劇」ではなく、
差別の構造そのものを描いているように感じた。
笑子は、黒人差別の本質は色ではなく「階級」だという考えに行き着く。
白人の -
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タイトル「非色(ひしょく)」=「色に非ず」とは、どういう意味なのかなあ・・・と疑問を抱きながら読み進めて、最後のところで笑子の気づきとともに、ようやく分かりました。アメリカの人種差別は、肌の色ではなく「階級闘争」なのだということでした。
笑子は、戦後、黒人の米兵・トムと結婚し幼子を連れてニューヨークに渡りました。アメリカには、様々な人種が存在し、笑子のような「戦争花嫁(ワーブライド)」は、結婚相手の人種によって社会的な差別や圧力を受けていました。初対面の人に「夫はニグロだ」と告白した瞬間から蔑みの対象にされてしまいます。
しかしながら、ニグロとして社会から差別の対象とされているトムは、プ -
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有吉佐和子ニューギニア滞在記。ニューギニアの独立3年前の頃である。インドネシア舞台の小説を書く機会があったので、地図でたった5cmだし(おい、縮尺は!?)行ってみようと思っちゃったのだ。誘ってくれた畑中さんは文化人類学の研究者で、ヨリアピというところに住み数年前に発見されたシシミン族を研究している。
有吉佐和子は気楽に行ったところ、オクサプミンまではセスナで行けたのだが、そこからヨリアピは徒歩しかも2日。有吉佐和子さんがぶうぶう言ったから3日の旅程にしてもらえたものの、結局最後は足の指の爪が全部剥がれて歩けなくなり、豚の丸焼きのように棒に吊るされてみんなに担がれながら辿り着く有様になった。1