有吉佐和子のレビュー一覧
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病弱な体質で育ったのちに回復してスポーツ系の部活に入って気力を保持して
そこからはバイタリティ溢れる人になり
作家になってからもバタバタしてる感じの人だったのだろうか
幼少期を海外で過ごしたことからくる視点の広さ
問題意識と本の虫の性分、日本で過ごした日々で感受性を磨いてる。(茶室にあった一輪の花からもてなしてくれた方の気遣いを読み取るなんて、今の人出来る?)
なんだか「いやワタシそれは間違ってると思います!」とか正論をわーっと喋る感じの人なのかなって、少し引いた部分もあるけど読み終えた今は「有吉さんならこう言うかな」と考えてしまうくらい親近感が湧いてきた。 -
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主人公となる時江音子は、夫の栄転により大阪から東京本社の社宅に移り住んだ。
新築のメゾネットタイプの集合住宅の造りに感激した音子は、窓から見える夕日の美しさにも感動し、その建物を『 夕陽カ丘三号館 』と呼ぶようにした。
住まいは大いに満足したのだが、社宅という閉所的な環境での複雑な人間関係に悩むことになる。
会社での夫の地位や職域などが絡み、妻たちの見栄や世間知らずの浅はかさなどが交錯し、複雑な人間関係が生じてしまう様子を、鋭いウィットを含みながら有吉佐和子さんは描いている。
夫の昇進、小・中学校の子供の教育、良妻賢母への願望、お互いの過ぎた干渉など、狭い社宅という環境内で生じる様々な問題が取り上げられている。
そんな環境の中で、音子は常に被害者意識に囚われ、なんとか自分の正当性を認めてもらおうとする行動がますます混乱を引き起こしてしまうのだ。
夫も息子も音子に辟易している家庭内が、面白おかしく綴られている。 -
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主人公の清子、兄のような存在で想い人の弘一、裕福な同級生の世津子の3人。
戦時中から戦後にかけて過ごした
三者三様の青春とその後の人生が描かれている。
戦時中は日本社会全体が節約節制、禁欲的なムードの中でお国のために尽くすことを強いられる。
思春期、青年期の3人も学徒出陣、勤労奉仕に駆り出されて決してのびのびと過ごすようなものではなかった。
ところが戦争が終わった途端、今までの価値観は180度覆され完全否定され、新しい欧米の価値観がどんどん入ってくることになる。
何もない焼け野原で日々の食料を探すどん底のひもじさ貧しさの数年が続き、
そこから若者たちは新しい社会の中で生活していく術を見出ださなくてはならない。。
この時代を生きた人たちは、
たった10年とかそこらで、目まぐるしい社会の変貌に飲み込まれていたと知る。
劇的な環境の変化が、彼らの青春に及ぼした影響は大きく、とてもやるせない。
戦地で生死の瀬戸際の毎日を過ごした影響から、
弘一は戦後の生活に生きがいを見いだせず堕落していき、
一方で、
英米的で非国民と陰口されていた世津子は早々に英語を覚え日系アメリカ人と結婚して渡米を決意する。
この2人の対比がせつない。
主人公の清子はというと、
仕立屋の和服の縫い子として育てられ、戦時中は軍服の縫製工場でミシンを覚え、戦後には米軍基地で働く女性のためのドレスを縫い始める。
学徒出陣の壮行会に出掛けて心を震わせるような、素直な清子が、
混沌とした時代趨勢の中で、
弘一や世津子といった同世代の影響を受けつつ、自らの針1本でたくましく生きていく。
かよわきひとりのおとめの視点から、ひとつの時代の終わりと始まりを感じる、そんな良質な読書体験だった。 -
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1970年毎日新聞にて連載→71年ドラマ化らしい。
有吉佐和子に詳しい友人のすすめで読む。
女って怖いな、という感想を抱かせるために作られたのかなと思うほど、おえー、と疲れる一冊だった。
有吉氏はなんでこんなに団地族の教育ママに厳しいの?と思ったけど、まあ70年代高度成長期ではこんな世界が話題になっていたのだなと思った。
夫はハードワークで不在がち、一家では子供の数も少なくなり、家電の普及で妻は手持ち無沙汰になり、近所ではくだらないお喋り、子供や夫の成績でレースしては牽制し合い、小人閑居して不善を為す…?という話。
当時の日本の都会のあり方がわかってきて面白い。
それにしても、すべては家庭の主婦があまりに孤独だから、ではないのか?
主人公の音子も非常に馬鹿っぽく描かれているが、彼女は東京育ちだけど実家や親族がないからあの孤独ゆえに思い込んだら一直線で失敗ばかりしているんだろうね。
一方的に思い込んでは喋り倒し、妄想のあげく変な行動に出やすい点は、《氷点》の母親・夏枝を思い出す性格で、見ていてしんどかった。
サブキャラの山野さん、やり手の井本夫人がパワフルで面白い。
しかしまあ、噂話って怖いよなあ…。
同じく有吉氏の『和宮様御留』のホラー感と、山田風太郎『夜より他に聞くものもなし』の新興ベッドタウン団地の人間関係のドロドロ話を思い出した。
こんなにコテコテドロドロなのに、ラストはなんだか爽やか。これが有吉氏の上手さなんだなあ。 -
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1950年代、アメリカ公演の依頼が東京の花街(たぶん赤坂)に舞い込み、謎のイタリア系米国人フランチョリーニに振り回され、根回しや資金繰りに奔走するお姐さん衆を描く。
フランチョリーニの秘書として、能村勢子(せいこ)が通訳などしているのだが、1954〜1956年に「アヅマ・カブキ」という日本舞踊の海外公演の通信係として、有吉佐和子が同行しており、その時に見聞したことをもとにこの小説を書いたものらしい。
それ故、当時の花柳界の風俗が、丸の内のOLである勢子やその男友達の目を通して書かれたりしており、興味深い。
花街では常識であるところが、素人の目から見ると違和感があるなど。
令和の今は、ほとんど花街も衰退しているようで、寂しい限りだが、解説によると、政治家との結びつきが弱まっていったこともあるらしい。平成5年の連立政権で壊滅とか。
この小説が書かれたのは1959年であり、1931年生まれの有吉佐和子は、なんと、28歳ほど。
この年齢で、この文章力は、驚きだが、少し冗長に感じるところもあった。