有吉佐和子のレビュー一覧
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戦後の日本で逞しく生きる笑子。
戦災で家を亡くし、貧乏生活の中自ら働き口を見つける。そこは黒人の進駐軍御用達のキャバレー。もっと稼げるようになるために、英会話を勉強したり、闇市に品物を流したりして稼ぎを増やし、母、妹を養う。
そしてそこで出会ったニグロのトムと結婚。
娘を産むが彼女はトム似のニグロ。日本でのニグロへの風当たりは強い。好奇の目で見られ、娘メアリーは虐められるばかりで友達が出来ない。
トムが指令でニューヨークに帰国し、笑子もメアリーに友達ができる環境を求めてニューヨークへ旅立つ。
ニューヨークでのトムは、日本にいた頃と違い、ニグロへの差別から碌な仕事に就けず、ハアレムの半地下 -
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ネタバレ有吉佐和子の著作、自分にとって、青い壺から二冊目。
ネタバレなしで読み始める。こういう古い小説って、帯や裏表紙にあらすじという名のゴリゴリネタバレ書いてありがちだからな…
花という新婦、その祖母の豊乃の、昭和どころか明治のやりとりから始まる。
ものすごい量の嫁入り道具を持って紀の川を船で下って、六十谷に嫁入りしていく。この時代でもさすがにここまでの嫁入りはそうそうないらしいが、今はそもそも嫁入り道具というものすら存在しないんだもんな。明治三十年と今でここまで変わるのかぁ、と思ったけど、明治三十年って1897年、もう100年以上余裕で前なんだな。100年経てばさすがに変わるか。でもまあ、ここ1 -
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耄確している父親は、信利がこれから生きて行く人生の行きつく彼方に立っている自分自身の映像なのだという考えが、払っても払っても頭の中から消えない。老いるということの極は、これか、と思う。それは死よりも昏く、深い絶望に似ている。
「昭子さん、小便が出ますよォ、小便をしたいですよオ」いつものように起されて、庭で用を足させながら、こうなるのは嫌やだなあとつくづく思った。現在こうして面倒を見ていることよりも、三十年、四十年先に自分がこうなるのは嫌やだという思いの方が遥かに強い。
もともと老人は、希望とも建設とも無縁な存在なのかもしれない。が、しかし、長い人生を営々と歩んで来て、その果てに老耄が待ち受 -
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有吉佐和子の『非色』、今の時代にこそ刺さりすぎる。
「人間が生きていることを最低のところで支えているものは何か」
戦後、ニューヨークへ渡った主人公が見たのは、人種、経済、宗教……ありとあらゆるモノサシで「自分より下」を探し、安堵する人々の姿。正直、滑稽。でも、今の私たちも同じじゃないかな。学歴、年収、ルッキズム、結婚してるか、子が居るか。
属性を比べて「あの人よりマシ」と思っているうちは、本当の誇りなんて持てない。それは他人の土俵で自分を否定しているのと同じだから。
自分をラジカルなまでに受け入れる
泥の中でも、どんな属性の中にいても、「これが私だ」と自分を抱きしめる。その覚悟だけが -
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表紙のお二人。明らかに後ろ向きな大柄な女性と、叱咤激励する小柄な女性。
「非色」「青い壺」からなんとなく想像していた有吉さんの人物像と、このイラストのギャップが大きすぎて、即買いしてしまいました。
当時30代の有吉さんが、50年くらい前に訪れたニューギニアのジャングル。未開の地。
いまでも、なかなか勇気のいる場所なのに、なんの前情報もなく、「ええところやし、遊びにおいで」の誘いに乗って軽い気持ちで行ってしまったそうで。
爪は剥がれ、虫に群がられ、茶色い水を飲むしかない。
都会ですらタクシーにのる私が、なぜいくつもの山を越えた?なぜ虫だらけのこんな場所にいる?なぜ誰も止めてくれなかった?と