有吉佐和子のレビュー一覧
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下巻を読んでいる間、ずっと過去、現実に接点のあった自己愛性パーソナル障害と思われる元同僚のことが思い出されて仕方なかった。まさに息をするようにウソをつくが、ほとんどの人が気づかずに騙されていた。フレネミーとも言え、表面的には極めて愛想がよい。
下巻では、正子はなんども絶交を言い渡しているのだが、どういうわけか蔦代は何度でもうまく正子のもとに戻り、親切にしているように見せてとんでもないことをしでかしている。
この親切に見せかけて実は、、という部分、下手したらされている方は気づかないことも多い。そのあたりを有吉佐和子は本当に上手に描いており、引き込まれるようにして読んだ。 -
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有吉佐和子『青い壺』文春文庫。
昨年末にテレビで取り上げられてから、じわじわと売れているようだ。
美しい青磁の壺をテーマに描かれる13話から成る連作集。
1人の陶芸家が焼き上げた見事な出来栄えの青い経管型の壺。誰もが魅了される壺の持ち主は次々と変わり、様々な人間模様を見せてくれる。
ストーリー的には、馳星周の傑作『少年と犬』にも似ている。もっとも馳星周の方がだいぶ後になるし、犬と青い壺では大きく異なる。何故、馳星周の『少年と犬』を思い出したのかと言えば、この『青い壺』という作品がそれほど面白かったのだ。
『第一話』。才能や技量だけでなく、様々な偶然や運が重なり、芸術は成立する。なかなか思うような作品が作れないのが、陶芸の世界なのだろう。
父親の後を継ぎ、青磁ひとすじに制作を続ける陶芸家の牧田省造。ある日、デパートの注文品とともに焼き上げた一点物の経管型の青い壺は見事な出来栄えで、見る者を魅了した。青い壺は道具屋が古色を付けたら買い取ると言ったのだが、デパートの社員が美術品コーナーに展示したいと引き取っていく。
『第二話』。馬車馬のように50年間も働き続けた男が定年を迎えた時、やはり壊れていくのだろうか。自分自身60歳を超え、未だに普通に働いているが、65歳まで残り3年を切ったが、まだ定年後の暮らしなど想像も出来ない。
定年後半年が過ぎても、家でぼんやりする夫の寅三を持て余した妻の千枝は、寅三が68歳まで世話になった副社長の原へのお礼にデパートで青い壺を買い、寅三に持たせた。
『第三話』。生け花の世界も奥が深く、難しそうだ。ましてや青い経管型の壺となると難易度は上がるようだ。
副社長夫人の芳江は青い壺に美しく花を生けようと悪戦苦闘していた。そんな中、で夫の部下の女性と甥っ子が見合いのために相次いでやって来る。見合いは不首尾に終わり、帰りしな甥っ子が言い残した言葉が気になる芳江。
『第四話』。親族同士の財産争いは、時として醜い争いになるらしい。中には父親が亡くなり、母親に遺された遺族年金の果てまで寄越せという子どもが居るようだ。遺族年金の申請用紙に子どもたちが相続を放棄することに同意する欄があるのは、昔からそのような争いがあったということなのか。
副社長夫人の芳江は、青い壺に美しく花を生けようと奮闘する。そんな時、孫を連れた娘の雅子が急に帰ってきて、婚家の醜い遺産争いを愚痴始める。芳江はその話を夫に伝えていると、青い壺を目にした夫は突然、青い壺を誰かにあげてしまえと言い出した。青い壺は次に誰の手に渡るのか。
『第五話』。白内障は手術を受けると驚くほど回復するようだ。一昨年、自分の母親は両目の白内障の手術をしたが、日帰りで翌日には眼帯が外れ、驚くほど見えるようになった。
東京の狭いマンションで1人暮らしを続ける千代子は老いて目が見えなくなった母親を引き取る。2人暮らしが始まり、生活に張り合いが出て来た千代子は、都内の老人病院を知り、母親を診察してもらうことにした。左目は緑内障でどうにもならなかったが、幸い右目は白内障で、手術をしてもらうと母親の右目は見えるようになった。目が見えるようになった母親が千代子の部屋で目にした綺麗な青い壺。あの青い壺は千代子の元にあった。
『第六話』。今年は戦後80年だと言う。本作が書かれたのは50年前ということで、描いている時代は戦後30年である。戦後30年というと今よりは戦争の記憶が残っていたのだろう。
夫婦2人で、戦後の焼け跡から始めたこぢんまりとしたバア。バアの客の医師の石田は『御礼』と書いた細長い荷物を置いて帰った。『第5話』で千代子の母親が白内障の手術を行った医師の石田に、あの青い壺を感謝の印に贈っていたのだ。
『第七話』。物資や食糧が不足した戦時中に何とも粋なことをする人も居たものだ。
医師の石田一朗の忘れ物だと言って、バアのマダムの梶谷洋子が届けてくれた青い壺を見た年老いた母親は、戦時中に外務官僚だった亡き夫との思い出が甦り、夫の粋な計らいについて饒舌に語り出した。そして、我々は千代子の母親の名が鈴木キヨであったことを知る。
『第八話』。まさかの急展開に息を飲んだ。あの青い壺は一体何処へ……
長女が嫁ぎ、長男はアメリカに留学。姑が他界し、夫と2人きりになった厚子は部屋を片付けていた。毎日、帰りの遅い夫を待つある日、上機嫌で帰ってきた夫から次の土曜日にレストランに行こうと誘われる。我々は夫の名を石田一朗であることを知り、鈴木キヨの白内障の手術を行った石田の手元にまだ青い壺があることを知り、安堵するのだが……
『第九話』。なかなか青い壺は登場しないのだが、最後の最後に新たな持ち主の手に渡る。自分も数年前に中学校時代のサッカー部の仲間から同級会に誘われたが、残念ながら中国出張と重なり、欠席した。その後、新型コロナウイルス感染禍が始まり、再び集まる話は無かった。
女学校の卒業から半世紀、弓香は同級生たちと久しぶりに京都で集まる。戦争を経て子育ても終えた彼女たちは、家庭の状況も経済状態も健康状態もそれぞれであったが、楽しい時を過ごす。
『第十話』。青い壺の持ち主は目まぐるしく変わる。どうやら青い壺は持ち主に幾ばくかの幸運をもたらすようだ。弓香が京都旅行から戻り、骨董市で僅か三千円で手に入れた、あの青い壺を孫娘の悠子に土産に渡す。
母校だったミッションスクールの初等科に栄養士として就職した弓香の孫娘の悠子は、子供たちに野菜を食べさせたいと工夫を凝らすが、ある日、真っ黒なほうれん草のスープを作るという大失敗してしまう。
『第十一話』。青い壺は何処へ行ってしまうのか。肉親との別れほど悲しいものはない。昨年末、自分も父親を亡くしたが、涙こそ流しはしなかったが、心にポッカリと穴が空いたような気分が続いている。
世話になったシスターが45年ぶりにスペインに帰郷すると聞いた悠子は、青い壺をプレゼントする。
『第十二話』。スペインに渡った青い壺はどうなったのか。青い壺は1人の男性がスペインから日本に持ち帰っていた。
スペイン旅行中に急性肺炎になったという入院患者の男は、病室に飾った青い壺に触られそうになると、怒鳴るのだった。
『第十三話』。最終話。因果応報。人生とは人との繋がりで、与えた物、貰った物が、巡り巡る仕組みになっているのかも知れない。青い壺の運命は……
スペイン旅行中に急性肺炎になった男は高名な美術評論家だった。その男に呼び出されて、家を訪ねた陶芸家の牧田省造は、男がスペインのバルセロナの骨董店で見付けた12世紀初頭の掘り出し物だと言う青い壺を見せられる。
本体価格770円
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有吉佐和子さんのエッセイをまとめたもの。
有吉佐和子さんははじめましての方で、私の本友達から譲っていただいた本。
自分からは知り合わなかった作家さんだと思う。
読みやすく文体に文量であるが、時々ドキッとするワードが出てくる。これは調べなきゃとか、そっちも読みたい!となってしまう。
中には笑ってしまうもの、共感して入り込み悲しみでいっぱいになるもの、文章の中にFX関数が仕掛けられているようなものもあった。
訳者としても才能がある方のようでこのあとは訳者としての有吉佐和子さんを知りたいと思う。
最後の方に出てくる、キリスト教の神父さんと「神について」会話したものは奥深いなぁと思った。オチもそうだけど〝分かりません〟というワードの持つ不思議な時間が心に残っている。 -
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1968年3月。有吉さんは十年来の親交がある同郷の文化人類学者 畑中幸子さんの
「ニューギニアは、ほんまにええとこやで、あんたも来てみない?歓迎するわよ」
という誘いに極めて軽い気持ちでのり彼女のフィールドワークの地 ニューギニアに行くことにした。
その後 何度となくこの選択を後悔することになるとも知らずに…
面白かった。いや面白いと言ってはいけないのかもしれない。きっと想像を絶する過酷さだったのだろう。
それでも有吉さんの文章はやっぱり面白いし畑中さんの関西弁も笑える。
今から57年も前の未開の地に現地の護衛つきとはいえ30代後半の女二人…。
有吉さんもスゴイけれど本当にスゴイのは普段は一人でその地でフィールドワークをしている畑中さんだ。作中、畑中さんはとてもよく怒っていた。有吉さんにも怒っていた。強くなければ強く見せなければ原住民と女一人渡り合えなかったのだろうと思う。
本書で個人的に好きだったのは所々に挿まれる挿絵だ。力の抜けたタッチで動きがある。 特に行きに有吉さんが動けなくなってしまい、狩られた獲物のように木の棒にくくりつけられ原住民に運ばれる挿絵は何度見てもイイ。