有吉佐和子のレビュー一覧
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ネタバレ残酷な人種差別の現実が容赦なく描かれている。
日本に駐留していた米軍兵も、米国に帰国すると元の立場に戻ってしまい、笑子(主人公)の夫はニグロとしての生活に。笑子のみならず、戦争花嫁のほとんどは現状を何も知らずに渡米したのであろう。読んでいて最も辛かったのは、麗子のこと。ニグロにも蔑まされるプエルトリコ人の妻となり、笑子に比べても相当ひどい生活ぶりを送ることとなったが、日本にいる家族や親戚には高価な毛皮や装飾品で飾った自分の写真を送り取り繕う。最後は自死。
笑子は、途中、夫らと同様に自分を保つためにプエルトリコ人を蔑んだりもするが、最後はニグロとしての自分を受け入れる。そこから初めて前向きな生き -
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昭和47年に刊行され、昭和57年に文庫化されたこの本だが、古いと感じることなく響いてくるのは、誰もが老いに直面するからだろう。
仕事帰りに買物をして帰る途中に義父を見かける昭子。
何処へ行くのか呼び止めて一緒に帰宅するのだが、離れに住んでいる義父は家が見えてくるなり一足先に中に入る。
そのあと再び、台所の硝子窓を叩き、婆さんが起きてくれずお腹が空いたと言う。
離れを見に行くと義母はすでに亡くなっていた。
それ以降、義父は痴呆が進み昭子が仕事をしながら介護していくことになる。
息子である信利は、自分もこの先こうなるのか…と思うと直視できずにいた。
ひとり息子も受験生ながら敬老会館の迎えなど -
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有吉さんの小説以外の作品を読むのは初めて。
1968年3月。有吉さんは十年来の親交がある同郷の文化人類学者 畑中幸子さんの
「ニューギニアは、ほんまにええとこやで、あんたも来てみない?歓迎するわよ」
という誘いに極めて軽い気持ちでのり彼女のフィールドワークの地 ニューギニアに行くことにした。
その後 何度となくこの選択を後悔することになるとも知らずに…
面白かった。いや面白いと言ってはいけないのかもしれない。きっと想像を絶する過酷さだったのだろう。
それでも有吉さんの文章はやっぱり面白いし畑中さんの関西弁も笑える。
今から57年も前の未開の地に現地の護衛つきとはいえ30代後半の女二人… -
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なんとこのエッセイ
1968年にニューギニアに行った時のお話し
当時30代と思われるけれど
なんという壮絶な旅でしょう
気軽な気持ちで友人に誘われるまま
ニューギニアへ
有吉さんは幼少期インドネシアで過ごしていたのでその辺りは慣れたものと思いきや
トラブルだらけ、ケガだらけ
山をいくつも越えて
挙げ句の果て意識を失う
豚の丸焼きの如く担がれてようやく辿り着いたのは未開発地帯の村
困り果てたことが山のようにやってくる
早く帰りたくても、場所が場所だけにすぐは帰れない
足が痛くて歩けない
友人である文化人類学者の畑中さんは
何があってもマイペースで
そのうち
「一人になりたい」と愚痴る
いやあ