有吉佐和子のレビュー一覧
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ネタバレ有吉佐和子の著作、自分にとって、青い壺から二冊目。
ネタバレなしで読み始める。こういう古い小説って、帯や裏表紙にあらすじという名のゴリゴリネタバレ書いてありがちだからな…
花という新婦、その祖母の豊乃の、昭和どころか明治のやりとりから始まる。
ものすごい量の嫁入り道具を持って紀の川を船で下って、六十谷に嫁入りしていく。この時代でもさすがにここまでの嫁入りはそうそうないらしいが、今はそもそも嫁入り道具というものすら存在しないんだもんな。明治三十年と今でここまで変わるのかぁ、と思ったけど、明治三十年って1897年、もう100年以上余裕で前なんだな。100年経てばさすがに変わるか。でもまあ、ここ1 -
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耄確している父親は、信利がこれから生きて行く人生の行きつく彼方に立っている自分自身の映像なのだという考えが、払っても払っても頭の中から消えない。老いるということの極は、これか、と思う。それは死よりも昏く、深い絶望に似ている。
「昭子さん、小便が出ますよォ、小便をしたいですよオ」いつものように起されて、庭で用を足させながら、こうなるのは嫌やだなあとつくづく思った。現在こうして面倒を見ていることよりも、三十年、四十年先に自分がこうなるのは嫌やだという思いの方が遥かに強い。
もともと老人は、希望とも建設とも無縁な存在なのかもしれない。が、しかし、長い人生を営々と歩んで来て、その果てに老耄が待ち受 -
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有吉佐和子さんは『紀ノ川』以来だが、今読んでも引き込まれる文章で上手いと思う。この本は青磁の壺が作家の手を離れ人から人へと渡っていく話で、読みながら幾つもの人生を垣間見るという新鮮な驚きがあった。
見事な青磁色の壺が焼き上がった。古色付けで生計を立ててきた省造の思いを知る妻は壺をデパートに売ってしまい…〈第一話〉
定年退職した寅三は、妻から渡された青い壺を持ち上司へ御礼に出向く。かつて自分がいた席に座り、書類に判子を押す寅三にやるせなさを覚えた〈第二話〉
持ち帰った青い壺は上司の妻の花器となり〈第三話〉
遺産相続話は身につまされた〈第四話〉
50年ぶりの同窓会に参加する70歳の弓香。仲間と -
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一昨年か、原田ひ香の帯文「こんな小説を書くのが私の夢です」がバズりブーム再燃とのうわさを聞きつけ。
壮年・老年期に入った市井の人々が織りなす群像劇。
決して爽やかではなく、ねちっこい嫌味や妬みが言葉の端々ににじみ出る。でもこれが人間らしさだよな、としみじみ思うのである。
劇的な展開はなくなんてことない日常の一部を切り取っているだけのはずなのに、ここまで人間心情の細部を浮き彫りにする描写は、嫌悪感と快楽を同時に与えてくれる。
時代性もあり戦争前後の体験が随所に語られる。
戦争による凄惨な生活と、それ以前の豪奢な生活のコントラスト。その延長線上になんとか留まれた人々が本作品では多く焦点を当て -
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有吉佐和子の『非色』、今の時代にこそ刺さりすぎる。
「人間が生きていることを最低のところで支えているものは何か」
戦後、ニューヨークへ渡った主人公が見たのは、人種、経済、宗教……ありとあらゆるモノサシで「自分より下」を探し、安堵する人々の姿。正直、滑稽。でも、今の私たちも同じじゃないかな。学歴、年収、ルッキズム、結婚してるか、子が居るか。
属性を比べて「あの人よりマシ」と思っているうちは、本当の誇りなんて持てない。それは他人の土俵で自分を否定しているのと同じだから。
自分をラジカルなまでに受け入れる
泥の中でも、どんな属性の中にいても、「これが私だ」と自分を抱きしめる。その覚悟だけが -
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表紙のお二人。明らかに後ろ向きな大柄な女性と、叱咤激励する小柄な女性。
「非色」「青い壺」からなんとなく想像していた有吉さんの人物像と、このイラストのギャップが大きすぎて、即買いしてしまいました。
当時30代の有吉さんが、50年くらい前に訪れたニューギニアのジャングル。未開の地。
いまでも、なかなか勇気のいる場所なのに、なんの前情報もなく、「ええところやし、遊びにおいで」の誘いに乗って軽い気持ちで行ってしまったそうで。
爪は剥がれ、虫に群がられ、茶色い水を飲むしかない。
都会ですらタクシーにのる私が、なぜいくつもの山を越えた?なぜ虫だらけのこんな場所にいる?なぜ誰も止めてくれなかった?と