あらすじ
読めばハマる有吉佐和子。幻の名作長篇
無名の陶芸家が生んだ青磁の壺が売られ贈られ盗まれ、十余年後に作者と再会した時。人生の数奇な断面を描き出す名作、復刊!
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面白かった。かなり前の話のはずなのに、全く読みづらくなく、人間の感情の普遍性を思い知らされた。
青い壺がバトンのように様々な人生の物語に入り込んだ短編の連なりが、1冊の本に重厚感をもたらしていて、読後の満足度が高かった。
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有吉さんといえば中学生の頃、笑っていいとも!の有名なコーナーをジャックした強烈な思い出が笑
(皆さんわかりますかね?)
それから約40年後!に初めて作品に触れました
数年前に一度読みかけたのですが、退屈な昼ドラを見ているようで気持ちが入り込めず、2回目の挑戦でしたが、今回はすんなりと作品の世界に入り込む事ができました
今に比べると遥かに終戦から時間が経っていない時代背景を感じた点や、今と大して変わっていない感情の移り変わりの対比が面白かった
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デパートの発注を堅実にこなす陶芸家が
3つだけ作った一点物。
そのうちのひとつが、たまたまの環境から素晴らしい発色をする。
その美に人が触れるときに生まれるあれやこれや。
立場。欲。生活。節目。
美が人生を反射して生まれるプリズムが物語になる。
これは本筋とは全く関係ないのだけれど、
昭和51年に上梓されている本作中で
すでに「爆笑」が「一人で大笑いする様子」に使われているのが興味深かった。
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主人公は青い壺
というと語弊がありそうだが、壺が人から人の手へ渡っていくなかでの、それぞれの人たちのものがたり
昭和という時代もあいまって、しかも、時代が大きく変化してきた後(高度経済成長後)ということもあって、新旧の相違がおもしろい
とはいえ、今でも十分楽しめるお話で、普遍的なものがたりだからだなぁと思う
青い壺目線で見たら、またおもしろそう
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有吉佐和子さんの本を初めて読みました。読んでいるとき、私が子どもの頃、母が有吉佐和子さんの「恍惚の人」本を読んでいたような場面を急に思い出しました。
有吉佐和子さんは両親とほぼ同世代。この小説の登場人物は、両親が育った時代でした。当時の人たちの考え方・気持ちなど、郷愁を感じながら読んでいましたが、この作品で繰り広げられる会話の内容は、昭和ならではの考え方もありますが、例えば、相続問題・歳を取ってからの集団旅行など…は、現代でも変わっていないなぁと親近感を覚えました。
また機会があれば、別の作品も読んでみたいと思いました。
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初の有吉佐和子さん作品。
読んでよかった。
この手間のかかるまわり道みたいな流れが、なんだかすごく懐かしい気がした。とはいえ、緻密に組み立てられた作品に接することで、楽しみだけの読者タイムではない、なんというか、背筋を伸ばして本を読むというか、ちゃんと本と向き合うというような貴重な時間を過ごした。(実際はいつものように寝る前の読書タイムではあったのですが…)
Posted by ブクログ
良い物語を読んだ満足感がある。
たまたま焼き上がった奇跡のように美しい壺がたくさんの人の手に渡りながら、様々な人の生活が短編として描かれる。
一つ一つの短編は、なんだかやけにリアルで、ほっこりしたりギスギスしたり、色んな感情になる。
でも、人生ってそんなものだと思う。
自分の目線からでは毎日が大変でいっぱいいっぱいだとしても、その脇に置いてある一つの壺には、数多くの物語が内包されているかもしれない。
人一人の人生など小さく短いものだなあと考える。
この物語の時代は、戦争の面影を残している。
> 「男だけが戦争したような顔をしてもらいたくないわ。女にとっても、戦争は生涯を変える事件だったのよ。生きて帰った人たちは、忘れることができるのかもしれないけれど、私は何十年たっても忘れることはできないわ。いいえ、忘れるものですか」(p127)
>
こんな言葉があった。
人それぞれ目線は違って、戦争への見方も、壺の価値も、まったく違うのだ。
私は特に第七話が好きだ。
夫婦が戦争の厳しい社会環境の中で、慎ましく、密かな楽しみとしてディナーごっこをする。そしてそのディナーの夜を指して、こんな台詞があった。
> あの日のディナーほど素晴らしいご馳走はなかったように思うの。(p161)
>
そんな風に、厳しい中でも寄り添いあって、小さな幸せを見つけていける夫婦でありたいものだと思った。
牧田がデパートに売りわたした壺と骨董品鑑定家園田の邸で再会したのが1977年1月、巳年だった。
第12.話は前年、1976年終わり頃、園田は入院中、同じ病院のやはり特別室に第9話の京都旅行の主人公弓香が入院していた。
第9話の京都旅行は1974年または1975年、
9月の弘法市で弓香さんが壺を3000円で買って
新米栄養士の孫娘に、
そして孫娘の上司の修道女がスペインに一時帰国するときの餞別として贈られる。
海を渡った青い壺はどういう経緯でスペインの
骨董品店に並ぶのか?
また、第8話で空き巣に盗まれた壺が京都の弘法市に並ぶまでの経緯も興味がある、
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時代背景は戦後のお話。
青い壺にまつわる人間模様を描く13話からなる短編。でもつながっている。
戦後の時代の様子もわかりとても面白く最後まで読めました。
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半世紀前の作品の中に書かれている人も、今の人も本質はそう変わらないんだな。
不意に完成した傑作と呼べる様な「青い壺」が何らかの事情で世の中を流転する。その青い壺がある風景をその時の所有者とその周囲にいる人が生き生きと描かれています。
おばあさん達の同窓会は愉快だし、裕福では無くても気持ちが豊かに生きている人もいる。
今の若いものはと相変わらず言っている。
そんな人達を書いた短編が13作書かれています。
無名の傑作とも言えるような「青い壺」。壺は数奇な運命で製作者の目の前に還ってきます。ただ、高名な陶芸評論家には自分の作品とは信じてもらえず。それでも作品の持つ魅力は評価されるし、人を助けるような力もある。
自分の名を売るような事ではなく、そんな作品を作ることができることに満足したのかな。自分の名などなくても、それが持つ力は変わらない。そうであればいい。そんな風な事でしょうか。
そんないさぎよさを最後に感じました。
この作品や「カフェーの帰り道」など、昭和期、特に第二次世界大戦前後を読める作品が最近目立ちます。
今の時代のなんとなくある閉塞感みたいなものが、あの頃も大変だったとか、その中でも明るく慎ましく生きていたんだとかそんな事を読みたいのかな。そんな事も感じました。
Posted by ブクログ
上等な壺を誰かに贈ろうなんて思ったことない、ゆとり世代の私。
美しい壺をもらっても、特段嬉しくないし。
商品券とかの方が良いし。
昔でも壺って人によって有り難みが全然違ったはずで、このことがこの物語を面白くしている。
焼いた人がどんなに壺に思い入れがあっても、買う人にとって「無難な、丁度良い価格帯のギフト」でしかなかったりする。わざわざデパートに出向いて買ってるにもかかわらず。「壺の価値」を見る人と、そうでない人がいるのだ。
最初はその現実に心を痛めるんだけど、青い壺が色んな人の所を巡り、色んな人生の1ページに寄り添った結果、最終的に鑑定のプロが「これは間違いなく800年前の壺だから!!」と怒るくらいの古色が自然に付いた、というオチが良かった。
同じ贈り物でも気持ちを込めた物と、贈る側のエゴが少なからず入ってる物があって、それも面白い。
人間の綺麗な部分と、しょうがない部分と、全部ひっくるめて面白がれるような小説だった。
それにしても、日本は贈り物の習慣が(多分)根強いのはやっぱり素敵だと思う。
どんなに気持ちがこもったギフトでもありがた迷惑な時もあるから、アレですが。
Posted by ブクログ
ラストの心の動きが、うん?ってなったが、改めて自分と仕事に重ね合わせて考えると、まいっかという気持ちになった。あの仕事がいいものであれば、自分の思いはまいっか、と。
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私は美術品、と呼ばれる物を一つも所有していない。
持っていなくて困ったことはない。でも、いいものは人を惹きつけて離さない。しかも、わかる人にだけわかるというのが、人の所有欲を刺激し満足させるものなのだろうということを納得させられてしまう。青い壺は名品で、だから長い旅をする。
色々な人の生活と所有欲を刺激しながら。
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「青い壺」は、時に高級品として扱われ、時に安物の骨董品として扱われる。
私自身もどこに身を置くかで、大事にしてもらえるか、ゴミのようにされるか、変わってきたよな。
大事にされる場所を求めて、「変わる勇気が必要だな」と思った。きっとそんなメッセージは込められてはないけれど。
『ブレイクショットの軌跡/逢坂冬馬』は、現代版『青い壺』ですね。
SUVの「ブレイクショット」も海外行っちゃってましたよね。
Posted by ブクログ
『青い壺』って何者なんだろう?wと思ってしまった。
関わる人達に何かが『起きる』のか、それとも何かを『顕現させる』のか。
なんか人にもこういう人いるよね苦笑。
別にその人に『何か』が憑いてるとかそういうのじゃないんだろうけど。
『付喪神』っていう妖怪だか迷信だかあるけど、この壺は色んな人の手を巡っていく間に、その口の中に様々なモノを飲み込んできてるのだろうか。
Posted by ブクログ
静的な壺とそれを所有する人たちの織りなす人間模様が対比的で感慨深い作品でした。
色々な人生がありエピソードがあり、人々が様々な理由で壺を手放し、次の人がまたひょんなことから壺を所有することになる、その経緯も面白く、最後また作者と対面するところ、その再会のエピソードがまた良いです。中国のウン百年前の壺なんて評されて澄まして戻ってきた壺、制作者の驚きすらも壺は静観しているようで、なんだか壺に人々が翻弄されたような不思議な感覚です。
他の感想にもあるように7話が特に秀逸でした。贅沢って敵だと思っていたけど、これからは仲良くしてみようとおもいます。
Posted by ブクログ
こんな風に青い壺が繋がって行く話とは、全く想像していなかったので、新鮮だった。一つ一つのエピソードも身近に感じられるもので、親近感のある話だった。
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面白いの一言、少し前昭和50年くらいの話、青い壺を巡るエピソードがとてもリアルで当日の世相や人間関係が、特に家族とか親しい友達の話が、秀逸、著者の博識ぶりには驚く。
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五十年も前に描かれた本。
登場人物が喋る少し昔の日本語が心地よかった。今とは価値観も時代の雰囲気も全く違うけど、人の根本は変わらないんだなと思ったり。
短編集なので読みやすい。
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美しい青い壺の持ち主の変遷から伺う人間模様
個人的には、いまいちハマらなくて残念
ちょっとハードル上げすぎてしまったかも。
それぞれの章で出てくる登場人物に乗り切れず、かと言って壺に感情移入する訳にもいかず^^;
ドラマを眺めてるだけで終わってしまった印象
おばあさんの集団が京都で同窓会するお話は好きかな^^
Posted by ブクログ
2026.07.09
さまざまな人の手に渡り数多の人生の移り変わりを見てきた青い壺は、持ち主やその周辺の人々の明るい感情も黒い感情も吸い込んで、その表面に威厳や貫禄を纏っていったのだろうと思う。
人の念はモノに宿るのかもしれない。
最終章で古美術商?に自作の青い壺をこれは年代物だと言い張られた時、省造は困惑しつつも手応えを感じてはいたのではないか。
やはりあの壺は最高の出来だったのだと、プロに箔押しされた気分もあったと思う。
この壺が出来上がった第1章で夫婦で玉露を飲んでるシーンが1番お気に入り。
ただ、各章の年代表記がなく、いったい今は何年ごろなのかと出てくるワードたちで予想するしかなく、最終章でたった十年しか経っていなかったとしり驚愕。もっと経っていたような気がした。
数字をあえて出さずに読書に想像させていたのかもしれない。
教養がもっとあれば時代背景がよくわかってより面白く読めたかもしれない。
Posted by ブクログ
砧青磁の経管と呼ばれる形の美しい壺が生まれ、その後様々な経緯で様々な人手に渡っていく。そこに関わる人々の生活、思いが13遍の物語で綴られていく構成で、50年前の今とは異なる社会の空気が感じられる一方で、根底の人の思いは変わらないんだろうなと感じる場面も多く、面白かった。
特に、夫源病という言葉こそ当時はまだ無くても、定年後に家で何もせずにいる「役立たず」の夫を「男が嵩ばる」「息が詰まる」「主人が定年になったら離婚しちゃいましょう」と言っていたというのは、50年前からあった事で、最近の風潮でも何でもなかった、というのは笑えた。
Posted by ブクログ
青い壺って50年も前の作品だったのか
読んでいて現代の描写と文化や価値観が全く異なると感じた
13章の短編ながら青い壺が色んな経過を経て別の場所、人の手に渡り、壺を通して色んなエピソードを
展開する構造が面白かった
昭和中盤ならではの戦時中の過去を振り返るエピソードは想像つかないが、退職した夫が会社に行かなくなることに愚痴る妻は今にも通じるなと?
Posted by ブクログ
話題になっており気になっていた本。連載当時私は小学校一年生。読みながら、昭和の少しくすんだ重苦しい空気、祖父母の中に垣間見える戦争の残り香、本音の見えにくい少し毒をはらんだ大人の会話を思い出した。有吉佐和子は会話を生き生きと描く人だったのだと初めて知った。令和になっても、同じような人間模様はあるのだろうけれど、「あぁ、これは私に刷り込まれている昭和の物語だ」と思えた。私の祖母は「有吉という作家は好きになれない」と言っていたが、人の心の中をあぶり出す感じが苦手だったのかもと思った。
Posted by ブクログ
初めての有吉佐和子さん。
有吉さんが亡くなってからもだいぶ経つし、かなり古い作品(発表は昭和51年、1976年。ちょうど50年前らしい。)なんだけれど、
まあ
人間なんてららーらーららららーらー
的な作品で面白く読めた。
価値あるものかそうでもないかなんてその人次第だし、
日本で一、二と言われる古美術鑑定士のおじいちゃんの権威を振りかざす頑固さも、
40代の製作者の陶工さんの戸惑いも、
大正生まれのマダム達の老化ぶりも
令和の世の中のそれらの年代ともたいして変わらないな。
むしろいろんな価値観が認められた今の方が洗練されてるし。
薔薇の花びらの枕は作るのが大変そうだから、薔薇のアロマオイルかなんかを枕にたらしてみようかな。
Posted by ブクログ
めぐる〜 め〜ぐるよ♪
青い壺は めぐる~♪
(中島みゆき「時代」のメロディで)
壺は同じ眷属なので読まねば。
( ー`дー´)キリッ
「悪女について」以来の有吉佐和子先生。
言うまでもなく続いている積読消化シリーズの30冊目。
ひとからひとへ渡り歩く青い壺。
壺を手に入れたひとの人間模様。
第一話 陶芸家 誕生
第二話 定年後の夫婦
第三話 お見合い
第四話 遺産
第五話 孝行
第六話 銀座のバア
第七話 戦中の豪華なディナー
第八話 盗まれちゃった
第九話 五十年振り女学生同窓会
第十話 給食
第十一話 シスターの里帰り
第十二話 バラの花びらマクラ
第十三話 邂逅 陶芸家
いいなあ。
殺人もホラーもSFもファンタジーもトリックもドンデンも何もない。けれどいいなあ。
ただ青い壺と出会ったひとの人生の一幕が描かれているだけ。
時代は昭和の後期かな。
一昔前のホームドラマのよう。
暖かみもあり哀しみもあり。
ひとの営みってのはこうだよねっていう。
ノスタルジーなのか文章の良さなのか。
わからないけど良かった。
ギトギトやグロや刺激的なものに浸され過ぎた脳がデトックスされたような気になりました。
奇をてらわずに地力だけで読ませるんだからさすがですねー。
★3の中です。
昭和五十二年に単行本、昭和五十五年に文庫化された本作が巡り巡って令和の今に話題になるなんて、まさに「青い壺」の如く。
昭和五十九年に逝去された作者がそれを知ったら、痛快に思っただろうか。奇妙に感じただろうか。
Posted by ブクログ
私には刺さらなかった
でも作家さんが
こういう作品を書きたいと思うのは
なんかわかる気がする
今は読む時じゃないのかもしれないな…
と思うことにする
Posted by ブクログ
京都の陶芸家がまぐれで焼いたきれいな青磁の壺が色んな人の手にわたる話。7話が好き。
短編集につき概略は割愛する。
文体が読みやすかった。私がまだ若造だからか、老女の話が多かったこともあり、全体的にエンタメ的な楽しみ方は出来なかった。でも7話はすごく好き。
Posted by ブクログ
一つの青い壺を巡る13編のオムニバス短編小説集。陶芸家の手を離れた青い壺が、様々な人々の元を旅する軌跡が描かれる。壺を受け継ぐのは、定年を迎えた夫婦、卒業50年の同窓生、入院患者といった高齢者が中心で、肉体的な衰え、家族への不満や愚痴、日々の悲哀を抱えて生きる彼らの姿を、壺は静かに見守り続ける。
Posted by ブクログ
作者不明となった青い壺が様々な人の手に渡っていくなかで、その人々の人生が描かれた作品。
壺の価値が持っている人によって変わり、次はどんな人に渡って壺はどうなるの?とシンプルに思いながら、描かれた人生になんとなく自分を重ねながら読んでいました。
最後がもうちょっと誰かの人生と壺の価値とリンクした話だったらなぁ、なんか穏やかに終わるみたいなそんな展開を予想してましたが、ちょっとイメージしていた展開とは違って星3つになりました。