有吉佐和子のレビュー一覧
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ネタバレ有吉佐和子の名著にとうとう突入!いや、どれも名著なんだけども。
これまで読んできたのは、青い壺と紀ノ川。特に順番を考えて読んでるわけではなく、本屋で見つけたものから読んでる気がする。
で、そういえばこの有名な「華岡青洲の妻」もあるやん!ということで、見かけて即買いしたのだった。そういえば前読んだ2冊は創作だったけど、これは華岡青洲をモデルにした伝記みたいなもので、ちょっと違うか。
華岡青洲は自分でもさすがに知っている。麻酔をなんやかんやした人!
でもその妻を主人公にしたということと、物語の上手さからいわゆる伝記感は全くなく、これまでの小説と同様一気に読めてしまった。
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主人公っぽい加恵が、将来的に華岡青洲になるのであろう、華岡家の嫡男に嫁ぐ微笑ましいエピソードから始まる。
姑になる於継ももう一人の主人公っぽいのだが、これが完璧超人。美人で頭も良く、医者の嫁としてすべてを計画し、家のために殉ずる。
そのために、身分としてはかなり上となる、武家の娘、加恵を息子の嫁としてもらいに来るというのがプロローグ。
加恵は於継にべた惚れで、その人に認められたという思いで、ぶっちゃけ息子なんか知らないまま嫁入りする。
まさに昔だなぁと思う、一度も会ったことのない人に嫁入りして、しかも旦那は留学中で三年も帰ってこない…
ただまあ、ここまで読むと普通に微笑ましいだけなのだが、この本の帯には「医療小説×嫁姑バトル」とデカデカと記してある。
嫁姑バトル…?読み進めるのが怖い。いつ於継が豹変するんだ。豹変というか、多分スタンスは一貫してるんだろうけども…
と思ったら、旦那の雲平帰宅と同時に一気に起きた。
三年待ちわびた嫁と旦那の初邂逅はなんとなにも起きず、家族の誰も嫁を息子に紹介しない。息子もただ学業の報告をするだけ。なんだこれは。これまでは散々加恵を褒めてきた於継が突然の沈黙。
そこからはしっかりと嫁姑バトルが始まる。
でも、窓のさんをスーッとやってほこりが残っていてよみたいなのではなく、お互い無言にバトル。
加恵もこれまでなんで於継を慕っていたのだろうかとか言い始める。
於継の思惑はなんなんだ?
それにしても相変わらずものすごく読みやすい。なぜ読みやすいのかはよく分からないが、すごい勢いで読めてしまう。嫁姑バトルだけではなく、ちゃんと医療小説としても面白いからだろうな。
しかし、後半になっても、どうも加恵の姑嫌いが妄想にしか思えない。
というのも、於継の内心が全く描かれないから。なんかミステリー小説読んでるような心持ちにもなってくる。
青洲は最初の頃からずっと麻酔薬の研究を続けており、猫や犬を使って実験しまくり。華岡家の周りにはふらふらした動物がたくさんいるという状況が10年ほど続く… でも名医だから問題ない!
青洲の妹が乳癌で亡くなったが、てっきりここで研究中の麻酔薬を使うのかと思ったらそうではなかった。まだ研究が十分ではなく、人体には使えないのと、かなり末期だったからの模様。
そして時は進み、麻酔薬を使った猫が後遺症が軽く、宙返りができるようになったのを、きっかけに、嫁姑がそれぞれ自分の体を使って人体実験をしろ、とバトルを始める。でも、麻酔薬を使ったら死ぬからそれならこっちのほうが死に甲斐があるみたいなことをお互い言い始め、「全然信用しとらんやないかい!」と切れる青洲。それはそう。
未だ男子を産めない加恵への嫌味は確かに感じるが、そこまでの悪意にはやはり感じられない。
そしてほんとに麻酔薬を使って眠っている母の内股をつねって麻酔が効いてるか確認する青洲の姿を見て、「嫁以外の内股に手を!」とショックを受ける加恵。気にし過ぎだろう。医者だぞ?嫁入り直後とかならともかく、もう長い間医者の嫁として過ごしてきて今更… 逆に怖い。
それにしても於継の気持ちが描かれないからよくわからんなぁとずっと思ってたら、於継の次にとうとう加恵が重い麻酔を使ったあとに、とうとう気持ちを吐露する。確かに何故か憎んでたわ。加恵の考えは全然間違ってなかった。しかしなんでだ?
しかも加恵と似たように、青洲が気付け薬を口移しで飲ませるのを見てショックを受ける於継。なんなんだ君たちは。
結局、加恵は副作用で盲目になってしまうが、強い薬に耐えたということで於継に勝った感を出し、数年後にようやく男子も産み、於継は亡くなり、バトルは終わる。
ただ、唯一このバトルに気づいていた小姑の小陸がまた癌になり、でも治せないので弱っていくが、病床で加恵に気づいていたことをガンガン伝える。姑をもう憎んでいないという加恵の余裕は、勝ったと思ってるからだと。うーん、誰も気づいていないと思いきや、しっかり見られていた。
そして結局家族には麻酔手術をできなかったものの、患者のガンを麻酔で取ることに成功し、青洲の望みはとうとう果たされる。熱い。
ただ、結局わざわざ望んで嫁として迎えた加恵を、於継はなぜそこまで憎んでいたのか、それが分からなかった。途中で気が変わったという感じでもなかったし。望んで嫁に迎えたのはあくまでも息子のためであって、嫁については正直どうでも良かったってことか…?うーん、何がしたかったんや。
女性、特に嫁姑問題を体験した人が読んだら分かるのかもしれない。 -
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ネタバレ青磁の経管が作り手の手元を離れ、様々な人の手に行き来する。壺の持ち主を通じて読者は、他者との交流の中で、共感したり反発したり、必ずしも綺麗ではない真実が露わになる様を目の当たりにする。劇的なドラマがあるわけではない。それでも、青い壺のような美術品が時を経て残り続けるように、今ここに在る人がここまで生きてこれたということは奇跡であると思わせてくれる。
真実であることと美しいことは独立である。どんな人にも出来事にも光と影がある。修道院でのエピソードは、人と人が喋ることで「やさしさ」や「思いやり」が表出する場合もあれば、知らなくてよかった「分かりあえなさ」に気づいてしまうことも露わにする。
このような真実の美しさと醜さが横糸だとすると、「人間万事塞翁が馬」のような時間の流れに対する無常観が縦糸かもしれない。青い壺は始まりから奇跡だった。作り手の想定外の美しさ。他方、同時に焼き上がった2点は気に入られず叩き割られる。戦争や疫病や偶然によって家族や友人が亡くなったり、家が途絶えたり、文化が失われたりする。その中で残った者たちの遺伝的・文化的系譜によって社会が構成される。あるものは失ったものを嘆き、あるものは「足るを知る」。残ったもの一部には「美しさ」が含まれるし、知らなくてよかったことも含まれる。
会話の中に「教養」や「礼儀」といった種類の「美しさ」が失われつつことへの著者の危機感を随所に散りばめているようにも見える。それは翻って、痴呆性になった夫が会社に赴くこと、旅行時に髪の毛を整える様子、シスターの服装の変化についての描写に表れる、「老いの醜さ」を世間へ見せることへの抵抗感にも通じる。 -
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読み終えて、浮かんだ言葉は「毀誉褒貶」だった。
一人の女性、富小路公子について、周囲の人たちがそれぞれに語っていく。
「あの方は善人でした」 「心が美しくて透明な方だった」 と語る人がいる一方で、 「女としては恥ずかしいほど、悪徳の持ち主だった」 と語る人もいる。
息子でさえもちがった見方。
本当の富小路公子はどんな人だったのか。
読み進めるうちに、そもそもそんなふうに「この人はこういう人だ」と決めること自体がおかしいのではないかと思うようになった。
同じ人でも、相手によって見せる顔は違う。 本人だって、いつも同じではない。機嫌のいい日もあれば、悪い日もある。 そして見る側にも、その人への愛情、嫉妬、恩義、劣等感、利害がある。
人が語っているのは「その人」そのものではなく、「その人と自分との関係」なのかもしれない。
そんなことを考えていると、公子自身の言葉が心に残った。
「誰にも欠点はあるものよ。でもそれを指摘するよりも、その人の持っている美しいものを引き伸ばしてあげる方が、その人の成長も早いし、欠点をカバーできるわ」
「私は一度きりの人生なのだから、美しいものだけ見て生きていきたい」
公子が、この言葉どおりに生きられたのかといえば、そうではないだろう。人を傷つけ、自分に都合の悪い現実を遠ざけたように見えるところもある。
だからこそ、この言葉が残った。
人からどう思われているのか。 嫌われているのではないか。 誤解されているのではないか。
そんなことを気にし始めれば、きりがない。 一人の人間について、これほど評価が分かれるのだから、誰かから見た自分だけを「本当の自分」だと思う必要もないのだろう。
それよりも、人との間で生まれた「うれしかった」「ありがたかった」という思いを、一つずつ積み上げていけばいいのではないか。
人の欠点を数えるより、美しいところを見る。 自分についての毀誉褒貶に振り回されるより、自分もまた、人の美しいところを見て生きる。
「人は、そんなに簡単に一つの言葉で決められるものではない」
ということを、改めて認識させてくれる本だった。
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ネタバレ主人公本人の語りが登場せず他者それぞれの視点での語りで完結するこのスタイル!
(ちょっと前に『オパールの炎』を読んで、こんな描き方があるのか!と衝撃だった)
人間って本当に自分の見たいものしか見ないし、信じたいものしか信じないんだなとつくづく思わされた。
全方位を自分の味方につけるキミコトークの巧みさ…男はほとんど全員騙されてるのもすごい。声量までコントロール…
本命は輝彦だけだったんだろうね、唯一避妊せず金も引っ張らず(アラン・ドロンは顔と若さ要員)
初恋の人と最後まで添い遂げたようなもの、なのは、ある意味では純真な女なのかもしれないと思った。 -
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差別や偏見、自分とちがうものと区別したり見下したりすること。余裕がなくて生きるだけで精一杯のとき、人間を支えるもののひとつになり得てしまう。
後半、高学歴、高収入、高階層の日本人とユダヤ人夫婦が登場し、特に奥さんの日本人が、国連職員という色々な人種の人々と仕事したりしている人なのにやっぱり差別的なことを言ってるのを考えると、余裕のありなしも関係なく、だれもが、差別や偏見からは逃れられない。
しかも自分のその考えは差別的なものということに気づいてない。主人公の笑子は差別的な言葉を言われたり、自分が言った時にそれってなんでなのか、どういうことなのか考えている。
差別や偏見から逃れるには、自分が言ったり聞いたりしたことを省みることなのかな。 -
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ネタバレ文化人類学者の畑中幸子氏のフィールドワーク先であったニューギニアの奥地へ、旅行気分で訪ねてしまって大変な思いをしたという滞在記。
異国のジャングルの、過酷な環境のなかで繰り広げられる女二人の会話が面白かった。ご友人でもある畑中氏の、怒りっぽいけれどカラッとした雰囲気がよかった。
ジャングルが文明によって開拓されて、否応なく文化や価値観が移り変わっていくことにはやはり懸念があり、現地の人々を心配する記述があった。1ヶ月の滞在期間のあいだにも人々の変化はある。
狩猟民族シシミンの人々は今ごろどうしているだろうか。
冒頭で「なぜ誰も止めてくれなかったのか」といった叫びが綴られていて笑ってしまったのだけれど、最後まで読むと、本当になぜ誰も止めてくれなかったのか、助言してくれる人はいなかったのか!?と背筋が寒くなった。よく生きておられたと思う。 -
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こころ揺さぶられた。
主人公の笑子にとても好感もてた。差別主義者ではないけど、自分の中にある優越意識、劣等感を認識して、問いかけている。その姿が自分自身と重なった。
私も人はみな平等と頭では思っているが、実際笑子の様に、差別し自分の方が優位であることに安心を感じている自分がいる。
人間である以上、この感情を全て取り去ることは難しいのかなと実感した。
この本を進めてくれた母は、人間の業だと。かなしいけど腑に落ちる。
つい感情的になって、そういう思考に囚われてしまう時はずっとあると思うけど、笑子のように、その時はなぜそう感じるのか、思うのか、を無視せずに問いかけていきたい。例え答えが出なくても。
他の有吉佐和子さんの作品も読んでみよう。