あらすじ
小さな川の流れを呑みこんでしだいに大きくなっていく紀ノ川のように、男のいのちを吸収しながらたくましく生きる女たち。――家霊的で絶対の存在である祖母・花。男のような侠気があり、独立自尊の気持の強い母・文緒。そして、大学を卒業して出版社に就職した戦後世代の娘・華子。紀州和歌山の素封家を舞台に、明治・大正・昭和三代の女たちの系譜をたどった年代記的長編。
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明治、大正、昭和へと続く、母から子、孫に至るまでの年代記。
有吉版『細雪』のよう。細雪よりはだいぶコンパクトながら、明治のお家騒動にとどまらず、昭和までの時代の移り変わりが書かれているのがすごい。
川の流れのように続いていく命と、変わっていく「家」のあり方を体感することができ、しっかり満足感。
「〜のし」という独特の方言も癖になる。
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めちゃくちゃ面白かった。
第1章が終わり、第2章が文緒が女学生になったところから始まることに気づいた時点で「文緒が女学生になるまでに何があったかも教えてよ!!花の視点を共有してよ〜!」と駄々をこねたくなった。
内孫、外孫、長男がどう、と家父長制的な視点を持つ花に対し、文緒が「実際に深い交流があるのは外孫ばかりではないか、母系家族は自然だったのではないか」と訴えるシーンは特に印象に残った。
母と娘が反発し合いながらも、宥和できる部分は時間をかけて宥和し、その様子を見る孫娘は祖母に対して親近感を持つ、という描写は、そうやって昔から連綿と命が続いてきたのだなと思わされた。
一方で、晩婚化や出産の高齢化、核家族化が進むいまでは、祖母と孫娘の距離はこの作品ほどは近くないのだろうなと少し残念に思った。
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朝日新聞の和歌山紀行での推薦本である。有吉佐和子は、恍惚の人や複合汚染で有名になっていたので、その本を読んだが、こうした昭和の初めの地方の和歌山の女性を描いたとは思わなかった。和歌山を昭和にかけて知るにはガイドブックとして最適であろう。
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23.1.21〜2.5
有吉佐和子、面白すぎ❗️
花と祖母の関係性、習慣。絆。嫁入りの様子は鈴木清順の映画を思い出した。
カバンに大量のキューピーをぶらさげて田舎を闊歩してる文緒、可愛げありすぎ。
華子を見つめる花の目線と、終盤に彼女が語る言葉で感極まった。
武蔵美に友達の卒制を見に行った帰りに、近くにあった古本屋さんでこの本と『複合汚染』を買ったんだけど、複合汚染を見た老齢の店主さんが「うん……うん…‥いい本だよね、これ」って呟いてた。紀ノ川も良い本だったよ、店主さん❗️
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花(明治)・文緒(大正)・華子(昭和)の三代記と、少し前の朝ドラを彷彿とさせる構成。事前に著者の生い立ちを確認していると、自伝的小説だと言うことに途中気づく。
開始早々泣きそうになった。
嫁入り前の花が祖母の豊乃と寺の石段を上るシーンから入るのだが、孫へのはなむけの言葉がもう優しくて、優しくて…。
明治初期に身内が嫁入り前の女子に説くことなんざせいぜい嫁の心得だろうに、「身体を大切にしなさい」等今と変わりないしどれも愛情深い。早逝した実母に代わってどれだけ彼女が手塩にかけてきたのかがよく分かる。
作家の桂芳久氏は解説にて、著者は紀ノ川に「いのちの流れ」を象徴させたと書いている。出来た嫁の花は作中で紀ノ川に例えられているが、桂氏曰く「(自分より早逝した)夫や義弟のいのちを吸収して逞しい生命力に溢れている」という。正しい解釈かもしれないが、まるで花が悪霊のような書き様に思えて自分はこれに賛同しかねた。
和歌山市の有吉佐和子記念館を訪れた際紀ノ川も見えたが、水流は穏やかなれど水の色は凛々しい青だった。芯の強い花に屈強な文緒、これからの時代を逞しく生きていくであろう華子を想起させる、揺らぎのない青。性格や得手不得手は違っても、彼女らに共通する強さは脈々と受け継がれる。これが読後に見出した、自分なりの川の解釈。だいぶ単純なものになってしまったが~_~;
男性陣が儚い印象だが、花の小舅にあたる浩策だけは異色だった。小気味の良いツンデレっぷり(あの重度の皮肉屋を容易にツンデレと呼んで良いものか、書いてから悩んでいる…)で、基本的には長兄や花にジェラシーを燃やすひねくれ者。しかし彼もどこかで花たちと繋がっていたかったのか…?と思っちゃうほど、交流を続けていた。
子供たちとの交流や、年老いて一人になった花の元に書籍を届けたりして、何だかんだで花も彼への警戒を解くようになっている。
だが「家」には決して染まらず、登場人物の中で一番思い通りの人生を送れている。桂氏風に言えば、花にも吸収できない川があったってこと。
毎朝読んでいたから、こちらも自分にとっては「朝ドラ」にあたる笑 先のリアル朝ドラとはまた違った瑞々しさ。バトンをつないだ華子の未来が前途洋々であれと、紀ノ川を眺めた時のように流れを見守っていた。
『恍惚の人』に続き、こちらも知人から紹介して貰った一冊!有吉氏の代表作にようやく辿り着くことができて達成感でいっぱいです^ ^ この先(一生かけてでも⁉︎)︎他の作品も制覇していきたいです。
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三代に渡る女の人生。
描く人が違うとまた濃厚さが違う。
風景の描写も流れる時間もまた違って方言まで美しく感じる。
気丈な花が老いてワガママになるのも計算の内なのか、今まで抑えていた気持ちをボケたふりして孫に語っているような気がして、というよりそうあってほしいと思う。
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おそらく、本で読んだだけならここまで強烈に印象に残ることはなかったことだろう。
毎朝のNHKの朗読で一回、それを録音で収録したものでもう一回。初夏のウォーキングのなかで聴いた。
柔らかな紀州訛りと、もう失われた少し遠い時代の生活や言葉を背景に、“真谷のごっさん”花の見つめた世界に同化しながら浸った。
そして、もう一回この手にしている本で三度目の『紀の川』を渡った。
三度ともなれば、すべてがもう知り抜いた既知の世界。展開も、台詞も文字を目が追う前に既に知れている。
ただ味わった。もう一度この心地よさを。
何が心地よいかって?
それは花の“美しさ”だ。小説のなかでも、その美貌を表現する箇所はあるが、それだけでは私の心は動く筈はない。
豊乃に英才教育されて身につけた教養と躾、身のこなし。それだけでもない。
それらと彼女の生きた運命が化学反応して発光する輝きが、孫娘華子(有吉佐和子)によって見事に描かれているのだ。
絵画に描かれた女性に恋する青年の気持ちと同じだ。
もう、現実には存在し得ない、失われた“美しさ”だ。
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ラジオで朗読されていたので購入。題名からちょっと最近の人にはとっつきにくいのではないかと思う。女性4代の血脈が、紀ノ川の水脈のようにしっかりと、静かにゆるやかに流れる。女性の強さを感じる。女性の生命力、ミトコンドリアの力を感じさせられる良書。
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有吉佐和子の代表作。読んだのではなく、NHKラジオ「朗読の時間」で聞いた。目からではなく耳から、という朗読の面白さを初めて実感。朗読50回シリーズ。
朗読は、俳優の藤田美保子さん。藤田さんの朗読の上手さも、この作品の魅力を一層引き出していた。
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自分のひいひいおばあちゃんくらいが花の世代かな?そう思うと、女性がとんでもなく「家」に縛られて生きていたのは割と最近なんだなと、驚く。プラスチックを始めて触るシーンとかも、世代を逆算して考えると面白い。
有吉佐和子の作品、もっと読んでみたい。たしかに努めて娯楽的にしている面も感じなくはないけど、女性の人権に対する意識とか今読んでも古びてないし、作家らしい作家だと思う。
そして女性を、三代を通して描くのはすごく有効な描き方だと改めて思う。キム・ジヨンもだったけど、個人的な母娘の確執に見えることでも三代になると社会のうねりの中で起こってるってことが可視化されていいよね。
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紀州紀の川の流れとともに移りゆく女たちの物語
明治大正昭和の時代の女性の立場というか生き方の変遷に、徐々に引き込まれました。
花の目線で感情移入しているため、文緒の身勝手さ(に見える振る舞い)が腹立たしくありましたが、立場も状況も考えも変わっていく中で、こちらの印象も変わっていきました^^
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明治大正昭和と時代が変わると
人の価値観も変わる。
「普通」が「普通」じゃなくなる。
当たり前なんていうのはその時代の普通に合わせている。もっと言えば、周りの考え方に合わせているだけだろう。
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「お母さん、乳房形って、どないして作るんですか?」
と訊きに来た。木綿のハンカチを扱って簡単に作り方を説明してから、
「あんた、慈尊院さんへ行くんかよし」
と尋ねると、
「ふん、まあ気休めやと思うけどの」
ぷいと立って行ってしまった。
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紀ノ川上流の名家出身の花が嫁いでからの生涯が明治、大正、昭和の時代を経て語られる一代記。
花は古き良き伝統を守る模範的な女性であり、川を下っての厳かな嫁入りの描写は美しく、凛とした花の振る舞いや紀州弁の物言いも優雅で、前半は華々しくて素敵だった。
そこから劇的な展開があるわけではないけれど、時代の移り変わりにより、求められるものが変化していき、女権論者の娘との対立や「家」が崩壊に向かう様子が流れるように描かれていく。
ハッとさせられる表現があったり、女性たちの逞しさを感じたり、生命力溢れる魅力的な作品だった。
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和歌山の素封家を舞台に、明治・大正・小話を生きた3代の女たちの年代記。
祖母の豊乃に手をひかれて九度山の石段を上る花の描写から始まるこの物語は、花が嫁いでからのことがいちばん長く、きっちりと嫁として、妻としての務めを果たし長男を産みその後に長女の文緒を産んだと同時期に豊乃を亡くす。
母の花とは違う文緒は、ひたすら我が道を進み一風変わった強情な女子であった。
母の思いを全く与することなく結婚後も自分の思うままである。
その文緒の子である華子は未熟児で生まれてから身体も弱く、和歌山の花と過ごす時期もあった。
花の子どもにしても男もいたが、いずれも家を離れてしまっていて、戦局苛烈においては彼女の周りに集まったものは、娘たちや外孫ばかり。
母系というか女の実家に集う女、子どもというのは、いつの時代も変わらないのではないかと思えてくる。
祖母から伝えられた紀ノ川のことを九度山へ上ったことを我が子へそして孫へと語りたかったのかもしれない。
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花の一生、理想の女の生き様かと思えばもっと濃いもの。教養はあれどしとやかであれ、というだけに止まらず家に対する執念など。
花の死際、家の縛りから放たれ、抑圧していたものが全て解放している様は読んでいて辛い。呆けだけではなくヤケのような、
白蛇が出たのだからじきに花も死ぬのだろうが、その場面まで書かれてなくてよかった、きっと耐えられない
美っつい川。
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女三代期。戦後財閥解体を経て没落した一家を描く。紀の川上流の紀本家から嫁いだ花。花を旧世代だと批判する娘文緒。幼少期を外国で過ごした病弱な孫華子。それぞれの女の力強さを感じる。
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紀伊半島一周の旅、終着の和歌山市にて。
和歌山の言葉は初めて知ったなあ。
豊乃〜花〜(文緒)〜華子と、紀ノ川が流れるように移ろっていくお話で、すらすらと読みました。
それぞれに大変な苦労が起きてるにも関わらず、心を重くせずにいられたは、4者4様に持つ強い芯としなやかさの為かな?
次に訪れた時は、紀ノ川をじっくりと味わおう。
関係ないけど、
居酒屋のお兄さん(同い年!)と、スーツさんやら鉄道の旅やらの話で盛り上がったのは良き思い出。
旅先でその土地を舞台にしたお話や、その土地出身の作家作品に触れるという恒例行事は、続けていこう。
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朗読の時間
人の一生は川のようなものなのだとつくづく思う。
悠然と流れる川もいろいろある。
登場人物、必ずしも同意できないが
大河のような物語だった。
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紀州の素封家を舞台に明治、大正、昭和の時代を紀ノ川のようにたくましく生きた女の物語。
九度山の名家・紀本家の娘・花は、早く亡くなった母親替わりである祖母・豊乃の愛情と教育を受けて、才色兼備の女性に成長する。
彼女は、紀ノ川の流れに沿って、六十谷の名家・真谷家に嫁ぐ。婿となる真谷敬策は新進気鋭の村長であり、その後、県議会議員、衆院議員と政治の道を順調に進んでいく。花は敬策を支えながら真谷家にとけ込み家霊的な存在となっていく。娘・文緒は男のような侠気があり、新しい女性の姿を求め独立自尊の気持ちが強く、花とよく対立する。また、大学を卒業して出版社に就職した戦後世代の孫娘・華子は感受性豊かで賢く花と情緒を通わせる。
それぞれの女性が世代の落差はありながらもエネルギーを内包した生き方を見せる。
敬策の弟で分家した浩策、花の長男で覇気に欠ける政一郎、文緒の夫であり、青白い秀才のイメージのある晴海英二など男性の登場人物はいずれも弱い川として強い女性の象徴である紀ノ川に吸収されていく。
破滅的な戦争末期に「家」こそが女の砦だったこと、長男が嫁をもらうことで次男が分家として格下げされる宿命、農地改革により息のねを止められた地主など時代背景を物語の中で実感として味わうこともできた。
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読み応えのある作品。紀州弁が更にこの物語に彩りを与える。それぞれの世代における女性の価値観が見事に描写されている。今の時代に生きていてよかったと思うのと同時に、御っさんと呼ばれた花の生き方にも憧れを抱く。
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静かな和歌山の雰囲気と大きく変化する時代のうねりを対照的に感じさせる作品であった。そのうねりを紀ノ川になぞらえ、女性のもつしなかやかな強さを想像させられた。時代の変化とともに、女性としての役割や価値観の変化を個々の人物によって表現している。今の時代をうつすとしたら、どのような人物として描かれるのかを見てみたいと思う。
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さまざまな「女」を知る作者の原点を見た気がした。
求められる女性らしさを演じきり、家庭を動かす女。求められる女性らしさに反発し、道を切り開こうとする女…。相反する女性を描いているのに、そのどちらの心理も描き出すところが、この作品の魅力だ。時代の移り変わり、世代による価値観の違いも、物語にうまく取り込んでいる。
幕の引き方も素晴らしく、ひとつの家が終わりゆく切なさを、見事に表現していた。
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紀ノ川、奈良県では吉野と呼ばれる川が、和歌山に入ると紀ノ川と呼ばれ、有田川の北を走って和歌山湾に流れ込む。
紀ノ川沿いの九度山で、旧家に生まれ祖母に躾けられた花が、名家に相応しくお金と時間をかけて、しきたりにのっとった結婚の儀式を行うところから話が始まる。それはもう本当の話なのかと疑いたくなるほどの異様な式だ。川の流れに逆らってはいけないということで下流へ嫁に行く、というところまでは受け入れられるが、五艘の船に信頼縁者が乗り込み、その下流の六十谷(むそた)まで、途中何件かの旧家で休息を取りながら一日かけてゆっくりと下っていく、とか、披露宴は男しか入れないとか、結婚式まで二人はほとんど顔も合わせないとか、その日のうちに(客がいる間に)床入りし、初夜が明けると今度は「部屋見舞い」という習慣が待ち受けていて、女の縁者が新嫁を訪れて祝言を述べる、とか、今では考えられないことの連続。なんせ時代は明治の始め、まだ封建的な世の中だった。「三従と七去の教え」という言葉が出てくる。三従とは、女性は幼いうちは父に、嫁しては夫に、老いては子に従えということ。七去とは、舅姑に従わない、子供を産めない、不貞、嫉妬深い、病気持ち、おしゃべり、盗みをはたらく、これらのひとつでも当てはまる嫁は離縁できる。いやはや、すごい時代だ。
長男がいかに大事にされているかというのも驚きだ。兵役免除ですよ。次男以下は分家として名前も捨てないといけない。ただの平民になってしまう。長男の出来が悪かったらどうするの?実際この話の中でも花の長男は出来が悪く、文緒が男だったら‥などと嘆いている。
花の章で行数使った。この後、旧態依然とした花に反発心を抱き、常に突っかかる娘の文緒、外国で育ったものの古き良きものやしきたりも受け入れられる孫の華子と三代に渡る女の物語。
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明治大正昭和に生きた女4人の人生が描かれている。
家への執着。伝統への反発。そして時代は変わっていく。
いざとなって頼るのは男の実家ではなくて女の実家…
この言葉印象深い。
「死んだ家」の土台だったそうです。
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和歌山の旧家を舞台に明治から昭和にかけて四世代の女性を通して時代による価値観の移り変わりを描いた作品。
力作であることは間違いないが、庶民感覚とはあまりにかけ離れた大地主一家の価値観がそのまま時代を表しているとは決して思えず、そのせいで素直に読めなかったところが残念です。
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明治大正昭和を生きた紀州の女三代の話。豊乃、花、文緒、華子のタイプの違う女達の生き方に共感する部分反発したくなる部分が混ざり合い時代の移り変わりに心も揺れ動く。男尊女卑の中、強かに逞しく生きる姿に憧れを抱く。この一族に想いを馳せながら紀ノ川を見たくなる。
Posted by ブクログ
三代に渡る女性の人生を描いた作品。戦後を迎え、封建的な一族も衰退し没落していく様子は残念でならなかった。
そしてこの一族の女性たちは皆強く逞しいことにも胸を打たれた。男尊女卑が残る時代においても男を黙らせるほどの女性の行動力、発言力には読んでいて惹かれる部分もあった。
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古風で奥ゆかしく、強くて知的で、これぞまさに
昔ながらの理想的な日本人女性!な花が主役の話。
重要な人があっけなく亡くなるシーンが多くて
えっ?この人も?と呆然とすることが多かった。
こんなこと続いたら心折れるわ、って中でも
たくましく美しく生きていく登場人物が魅力的でした。
ただ、この時代を生きた女性の方々への尊敬の念はもちろんあるけど、自分がこの時代に産まれなくてよかった〜(女性に求められるものが多すぎるから)と正直思ってしまいました。