えすとえむのレビュー一覧
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やっぱり、えすとえむ先生の引き出し、全開には程遠かった
(1)から(3)まで読んで、十分な面白さに満足し、これを維持して欲しいもんだ、と思っていた己が恥ずかしい。漫画読みってのは、調子に乗っちゃ御終い。こうやって、時たま、高くなった鼻を漫画にヘシ折ってもらわないとな
私を戦慄させたモノ、それは、この『IPPO』の主人公・一条歩にライバルが出現した点
『食戟のソーマ』や『すしいち!』、『隠密包丁~本日も憂いなし~』などの料理人が主役を努める料理系の作品と同じく、一流の職人が客の要望と向き合い、自分の限界に挑み、昨日までの己を超えていく作品には、好敵手の存在は必要不可欠なのだが、この(4)を読むま -
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ストーリーが面白い、のもあるが、人生勉強になるから読んでいるんだな、と自分で思う
『ストレッチ』(アキリ)や『まかない君』(西川魯介)のように実用性が高い訳じゃない。さすがに、靴は自分の手じゃ作れない
何と言ったら、正確に伝わるのか・・・・・・本気で働く、結果を出す、自分を磨く、ってこういうことか、そう漠然と、この『IPPO』を読んでいて思う
確かに、今、私はちゃんとした仕事に就いて、毎日、働いている
現在の仕事の、就業時間や給料、同僚との関係などをひっくるめた環境には、特に不満はない
しかし、たまに、自分の今、している仕事は誰かのためになっているのか、と考えてしまう時がある
他人に「頑張って -
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ネタバレ35歳、バツイチ、学食の「うどんのおばちゃん」。
21歳、油絵専攻、うどんしか食べない「気弱な男子」。
普段は顔も見ずにうどんを受け渡してすれ違うはず二人に、ふとした疑問が生まれたところからはじまるストーリー。
よく知らない人と向かい合った時は、情報が少ない分、あれこれと相手のことを想像してしまう。
その想像が行き過ぎてしまい、ある所で自分ツッコミを入れるようになるのは、だいたい何歳くらいからなんでしょう。食堂で交わされる想像(妄想)と、実際の行動のギャップがシュールでもどかしくておもしろい。
そして、こういうやりとりがかわいいと思えるのは、どんな瞬間なのだろう。 -
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伝わるか、伝えられるか、今イチ自信がないのだが、素直に書いてみよう、自分の気持ちに
この『Golondrina-ゴロンドリーナ-』(5)を読み終わって感じたのは、突き抜けた、ってコト
自分の中の漫画に対する評価の尺度である、「面白い」や「好き」を突き抜けたって意味も含んでいるんだが、何と言うのか、えすとえむ先生自身が、漫画家としての殻、一人の人間としての限界を越えた、そんな風に感じられる内容だった
1巻から4巻まで読んで、何度も心が打たれてきたが、「ぶわっ」、そんな男が聞こえたと錯覚するほど、一気にコミックスを持つ手から腕が粟立ったのは、この漫画では初めてだし、芸術そのもの、それに関わる人間の -
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物語の殆どで、チカの目は死んだようになっている。
ヴィセンテの“事故”を受け、闘牛が思い通りにならないもの、死よりも怪我により目的を見失って生きる可能性があることに恐怖するチカ。
反闘牛活動家シンガー・ジョラとの関係は、マリアのそれと似て、まるで物語の始まる前に回帰、或いはそれよりも悪化した「死」に近い状態だった。
スペインにおける闘牛批判にも踏み込んだ巻。
それに対するチカ(えすとえむ氏)の闘牛観は彼女だからこそ言える、自分の存在を叫ぶものだった。
生と死の遊戯、牛を殺す事だけが目的ではない闘牛。
闘牛の本質に切り込み、肯定も否定も踏まえた上での達観に感嘆した。 -
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ホントに、この先生の画、線には背筋がゾクッとさせるものがある
怨念っつーと語弊があるかも知れないが、キャラが何かに対して執着してるからこそ、強く発せられる生気が、線から薄く立ち昇っているように思える
そんな画に加え、ストーリーがまた、リアル
闘牛士、その職業を丁寧に紹介しているだけでなく、生きている一つの生物を傷つけるべく正対している一人の人間の心理を、必要以上に浮き彫りにしている
少しでも気が沈んでいるタイミングで読むと、自分が闘牛士でなく、刃を向けられている牛であるかのような錯覚に囚われ、頭の奥に鈍い痛みを感じてしまうだろう
えすとえむ先生は、確実に、私達、読み手の心臓に切っ先を突きつけて