あらすじ
読めばハマる有吉佐和子。幻の名作長篇
無名の陶芸家が生んだ青磁の壺が売られ贈られ盗まれ、十余年後に作者と再会した時。人生の数奇な断面を描き出す名作、復刊!
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これが 私が生まれる前昭和51年に初出誌とは。
‥昔も今も なんにも変わってないんだなぁ。良くも悪くも 人の気持ちや考え方は変わらないのか‥。
どんなに家電が発達しても、どんなに美味しい食べ物があって、終戦後だろうとなんだろうと 変わらないなんて‥皮肉だ。
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話題の本
シンプルで読みやすい短編集のような本
壺にまつわる様々な人生模様が展開される
こういうことあるよな、とかこうなってしまうのか、という著者の観察眼に驚かされる
解説を読むと本の仕掛けにさらに驚かされた
美、という命題と人生の対比が秀逸
万人にお勧め出来る本
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ものごとはどのレイヤから見るかによって全く違って見える。人も物も。
青い壺も高価なものと見られたり、\3,000と見られたり。
個人的には、第二話が絶品と感じた。
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青い壺をめぐる色んな人たちの話、最終的に終点があってスッキリした。壺のなかに物語がつまっている、青い壺2度目の完成!!
物語一つ一つも平凡なものだけれど、その優しさが温かい。青い壺もそりゃきれいになるよ。
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青磁の経管が作り手の手元を離れ、様々な人の手に行き来する。壺の持ち主を通じて読者は、他者との交流の中で、共感したり反発したり、必ずしも綺麗ではない真実が露わになる様を目の当たりにする。劇的なドラマがあるわけではない。それでも、青い壺のような美術品が時を経て残り続けるように、今ここに在る人がここまで生きてこれたということは奇跡であると思わせてくれる。
真実であることと美しいことは独立である。どんな人にも出来事にも光と影がある。修道院でのエピソードは、人と人が喋ることで「やさしさ」や「思いやり」が表出する場合もあれば、知らなくてよかった「分かりあえなさ」に気づいてしまうことも露わにする。
このような真実の美しさと醜さが横糸だとすると、「人間万事塞翁が馬」のような時間の流れに対する無常観が縦糸かもしれない。青い壺は始まりから奇跡だった。作り手の想定外の美しさ。他方、同時に焼き上がった2点は気に入られず叩き割られる。戦争や疫病や偶然によって家族や友人が亡くなったり、家が途絶えたり、文化が失われたりする。その中で残った者たちの遺伝的・文化的系譜によって社会が構成される。あるものは失ったものを嘆き、あるものは「足るを知る」。残ったもの一部には「美しさ」が含まれるし、知らなくてよかったことも含まれる。
会話の中に「教養」や「礼儀」といった種類の「美しさ」が失われつつことへの著者の危機感を随所に散りばめているようにも見える。それは翻って、痴呆性になった夫が会社に赴くこと、旅行時に髪の毛を整える様子、シスターの服装の変化についての描写に表れる、「老いの醜さ」を世間へ見せることへの抵抗感にも通じる。
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・実は原が結構ひどい。
・マグダレナは壺を売ったってことですよね。
・省造の刻印が消えたのが自分事のように悔しい。
・たらい回しにされる過程で壺にいい感じの古色がついたという壮大な皮肉。
とても面白かった。
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なんて面白い本なんだー!と思いながらするりと読んだ。
ひとつの青い壺が生まれ、人から人へと渡っていき、携わる人たちの生き様が豊かに描かれる。普段は「生き様」という字面が好きではないのだけれど、何故か使ってみたくなった。壺と一緒に覗き見ているよう。
10年で青い壺に古色がつく。箱にしまわれ忘れ去られることなく、あんなに様々な家や国を渡り歩けば古色もつくはずだ。
青い壺をどう評価するか、人生で何を最上とするか、皆それぞれ。そんな当たり前のことが話が移るごとに鮮やかに展開されていき本当に素晴らしい。
ラスト、焼き物に銘を入れぬ決心とは。
一度手を離れれば何らかの評価の対象となってしまうことが虚しくなったからか。
自分の虚栄心を手放す勇気が湧いたからか。
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青い壺を巡り、様々な家庭の有り様がドラマを観ているようだった。 (p327)省造のあの壺がスペインまで行ったことが判明 古美術鑑定呪う人は800年前の物だと言っているあたり、最後に減刑というくだりでオチがついている漢字も凄い
2話の寅三の行動に、自分の中にある将来の '老い'への不安をし撃された
牧田がデパートに売りわたした壺と骨董品鑑定家園田の邸で再会したのが1977年1月、巳年だった。
第12.話は前年、1976年終わり頃、園田は入院中、同じ病院のやはり特別室に第9話の京都旅行の主人公弓香が入院していた。
第9話の京都旅行は1974年または1975年、
9月の弘法市で弓香さんが壺を3000円で買って
新米栄養士の孫娘に、
そして孫娘の上司の修道女がスペインに一時帰国するときの餞別として贈られる。
海を渡った青い壺はどういう経緯でスペインの
骨董品店に並ぶのか?
また、第8話で空き巣に盗まれた壺が京都の弘法市に並ぶまでの経緯も興味がある、
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有吉佐和子さんの短編は初めて。どの話もごくごく短いものだが流石に読ませる。
昭和の作品なので時代背景が各所に窺える。派手さはない。描かれているのは登場人物達の日常とそれにともなう細やかな喜怒哀楽。そしてそこに青い壺がある。
第一話で生み出された壺が様々な人の手を経て最後の第十三話で生み出した省造のもとに戻ってくる。「いつの間にあんなにいい古色がついたのであろう」と省造は思う。素敵な終わりかただと思う。
個人的には第九話の高齢女性達の同窓会の話が好きだった。高齢女性の心理描写とか登場人物に言わせる言葉とか有吉さんは本当にウマイ。その場面が目に浮かぶようだった。
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昭和51年に出され最近復刻され話題になった有吉佐和子のオムニバス小説。京都の陶芸家が十数年前に青磁の壺を製作し、それから12人の人たちに数奇な運命をする壺から編まれる小説集。戦前の日本のセレブの家庭の話や上流家庭の70過ぎの女子校のクラス会で京都を旅して老年にさしかかった女たちの生き様をユーモアのオブラートにくるんで物語る。最後の制作者の前にこの壺がスペインから現れる展開に、物凄いエンターテインメントを感じる。よくできた小説、また、有吉佐和子の筆遣いが見事な作品だった。
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ひとつの青い壺を通して、こんなにいくつもの人間ドラマが描けるのはやっぱり凄い。
時代的背景もある文体は、今目にしていても美しく感じる。人々の心の機微はそれぞれ違い、様々な思惑が浮かぶが、一貫してこの文体が色を付けているように全体の雰囲気を作っている。
最後壺が戻ってきた時に、自分までいろいろな人生を旅したような、様々な人生を垣間見たような、不思議な感覚になった。
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知人に勧められて購入したら、義父から貰った沢山の文庫の山にも同じものが。義父が昔に読んだ本が、時代を経ても古臭く感じないストーリーで、短編のそれぞれの人間模様が非常に面白かった。
青い壺が取り巻く人間模様に情緒が溢れ、今も昔も人の心は変わらないことを感じさせられる作品でした。
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青い壺のたどる長い旅路の物語。
持ち主が変わっていく中で、昭和の人々の生活が生き生きと描かれていく。
最後はそこへ到達するのか!と思わせながら、ちょっとしたもやもやを仕掛ける有吉さんの他の作品も読みたくなった。
アイテムは全然違うけど、逢坂冬馬さんの「ブレイクショットの軌跡」を思い出した。
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8/30は有吉佐和子さんの命日、有吉忌。
『青い壺』は昭和51年(1976年)1月号から昭和52年(1977年)2月号まで、『文藝春秋』に連載された全13話の連作短編集。
単行本となり、文庫化され、2011年に新装版となり、私が購入したものは2025年の新装版、44刷。
半世紀前に書かれた、見事な連作短編集です。
今でこそ多種多様な連作短編が創作されていますが、一つの青い壺が、さまざまな家庭を巡りながら、それぞれの人間関係に緊張感を加えていくという仕掛けが鮮やかです。
雑誌連載ですから、各話限られたページ数の中に、それぞれの家庭の事情、家族の心情、そしてその時代の日本の世情までが収められています。
どの一話をとっても、それだけで一作品になりそうなほどの潤沢さ。それを13話。
そして、ラストとなる第13話での
青い壺を生み出した陶芸家の言葉、〜作品への刻印は、やめよう〜 には 作家・有吉佐和子さん自身が 創作への何かしらの思いがあったのではないかと思ってしまいます。
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面白かった。時代も話の運び方も好き。
青い壺が手を離れて違う形で自分の元に戻ってくる、でももう手の届かない形を変えることができないエンディングは、自分が話した噂が全く意図しない話になって帰ってきて、修整したくてもできない状態のようにも思えた。
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サクッと読める。短編だけど繋がっていくのがワクワクした。主人公の夫婦が防空壕から引っ張り出した食器や銀食器を使い、ジャガイモとサツマイモだけで「架空のフレンチのフルコース」を優雅に味わうストーリーが印象に残っている。
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半世紀前に書かれたとは思えない読みやすさ。美しい壺が様々な人の手に渡り、その人たちの壺を手に入れた時の人生の一瞬を知ることができる。ものすごく劇的な出来事があるわけではなく、リアルな哀愁漂う人生が多くて、なんとも切ないような気持ちになった。
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美しい壺を巡って、13の話が展開される。
壺は美し過ぎるがゆえに、いろいろな人の手に渡り、様々な日常を映し出していく。登場人物の心理描写も深く、はっとさせられる。戦後間もない人々の暮らしが書かれているのも興味深い。
短編を数珠のように繋げたような構成になっていて、文体も平易で読みやすい。
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名もなき陶芸家が作った青い壺。
その壺が巡っていった人々のお話。
どのお話もとても味がある。
書かれたのが1970年代。まだ戦争の名残が残っている時代。そんな所もとても新鮮に感じた。
個人的には70歳すぎた人たちの同窓会での京都旅行。三恵子の様な我が強い、お節介。身近にいたらちょっと引いてしまう。それにしても自分の入歯を洗剤に浸している所に三恵子が自分の入歯を入れたのはちょっと笑ってしまった。
皆んなが高評価なのか納得!
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次々と持ち主が変わる青い壺にまつわる話。
多少考え方が古臭いなとは思いつつ、読後に50年ほど前の作品だと知り納得。
最終章は予想がついたが、関係なく面白かった。
8話が好きかな。
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半世紀前の作品の中に書かれている人も、今の人も本質はそう変わらないんだな。
不意に完成した傑作と呼べる様な「青い壺」が何らかの事情で世の中を流転する。その青い壺がある風景をその時の所有者とその周囲にいる人が生き生きと描かれています。
おばあさん達の同窓会は愉快だし、裕福では無くても気持ちが豊かに生きている人もいる。
今の若いものはと相変わらず言っている。
そんな人達を書いた短編が13作書かれています。
無名の傑作とも言えるような「青い壺」。壺は数奇な運命で製作者の目の前に還ってきます。ただ、高名な陶芸評論家には自分の作品とは信じてもらえず。それでも作品の持つ魅力は評価されるし、人を助けるような力もある。
自分の名を売るような事ではなく、そんな作品を作ることができることに満足したのかな。自分の名などなくても、それが持つ力は変わらない。そうであればいい。そんな風な事でしょうか。
そんな潔さを最後に感じました。
この作品や「カフェーの帰り道」など、昭和期、特に第二次世界大戦前後を読める作品が最近目立ちます。
今の時代のなんとなくある閉塞感みたいなものが、あの頃も大変だったとか、その中でも明るく慎ましく生きていたんだとかそんな事を読みたいのかな。そんな事も感じました。
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有吉佐和子の凄まじい洞察力と表現力に驚かされた。
青い壺は、タイトルの通り「青い壺」を中心に物語が進んでいく連作短編である。
壺の持ち主が変わるたびに、その周りにいる人々の日常や人生が語られていく。話の内容や登場人物の会話から、おそらく戦後から昭和40年頃の日本が舞台だと思われるが、まるで自分がその時代を生きていたかのように情景が浮かんできた。
欲、見栄、嫉妬など、誰の中にもある感情を否定せず、「人間らしさ」として自然に受け容れて表現しているところに、この作品の魅力と温かみを感じた。
登場人物の心理描写がとても繊細で、自分こそが青い壺になり、登場人物たちを静かに観察しているような気持ちになった。また、その時代に日本で作られた壺であるのに、別の人の手に渡るたびに、これは唐物だの、大昔に作られたものだの、テキトーなことを言われる壺が滑稽に思えた。人は信じたいものを信じるし、誰しも、ものの見方に偏りがあることを改めて実感させられた。
読み進めるうちに、時代が変わっても変わらない人間の本質が浮かび上がってきた。日本文学に描かれてきた人間の普遍性と通じるものを感じた。
Posted by ブクログ
青い壺が作った作陶家の手から離れ、様々な人達の人生の中に置かれ、渡り、最後はまた作陶家の目に触れる一連の人生ドラマを綴った物語です。一話一話がでは何か心に響く物語りとも言えず、作者の代表作ですが、それ程の高い評価を得る作品とは思いませんでした。
Posted by ブクログ
無名の陶芸家が生み出した美しい青磁の壺が
いろいろな人の手にわたっていく。そこで起こる短編ストーリー。
一昔前の女性の所作や、心持ちが上品で丁寧と感じる。ゆったりした時間の流れがこころに刺さった。
Posted by ブクログ
青い壺の渡るところに物語がある
時代世代が違うとどこか遠く感じてしまうな、勉強不足で
全く関係ない我々も物から見たら繋がっていたりするのかしら
物の価値なんて人によって変わるよね
本当は、人の意見とか、値段とか、関係なく自分が好きかどうかで選びたいのに
Posted by ブクログ
文章が美しくてサラサラと読める。仕事の昼休憩時間で細切れでも読み進められる短編集。内容はどれも誰にでも起こりうる身近な人生の物語。母方の実家が窯元の私にとっては祖父が思うようにならなかった焼き物は割っていたのを知っているので、読み始めからスムーズに没入。しかし、壺そのものに関しては、他の読者よりも私は厳しく見てしまっているかもしれない。焼いた本人は自分の持ちうる能力からしたら奇跡のような出来映えの青磁の壺のようだが、いけた花の見栄えが決まらなかったりと、どうも壺自体に主張がありすぎるように思えてならなくて不穏。念が入りすぎているのか。そんな壺が、様々な人の人生の転換点を見ていくように手から手へ。老化、介護、相続、嫉妬、貧富・教養の格差など、人はそれぞれ、その人の人生で一つぐらい小説が書けるというが、まさにそのような短編がずらり。私のお気に入りは7話と8話。教養は文化と戦時中でもフルコースのテーブルセッティングでドレスアップして芋のみのディナーコースを楽しんだ夫婦とその後に続く息子夫婦の本当のホロホロ鳥のディナーの話。芋のみののコースは私の父を思い起こさせる、そういう発想の人だったなと。そして、私も父の危篤の知らせを受けた夜中に駆けつけるのにパジャマから着替えたのは1番好きなワンピースで、車中でバッチリメイクして向かったことを思い出した。およそ、知らせを受けて駆けつける出たちではないものの、もし、それが別れなら、父に見せたかったのはその姿だったから。結局、その晩は持ちこたえて、1ヶ月くらいはその後生きてくれた。そんなこんなを思い出しつつ。
Posted by ブクログ
ある陶芸家の至高の一作である青い壺が人から人へ巡っていく中で、その時々の所有者の生活が描かれていく短編連続小説的な物語
一つ一つの短編集としても、ある人の生活を垣間見るような面白さがあったが、1冊を通してモノの価値を考えることができる一作
モノそのものが美しいから価値があるのか、価値を認められた人が作るから価値があるとされるのか、歴史的に珍しいから価値があるのか、大事な人から受け継いだから価値があるのか、所有者が優れているから価値があるとされるのか、高額だから価値があるのか、権威に認められたら価値があるのか
きっとどれでもあるしどれでもない
価値をつけるのが人である以上受動でしかいられない
自分の名前を彫らないという選択は制作者の諦観にも挑戦にも捉えられた
哲学的ですね
Posted by ブクログ
読みやすい書だなとおもいました。
表題と書き出しから、どの章でもこの壺が絡むんだなとは思いましたが、壺が主張するわけではなく、さりげなく周りの人間模様を表現していくところ、
ささっと読み進みますね。
途中の青空市あたりの展開は、いまだったらそうなるかなとは思うものの、ことは壺の話ではないので、それはそっとおいておきましょう。