有吉佐和子のレビュー一覧
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今年は有吉佐和子(1931-1984)さんの生誕90年であります。若くしての病死でしたが、「笑っていいとも」での奇行から僅か二か月後の訃報に、当時は死因が色色取沙汰されたものです。
ここで登場する『不信のとき』は、1967(昭和42)年に日本経済新聞にて連載されたもの。主人公の浅井義雄くんは、大手商社の宣伝部に勤めるサラリーマン。結婚して15年が経つが、妻の道子との間には子供はゐません。過去に二度、浮気をして大騒ぎになつた事はありますが、近年は落ち着いてをり、女と遊ぶにも慎重に慎重を重ねてゐるため、発覚はしてゐません。
ところが、ある時知り合つた銀座のホステス・マチ子に惚れてしまひ、関係を持ちます。彼女は浅井くんの子供が欲しいと云ひ出し、身籠ります。浅井には迷惑をかけない約束で出産するのですが、何とその直後に、妻の道子が妊娠したとの連絡が......
云つてみれば、順調に出世コースを歩んでゐた男が、女で失敗して転落の詩集を綴る物語であります。簡単に言へば自業自得なのですが、作中での、ほとんどの男は結婚したことを後悔してゐる、との指摘には困りますな。かかる事を言はれて、既婚男性はどのやうに反応して良いのか、途方に暮れるではありませんか。
ただ、読み進むうちに、男としては浅井くんに感情移入して、いつ妻にバレるかヒヤヒヤするのであります。そして遂にその時はやつて来た! 道子とマチ子の対決! 月並みですが、女性の怖さをまざまざと見せつける会話です。本当に男つてのは、陰でどんなことを言はれてゐるか分つたもんぢやない。
世の女性たちから、男社会に対する復讐とも云へる小説でせう。ところで、道子が生んだ子供は、本当に人工授精なのか、弟が勝手に代理に同意書にサインできるのか、疑問が色色疑問で終つてしまひました。まあ探偵小説ではないから、それは本質ぢやないのでせうが、気になるところでした。
尚、この小説は大映で映画化されてゐます。田宮二郎がポスタアの序列を巡つて異議を唱へ、結果的に映画界を去るきつかけとなつた作品でした。でも、どうみても田宮が主演だよねえ。全く永田つて奴は...... -
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紀州の素封家を舞台に明治、大正、昭和の時代を紀ノ川のようにたくましく生きた女の物語。
九度山の名家・紀本家の娘・花は、早く亡くなった母親替わりである祖母・豊乃の愛情と教育を受けて、才色兼備の女性に成長する。
彼女は、紀ノ川の流れに沿って、六十谷の名家・真谷家に嫁ぐ。婿となる真谷敬策は新進気鋭の村長であり、その後、県議会議員、衆院議員と政治の道を順調に進んでいく。花は敬策を支えながら真谷家にとけ込み家霊的な存在となっていく。娘・文緒は男のような侠気があり、新しい女性の姿を求め独立自尊の気持ちが強く、花とよく対立する。また、大学を卒業して出版社に就職した戦後世代の孫娘・華子は感受性豊かで賢く花と情緒を通わせる。
それぞれの女性が世代の落差はありながらもエネルギーを内包した生き方を見せる。
敬策の弟で分家した浩策、花の長男で覇気に欠ける政一郎、文緒の夫であり、青白い秀才のイメージのある晴海英二など男性の登場人物はいずれも弱い川として強い女性の象徴である紀ノ川に吸収されていく。
破滅的な戦争末期に「家」こそが女の砦だったこと、長男が嫁をもらうことで次男が分家として格下げされる宿命、農地改革により息のねを止められた地主など時代背景を物語の中で実感として味わうこともできた。 -
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ネタバレ歌川広重の東海道六十九次に惹かれて、中山道の宿を訪ねる機会が増えた。すると随所随所で和宮が降嫁の折に立ち寄った形跡を見るようになり、「この険しく長い中山道を宮さんが駕籠か何かに乗ったにしろ延々と江戸まで続く道を行かれたのか」と、驚くとともに知りたいと思った。
そして、手に取った本書であるが、のっけから和宮が身代わりであったという驚きの展開であった。そして、あとがきで著者は、本書を書き始めてから太平洋戦争に召集された若者たちと、和宮の身代わりにされた少女が重なって見えたと書いている。どちらも歴史の流れの中での犠牲者であったと。最も無力であった人々に対する鎮魂歌として書いたと。
その時代を生きた人々に思いをはせる想像力に、著者の大きさを感じた。
有吉佐和子さんの他の作品も読んでいこうと思います。 -
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自分が老いるってわかってる? お爺ちゃんボケちゃった。
昭和後期に書かれた、老人介護のお話。
当時はセンセーショナルな作品で、ベストセラーにもなった模様。当時から社会情勢は大分変わったものの、この問題自体は何一つ解決しておらず、そちらにショックを受ける。
主人公自らが言っているように、彼らの状況は決して最悪ではない。もっと悪い家庭はいくらでもある。それでも、本人にとっては辛く厳しい日々であり、誰にも理解してもらえない。それこそが、高齢社会の最たる問題ではないだろうか。
今や待ったなしの、だれもが関わらなければならない問題。自分が老いると頭では分かっていても実感は無い、そんな若者にこそ。