有吉佐和子のレビュー一覧
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書かれてから40年以上経っているはずなのに、色褪せない。
老人の介護問題がリアルに描かれている。
自分が親の介護をする側にまわることも考えるが、自分自身が老いてどんな老後を送るのかも考え、怖くなってくる。
茂造のケースで良い方なのか...。
自分の祖母がボケてきたのを実感しており、時々遠くまで出歩いて帰って来られなくなり警察の世話になっているので、とても他人事とは思えない。
祖母の様子を見て、父の老後も似たようなものかもしれないと覚悟していたけど、自分の人生の延長としては考えたことなかったな...。でも当たり前に自分も老いる。
老人を抱えたら、誰かが犠牲にならなきゃいけないなんて、そんな...。
老いるって残酷だ。老いに抗いたい。 -
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人間ってこんなにも差別と序列をつけたがる生き物なんだろうか。国籍、人種、使う人と使われる人、誇り、負い目…などなど、いろいろなことが人と人の関係に序列をつける。
自己認識とは?未来に向けて、主人公の目が急に開かれたような結末は爽快感があり、でもその先にまた、今現在のアメリカがあり、ヨーロッパも日本もあると思うと、人間は少しも進歩していない。
戦後間もない時期の日米の間が舞台と思えないほど、現代的で進歩的なストーリーだった。
気丈で、変わらない笑子に対して、帰国後トムの目の輝きがみるみる失われてしまったことの意味を考えると、希望を持てる社会に暮らすことの意味の大きさに気付かされる。一部のセレブだけでなく、誰もがそれなりの希望を持てる社会を。どの国でも私たちは創っていかなければならないのでは。
初有吉佐和子作品。他の作品も全部読みたくなった。 -
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女流文学賞
今さらながら有吉佐和子の不朽の名作というものを読むが、さすが素晴らしかった。
一文一文、練り上げられたであろう文章。
なのに!新潮文庫がそれを台無しに!
巻末に17ページにもわたって注解というものがついているのだが、それを無視すればいいのに、いちいち巻末を見てしまう私。
稽古事、刑死体、側室、仁術、写本、小姑、十八番、などなど、読者を馬鹿にしているのかっ!と思うような単語にまでいちいち解説しているのである。
そのたびに流麗な文章が中断してしまう。
途中で、数ページまとめて読む方法に切り替え、少しましになったが、これは国語の教科書なのか!
その割に、最後の方で出てくる、華岡青洲が書いた漢文や、杉田玄白の書いた候文の書状などは注釈が殆どなく、古文が苦手な私は、これこそ訳してほしかった。
さて、内容であるが、絶世の美女である、外科医華岡青洲の母と、幼少の頃からその人に憧れて嫁入りした妻との闘いを描く。
華岡青洲といえば、世界最初の全身麻酔による乳癌手術に成功した紀州の外科医。
愛する息子または夫の麻酔剤の完成のため、自分こそが麻酔剤の人体実験に挑むべき、というところまで行きつくのだった。
表面的には、相手を慮って、自分が犠牲になって麻酔剤を飲むと言い張っているように他人からは見える美しい光景なのだが、心の中はドロドロ。
救いは華岡青洲がそういったバトルに無関心で、優しかったことかな。
札幌に子孫が経営する華岡青洲記念病院があるのは意外だった。 -
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戦後の日本で逞しく生きる笑子。
戦災で家を亡くし、貧乏生活の中自ら働き口を見つける。そこは黒人の進駐軍御用達のキャバレー。もっと稼げるようになるために、英会話を勉強したり、闇市に品物を流したりして稼ぎを増やし、母、妹を養う。
そしてそこで出会ったニグロのトムと結婚。
娘を産むが彼女はトム似のニグロ。日本でのニグロへの風当たりは強い。好奇の目で見られ、娘メアリーは虐められるばかりで友達が出来ない。
トムが指令でニューヨークに帰国し、笑子もメアリーに友達ができる環境を求めてニューヨークへ旅立つ。
ニューヨークでのトムは、日本にいた頃と違い、ニグロへの差別から碌な仕事に就けず、ハアレムの半地下で暮らしていた。
家族を養うため、笑子はまたすぐに自ら働き口を見つけ、逞しく生きていく。
幾度となく困難があり、差別を受けるが、それでも逞しく生きる笑子。アメリカ内の白人と黒人の差別は知っていたが、白人の中にも差別があること、プエルトリコ人が黒人より下に見られること、黒人の中でもアメリカに住む黒人とアフリカに住む黒人とでは、互いに見下しあっていることなど、知らないことも多くて面白かった。あゝ麗子...。
奴隷解放により肌の色での差別がなくなったはずでも、階級による差別が根強くある中で、結局当人達が声をあげて現状を少しずつ良い方に変えながら、強く生きていくしかない。
自分はニグロなのだと腹を括った笑子はカッコよかった。彼女はこの後どのように自分の人生を切り開いていくのか、この先も見てみたい。というくらい、笑子のファンになった。 -
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ネタバレ有吉佐和子の著作、自分にとって、青い壺から二冊目。
ネタバレなしで読み始める。こういう古い小説って、帯や裏表紙にあらすじという名のゴリゴリネタバレ書いてありがちだからな…
花という新婦、その祖母の豊乃の、昭和どころか明治のやりとりから始まる。
ものすごい量の嫁入り道具を持って紀の川を船で下って、六十谷に嫁入りしていく。この時代でもさすがにここまでの嫁入りはそうそうないらしいが、今はそもそも嫁入り道具というものすら存在しないんだもんな。明治三十年と今でここまで変わるのかぁ、と思ったけど、明治三十年って1897年、もう100年以上余裕で前なんだな。100年経てばさすがに変わるか。でもまあ、ここ100年での文化の変わりようが凄まじいとは思うけど。
舞台はもちろん和歌山。紀ノ川はもちろん、六十谷や真砂町など、電車やバスで通ってきた地名や、和歌山城も出てきてさすがの地名知らずな自分でも、きちんと脳内地図が機能していた。
そして全編ゴリゴリに和歌山弁。いや、自分の知っている和歌山弁ではなく、京都感すらあったけど。~しましたよし、~のしなど、「し」で終わるのは今は聞いたことない。エリアは同じなんだけどな。時代で消えていったのだろうか。
花は結構しっかりと学校は行ったものの、基本的には花嫁修業しかしてない。祖母や婿の言う事には従う。「家」を守ることを第一に考えて動くというのがこの時代の「正しい」女性像。
第二児が女の子だったのを、「おなごかい」と露骨にがっかりする旦那。ひえー。
その頃は当たり前だが、今となると時代錯誤も甚だしい、となってしまう文化。
物語を物語として楽しみたいのに、アップデートされてしまった自分の価値観が邪魔をする。そういう時代だったんだから!そういうものとして受け止めるんだ、自分!
でも、嫁入りまではデートどころか顔を見たのも一度、祝言の夜に初夜を迎え、親類たちはみなすぐそばで酒盛りをしながらそれを把握している、というのはやはり気持ち悪さを覚える。謎の文化だ、昔の結婚。いつから、そしてなぜこんな文化が始まったんだろうな。
とは言え、そういう昔の女性像、家の形だけを描いたのではなく、花の娘たち、特に文緒がとにかくその昔の女性像に反発していき、花がそれに困惑し続けるというのが面白い。でもその文緒は文緒で、生活自体は全部親におんぶに抱っこの状態で偉そうなことを言っているというのもまた、皮肉。
花の義弟である浩策さんが結構良いキャラをしていた。この時代はそういうものなんだが、長男である兄だけがとにかく優遇され、結婚式もそれはもう豪勢なものになっているのを妬む…というかなんというか。嫌なキャラではあるんだけど、ライバル感もあった。その浩策、最終章あたりで時代の移り変わりと共にイベント描写もなくスッと亡くなっていたのが切ない。メインキャラ以外は割と一行説明で消えていってしまう。
働くのは男子、子供も男子しか喜ばれない、でも家は女性が守るのが当たり前。そんな、今となっては歪んでるように思える社会で「女の強さ」を描く本作。花とその祖母が昔の女性だとしたら、その娘の文緒が割と強火で新時代に適応しようとして、更に文緒の娘、そして花の孫となる華子はそのハイブリッドみたいな感じ。
花が生卵をそのまま飲むシーンが何度か出てきて、毎回なんか印象的だったなぁ。 -
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耄確している父親は、信利がこれから生きて行く人生の行きつく彼方に立っている自分自身の映像なのだという考えが、払っても払っても頭の中から消えない。老いるということの極は、これか、と思う。それは死よりも昏く、深い絶望に似ている。
「昭子さん、小便が出ますよォ、小便をしたいですよオ」いつものように起されて、庭で用を足させながら、こうなるのは嫌やだなあとつくづく思った。現在こうして面倒を見ていることよりも、三十年、四十年先に自分がこうなるのは嫌やだという思いの方が遥かに強い。
もともと老人は、希望とも建設とも無縁な存在なのかもしれない。が、しかし、長い人生を営々と歩んで来て、その果てに老耄が待ち受けているとしたら、では人間はまったく何のために生きたことになるのだろう。あるいは彼は、もう終った人間なのかもしれない。働き、子孫を作り、そして総ての器官が疲れ果てて破損したとき、そこに老人病が待っている。癌も神経痛も痛風も高血圧も運よくくぐりぬけて長生きした茂造のような老人には、精神病が待ちかまえていたのか。
本当よ、光子さん。私は世界中の人間が、これからどうするのかって思ってるの。
認知症の問題を、かなり多面的に表現。老人がどうなるか、世話はどうなるか、そして自分がいつかそうなるという危機感、そこに考えの至らぬ若さ。自分は親の老いを憂うが、40手前でも自分の老いにはまだ気が回っていない。自分の体力や健康に自信があるからか。でも親の介護が大変という感覚以上に、自分の老いを憂う感覚は新しい。
悲惨で陰鬱な認知症対応の前半から一転して、明るく「お戻りになる」構成がおもしろい。昭子の変わり身も含めて、あらゆる登場人物の立ち位置や考え方がおもしろい。決してエンターテイメント小説ではないが、おもしろく読めた。