有吉佐和子のレビュー一覧
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有吉佐和子さんブームに乗って「悪女について」以来久しぶりに有吉作品を読んでみました。
エリート商社マンを夫に持つ音子。夫が大阪から東京に転勤となり、念願の新築社宅に入居。新しい暮らしに心躍るのものの社宅内での噂話、子どもの成績の優劣や進学などに振り回されていくお話です。
家電が進化し「女が閑になった」と言われた時代。時間ができた専業主婦のエネルギーは子どもの教育問題へと向かっていきます。結果、音子は息子の一挙手一投足に一喜一憂するようになり、同じ社宅に住む主婦の言動にも被害妄想とも取れる反応を示し、時にヒステリックに泣いたりご近所を罵ったり。その様子には恐怖すら覚えました。
個人的には音子 -
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紀伊半島の南西を走り、和歌山湾(淡路島の南島)に流れ込む有田川。その両岸には今もところどころでみかん畑が山肌を埋めている。
時は明治の初め、有田川の上流からタンスの引き出しに乗せられ流れてきた女の子が御霊(ごりょう)の山持ちの家に拾われ大切に育てられた。が、自分が拾われた子だと知り、有田川の氾濫で川に流されたことをきっかけに家を離れ滝川原の蜜柑農家で面倒見てもらうことになった。それが千代10歳のこと。そこからは蜜柑一筋の人生を辿るが、赤ん坊だった妹の悠紀のことだけは忘れない。愛しい、会いたい、思いを募らせているうちにひょんなことから御霊の家で生存を知られ、父母が会いにきた。そこからまた交流が -
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ニューギニア界隈は全くの未履修だから当時の詳しい事情は分からないけど、作者さんがまぁすっごい過酷な一ヶ月間を過ごされたということは分かった。
友達に誘われてパッとニューギニア行きを即決できるのフッ軽が過ぎるし、そもそもそんな時代にパッと海外旅行(しかもニューギニアに)できるの、作者さんはなかなかの大物だったんだ。
そしていざ現地に行ってみたら、未開社会の洗礼を浴びて恨みつらみを吐きたくなる気持ちはとてもよく分かる。自分なら(衛生観念的な理由で)頼まれても絶対マネできないわ…。
これはもうとにかく畑中さんが凄すぎるということ。畑中さんのバイタリティどうなってるん?
ところでこれ、ほぼ60年前のお -
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『連舞』の続編
家元が交通事故で急逝。そこから話はいっきに跡目争いのお家騒動に移行してゆく。 あちこちで天一坊的なものが湧いて出て ひと昔前のサスペンスのようだ。
秋子と千春の直接対決的なものを期待していたので正直少し残念だった。
秋子は終盤 「私は変わったのではない、育ったのだ。」と自分に言いきかせているが、一番の要因は“梶川 月”の名跡を継いだことだと思う。 “月”の名跡が秋子を育てたのだ。
それに比べて寿々と千春のなんと変わらないことか…。
最後 このまま秋子のひとり勝ちで終わるのかと思いきや何もかも思い通りというわけにはいかなかった。 -
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昭和の社宅事情のお話。
一流企業といわれる伊沢商事の大阪支店から東京支店に夫が転勤になった音子は、元々 東京生まれのため、喜んでいた。
大阪でも社宅住まいだったが、建物が古く色々と難儀した。
また、大阪の雰囲気も音子には合わず馴染めなかった。
東京の社宅は新しく建ったばかりで快適だった。
でも、人間関係はどこでも同じ。
社宅は夫の仕事の関係等で、妻同士も気を遣うし、噂もあっという間に尾ひれがついて拡がっていくのだから、おそろしや…
しかも、音子は息子に対しても過保護なところがあって、要領もいまいち良くなく、危なかしい。
なので、社宅のいざこざに巻き込まれてしまうのだ。
それにしても、今も昔も女 -
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著名作家の著者が同じく和歌山出身の同年の友人・人類学者の畑中幸子氏を訪ねてニューギニアを訪問したのは1968年3月からの約1月。想像を絶するような過酷な環境で悪戦苦闘する有吉さん、それを現地に親しんでいる畑中氏が叱咤激励しながらジャングルを歩き、現地のネイティブと交流している姿が微笑ましい。著者の文体がウィットに富んでいて、こんなに楽しい文章を書く人なのかと意外だった。現地人のほとんど全裸の様子、西洋文化に少し触れていた部族と、全く初めての部族の間の侮蔑の様子、大蛇を美味しいと言って食べざるを得ず、畑中氏にゲテモノ好きとして呆れられる著者!実はゲテモノを食べるしかなかったようなのだが。現地人に
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昭和47年に刊行されたという本作
もう50年以上前に書かれているというのに現在にも続く少子高齢化、老人福祉政策の問題にびっくりする
敷地内同居をする義母が亡くなり、残された義父の老人性痴呆に気付いたところから物語が始まる
主人公の昭子は当時においては少なかったであろうフルタイム勤務
子どもは高校2年生で受験を控えている
夫は父親の老いた姿を自分と重ね合わせ、目を背ける
そんな中、ボケる前には昭子を虐められていた義父茂蔵を介護することになった
この時代、夫は何もしないものであり、労いの言葉さえもなく女が全てを背負うのが当然という雰囲気
専業主婦が多かったのでそういう風潮だったのだろう
今