有吉佐和子のレビュー一覧
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1950年代、アメリカ公演の依頼が東京の花街(たぶん赤坂)に舞い込み、謎のイタリア系米国人フランチョリーニに振り回され、根回しや資金繰りに奔走するお姐さん衆を描く。
フランチョリーニの秘書として、能村勢子(せいこ)が通訳などしているのだが、1954〜1956年に「アヅマ・カブキ」という日本舞踊の海外公演の通信係として、有吉佐和子が同行しており、その時に見聞したことをもとにこの小説を書いたものらしい。
それ故、当時の花柳界の風俗が、丸の内のOLである勢子やその男友達の目を通して書かれたりしており、興味深い。
花街では常識であるところが、素人の目から見ると違和感があるなど。
令和の今は、ほとん -
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中盤からの展開がぶっ飛んでいて、有吉さんっぽくなかったかも・・・。
途中までは、お峰夫婦の慎ましさや仲の良さが大好きでほんわか読んでいたけど、叔母さんがよく来るようになってからは雲行きが怪しくなり、あれよあれよの展開になった。
そんなに得心もいかないし、ええ話やとも思わなかったけど、まぁ確かに読み物としては面白かった。
終盤の怒涛の大奥、将軍家、老中の事情ペラペーラの部分も、畳み掛けるような筆致に何かこちらも焦らされた。
これ、東京宝塚劇場で舞台化されて、有吉佐和子さんご本人が脚本も書いた、ってことを知って、なんかまたご縁があるなって勝手に思って嬉しくなった。でも宝塚なのに男性も出ていたよ -
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小説かと思ったが、ほぼノンフィクションではないかと…
ただただ自分が生まれる前にこれだけ危険な化学物質が垂れ流されていたのかと思うと…
我々の親世代はこんな危険な物を口にしていたのか…
それは我々にも…
自分の身は自分で守らなければならないと。
50年前にこれを書いていたことにも驚かされる。
いまのようにネットで簡単に調べられない時代に。
その取材力にも驚かされる。
本田宗一郎氏に直接話を聞きに行くなんて…
でも50年前から政治は変わっていないんだな…
自民党と企業の関係は。
政治資金規正法、変わっていない…
結局、選挙はどうなったんだろう…
小説だったら、もっとおもしろかったのでは -
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1964年、筆者がニューヨークに留学した頃のアメリカを描いた作品。
令和の今読んでも、まったく古臭くなく時にユーモアを感じさせる描写もあり飽きずに読み進めることが出来た。
差別は肌の色ではない、階級によるもの。時代が変わっても尚、人間の本質は変わらない。
p325
金持ちは貧乏人を軽んじ、頭のいいものは悪い人間を馬鹿にし、逼塞して暮らす人は昔の系図を展げて世間の成り上がりを罵倒する。要領の悪い男は才子を薄っぺらだと言い、美人は不器量ものを憐み、インテリは学歴のないものを軽蔑する。人間は誰でも自分よりなんらかの形で以下のものを設定し、それによって自分をより優れていると思いたいのではないか。そ -
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有吉佐和子の長篇ミステリ作品『開幕ベルは華やかに』を読みました。
有吉佐和子の作品は約8年前に読んだ『悪女について』以来なので久しぶりですね。
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二億円用意しろ。
さもなくば大詰めで女優を殺す。
大ベストセラー作家の遺作、伝説の絶頂エンタテインメント!
突然の降板を宣言した有名劇作家に代わり、帝国劇場の急場を救うことになった演出家・渡紳一郎。
元妻で脚本家の小野寺ハルと共に土壇場で作り上げた舞台は、大女優らの名演で大入りが続く。
だが一本の怪電話で事態は一変。
「二億円用意しろ。さもなくば大詰めで女優を殺す」。
舞台の裏で絡み合う愛憎劇、そして -
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ネタバレ共働きの夫婦が認知症という言葉もまだない時代に自宅介護をして看取るまでを描いた作品。
登場人物の考え方にはさすがに時代を感じたが、老人ホーム等の施設に簡単には入れないというところは変わっていない。今の時代に家でお世話するのが本人にとって一番幸せだなんて福祉関係者が家族に言おうもんなら訴えられそう。
旦那さんはほとんど何もしないのに一人で頑張るお嫁さんは本当にすごい。普通なら夫婦関係もっと悪化しそう。
割と早めにおじいちゃんがなくなったから自宅介護でなんとかなったけどこれがもっと長引いて更に状況が悪化したらと考えると本当に地獄だと思う。自分が認知症になって何も解らなくなったらと思うと、尊厳死とか -
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時は戦後間もない昭和中期。新劇の女王、森江耀子の前に突然、若い頃に生き別れた娘が現れた。顔も佇まいも母親と瓜二つ。田舎で祖母に育てられたとは思えないほどの垢抜けた美しさだ。母親に憧れて自分も女優になるという。その感動のご対面をカメラに収めようと、楽屋にマスコミが詰めかけた。なんてことない話を母親の視点から、娘の視点から何度も何度も繰り返し説明して長編にしている。ご対面部分だけで上巻の半分まで引っ張っているのだから、ちょっと退屈になってくるんですよねー。
母親の恋人を娘が好きになるところから話は面白くなるが、それでも大きな進展はない。しかし、母親と娘の微妙な心の動き。好きなんだけど相容れない複 -
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紀ノ川、奈良県では吉野と呼ばれる川が、和歌山に入ると紀ノ川と呼ばれ、有田川の北を走って和歌山湾に流れ込む。
紀ノ川沿いの九度山で、旧家に生まれ祖母に躾けられた花が、名家に相応しくお金と時間をかけて、しきたりにのっとった結婚の儀式を行うところから話が始まる。それはもう本当の話なのかと疑いたくなるほどの異様な式だ。川の流れに逆らってはいけないということで下流へ嫁に行く、というところまでは受け入れられるが、五艘の船に信頼縁者が乗り込み、その下流の六十谷(むそた)まで、途中何件かの旧家で休息を取りながら一日かけてゆっくりと下っていく、とか、披露宴は男しか入れないとか、結婚式まで二人はほとんど顔も合わ -
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有吉佐和子さんブームに乗って「悪女について」以来久しぶりに有吉作品を読んでみました。
エリート商社マンを夫に持つ音子。夫が大阪から東京に転勤となり、念願の新築社宅に入居。新しい暮らしに心躍るのものの社宅内での噂話、子どもの成績の優劣や進学などに振り回されていくお話です。
家電が進化し「女が閑になった」と言われた時代。時間ができた専業主婦のエネルギーは子どもの教育問題へと向かっていきます。結果、音子は息子の一挙手一投足に一喜一憂するようになり、同じ社宅に住む主婦の言動にも被害妄想とも取れる反応を示し、時にヒステリックに泣いたりご近所を罵ったり。その様子には恐怖すら覚えました。
個人的には音子 -
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紀伊半島の南西を走り、和歌山湾(淡路島の南島)に流れ込む有田川。その両岸には今もところどころでみかん畑が山肌を埋めている。
時は明治の初め、有田川の上流からタンスの引き出しに乗せられ流れてきた女の子が御霊(ごりょう)の山持ちの家に拾われ大切に育てられた。が、自分が拾われた子だと知り、有田川の氾濫で川に流されたことをきっかけに家を離れ滝川原の蜜柑農家で面倒見てもらうことになった。それが千代10歳のこと。そこからは蜜柑一筋の人生を辿るが、赤ん坊だった妹の悠紀のことだけは忘れない。愛しい、会いたい、思いを募らせているうちにひょんなことから御霊の家で生存を知られ、父母が会いにきた。そこからまた交流が -
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ニューギニア界隈は全くの未履修だから当時の詳しい事情は分からないけど、作者さんがまぁすっごい過酷な一ヶ月間を過ごされたということは分かった。
友達に誘われてパッとニューギニア行きを即決できるのフッ軽が過ぎるし、そもそもそんな時代にパッと海外旅行(しかもニューギニアに)できるの、作者さんはなかなかの大物だったんだ。
そしていざ現地に行ってみたら、未開社会の洗礼を浴びて恨みつらみを吐きたくなる気持ちはとてもよく分かる。自分なら(衛生観念的な理由で)頼まれても絶対マネできないわ…。
これはもうとにかく畑中さんが凄すぎるということ。畑中さんのバイタリティどうなってるん?
ところでこれ、ほぼ60年前のお -
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『連舞』の続編
家元が交通事故で急逝。そこから話はいっきに跡目争いのお家騒動に移行してゆく。 あちこちで天一坊的なものが湧いて出て ひと昔前のサスペンスのようだ。
秋子と千春の直接対決的なものを期待していたので正直少し残念だった。
秋子は終盤 「私は変わったのではない、育ったのだ。」と自分に言いきかせているが、一番の要因は“梶川 月”の名跡を継いだことだと思う。 “月”の名跡が秋子を育てたのだ。
それに比べて寿々と千春のなんと変わらないことか…。
最後 このまま秋子のひとり勝ちで終わるのかと思いきや何もかも思い通りというわけにはいかなかった。