木内昇のレビュー一覧
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日本人て、幕末の頃から本質的に変わってないんだなと思った。いまもまだ「攘夷」って言ってる人たちは結構たくさんいるし。
最近、欧米の歴史系ユーチューバーが日本の歴史を紹介している動画で、「日本には中国の科挙のような制度はなかった」と言っているのを見てハッとしたのだけれど、確かに、今作を読んでいても、幕末の混迷の中にあってさえ、武士階級の中からだろうが外からだろうがかかわりなく優れた人材をすくい取って、適材適所で役に立ってもらおうという考えは薄い。そして、日本ではいまだに、能力よりも血脈や派閥が一番重要なのは変わっていない気がするのだ。
坂本龍馬や薩長、新選組や幕府上層部、会津藩などが主となる、幕 -
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私は知らなかったのだけれど、主人公は実在の本草学者がモデルになっているようだ。
大河ドラマ「べらぼう」の少し後の時代(「べらぼう」で高橋英樹さんが演じた紀州藩主の次の代)の紀州が舞台になっていて、梨木果歩さんの「家守綺譚」が思い浮かぶような幻想的な雰囲気があって、とても良かった。
神道はアニミズム的といわれるけれど、植物の化身が現れたり、自然の物の中にも魂が宿っているような感覚が割とすんなり受け入れられるのは、神道にも馴染んだ日本人ならではなのだろうか。
以前に、熊野の山を舞台に、深山から深山へ移動し、良い木で炭を作りながら生きている炭焼きの人たちの物語を読んで、タイトルは残念ながらもう忘れ -
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紀州藩士の息子・十兵衛(後の本草学者・畔田翠山)は、幼いころから草花とは自在に語らうことができるのに、人と接するとうまく言葉を交わすことができずに育った。ある日、草花の採取に出かけた山中で天狗と出会ってから、面妖な出来事が身の回りで次々と起こり。
タイトルでは“奇のくに”となっているが、本当の舞台は“奇のくに”=紀伊国である。フィールドワークを行ったことから、“もうひとりの熊楠”とも言われる。本編では、あまり人付き合いがうまくないというキャラクター設定が行われているが、メンターである小原桃洞や彼のパトロンである紀伊国和歌山藩・第10代藩主徳川治宝には、しっかり実力を認められている。更にフ -
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『ダ・ヴィンチ』2025年8月号のプラチナ本。
ということで、木内昇さんの作品を初読み。
紀州藩士の息子・十兵衛(後の畔田翠山(くろだ すいざん))は、人と接するとうまく言葉が出ず、人よりも草木と語らう日々。師・小原桃洞(おはら とうどう)の下で本草学を学びその才を伸ばしていた。ある日、草花の採取に出かけた山中で天狗(てんぎゃん)と出会ってからというもの、身の周りで妖しいことが起こり始める…
江戸時代後期の紀伊国(和歌山県と三重県南西部)で活躍した、本草学者・畔田翠山が草木や友、恩師との温かな交わりをとおして成長する半生がファンタジーテイストで描かれている。
心に残ったフレーズ。
“みな -
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泉鏡花文学賞
泉鏡花文学賞授賞式にて、木内昇さんのスピーチを拝聴。
生木内昇さんはやはり素敵だった。
コロナ禍で、いろいろなことがあったにもかかわらず、今まで邪魔で、いっそコンクリートで埋めようかと思っていたほどの庭の雑草が逞しく育っているのを見て、救われたとのこと。それもあって、この作品を書かれたらしい。
また、表紙の絵は、亡くなられた友人のMAYA MAXXさんの作品とのこと。
実は、こういったファンタジー要素のあるものは得意ではないのだが、二日ほどで読み終えた。
ファンタジー要素があるからこそ、幻想的な作品に与えられる泉鏡花文学賞なのだが。
また、白山が出てくるのも、石川県とゆかり -
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紀州藩士の息子・十兵衛は、本草家・小原桃洞に習う。
地道に研究を重ね、後に翠山と呼ばれるようになる。
P118
〈抱え切れんほど大きな希求が溢れる。
その溢れたものが、こうして勝手に動き回るんや。
当人のあずかり知らんところでな〉
鬼籍に入った父の言葉。
葛をするすると伝い、天から降りてきた父親と十兵衛の会話に癒される。
人との関わりを苦手とした十兵衛が
草木を通じ人として一回りも二回りも大きくなっていく。
読んでいても安心と楽しさがある。
このように、努力を惜しまず書き(描き)残す事で
時代を超えて私たちの元へ届けられた。
木内昇さんのおかげで、今回も魅力的な人物を知ることができた。