【感想・ネタバレ】恍惚の人のレビュー

あらすじ

文明の発達と医学の進歩がもたらした人口の高齢化は、やがて恐るべき老人国が出現することを予告している。老いて永生きすることは果して幸福か? 日本の老人福祉政策はこれでよいのか? 老齢化するにつれて幼児退行現象をおこす人間の生命の不可思議を凝視し、誰もがいずれは直面しなければならない《老い》の問題に光を投げかける。空前の大ベストセラーとなった書下ろし長編。

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Posted by ブクログ

数十年前の小説なのに全く古びていないことに驚く。

赤子から成長し、出来ることが増え、成熟し、年を取ることで出来ないことが増えていき、赤子に戻っていくような。

時にユーモアを交えながら軽妙な筆致で目をそらしたい老化、死への道筋を丁寧に描き出す。

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2026年05月31日

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書かれてから40年以上経っているはずなのに、色褪せない。

老人の介護問題がリアルに描かれている。
自分が親の介護をする側にまわることも考えるが、自分自身が老いてどんな老後を送るのかも考え、怖くなってくる。

茂造のケースで良い方なのか...。
自分の祖母がボケてきたのを実感しており、時々遠くまで出歩いて帰って来られなくなり警察の世話になっているので、とても他人事とは思えない。

祖母の様子を見て、父の老後も似たようなものかもしれないと覚悟していたけど、自分の人生の延長としては考えたことなかったな...。でも当たり前に自分も老いる。

老人を抱えたら、誰かが犠牲にならなきゃいけないなんて、そんな...。

老いるって残酷だ。老いに抗いたい。

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2026年05月29日

Posted by ブクログ

ネタバレ

主人公の介護小説。最後に泣けるいい小説だった。家族の男共の無能、無責任ぶりにはイライラするが時代かな。

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2026年05月07日

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今のように認知症が世に広まっておらず、老人性痴呆と言われていた時代。徘徊や失禁、弄便など人格を失った義父の行動やその義父の介護に奮闘する女性の様子が詳らかに描かれていて、この時代において革新的だと思う。

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2026年04月19日

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耄確している父親は、信利がこれから生きて行く人生の行きつく彼方に立っている自分自身の映像なのだという考えが、払っても払っても頭の中から消えない。老いるということの極は、これか、と思う。それは死よりも昏く、深い絶望に似ている。

「昭子さん、小便が出ますよォ、小便をしたいですよオ」いつものように起されて、庭で用を足させながら、こうなるのは嫌やだなあとつくづく思った。現在こうして面倒を見ていることよりも、三十年、四十年先に自分がこうなるのは嫌やだという思いの方が遥かに強い。

もともと老人は、希望とも建設とも無縁な存在なのかもしれない。が、しかし、長い人生を営々と歩んで来て、その果てに老耄が待ち受けているとしたら、では人間はまったく何のために生きたことになるのだろう。あるいは彼は、もう終った人間なのかもしれない。働き、子孫を作り、そして総ての器官が疲れ果てて破損したとき、そこに老人病が待っている。癌も神経痛も痛風も高血圧も運よくくぐりぬけて長生きした茂造のような老人には、精神病が待ちかまえていたのか。

本当よ、光子さん。私は世界中の人間が、これからどうするのかって思ってるの。

認知症の問題を、かなり多面的に表現。老人がどうなるか、世話はどうなるか、そして自分がいつかそうなるという危機感、そこに考えの至らぬ若さ。自分は親の老いを憂うが、40手前でも自分の老いにはまだ気が回っていない。自分の体力や健康に自信があるからか。でも親の介護が大変という感覚以上に、自分の老いを憂う感覚は新しい。
悲惨で陰鬱な認知症対応の前半から一転して、明るく「お戻りになる」構成がおもしろい。昭子の変わり身も含めて、あらゆる登場人物の立ち位置や考え方がおもしろい。決してエンターテイメント小説ではないが、おもしろく読めた。

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2026年04月09日

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⭐️恍惚の人
 壮絶な物語である。昭和47年ごろという時代背景はあるが、昭和も令和も介護問題は変わらない。葬式の場面でも葬祭会館などはなく、全て家族が執り行うとは大変だったのだな。いつの世も、肝心なときに旦那は役に立たないのだ。昭子さんが凄すぎる。だが、負担が大き過ぎる。当時から特別養護老人ホームはあったのだな。重苦しいテーマだがユーモアのある筆致で一気に読ませる。老人福祉行政に大きな影響を与えた珠玉の作品だ。

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2026年02月15日

Posted by ブクログ

認知症がまだまだ社会の問題になってたかった時代に書かれてることに驚く。巻き込まれる家族のリアルがあった。嫁としての昭子の葛藤と覚悟。旦那の不甲斐なさを痛感しつつ、自分しかこなせない介護の日々。当時よりも今は福祉がすすんだと思うが、最後のとりでとして家族としてどう向き合うか。老いをどう迎えるか考えさせられる。

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2026年02月11日

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【まるで近未来SF】

なぜだか急に読みたくなって手に取った1冊。
この本が出版された当時、私はまだ小学生だったけど、親、主に母親が近所のおばちゃん達と話題にしていたことを覚えている。
それでもまだ母親世代の口調からは、「恐ろしい話だけれども他人事」のような気楽さが感じ取れたし、どこか怪談話を語っているような雰囲気でもあった。

でも今読んでみると、50年前に書かれたものとは思えないほどリアルな内容で、登場人物の年代が戦中体験者という描写がなければそう遠くない時代の話だと思ってしまったかもしれない。
そして(多少の改変はあるものの)現代とほぼ変わらない仕組みの各種老人施設がすでにこの時代にあったことにも驚いた。

認知症老人の処し方に悩む家族の負担や苦悩、超高齢社会への憂いを織り交ぜて書かれた社会派小説は今や正しく現実となっている。

共働き核家族世帯が圧倒的に多い中で、年老いて自立を失った親の処し方に悩み奔走するのも、行くべき場所が見つからなければ在宅介護を勧められるのも、50年前と何ら変わりがない。

若い頃に散々虐められた舅が認知症となり、実父を遠巻きに見ているだけの役たたずの夫を尻目に、葛藤を抱えながら介護に携わる主人公昭子の善性に頭を垂れる思い。

私が同じ立場に置かれたら、いや、現実的にそれは自分の身にも遠からず起こりうることだけれども、あの境地にたどり着けるかどうかの自信は無い。

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2026年01月13日

Posted by ブクログ

ネタバレ

50年以上前、自分の両親が生まれた頃のお話。
認知症ではなく「痴呆症」と呼ばれた時代で、それが進行すると、便を食べるなどの「人格崩壊(表現が違うかも)」に至るそう。
この時代、認知症をもつ方への理解も進んでいない中、仕事もしながらつきっきりで舅の世話をする昭子の献身ぶりには心を打たれた。その息子である敏も学業の傍ら、徘徊した祖父を探すなどの行動をとっていて偉いなと思った。

反面、昭子の夫の信利やその妹の京子は、自分の父が認知症になっても他人事で、世話を昭子に押し付けている態度が気になった。しかしこれは、「女が家庭を守るもの」という当時の価値観によるものだろう。また、老人福祉に関する専門家からは「家で過ごすのが一番。施設に入れると可哀想」という発言がみられ、世話をする家族のことは支援から外れていたのだと実感させられた。

今だったら昭子とその家族に対し、どんな支援ができるだろうか。私は地域保健に関わる職業に就いているが、それをずっと考えさせられた。

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2026年01月11日

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ネタバレ

『恍惚の人』は、認知症という言葉がまだ一般的でなかった時代に、「老い」と「介護」を真正面から描いた作品です。
舞台はごく普通の家庭。特別な不幸が起きるわけではありません。ただ、年を重ねた父が少しずつ変わっていく。その変化に、家族がどう向き合わされていくのかが、淡々と、しかし容赦なく描かれます。

象的なのは、誰かが明確に「悪者」になるわけではないことです。
介護する側も、される側も、みな必死に「正しく」あろうとする。
それでも、苛立ち、疲弊し、思ってもいない言葉が口をついて出る。その現実が、非常に生々しい。

この作品が突きつけてくるのは、
「家族だから支えられる」という理想と、
「家族だからこそ壊れていく」という現実のあいだの、どうしようもない揺らぎです。

特に心に残るのは、介護が進むにつれて、
・本人の尊厳とは何か
・家族の生活を守ることは“冷たさ”なのか
・献身と自己犠牲の境界線はどこにあるのか
といった問いが、読者自身に突き返されてくる点です。

制度も、専門職も、十分に整っていない時代背景だからこそ、
「支え合いは美しい」という言葉の裏にある重さが、際立ちます。
そしてそれは、制度が整った現代においても、決して過去の話ではありません。

『恍惚の人』は、感動的な物語ではありますが、読後に残るのは“救い”よりも“問い”です。
それでもなお、この問いを避けずに見つめること。
それ自体が、老いと共に生きる社会への、静かな第一歩なのだと感じさせられます。

介護や支援に関わる人にとっては、自身の実践をふり返る鏡として。
関わりのない人にとっても、いつか必ず訪れる現実を、少し先取りして考えるための一冊として。
今なお読む価値を失わない作品です。

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2026年01月03日

Posted by ブクログ

50年前に出版された本だが、認知症の行動、老人介護の家族の苦労は、昔も今も同じだと感じた。
舅の茂造を介護する嫁の昭子の気持ちは痛いほどよく分かる、その反面夫の信利はずるいと思った。親の介護は嫁がするものといった封建的な風習だからだ。
現在デイサービスなどがあるが、この本のなかでは健老会館での老人クラブが前身だったのか。
茂造は最後、言葉を発さなくなった代わりにニコッと笑うのに可愛さを感じた。

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2025年12月19日

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主人公である昭子が今の自分の立場に似ていることが共感が持てた。もちろんすべて似ているわけではないが、老いを看る側や看られる側の感情のもつれを有吉佐和子らしい文章でつづっている。「彼は終わった人間なのかもしれない。ガンも高血圧も心臓病もくぐりぬけ、長生きした果てに、精神病が待ち構えているとは。」という文が心に刺さった。

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2025年12月30日

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毎日の楽しみだった。
主人公は立派だったから楽しく読めた。
本来ならそんな事を言ってはいけないのだが。

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2025年09月15日

Posted by ブクログ

ネタバレ

老人問題を取り上げた小説は何冊か読んでいるのに、元祖であり大ベストセラーであるこの作品をまだ読んでいなかった。
心の片隅で、もう古いのではないかと思っていたのかもしれない。
読み終えてみれば、土下座して謝りたいほど、「現代の」老人問題が描かれていた。
時代的には、私の親世代の家庭であるが、昭子(あきこ)がフルタイムで事務員として働いているという状況は、当時では比較的新しい家庭であったのかもしれない。

優しかった姑が離れで急死した日、嫁の昭子は、舅の茂造の様子がおかしいと初めて気づいた。
症状が出始めたことを息子夫婦には隠して、姑が一人で面倒を見ていたのだろう。
姑は、狷介でわがままな茂造の看護婦か奴隷のようなものであった。
立花家において、執拗な嫁いびりは茂造の仕事で、姑が間に入って取りなしていたのである。
しかし、ボケた茂造は、意地悪も忘れ、昭子さん昭子さんと頼りにするようになる。
そこからは、認知症老人の迷惑行動見本帳のように、茂造は次々と段階を進める。
介護はもちろん地獄だが、昭子と信利(のぶとし)の夫婦は、茂造の姿に自分たちの行く末を思い描いて、むしろそちらに戦慄する。
高校生の息子・敏(さとし)は介護に協力的だが、「パパもママもこんなに長生きしないでね」と言い放つ。
「老人福祉指導主事」の、「老人を抱えたら誰かが犠牲になることはどうしようもない」という言葉も、今もそのまんまである。おまけにヤングケアラーの問題まで浮上しているから、現代ではこの小説の状況より悪くなっているのではないかと思うほど。
考えれば考えるほど、ズブズブと泥濘に沈んでいく心地がする。
自分だっていずれは老人になるのだから、という言葉は、きれい事であると同時に恐ろしい呪文でもある。

こういう場合、あまりにも定番すぎるけれど、「男は役に立たない」ということもやはり書いておかねばならない。
昭子の夫であり、茂造の長男・信利は、少しは手伝ってと言われて「二言目には、自分の親だろう親だろうと言うんじゃない、当てつけか!」などど逆ギレする。
後半、昭子が聖母のように見えてくるが、そうらやっぱり女性の方が介護に向いているんだなどと言う輩が出てきそうで、女を取り巻く状況はこの昭和47年(1972年)からほとんど変わっていないと思うのだった。
そう思うにつけ、この作品は、時代が変わっても色褪せない傑作と言わざるを得ない。

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2025年11月22日

Posted by ブクログ

『非色』に同じくして、社会的な問題を取り扱いながらちっとも色褪せない内容であるのは、日本の皮肉かもしれない。
「老い」の実態をテーマにしながらも、重苦しさが強すぎないのは、やはり主人公の昭子の強さや軽やかさ、ひいては有吉佐和子という人の社会を捉えるしなやかさにあるのではと感じ入る。
そうは言っても、自分にも「老い」が訪れることを恐怖せずにはいられない。女性がおばさんになることの呪いは、『逃げ恥』以後解かれつつある(と期待している)が、さらなる老いとなると、社会的にも安全安心に老いる仕組みが整わなければ、なかなかこの呪いは解けないのではと危惧してしまう。

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2026年05月25日

Posted by ブクログ

読んでいて、自分の夫が死んだらどこに連絡すればよいのだろうと考えて、やはり優先すべき連絡先はアナログで残して置いてもらおうなどと事務的なことを思った。


それにしてもボケた老人の恐ろしいこと。生々しくて少し心をドロっとさせられた。


内容はドロドロしているのに、文体はさっぱりしていて、とても読みやすい。


藤野千夜さんの『じい散歩』を読んでる時も思ったけど、昭和の時代って、隣近所との関係が今とは到底違っていて、家の事で困った時に近所の奥さんに相談したり、頼んだりするのは珍しいことじゃなかったんだなって改めて思う。


主人公昭子が、義父が一命を取り留めたところで、「生かせるだけ生かさしてやろう。誰でもない、これは私がやれることだ。」と決意を固める様は、頼もしく応援したくなった。

死よりも老いる方が怖い といったセリフが印象的。

どうしても今の私にとって介護は他人事に思ってしまう。会社の先輩に介護してる人がいたり、今はもう亡くなってしまった義父や義理の叔父が癌でそれぞれ介護が必要で、ヘルパーさんにお世話になっているのは聞いてはいたけど、自分が直接何かしたっていうのは全くなくて、本当に介護とは無縁の世界にいたけど、今回この本読んで実情知れて良かった。


本作は昭和47年に書かれて、54年も前だけど、介護の問題ってそんなに変わってないのかなって思った。誰が見る(犠牲になる)のか、どこに相談すれば良いのか、どんな条件で預かってもらえるのかとか。この当時は老人会館って言ってるけど、今でいう福祉センターていうのが あるって言うのも知ったし、そういうちょっとしたことを知れただけでも読んで良かったのかなって思う。


それとお年寄りってとても知恵があるし、教わること多いなって、敬っていきたいなって改めて思ったし、地域に根付いたお仕事もちょっと興味が出た。今仕事辞めて 4ヶ月くらいになるけど、今年小一になった子どもの下校や給食のボランティアとかするようになって、お手伝いできることがあれば手伝いたいなと思うようになったし、社会貢献というか地域貢献したいなって思いも強まった気がする。


そして、自分の親の介護とか、自分の夫の介護とか、あとは自分が介護される側になるとか、まだピンと来ないんだけど、ちょっと立ち止まるいい機会になったと思う。

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2026年05月19日

Posted by ブクログ

1982年に出版されている作品なのに物価高によるなやみや少子高齢化・それに伴う介護のなやみなど今とかわりないことに驚きました。

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2026年04月27日

Posted by ブクログ

こんなに世話されて おじいさんは幸せだ。
この本が30年以上も昔に書かれたとは思えない。
昔も今も悩みは変わらないんだ…
変わらないって どう言うことよ!
もっとしっかりしてよ!行政!国!お役所!
頼みますよ。 安心して呆けれないよぅ。泣

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2026年04月24日

Posted by ブクログ

姑の突然の死をきっかけに舅である茂造のボケが発覚、夫と高校生の息子、法律事務所での仕事との間で揉まれながら、昭子は介護に明け暮れることになる。
有吉佐和子作品にはいつものことだが、よく調査され組み上げられているのか、破綻や不自然さがなく、終始圧倒的な筆力でもってストーリーが描き出されている。この作品が書かれた頃に比べ、アルツハイマーを発症した老人(とそれを介護する家族)を取り巻く環境は大きく変化しているが、老いに伴い身体や脳の機能が低下し自分のことを自分でできなくなるという恐怖は時代を下っても変わらず存在するであろうと思われ、解説にも書かれた通り時代を超えた名作である。

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2026年02月07日

Posted by ブクログ

50年以上前に書かれたとは思えないほど、違和感なく読めた。今の悩みもそんなに変わらないと思うと、生きるって、なんなんだろうか…。敏の真っ直ぐすぎる言葉が痛い。
考えるテーマではあるけど、これだけドッシリとした作品が読めて嬉しいと思う。

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2026年01月17日

Posted by ブクログ

凄い迫力ある内容だった

現在は昭和の時代より介護制度は整えられ、介護の考え方も変わってきたけれど、長生きになって認知症になる人も増え、しみじみ老いていくのは大変だと実感している 
当時とはいえ、信利のような夫には腹立たしさしか感じないし、役所の指導も正論であっても介護する人の心には全く寄り添えていない
茂造の介護をやり遂げた昭子を、ただ褒めるとか労うとかいう気持ちにはなれない
家で看取ってあげられたのは、感慨もあるし達成感もあるだろうけど、だからといって解決にはならない
介護は綺麗事ではない
死に方や老い方は選べないけれど、頭を使い、体を鍛えて、何とか認知症や寝たきりにはならないようにしなければと自分に言い聞かせるばかりです
もし長生きしてしまって、家族に負担がかかるようになったら、施設に入れるように貯金しておきます(笑)

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2025年10月25日

Posted by ブクログ

親を持つ人なら誰もが直面する介護。徐々に変わっていく(戻っていく)茂造の姿が自分の親と重なり不安になっていく。茂造の義理の娘の昭子は、協力的でない夫に不満を持ちながら介護を行う。描写を読むとかなり献身的な対応をしているが、今の時代なら昭子の思う程度の不満でこなせる人がどれだけいるだろう。昔の作品だが、介護をめぐる家族の現状は今も本質的には変わっていない。

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2025年08月25日

Posted by ブクログ

高齢の義父とその周りの家族のお話。

有吉佐和子先生の本、2冊目完読。
高齢者との生活の大変さを、リアルに表現されている。

ストーリーは、突然の義母の死から始まる。
それと同時に舅の認知症状に悩まされる話。

恍惚の意味は、さまざまで心奪われるや朦朧とするの他に、ボケとあり、認知症の意味なのか。

1972年の作品で、この頃はまだ認知症と高齢化社会などという言葉も表現されていない時代。
今では、支援センターや、役場に行けば相談に乗ってくれるところもあるが、この当時は、すっかり見放されてる感が切ない。
舅の世話に追われながら、家事や仕事をこなす主人公の嫁に感心した。こんな嫁は、今も昔もいないだろう。小説だから、綺麗に仕上がっているが。

しかし、このお爺さんも幸せな余生を送っただろうなぁ。こんな風に変貌するくらいなら、長生きしないでねと主人公の息子が投げる言葉が印象。
ホントにね。身体元気でも、脳がこうなるとやるせないよね。
しみじみと老化現象と家族についての過程の話でした。

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2025年08月20日

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有吉佐和子『恍惚の人』。

姑が急死。離れに住んでいる舅・茂造の老人性痴呆に。共稼ぎの嫁・昭子は義父の介護に追われることに。
しかし夫・信利は実の父にもかかわらす、介護に及び腰。『俺もこうなるのか』という始末で、息子・敏以上に役立たず。
敏も、『パパもママもこんなになるまで生きないでね』と…
そんな中、昭子はほぼ一人でその役割をこなしていく…

昭子には頭が下がる。
働きながら、義父の介護をするなんて…
信利にはもう少し、昭子を助けるつもりはないのか、自分の親なのにと、思ってしまう…
が、自分ならどうだろう⁇
仕事を抱えながら、親の介護ができるだろうか⁇
少なくとも、昭子のようにはできないだろう。
老人福祉の主事に逆らうようだが、老人ホームや病院、お金で解決できる道を選ぶだろう。
こちらの生活もあるのだから…

昭子はこの時代の人には珍しく、共働きで、周りの人にも恵まれていた、金銭的にも、環境的にも。
この時代、ここまで柔軟に対応できなかっただろう。

昭和40年代後半の話であるにもかかわらず、まったく古さを感じない。
この頃から老人介護が問題になっていたなんて。
50年経った現在でも、状況はまったく変わっていない。
高齢化がさらに進んでいるにもかかわらず。
政府は何をやっていたのだろう…

考えさせられる作品だった。

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2025年08月18日

e3

ネタバレ 購入済み

レビューというより感想です

まず時代性なんかが今と違うのが面白い。主人公が普通に戦争経験者で、主人公の夫も戦地帰り。息子は学生運動の世代。うちの祖父母が主人公世代って考えると、すごく不思議な気持ちだった。
でも、文体なんかは別に古くさくもない。いうて現代だもんね。

認知症ってのは今は普通に知られてて、それ用の受け入れ施設もあるけど、当時は大変だったろうな。働く主婦の主人公が、仕事と介護の間で悩むあたりは、現代でもそんなに代わらない問題だなって思ったし。今どきは嫁が義父母の介護をする・・・なんて価値観も古くなってるけど、全く無くなってるってわけでもない。その価値観転換のスタート地点を読んだんだなって思った。

通底して書かれてたのは人間の尊厳とか死生の境界みたいなものかなと思った。現代でも尊厳死とか安楽死とかが語られるけど、それのもっとプリミティブな問題提起だったんだろうな。

それに繋げて、(意識の)死と客体化っていうのを考えた。

お爺ちゃんが認知症になって、自分が誰なのか今何をしてるのかも分からなくなって、口さがない人(実の息子なども)は「こんなんなら死んだ方がマシだ」なんて言う。けど、主人公はそのお爺ちゃんの生に意味を見いだす。生きていてほしいと思って世話をするようになる。
本人に自意識がなくとも、他者から客体化されることでその人の生に意味が見いだされるっていうのは「死んだ後はどうなるの?」っていう問題にもちょっと似てる。
死の前にある死のようなものとして認知症はあるんだと思った。
本人の意識は生きてるのか死んでるのか分からないけど、周りの人たちはその人をちゃんと認識してて世話もしたりしてて、本人の意識も、何か断片のようなものはそこにあって。
それは、物語の最初に死んだおばあちゃんについての言及がほとんどないのは象徴的で、死の前にある死と生の間の何かとして認知症を書いていて、おばあちゃんは明確に生の世界とは切り離されてるんだと思った。(これは深読みしすぎかな?)

山岸夫妻が出てきたあたり、お爺ちゃんが「恍惚」状態に至ったところは作品のクライマックス。生老病死なんて言葉があるけど、そういう現世の苦難から全て解放されてる感じがして、解脱ってこういうことかなって思ったりした。
急転直下からの怒濤のエンディング、最後の敏と昭子のやりとりも良かった。

全体的には読んでてしんどい部分が多かったけど、総合的にはすごく良かったです。

#深い #タメになる

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2025年06月12日

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義父の介護問題に向かい合ういつまでも変わらない老いへの課題 昭和57年発行のこの小説。時たま考えや時代背景がかなり古臭いな、と感じるものの、老人の痴呆や老い方そのものは現代でも変わらず。
当時はこの手の老いは家族の恥、みたいなとこがあったが、今ではもう少し理解が広まりかつ老老介護が社会問題となっており、子供家族の世話になっている老人は少ないのでは、とも思う。
人間の老い方は40年経っても変わらないし、人間の本質を書いていて、これが近い将来やってくるリアルなんだよな、と思い知らされた。

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2026年03月14日

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自分が老いるってわかってる? お爺ちゃんボケちゃった。

昭和後期に書かれた、老人介護のお話。
当時はセンセーショナルな作品で、ベストセラーにもなった模様。当時から社会情勢は大分変わったものの、この問題自体は何一つ解決しておらず、そちらにショックを受ける。

主人公自らが言っているように、彼らの状況は決して最悪ではない。もっと悪い家庭はいくらでもある。それでも、本人にとっては辛く厳しい日々であり、誰にも理解してもらえない。それこそが、高齢社会の最たる問題ではないだろうか。

今や待ったなしの、だれもが関わらなければならない問題。自分が老いると頭では分かっていても実感は無い、そんな若者にこそ。

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2025年12月28日

Posted by ブクログ

 そういえば学校で紹介されてたけど、読んだことがなったから今読んでみた。認知症が老人性痴呆と言われるようになってきた頃の話。
 変わりゆく舅の介護を通じて、戸惑いながら、気持ち身体もろとも揺れ動かされていく嫁昭子。
 読んでいる時はどうにもならなくて苦しい感じがしたけど、最後の湯灌をするシーンでなぜか涙が出てきた。 昭子さんの甲斐甲斐しい介護の裏にはいくつもの試行錯誤と、舅が憎いけど尊重したい気持ちとがあったんだよな…と思い出したから、湯灌を完璧に行う昭子さんには敬服。

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2026年04月12日

Posted by ブクログ

ネタバレ

今となってはすっかり馴染んだ徘徊という単語もこの頃は馴染みがなかったということに驚いた。
老齢化が問題になってからもうかなり時が経つと思っていたが、この問題の歴史は案外浅いみたい。
まだまだ整備が進まない中で介護する側の自分と、介護される側の自分を想像するとどちらもしんどそうでちょっと憂鬱(T_T)

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2026年03月12日

Posted by ブクログ

ネタバレ

共働きの夫婦が認知症という言葉もまだない時代に自宅介護をして看取るまでを描いた作品。
登場人物の考え方にはさすがに時代を感じたが、老人ホーム等の施設に簡単には入れないというところは変わっていない。今の時代に家でお世話するのが本人にとって一番幸せだなんて福祉関係者が家族に言おうもんなら訴えられそう。
旦那さんはほとんど何もしないのに一人で頑張るお嫁さんは本当にすごい。普通なら夫婦関係もっと悪化しそう。
割と早めにおじいちゃんがなくなったから自宅介護でなんとかなったけどこれがもっと長引いて更に状況が悪化したらと考えると本当に地獄だと思う。自分が認知症になって何も解らなくなったらと思うと、尊厳死とかリアルに考えてしまう。
ロスト・ケアとテーマが重なる部分があって、いくら考えても答えの出ない問題。人間ていうのは本当によくできた作りをしているのに老いるという問題はまだ解決できない。
老いて死ぬのが自然の摂理であり美しさでもあるけど、美しく終われない場合があるので難しい。人類はいつか永遠に若々しく生きられるようになるだろうか。死にたいと思った時に死を選択できるような。そういうSF小説はきっとあるだろうな。

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2025年12月18日

Posted by ブクログ

ネタバレ

小説というより事実が淡々と描かれているという印象だった。
いじめられた舅の介護なんて絶対にしたくないと思うが、その心境の変化が興味深い。

楽になったと思ってもそこからまた新たな問題が湧き出してくる...
働くこと、介護すること、女性とは...
色々と考えさせられ、またなにも理解できてなかったと思い知らされた。

母に読ませてしまったけど、どんな風に感じたかな?
読ませるべきでなかったか...

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2025年08月17日

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