木内昇のレビュー一覧
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ネタバレ幕末、勤王の志士たちや新選組藩士たちと、彼らとゆかりのあった女性。そのカップルの物語。
きな臭くて血生臭い、歴史が動いた動乱の時期であっても、男と女の想い想われる恋慕の模様は変わらず(沖田総司は恋愛とはまた違った想いだったかもしれないが)…と書くと「男とか女とか旧態依然の価値観、老害タヒね」と言われるのかもだけど、すまん昭和40年代生まれの表現はどうしてもこうなってしまうんよ。
政治や権力争いは大切な事かも知れないが、大切な人との事をないがしろにしてまで貫くほど価値観があるのかね?生き方としての優先順位的にも大切なこともあると思うで。はき違えるなよ、(現代の)維新の人も新選組の人も -
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いい本だったなぁ。しみじみと胸に沁みて読み終わるのが寂しいぐらいに。上手いなぁ木内さん。こんなにも多様な味わいのある言葉を駆使して豊かな物語を編むことができる作家さんなかなかいないんじゃないかな。毎日大した時間も労力もかけられてないようなろくでもない大量の新刊が次々出てすぐに返品されて廃版になるような現代において、これほどまでに誠心誠意、精魂こめて一冊の物語を紡ぎ、版元が確かな目でそれを見極めて社運と財力を賭けて刷って本にしてようやく世の中に出回り、その本を人々が楽しみに待ち、ありがたく手にして、辛いことも少なくないだろう日常の折々に楽しんだ時代に思いを馳せる。江戸時代の識字率や豊かな読書文化にも改めて驚く。
鉄道も電話も写真もない時代、雪深い越後の様子を江戸の人たちに知ってもらいたいという一心で日々の商いの傍ら郷土の細やかな風俗を絵や言葉で書き溜め、著名な戯作者に自ら売り込みの文を書いては飛脚に託して送り、時に自ら遠く江戸まで赴き、立ちはだかる幾多の障壁も乗り越えて40年という歳月ののちついに出版に辿り着き夢を叶えた主人公の儀三治。その家族や友人、出版に向けて関わることになる京伝や曲者の馬琴など著名な戯作者たち、そして何よりも兄の京伝の威容に翻弄されながらも実直な人柄で儀三治の本の出版に向けて決して諦めずに着実に歩を進める京山。地方に住む無名の人間が本を一冊出すことがこんなに大変だった時代。木内さんはそれぞれの生活や人生や心のひだを誠実に丁寧に描いていく。それでいて決して堅苦しくなく時に軽妙で可笑しく、妖怪じみた馬琴の執念深さや性悪さにはハラハラさせられ、でもあれだけの作品を残した巨星への深い敬意がそこには込められ、本に関わる全ての人への愛情が溢れていて読み終わってもう胸がいっぱいになった。世の中に出回っている本の数に比して、自分の人生で読める本の数なんて数冊と言ってもいいだろう。こんなにも自分が書きたい物語に真摯に取り組んでいた人々のことを決して忘れずに、いい本を探す嗅覚を磨き、作者の情熱を深く味わい、心を潤す読書を楽しんでいきたい。
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ネタバレ越後の縮仲買商人・鈴木牧之が、当地の風俗や雪国の生活を活写した「北越雪譜」を世に出すまでの歳月を描いた長編歴史小説。
牧之を始め、戯作者の山東京伝、その弟・京山、滝沢馬琴、板元・耕書堂の二代目である蔦屋重三郎など実在した人物が登場し、それぞれが絡みあう人間ドラマを繰り広げる。
物語の発端は、牧之が、行商で訪れた江戸で、人々の越後についてのあまりの無知さに落胆したことにあった。
彼は故郷のことを知らしめたい思いに駆られ、越後の綺談と風俗を描いた本の出版を目指す。
やがて、彼の執筆は人気偽作者・山東京伝の目に留まり、出版へと動き始めるが、板元・二代目蔦重からの五十両という多額の金銭要求に耐えられず、頓挫となる。
その後も度重なる仲介者の死去に見舞われ、出版はままならない状態となるが、京伝への敵対意識に燃える馬琴の手に原稿が渡ったことから、牧之は期待を抱き、およそ30年ぶりに江戸へと向かい、馬琴の家を訪れる。
ところが、馬琴の態度は素っ気なく、別の仕事に勤しんでいるので、3年待てこのこと。
その後、馬琴とは12年間やりとりをするも、出版は日の目を見ることがなかった。
あきらめかけていた牧之だったが、最後に京山に救われ、「北越雪譜」として無事、発刊、そして、ベストセラーとなる。志を抱いてから実に40年を費やしたが、牧之の強烈な執念がついに結実する。
物語の縦糸が、愚直で誠実な主人公・牧之の苦難の道筋とすれば、この作品には、幾つものしっかりした横糸もある。
そのひとつが、京伝、馬琴、京山といった戯作者の個性や絡み合いである。才気があるが飄々とした京伝、その弟子だった馬琴の狷介、傲慢な態度と野心、偉大な兄を慕いながらも重圧を感じている京山。長い年月を通して、彼らが老いるまでを描ききり、それぞれの立場や心情がよく伝わってきて、興味深い。
また、蔦重や鶴喜など出版界の裏側や策略、牧之や戯作者たちが連れ合いに支えられる様子や家族との関係で心乱れる場面も、克明に描かれ、別の角度から物語に彩を与えている。
文化文政期における作家と出版界、越後と江戸の風情などの時代考証を呈示しながら、魅力的、個性的な登場人物の生き様を重層的に描いた読み応えのある素晴らしい作品に仕上がっている。
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作品紹介・あらすじ
心震わせる生きもの賛歌。
美(う)っついのう。
紀州藩士の息子・十兵衛(後の本草学者・畔田翠山(くろだすいざん))は、幼いころから草花とは自在に語らうことができるのに、人と接するとうまく言葉を交わすことができずに育った。ある日、草花の採取に出かけた山中で天狗(てんぎゃん)と出会ってから、面妖な出来事が身の回りで次々と起こり……。若き本草学者の、生き物や家族、恩師との温かな交感と成長を描く、感動の時代幻想譚。
第53回泉鏡花文学賞受賞
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「梨木香歩の『家守綺譚』のような小説を教えて」とAIに尋ねたところ、「こんなのどうでしょう」と推薦されたのが本書。いまだにAIに対してはちょっと懐疑的なところがあるのだけれど(なにしろ時々知ったかぶりをするものだから)本書に関しては大正解だった。
他人と接することが苦手な少年十兵衛が、家族や恩師、そして自然の草花などと交流するうちに立派に成長していく成長譚でもあり、現実の世界と現実ならざる世界がごく当たり前に交わる話でもあり、十兵衛が成長していく過程での友人たちとの温かい交流が描かれた話でもある。一人前になったと認められた時に恩師から授かった名前が畔田翠山であり、物語の半分はこの翠山として話が進む。
彼岸と此岸を結ぶ定家葛の蔦をつたって亡き父が翠山に逢いにきたり、重要な局面で天狗(てんぎょん)が様々な姿で現れ助言を与えたり、紙に書かれた丸い池がポチャリと水しぶきをあげたり、雪の舌の化身が少女となって病気の友人を助けたりと、虚実が穏やかに入り混じる世界は読んでいてとても心地よく、平和な心境に導いてくれる。
ただし、黒百合の挿話に関してだけは、虚と実の塩梅が崩れて、虚が強く出すぎてしまったように感じた。実が遠く離れてしまったためにそれまでの平穏だった幻境の世界から突き放されたような心持ちが残った。そこがちょっと残念。
あとは余談かもしれないけれど、お妙という少女が登場するのだが、思いのほか出番が少なかった。とても愛嬌のある少女で、もっと出番が多ければとても魅力的な登場人物になれたに違いないと思う。その点もやや心残りだった。
ともあれ、読んでいてとても面白く、穏やかな気持ちになれた読書時間だった。こんな時間はかなり久しぶりだったように思う。 -
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越後塩沢の縮や質屋で生計をたてている鈴木儀三治は、父の跡をとって商業を生業としている。ある時江戸に滞在し、雪の話をしたが江戸者には何の話をしているか伝わらず、嘘をついているとさえ思われてしまう。越後のことを江戸の者に知ってほしいと越後の話を書き溜めた。
せっかく書いたものなので、出版までいかなくとも何かにして欲しいと人を介して山東京伝にお願いしたところ、手直しする形で出版できるかもという話になったが、出版元が見つからない。耕書堂も鶴屋さんも西村屋さんも二代目。板木代50両払うならという出版元を見つけたが、やはりそこまでの額は出せない。次に大阪の方での出版を試みるが、結局こちらもダメ。
山東京伝が亡くなった後に、曲亭馬琴が出してやると胸を張った。今は忙しいから4年後との話だったが、曲亭馬琴はいつだって忙しい。そこからさらに10年経ち、12年経った。
その頃山東京伝の弟京山が、兄の遺品の中から儀三治の草稿を見つける。あまりに話が進んでいないようなので、こちらでやりましょうかとひと噛みしたところ、曲亭馬琴が臍を曲げる。すでに儀三治はお爺さんである。出版は如何になるのか。 -
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雪国越後魚沼の生活を記し、江戸時代後期に当時の大ベストセラーとなった『北越雪譜』
本作はその『北越雪譜』に関わった四人の「もの書き」たちの物語である
天賦の人、山東京伝
執念の人、曲亭馬琴
憧憬の人、山東京山
夢中の人、鈴木牧之
それぞれが「もの書き」としての譲れない矜持を持ち、それぞれが木内昇さんの分身だったんじゃないかな〜と思いました
それにしても曲亭馬琴の描かれようが非道いw
まぁ癖のある人だったのは間違いないようですが、なんていうか広げ様がえげつない
小説家ってやっぱすごいな〜
特に時代小説(歴史小説)は、なんとなくある人物像をどかんと覆してきたりして、しかもなんか納得させられたりっていうね
それも時代小説(歴史小説)の面白味だと思うので、必須とまでは言わないが、やはりある程度知っていた方がお得だと思います
当社比75倍!(お得過ぎるやろ!) -
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ネタバレ本草学を志す十兵衛の成長と、その周りで起こる不思議な出来事が書かれた内容。
薬にするための植物を探して育成したり、あるいは薬にする話などを中心に、その植物に関連した化生の類と遭遇する話が書かれる。
他人との交流が下手な十兵衛が周囲の人々の影響を受けて段々と大人になっていく様や、風情ある野山の描写などが好み。
見たことないジャンルの組み合わせだなと思ったが、どちらも好みなので全然よかった。
個人的には、十兵衛一行がある山に植物採取をしに行った際、遭遇した山伏に山を荒らすのではと勘繰られたシーンで、空気を読まずに植物に関する熱い語りをした結果、ああこいつら本当に植物の事しか頭にないから荒らすわけないわ、とおそらくあきれ半分で認められていたのが面白かった。 -
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ネタバレ現在、大河ドラマ『新選組!』にハマっている私が、組!が好きなら是非この本も、とSNSのフォロワーさんからおすすめされて読んだ小説。
タイトルにある「青嵐」とは、「初夏の青葉を揺すって吹き渡るやや強い風」のことだそう(コトバンク参照)
なるほど、登場人物それぞれ青さがある……!
永倉新八は自分は普通の人間、周りの人達のようになにかに秀でているわけではないと思い込み、序盤の土方歳三は定職に就けず家族から白い目で見られていて……
アイデンティティの揺れや自己評価の低さに共感できる部分があると思った。
そして、自己評価と他者から見た様子のギャップが面白いな……と感じた
(例えば、沖田・斎藤は永倉新八のことを肝が据わった人物だと思っている。本人は秀でたものがないと思っているのだけれど……)
キャラクターの個性も際立っていて愛おしい。
不思議ちゃんだが本質を見抜く目を持つ沖田総司、
優しくて温和、そして京に馴染めず武州に帰りたいと密かに思っている源さん(井上源三郎)、
仕事が早く段取り良し、実は情に厚く流されない芯を持った土方歳三、
そして周りが悩んでいる時も「俺は人を斬って生きる」と決意し、一匹狼……と見せかけ、組織への想いが段々形作られていく斎藤一……等、それぞれの人物の良さや脆さを存分に感じることのできる小説だと思った。
印象的なシーンも沢山ある。
土方さんが沖田が吐血して倒れているのを見つけてしまい、沖田よりも青い顔をし、まるで土方の方が死んだような有様だと原田左之助視点で描かれるシーン。
アツくなりやすく、そこを斎藤に指摘されたこともある藤堂平助が、油小路の変にて斬られてしまい、「死にたくない」と繰り返しながらも息絶えてしまうシーン。
斎藤の、組への愛着が垣間見えるシーン。
市村鉄之助と土方さんの別れのシーン。
今、大河ドラマ新選組!にハマっている影響から様々な新選組作品を読んでおり、それぞれの解釈を感じ取っている。
この小説は、心理描写が繊細で美しいと思った。
そして、情景描写もとても良い……近藤、土方の故郷である多摩のシーンは、草や土の匂いも感じそうになった。
切なく、哀しく、時に惨いシーンもあるが、読後感は爽やかな小説だった。とても愛おしい。 -
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文学作品の中から
ある一単語を抜き出し、
それを軸に文学作品と木内さんとのかかわりを語る。
いわゆる“文豪”といわれる方々の作品は
なかなか読み方がわからなかったり、
現代人には難しい本も多いので、
そこに一定の角度をつけてくれるのはありがたい。
この本はそこでとどまらず。
最後に収録されているのは竹内浩三「筑波日記」
大正10年に生を受けた彼の
簡単な生い立ちと作品について語られた後、
軍隊入隊後の筑波での訓練に明け暮れた日々を綴った
日記が紹介される。
作らない 飾らない 騙らない
いろいろと修飾できなくもないけれど、
どれも相応しいとは思えない。
いま、そこにある、戦争というもの。
ただただ迫ってくる文だった。 -
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ネタバレ「生きとるものは、そう容易く括れんのよ」
実在の本草学者、畔田翠山(幼名十兵衛)を主人公にした、少し幻想譚も混じった歴史小説。
主人公は人との交わりが下手、自分の感情を表情や言葉にするのが苦手で、嫌いな言葉だが今ならコミュ障と揶揄されるタイプの人物。だが、その観察力や洞察力や粘り強さなど、本草を学ぶ素質に溢れており、師匠の桃洞先生はしっかりとそれを認めていて、導いていく様子はとても良い。
桃洞先生の孫、良直がまたいい味出してるんよねぇ、要らんことばっかり言うし、しゃべり方はケンカ腰が常で否定から会話を始め寄るし、どっちか言うたら彼の方がコミュ障っ気があると思うんだが…。それでも、コメディリリーフ的な役割だけでなく、表現が苦手な十兵衛の代わりに彼が何かを言うことによって、十兵衛が気付いていくことの多さもあり、いらんことを言うやつにも、それなりの役割があるんやなぁと。
生きとし生けるものは総じて自らのおかれた場所であるべき役割を果たしているんだと。それを他人の都合で、善悪や有能無能や美醜で括るのは傲慢なことだと。
そういや、花言葉なんてのは花側からすればとんでもなく失礼なもんなんやなぁ。フラハラや