有吉佐和子のレビュー一覧
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主人公となる時江音子は、夫の栄転により大阪から東京本社の社宅に移り住んだ。
新築のメゾネットタイプの集合住宅の造りに感激した音子は、窓から見える夕日の美しさにも感動し、その建物を『 夕陽カ丘三号館 』と呼ぶようにした。
住まいは大いに満足したのだが、社宅という閉所的な環境での複雑な人間関係に悩むことになる。
会社での夫の地位や職域などが絡み、妻たちの見栄や世間知らずの浅はかさなどが交錯し、複雑な人間関係が生じてしまう様子を、鋭いウィットを含みながら有吉佐和子さんは描いている。
夫の昇進、小・中学校の子供の教育、良妻賢母への願望、お互いの過ぎた干渉など、狭い社宅という環境内で生じる様々な問題が取 -
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主人公の清子、兄のような存在で想い人の弘一、裕福な同級生の世津子の3人。
戦時中から戦後にかけて過ごした
三者三様の青春とその後の人生が描かれている。
戦時中は日本社会全体が節約節制、禁欲的なムードの中でお国のために尽くすことを強いられる。
思春期、青年期の3人も学徒出陣、勤労奉仕に駆り出されて決してのびのびと過ごすようなものではなかった。
ところが戦争が終わった途端、今までの価値観は180度覆され完全否定され、新しい欧米の価値観がどんどん入ってくることになる。
何もない焼け野原で日々の食料を探すどん底のひもじさ貧しさの数年が続き、
そこから若者たちは新しい社会の中で生活していく術を見出ださ -
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1970年毎日新聞にて連載→71年ドラマ化らしい。
有吉佐和子に詳しい友人のすすめで読む。
女って怖いな、という感想を抱かせるために作られたのかなと思うほど、おえー、と疲れる一冊だった。
有吉氏はなんでこんなに団地族の教育ママに厳しいの?と思ったけど、まあ70年代高度成長期ではこんな世界が話題になっていたのだなと思った。
夫はハードワークで不在がち、一家では子供の数も少なくなり、家電の普及で妻は手持ち無沙汰になり、近所ではくだらないお喋り、子供や夫の成績でレースしては牽制し合い、小人閑居して不善を為す…?という話。
当時の日本の都会のあり方がわかってきて面白い。
それにしても、すべては家庭の -
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1950年代、アメリカ公演の依頼が東京の花街(たぶん赤坂)に舞い込み、謎のイタリア系米国人フランチョリーニに振り回され、根回しや資金繰りに奔走するお姐さん衆を描く。
フランチョリーニの秘書として、能村勢子(せいこ)が通訳などしているのだが、1954〜1956年に「アヅマ・カブキ」という日本舞踊の海外公演の通信係として、有吉佐和子が同行しており、その時に見聞したことをもとにこの小説を書いたものらしい。
それ故、当時の花柳界の風俗が、丸の内のOLである勢子やその男友達の目を通して書かれたりしており、興味深い。
花街では常識であるところが、素人の目から見ると違和感があるなど。
令和の今は、ほとん -
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中盤からの展開がぶっ飛んでいて、有吉さんっぽくなかったかも・・・。
途中までは、お峰夫婦の慎ましさや仲の良さが大好きでほんわか読んでいたけど、叔母さんがよく来るようになってからは雲行きが怪しくなり、あれよあれよの展開になった。
そんなに得心もいかないし、ええ話やとも思わなかったけど、まぁ確かに読み物としては面白かった。
終盤の怒涛の大奥、将軍家、老中の事情ペラペーラの部分も、畳み掛けるような筆致に何かこちらも焦らされた。
これ、東京宝塚劇場で舞台化されて、有吉佐和子さんご本人が脚本も書いた、ってことを知って、なんかまたご縁があるなって勝手に思って嬉しくなった。でも宝塚なのに男性も出ていたよ -
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小説かと思ったが、ほぼノンフィクションではないかと…
ただただ自分が生まれる前にこれだけ危険な化学物質が垂れ流されていたのかと思うと…
我々の親世代はこんな危険な物を口にしていたのか…
それは我々にも…
自分の身は自分で守らなければならないと。
50年前にこれを書いていたことにも驚かされる。
いまのようにネットで簡単に調べられない時代に。
その取材力にも驚かされる。
本田宗一郎氏に直接話を聞きに行くなんて…
でも50年前から政治は変わっていないんだな…
自民党と企業の関係は。
政治資金規正法、変わっていない…
結局、選挙はどうなったんだろう…
小説だったら、もっとおもしろかったのでは