有吉佐和子のレビュー一覧
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⭕️針女(しんみょう)
主人公の清子は両親を失った後、裁縫の親方・三五郎に引き取られ、親方夫妻と息子との家庭のもとで、我が子のように愛情をもって育てられていた。
三五郎の妻・お幸も、思いやりと優しさをもって清子と接していた。
清子は針子としての資質に長けていたようで、若い時から仕事を任されるようになる。
若い清子は、三五郎の息子・弘一に思慕の念を密かに抱いていた。
弘一は幼い頃から学業には秀でていて、大学は東京帝大に進んでいたのだが、学徒出陣で出征することになる。
弘一に召集令状が届けられた時、受け取ろうとした清子は慌てて立ち上がる時に縫い針を足に刺し、大層な手術が原因で右足が不自由な身となってしまう。
戦果も厳しくなり、三五郎宅も空襲で焼かれ、瓦礫を寄せ集めてバラックを建てて3人は雨風を凌ぐ生活になる。
ようやくの終戦後、清子が1人で髪を洗っている時に、突然弘一が戻ってきた。
弘一の無事の帰還に三五郎とお幸は喜び、以前にも増して弘一に優しく接することになる。
弘一も何故か出生前とは性格が一変し、明るく三五郎とお幸と会話するようになっていた。
所詮赤の他人である清子は、親密な親子3人の家庭には居づらい思いを抱くようになり、不自由な身体を弘一の前に晒したくない思いもあって自立することを決める。
清子の縫子としての腕を見込んで、戦後の混乱期に商才を発揮する河野婦人が手を差し伸べてくれる。
河野の事業は順調に成長し、1人暮らしの清子の生活も安定する。
そんな時、清子の仕事場を兼ねた住まいに弘一が現れるのだが⋯。 -
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周囲と世の中が有吉ブームなので私も乗っかかった。
女二人、和宮様、閉店に続いて4作目の本書は短編集。
地唄
デビュー作。渋くて硬い。
(直前に私が読んでいた、中島梓の「絃の聖域」三味線の芸の一族の話とリンクしている。まあ余談ですが)
計算し尽くされた話。
有吉氏、25歳でこんな話が書けるもんなのか。
娘の調律に気づく父、無音で肚の探り合いだ。ドキドキ。
ラストで、父(盲目、三味線の名手)が、女弟子の新関を車内で隣の席を外させる、その行為の意味を考えるとけっこう残酷だ。
検校(けんぎょう)という地位を知り勉強になりました。
美っつい庵主さん
面白かったー。こういうの好きだ。
女たちの共同生活のけっこうな本音だらけの社会に、都会から来た女子大生、しかも男連れが来て、あれこれ見ていく話。
楽しい。みんな人間だ。
ラストのマカロニもいい。
江口の里
私にはピンと来にくい話。
教会内の人間関係、政治力学も大変そうですね。
有吉氏はクリスチャンだったらしいから、取材先はそのへんかな。
三婆(さんばあ、と読んでたけど、さんばば なのか?)
これも好き。設定から楽しすぎる。みんなで亡男とお互いの悪口で盛り上がっててほしい。
孟姜女考
硬いタイトルだなーちゃんと読めるかなーと不安だったが、あにはからんや、私には本書でこの短編が一番面白かったです。
一応フィクションぽくしてるけど、完全に有吉佐和子が中国に行って見聞きしたこと、感じたことだよね。
冒頭は、「台湾漫遊旅行のふたり」を思い出しましたが、趙女士は再登場しないのね。残念だ。
激しく揺れ動く、中国の、60年代当時をそのまま読み取り、まっすぐ向き合おうとする作者の様子がよくわかる。
(当時はまだ国交再開前で、普通の日本人は入れない中国。ウン千年にわたる憧れの国であり、しかしこの百年ほどは弱体化して西欧どころか明治日本の後塵を拝してきた国であり、戦争では激しく日本に蹂躙された国で、新たな革命と支配者と価値の逆転を浴びて、文革・社会主義の嵐の吹き荒れる、超大国である。)
一緒に行ったのは井上靖なんだー、これもすごい贅沢だな。
これが作中の、中国史の先生であるところの「I先生」だよね。
日本で生まれ育ったわけではない有吉氏にとって、まっさらな目で見る、この不思議の国の60年代の「今」が、私にもへえーと新鮮に目に映るし、有吉氏の興味の持ち方が面白いなとおもった。
ラストで、即物的な絵画を見て、ギョギョっとする有吉氏だが、中国の若者らが茶化すでもなく、ただ真剣にそれに向き合う様子に非常に驚いている。
そして、中国が観光地としてすぐ、稚拙なもの(巨大で幼稚な造作の人形とか、歴史上の人物の足跡だとか、あからさまな、新しい、不恰好な作り物)を置いてしまう、風情が台無しじゃん、と思う感覚が私もよくわかる。
(いまでも、赤壁の岩壁に、デカデカとペンキで赤壁って書くの、やめて〜泣、と思う。なんで変な手を加えるの。そのままでいいのにさあああ)
今の中国を見たら、有吉さんはどう思うかな。
つまらなくなっちゃったな、と思うか、それとも、好奇心旺盛の彼女だからあれこれ面白いポイント探せるのかもしれない。 -
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一流企業の社宅で暮らす奥さんの日常を描いている。描かれている人間模様がリアルで、さらりと読めた。
専業主婦をして、社宅で暮らしていると生きている世界が狭くなる。その上家事を自動で行ってくれる電化製品が誕生したことで、世の中の専業主婦たちが狭い世界の中で暇になり、暇なせいで子供に過度に期待して干渉したり、社宅内の他人と比較して一喜一憂する。
暇を持て余した結果、今は共働き夫婦が増えたのだと思った。サラリーマンの専業主婦では、暇な時間を持て余すが、暇な時間に豪遊するほどお金に余裕はないから。
社宅内の奥様方の人間関係には、小中学校の女の世界を思い出して、ちょっと嫌な気持ちになった。話し相手によって言うことを変えたり、裏では悪口を言ったり、世界が狭いから親しい人にネチネチ嫉妬したり嫉妬されたり。仲良くしている相手にも見栄を張りあったり、見下しあったりしている世界。夫の会社での立ち位置で、妻の立ち位置まで大きく変わる世界。この時代に生まれなくて良かったと思った...
音子がすぐ社宅での人間関係や子供のことでヒステリックを起こすのには、読んでいて辟易したが、ネットがないので情報が少なく、生きている世界も狭いと、こうなってしまうのだろう。
時代が戦後間もない高度経済成長期だったので、言葉遣いや服装などが今の感覚とは全然違って、それも面白かった。 -
ネタバレ 購入済み
レビューというより感想です
まず時代性なんかが今と違うのが面白い。主人公が普通に戦争経験者で、主人公の夫も戦地帰り。息子は学生運動の世代。うちの祖父母が主人公世代って考えると、すごく不思議な気持ちだった。
でも、文体なんかは別に古くさくもない。いうて現代だもんね。
認知症ってのは今は普通に知られてて、それ用の受け入れ施設もあるけど、当時は大変だったろうな。働く主婦の主人公が、仕事と介護の間で悩むあたりは、現代でもそんなに代わらない問題だなって思ったし。今どきは嫁が義父母の介護をする・・・なんて価値観も古くなってるけど、全く無くなってるってわけでもない。その価値観転換のスタート地点を読んだんだなって思った。
通底して書かれてたのは人間の尊厳とか死生の境界みたいなものかなと思った。現代でも尊厳死とか安楽死とかが語られるけど、それのもっとプリミティブな問題提起だったんだろうな。
それに繋げて、(意識の)死と客体化っていうのを考えた。
お爺ちゃんが認知症になって、自分が誰なのか今何をしてるのかも分からなくなって、口さがない人(実の息子なども)は「こんなんなら死んだ方がマシだ」なんて言う。けど、主人公はそのお爺ちゃんの生に意味を見いだす。生きていてほしいと思って世話をするようになる。
本人に自意識がなくとも、他者から客体化されることでその人の生に意味が見いだされるっていうのは「死んだ後はどうなるの?」っていう問題にもちょっと似てる。
死の前にある死のようなものとして認知症はあるんだと思った。
本人の意識は生きてるのか死んでるのか分からないけど、周りの人たちはその人をちゃんと認識してて世話もしたりしてて、本人の意識も、何か断片のようなものはそこにあって。
それは、物語の最初に死んだおばあちゃんについての言及がほとんどないのは象徴的で、死の前にある死と生の間の何かとして認知症を書いていて、おばあちゃんは明確に生の世界とは切り離されてるんだと思った。(これは深読みしすぎかな?)
山岸夫妻が出てきたあたり、お爺ちゃんが「恍惚」状態に至ったところは作品のクライマックス。生老病死なんて言葉があるけど、そういう現世の苦難から全て解放されてる感じがして、解脱ってこういうことかなって思ったりした。
急転直下からの怒濤のエンディング、最後の敏と昭子のやりとりも良かった。
全体的には読んでてしんどい部分が多かったけど、総合的にはすごく良かったです。 -
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美貌の未亡人、紀代。
隠居した大実業家で、紀代をお気に入りの舅、玄助。
かつては紀代に思いを寄せていた、亡き夫貞一郎の親友で実業家の、岩永。
世間知らずの紀代に遠慮会釈ない意見を述べる、新聞記者の青年、丸尾。
紀代はしなしなとこの三人それぞれを頼りにしつつ、趣味で始めた更紗の着物作りを自分の仕事にしていけるのか、そして最後は誰と結ばれるのか……。そういう話であると紹介しても間違いではないが、「とにかくすごいもの読んだ…」という読後感に圧倒された。
出来事の説明や風景の描写と地続きに、静謐ながら感情が匂い立つような文章。激しさはないのに、読んでいると人物たちの想いがこちらの心にまで流れ込んできて溺れそうになるような感覚を覚えた。文章の美しさが紀代の人物像とも重なり、作品世界に惹き込まれた。
恋の顛末については、それだけで何時間でも語れそうなくらい言いたいことはあるが、きりがなくなりそうなので割愛。『更紗夫人』というタイトルが、最後には燦然と輝いているような、そんな印象を持ったことだけ書いておく。
また、これもどちらかというと脇道の感想だが、更紗を“作る人”に対して“着る人”がいるということに紀世が気付くシーンも好きだった(このシーン自体は“脇道”ではないが)。紀代は、のり子の着姿に、自分が作っただけでは到達できなかった“完成のかたち”を見たのかもしれない。作るという行為は実は孤独で、“受け取る”側が生む奇跡を待っているのかもしれない。 -
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「悪女について」や、「紀の川」などを著した舞台裏みたいなものがちょこっと明かされたり、
生い立ちと読んできた書物のことがよくわかったり、
岡本かの子さんへの深い想いが綴られていたりしました。
中でも、和歌山のおばあさまが体現していた古き日本文化に反発した有吉佐和子さんのお母様、そして古さと距離があったゆえに、自然にそれを吸収し、危篤状態にあったおばあさまの枕元で「増鏡」を何度も音読するほど、おばあさんと仲が良かったというエピソードには、親しみを感じました。
鋭い視点と行動力に憧れる。
そして、歴史を、女性の視点から見る徹底した姿勢にも痺れます。
次は出雲の阿国を入手して読みたい。
島根県にも行ってみたい!! -
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文庫本にしては長編で疲れました。
高度経済成長時代の上場会社の社員寮の話しです。
昭和の私達の母親の時代背景、うるさいくらい騒々しい井戸端会議、差別的で見栄の張り合いの主婦連中とモーレツ社員の夫達
差別用語も頻繁に出てくる。
孟母三遷の教えとか教育ママゴンとか懐かしいけれど時代遅れのところもあり、今のようにSNSなど無かった時代なので人の噂話や新聞広告や情報に振り回されていた大変な時代だったと思う。今なら主婦、夫の気持ちがよく分かる。主婦である主人公が夫→息子に期待をかけて依存するのは昭和そのものだと思う。
表面協調して心の中では相手を見下す社宅には住めない。
息子の進学の為に社宅を出た株が趣味の主婦が話していた今後の日本の経済状況、
子供に頼らず老後に向けて女性が1人でも暮らせる貯蓄を持つ自立した生活をするべきの言葉に真意を感じ著者の読みの深さに感動した。 -
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華岡青洲自体は知らなかった。
それでもやっぱり有吉佐和子は間違えなくおもしろかった。
華岡青洲の妻と母の嫁姑問題の話。
今回も女性の気持ちが細かく描かれている。
まず、美しい母に請われて青洲が勉強中で家にいない中、結婚する。
青洲が帰ってくるまでは本物の親子のように仲睦まじく暮らしてきたのに、青洲が帰ってきた途端、勢力図が変わり憎しみ合いが始まるところが見事。
また、青洲が研究している麻酔薬の実験台に自分を使ってくれと嫁姑で争うのがすごい。
苦しんだほうが青洲の役立ち、相手より優位に立てると思う女の強さ、醜さよ…。
そして姑が亡くなった後、青洲の妹がずっと当人だけしか気づいていないと思っていた嫁姑の確執をずっと見て、感じてきたことや、自分は嫁に行かず嫁姑の問題に巻き込まれず幸せだったと嫁に言うところはゾッとした。。 -
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裏表紙のあらすじに、「至高の恋愛小説」とあり、有吉佐和子さんのまっすぐな恋愛小説読んだことないな、と思って手に取ってみた。
描かれる心の機微は、夏目漱石の「月がきれいですね」の世界で、ものすごく遠回しでさりげなく、昔は勘がいい人しか恋愛できなかったんじゃないかと思うほど。非常に奥ゆかしく、ときめきなんてないに等しいので、そういう期待はしない方がいい。
ラストには、物語はすっかり仕事による女性の自立小説に姿を変える。意外と予想外の動きをする男たちなんて、添え物でしかなかった!
有吉さんが描きたいのはいつでも、1人の人間として背筋を伸ばして立つ女性なんだ。しっかり芯もアクもある、かっこいい女になりたいと思った。