有吉佐和子のレビュー一覧
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青い壺が色んな人の人生を巡っていく。
特に、悠子が給食のメニューを試行錯誤しているお話が印象に残った。お豆腐入りの掻き卵とすりおろし人参入りカレーライスはしっかり家でテストして上手く行った。ほうれん草スープも上手くいくだろうと、いきなり本番で出してしまった。傲慢だった、と悠子は泣く。マグダレナの優しさに救われた。
マグダレナと母親の54年ぶりの再会は、私では想像もできないほど衝撃的だったんだろう。死に目に会えるように掟が変わったのは良いことだけど、同時に予想外の苦しみも生んでいた。でも、今後生きていくうえで後悔しないための意味のある痛みだと思う。
最後、タクシー運転手の「人助けをした者は悪事 -
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人間ってこんなにも差別と序列をつけたがる生き物なんだろうか。国籍、人種、使う人と使われる人、誇り、負い目…などなど、いろいろなことが人と人の関係に序列をつける。
自己認識とは?未来に向けて、主人公の目が急に開かれたような結末は爽快感があり、でもその先にまた、今現在のアメリカがあり、ヨーロッパも日本もあると思うと、人間は少しも進歩していない。
戦後間もない時期の日米の間が舞台と思えないほど、現代的で進歩的なストーリーだった。
気丈で、変わらない笑子に対して、帰国後トムの目の輝きがみるみる失われてしまったことの意味を考えると、希望を持てる社会に暮らすことの意味の大きさに気付かされる。一部のセ -
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女流文学賞
今さらながら有吉佐和子の不朽の名作というものを読むが、さすが素晴らしかった。
一文一文、練り上げられたであろう文章。
なのに!新潮文庫がそれを台無しに!
巻末に17ページにもわたって注解というものがついているのだが、それを無視すればいいのに、いちいち巻末を見てしまう私。
稽古事、刑死体、側室、仁術、写本、小姑、十八番、などなど、読者を馬鹿にしているのかっ!と思うような単語にまでいちいち解説しているのである。
そのたびに流麗な文章が中断してしまう。
途中で、数ページまとめて読む方法に切り替え、少しましになったが、これは国語の教科書なのか!
その割に、最後の方で出てくる、華岡青洲が -
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戦後の日本で逞しく生きる笑子。
戦災で家を亡くし、貧乏生活の中自ら働き口を見つける。そこは黒人の進駐軍御用達のキャバレー。もっと稼げるようになるために、英会話を勉強したり、闇市に品物を流したりして稼ぎを増やし、母、妹を養う。
そしてそこで出会ったニグロのトムと結婚。
娘を産むが彼女はトム似のニグロ。日本でのニグロへの風当たりは強い。好奇の目で見られ、娘メアリーは虐められるばかりで友達が出来ない。
トムが指令でニューヨークに帰国し、笑子もメアリーに友達ができる環境を求めてニューヨークへ旅立つ。
ニューヨークでのトムは、日本にいた頃と違い、ニグロへの差別から碌な仕事に就けず、ハアレムの半地下 -
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ネタバレ有吉佐和子の著作、自分にとって、青い壺から二冊目。
ネタバレなしで読み始める。こういう古い小説って、帯や裏表紙にあらすじという名のゴリゴリネタバレ書いてありがちだからな…
花という新婦、その祖母の豊乃の、昭和どころか明治のやりとりから始まる。
ものすごい量の嫁入り道具を持って紀の川を船で下って、六十谷に嫁入りしていく。この時代でもさすがにここまでの嫁入りはそうそうないらしいが、今はそもそも嫁入り道具というものすら存在しないんだもんな。明治三十年と今でここまで変わるのかぁ、と思ったけど、明治三十年って1897年、もう100年以上余裕で前なんだな。100年経てばさすがに変わるか。でもまあ、ここ1 -
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耄確している父親は、信利がこれから生きて行く人生の行きつく彼方に立っている自分自身の映像なのだという考えが、払っても払っても頭の中から消えない。老いるということの極は、これか、と思う。それは死よりも昏く、深い絶望に似ている。
「昭子さん、小便が出ますよォ、小便をしたいですよオ」いつものように起されて、庭で用を足させながら、こうなるのは嫌やだなあとつくづく思った。現在こうして面倒を見ていることよりも、三十年、四十年先に自分がこうなるのは嫌やだという思いの方が遥かに強い。
もともと老人は、希望とも建設とも無縁な存在なのかもしれない。が、しかし、長い人生を営々と歩んで来て、その果てに老耄が待ち受