有吉佐和子のレビュー一覧
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中盤からの展開がぶっ飛んでいて、有吉さんっぽくなかったかも・・・。
途中までは、お峰夫婦の慎ましさや仲の良さが大好きでほんわか読んでいたけど、叔母さんがよく来るようになってからは雲行きが怪しくなり、あれよあれよの展開になった。
そんなに得心もいかないし、ええ話やとも思わなかったけど、まぁ確かに読み物としては面白かった。
終盤の怒涛の大奥、将軍家、老中の事情ペラペーラの部分も、畳み掛けるような筆致に何かこちらも焦らされた。
これ、東京宝塚劇場で舞台化されて、有吉佐和子さんご本人が脚本も書いた、ってことを知って、なんかまたご縁があるなって勝手に思って嬉しくなった。でも宝塚なのに男性も出ていたようなので、今とはまた少し違うのかな。 -
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小説かと思ったが、ほぼノンフィクションではないかと…
ただただ自分が生まれる前にこれだけ危険な化学物質が垂れ流されていたのかと思うと…
我々の親世代はこんな危険な物を口にしていたのか…
それは我々にも…
自分の身は自分で守らなければならないと。
50年前にこれを書いていたことにも驚かされる。
いまのようにネットで簡単に調べられない時代に。
その取材力にも驚かされる。
本田宗一郎氏に直接話を聞きに行くなんて…
でも50年前から政治は変わっていないんだな…
自民党と企業の関係は。
政治資金規正法、変わっていない…
結局、選挙はどうなったんだろう…
小説だったら、もっとおもしろかったのではないかと…
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1964年、筆者がニューヨークに留学した頃のアメリカを描いた作品。
令和の今読んでも、まったく古臭くなく時にユーモアを感じさせる描写もあり飽きずに読み進めることが出来た。
差別は肌の色ではない、階級によるもの。時代が変わっても尚、人間の本質は変わらない。
p325
金持ちは貧乏人を軽んじ、頭のいいものは悪い人間を馬鹿にし、逼塞して暮らす人は昔の系図を展げて世間の成り上がりを罵倒する。要領の悪い男は才子を薄っぺらだと言い、美人は不器量ものを憐み、インテリは学歴のないものを軽蔑する。人間は誰でも自分よりなんらかの形で以下のものを設定し、それによって自分をより優れていると思いたいのではないか。そうでなければ落ち着かない、それでなければ生きて行けないのではないか。
p366
この世の中には使う人間と使われる人間という二つの人種しかないのではないか、と。それは皮膚の色により差別よりも大きく、強く、絶望的なものではないだろうか。
差別感情に支配されないようにするには?
他人を下げることで上がった気になる自尊心は不純。
自己肯定感を、自分の努力や成功体験で上げる為には、自分は自分というぶれない軸を持つこと、そういった強さを持つことが、本当の意味で自分の価値を上げることなのだと気付きを得られた。 -
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有吉佐和子の長篇ミステリ作品『開幕ベルは華やかに』を読みました。
有吉佐和子の作品は約8年前に読んだ『悪女について』以来なので久しぶりですね。
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二億円用意しろ。
さもなくば大詰めで女優を殺す。
大ベストセラー作家の遺作、伝説の絶頂エンタテインメント!
突然の降板を宣言した有名劇作家に代わり、帝国劇場の急場を救うことになった演出家・渡紳一郎。
元妻で脚本家の小野寺ハルと共に土壇場で作り上げた舞台は、大女優らの名演で大入りが続く。
だが一本の怪電話で事態は一変。
「二億円用意しろ。さもなくば大詰めで女優を殺す」。
舞台の裏で絡み合う愛憎劇、そして事件は驚愕の幕切れへ―。
読者を虜にして離さない華麗なる傑作ミステリ長編。
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1982年(昭和57年)に刊行された作品……有吉佐和子の遺作となった長篇ミステリです。
■第一章 眠れない夜
■第二章 眠り過ぎた朝
■第三章 稽古に入るまで
■第四章 顔寄せ
■第五章 青山斎場にて
■第六章 初日の大事件
■第七章 雨の朝
■第八章 大きな鯛
■第九章 二十一日
■第十章 二十三日午前十一時前
■第十一章 二十三日午前十一時
■第十二章 開幕ベルは華やかに
■第十三章 紅子への挽歌
■第十四章 十二時四十分
■第十五章 岡村警視正の登場
■第十六章 長い長い第二幕
■第十七章 次の事件
■第十八章 定年退職者の余生
■第十九章 第二の殺人
■第二十章 第三幕の出来ごと
■第二十一章 広田蟹夫の調書より
■第二十二章 田中清の調書より
■第二十三章 八重垣光子の調書より
■第二十四章 おでんが煮つまった
■第二十五章 二人の晩餐
■第二十六章 カーテンコール
■解説 長谷部浩
「二億円用意しろ。さもなくば大詰めで女優を殺す」1本の電話が、帝劇関係者に激震を起こす……満員の観客が見守る中、演劇界の至宝2人の老優たちが繰り広げる魂の舞台の行方は果たして、、、
バックステージで同時進行する緊迫の駆け引き、愛憎渦巻く人間ドラマ……有吉佐和子の天才が光る傑作ミステリ長篇。
有吉佐和子の遺作にあたる作品で、帝国劇場を舞台にした演劇のバックステージものとしての面白さと、人間ドラマの濃密さが同居したミステリでしたね……読んでいて感じたのは、演劇界の空気の生々しさですねー 著者が若い頃から演劇界に深く関わっていたらしく、稽古場の張り詰めた空気やスター女優の存在感、裏方のプロ意識など、舞台に関わる人々の温度が文章に滲み出ていましたね、、、
単なるミステリというより、舞台という社会の縮図を描いた群像劇としての読み応えが強く、印象に残りました……脅迫事件そのものは派手なトリックで驚かせるタイプではないのですが、事件を軸にして浮かび上がる人間関係の複雑さ、華やかさの裏に潜む嫉妬や孤独、プライド、それらが舞台という虚構の世界と響き合い、独特の余韻を残す作品でした。
事件の真相よりも、登場人物たちの生き方に目が向いてしまうのも特徴的かな……華やかなタイトルとは裏腹に、読み終えて残るのはどこかほろ苦い感触でしたね、、、
その苦味こそが、舞台という世界のリアリティなのかもしれないですね……ミステリとしても、演劇小説としても楽しめる一冊でした。 -
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ネタバレ共働きの夫婦が認知症という言葉もまだない時代に自宅介護をして看取るまでを描いた作品。
登場人物の考え方にはさすがに時代を感じたが、老人ホーム等の施設に簡単には入れないというところは変わっていない。今の時代に家でお世話するのが本人にとって一番幸せだなんて福祉関係者が家族に言おうもんなら訴えられそう。
旦那さんはほとんど何もしないのに一人で頑張るお嫁さんは本当にすごい。普通なら夫婦関係もっと悪化しそう。
割と早めにおじいちゃんがなくなったから自宅介護でなんとかなったけどこれがもっと長引いて更に状況が悪化したらと考えると本当に地獄だと思う。自分が認知症になって何も解らなくなったらと思うと、尊厳死とかリアルに考えてしまう。
ロスト・ケアとテーマが重なる部分があって、いくら考えても答えの出ない問題。人間ていうのは本当によくできた作りをしているのに老いるという問題はまだ解決できない。
老いて死ぬのが自然の摂理であり美しさでもあるけど、美しく終われない場合があるので難しい。人類はいつか永遠に若々しく生きられるようになるだろうか。死にたいと思った時に死を選択できるような。そういうSF小説はきっとあるだろうな。 -
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時は戦後間もない昭和中期。新劇の女王、森江耀子の前に突然、若い頃に生き別れた娘が現れた。顔も佇まいも母親と瓜二つ。田舎で祖母に育てられたとは思えないほどの垢抜けた美しさだ。母親に憧れて自分も女優になるという。その感動のご対面をカメラに収めようと、楽屋にマスコミが詰めかけた。なんてことない話を母親の視点から、娘の視点から何度も何度も繰り返し説明して長編にしている。ご対面部分だけで上巻の半分まで引っ張っているのだから、ちょっと退屈になってくるんですよねー。
母親の恋人を娘が好きになるところから話は面白くなるが、それでも大きな進展はない。しかし、母親と娘の微妙な心の動き。好きなんだけど相容れない複雑な気持ち。若さへの嫉妬、母親に似ているが故の人気に対する反抗、初めはおどおどしていた娘が、人気と金を得るうちにだんだん図太くわがままになっていく様子とか、見どころはたくさんある。新劇界と映画界の確執も作者が書きたかったところではないかと思う。 -
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紀ノ川、奈良県では吉野と呼ばれる川が、和歌山に入ると紀ノ川と呼ばれ、有田川の北を走って和歌山湾に流れ込む。
紀ノ川沿いの九度山で、旧家に生まれ祖母に躾けられた花が、名家に相応しくお金と時間をかけて、しきたりにのっとった結婚の儀式を行うところから話が始まる。それはもう本当の話なのかと疑いたくなるほどの異様な式だ。川の流れに逆らってはいけないということで下流へ嫁に行く、というところまでは受け入れられるが、五艘の船に信頼縁者が乗り込み、その下流の六十谷(むそた)まで、途中何件かの旧家で休息を取りながら一日かけてゆっくりと下っていく、とか、披露宴は男しか入れないとか、結婚式まで二人はほとんど顔も合わせないとか、その日のうちに(客がいる間に)床入りし、初夜が明けると今度は「部屋見舞い」という習慣が待ち受けていて、女の縁者が新嫁を訪れて祝言を述べる、とか、今では考えられないことの連続。なんせ時代は明治の始め、まだ封建的な世の中だった。「三従と七去の教え」という言葉が出てくる。三従とは、女性は幼いうちは父に、嫁しては夫に、老いては子に従えということ。七去とは、舅姑に従わない、子供を産めない、不貞、嫉妬深い、病気持ち、おしゃべり、盗みをはたらく、これらのひとつでも当てはまる嫁は離縁できる。いやはや、すごい時代だ。
長男がいかに大事にされているかというのも驚きだ。兵役免除ですよ。次男以下は分家として名前も捨てないといけない。ただの平民になってしまう。長男の出来が悪かったらどうするの?実際この話の中でも花の長男は出来が悪く、文緒が男だったら‥などと嘆いている。
花の章で行数使った。この後、旧態依然とした花に反発心を抱き、常に突っかかる娘の文緒、外国で育ったものの古き良きものやしきたりも受け入れられる孫の華子と三代に渡る女の物語。 -
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有吉佐和子さんブームに乗って「悪女について」以来久しぶりに有吉作品を読んでみました。
エリート商社マンを夫に持つ音子。夫が大阪から東京に転勤となり、念願の新築社宅に入居。新しい暮らしに心躍るのものの社宅内での噂話、子どもの成績の優劣や進学などに振り回されていくお話です。
家電が進化し「女が閑になった」と言われた時代。時間ができた専業主婦のエネルギーは子どもの教育問題へと向かっていきます。結果、音子は息子の一挙手一投足に一喜一憂するようになり、同じ社宅に住む主婦の言動にも被害妄想とも取れる反応を示し、時にヒステリックに泣いたりご近所を罵ったり。その様子には恐怖すら覚えました。
個人的には音子が特に敵対心を燃やした平野夫人が音子をどう思っていたのかが気になります。本当にカラッとしていてライバル心など持ち合わせていなかったのかどうか。もしそうではなく計算した上でのことだとしたら。怖い怖い。
元祖タワマン小説とはよく言ったもので社宅に住む主婦たちの人間関係は現代にも通ずるものがあります。人間には距離感が大切ですね。
そして感情は一度寝かせる。これに限るということを改めて学びました。
気持ちに余裕のある時に読むことをおすすめします。でないとこちらも毒されてしまうかも。
本作を総じて大変美しい文章で本書き上げているのが有吉さんの素晴らしさです。 -
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紀伊半島の南西を走り、和歌山湾(淡路島の南島)に流れ込む有田川。その両岸には今もところどころでみかん畑が山肌を埋めている。
時は明治の初め、有田川の上流からタンスの引き出しに乗せられ流れてきた女の子が御霊(ごりょう)の山持ちの家に拾われ大切に育てられた。が、自分が拾われた子だと知り、有田川の氾濫で川に流されたことをきっかけに家を離れ滝川原の蜜柑農家で面倒見てもらうことになった。それが千代10歳のこと。そこからは蜜柑一筋の人生を辿るが、赤ん坊だった妹の悠紀のことだけは忘れない。愛しい、会いたい、思いを募らせているうちにひょんなことから御霊の家で生存を知られ、父母が会いにきた。そこからまた交流が始まるが、結婚も決まっていたので御霊には戻らず、さらに下流の箕島へ嫁いで行った。
嫁いでからも波瀾万丈。とにかくこの時代自体が波瀾万丈な世の中だったのだ。二人の息子を育て、育ったかと思ったら次男と妹の悠紀が男女の関係かと疑いを持ち、悠紀と断絶。あれほど愛しいと憧れていた妹が世にも穢らわしい存在になってしまう。そんな息子も兵隊に取られ、次男は戦死。守るべき存在がいなくなってしまうと妹との仲も元に戻る。
蜜柑職人としての紆余曲折も描かれている。「蜜柑のおばん」と呼ばれ一目置かれていたのに、年老いてくると頑固になり、人のいう意見を聞かなくる。自分は新しいことから乗り遅れていると気づかず、気づいた時には自分の畑だけ虫にやられていたという現実。これって世の老人たちには耳痛い話ですよね。
物語の終盤には、有田川がまた大きく氾濫し、1000人以上の死者を出す。昭和28年、実際に起こった災害だ。今のように自治体や政府が避難所や食糧を用意してくれない。大きな家は場所を提供し、食事も用意する。完全ボランティア。そんなことを今の金持ちはできるだろうか。
有田川の流れに身を任せ、自然に翻弄されて、それでもひたすら蜜柑を愛した女の一生でした。 -
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『連舞』の続編
家元が交通事故で急逝。そこから話はいっきに跡目争いのお家騒動に移行してゆく。 あちこちで天一坊的なものが湧いて出て ひと昔前のサスペンスのようだ。
秋子と千春の直接対決的なものを期待していたので正直少し残念だった。
秋子は終盤 「私は変わったのではない、育ったのだ。」と自分に言いきかせているが、一番の要因は“梶川 月”の名跡を継いだことだと思う。 “月”の名跡が秋子を育てたのだ。
それに比べて寿々と千春のなんと変わらないことか…。
最後 このまま秋子のひとり勝ちで終わるのかと思いきや何もかも思い通りというわけにはいかなかった。 -
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昭和の社宅事情のお話。
一流企業といわれる伊沢商事の大阪支店から東京支店に夫が転勤になった音子は、元々 東京生まれのため、喜んでいた。
大阪でも社宅住まいだったが、建物が古く色々と難儀した。
また、大阪の雰囲気も音子には合わず馴染めなかった。
東京の社宅は新しく建ったばかりで快適だった。
でも、人間関係はどこでも同じ。
社宅は夫の仕事の関係等で、妻同士も気を遣うし、噂もあっという間に尾ひれがついて拡がっていくのだから、おそろしや…
しかも、音子は息子に対しても過保護なところがあって、要領もいまいち良くなく、危なかしい。
なので、社宅のいざこざに巻き込まれてしまうのだ。
それにしても、今も昔も女性の噂好きや派閥のようなやり取りは変わらないのだなぁと思わずにいられない。
2025.8.25