遠藤周作のレビュー一覧
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ネタバレ・最初は完全に殉教の物語だと思って読んでいたが違った。
・「棄教した」という結果だけを見ると、その弱さや心神深くなかったのだろうと判断していた。「残念」という気持ちの方が強かった。
・でも読み進めるうちに、その背景や、その人の心の中にあった信仰心や葛藤なんて、本当は他人が簡単に分かることができるものじゃないんだよな、と思わされる。
分かろうとすること自体が、むしろ傲慢。
・だからこそ、その内面の奥深くまで含めて、そこでも赦してしまうキリストの存在が、すごいというより「敵わない」という感覚に近かった。
それこそが無償の愛なんだけど、同時に少し怖さすら覚える。
・特に印象に残ったのは、
教 -
Posted by ブクログ
ネタバレこんなに悲しい悲劇的な小説もないというほど悲しいが、文句のつけようのない面白さだった。
イエスという未知の大きな存在、それらに惑わされ翻弄される人々、想像もしていなかった世界に対する戸惑い、これらが全て余す事なく表現されており、続きが気になって仕方なかった。風景や船旅の描写もとても素晴らしく、どれだけ過酷で残酷であったのかが分かりやすく伝わった。大袈裟な表現は一切ない。あれが現実なんだと心から納得させられる、だからこそ辛い感情もたくさんあった。
この作品の登場人物達に何か共感する事などとてもおこがましく感じる。日本とは狭く小さな国だと自分たちが言うのと、当時の侍が言うのでは重みが違う。
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あくまでユダヤ教の一派、それも異端派として十字架にかけられたイエスはもういない。存命中に関わった人間と、人間としては関わりが無く信仰の対象として伝えられた人間とが発生する。見聞きしたか、聞いたかで神格化の度合いは異なってくる。発生発展展開の時代がやってきた。
キリスト教がヨーロッパを席巻した後にも、宗派の違いで異端にされたり、火刑にされたり、戦争になったりってあったよなというのを踏まえると、人それぞれがキリスト教の中から信じたいエッセンスだけ抽出して、形作って固めて唯一無二にするみたいなことになるんだなって、解釈の違いってやつ?
最初期にも解釈違いが起こってた上に、"総本山&qu -
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名作。
胸が熱くなり、最後は涙が出そうだった。
死を迎えるためにガンジス河へ向かう、貧しく苦悩に満ちたヒンドゥー教徒たち。
ガンジス河は人生を、罪を、そして死を流していく場所で、生と死がそこで交わる。
全てを優しく包み込む深い河。愛に満ちた河。
本書にはキリスト教、ヒンドゥー教、仏教が登場するが、特に大津の思想が強く印象に残った。
神は多面的であり、どの宗教にも存在すると語る彼は、周囲から異教徒とみなされてしまう。
宗教の違いで争いが起こるこの世の中で、私は無宗教だからかもしれないが、大津のような考え方があってもいいのではないかと思った。
人生で一度は、聖なるガンジス河、そして飢えと病苦と -
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名作だった。
戦時中、捕虜となった白人を生体解剖するという、倫理的問題を真正面から描いた作品。
実際の事件を基にしている。
どうせ死ぬ命なら、実験で多くの人の役に立てるほうが良いとして行われた行為に対し、勝呂医師は深い葛藤を抱く。
一方、戸田医師は自分には心がないのかと良心の呵責を求めて実験に参加するが、恐怖も罪悪感も湧かない自分に気づき、諦めにも似た無感情な境地に至る。
時代背景や環境の影響が、人の倫理観をどれほど左右するのかを考えさせられる。
著者の遠藤周作はクリスチャンであり、キリスト教には明確な倫理規範があるが、日本人にはそうした指針が乏しいため、流されやすいのではないかと彼は考えて -
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第二次世界大戦中の1945年に、福岡県福岡市の九州帝国大学(現九州大学)医学部の解剖実習室で、アメリカ軍捕虜8人に生体解剖(被験者が生存状態での解剖)が施術された事件を元に書かれた小説。解剖実験に疑問を抱く勝呂、逆に全く疑問も良心の呵責もない戸田という2人の研究生を軸に話が進む。
戦時中の人体実験が、731部隊以外にも国内で行われていた事実にまず驚いた。
異常な状況下において正常であろうとする者、自分が異常であると認識しつつも正常にはなれないジレンマに苦しむ者、異常であることに気付いてすらいない者、様々な人間の心模様が交錯する。戦後80年の節目に読めて良かった。 -
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正確には「作家の」日記ではない。フランスでの2年半の思索と模索の記録。研究者か小説家か評論家か、道はまだ定まっていない。
場所はルーアン、リヨン、そして時々パリと田舎の町や村。部屋には師や友人たちがよく訪ねてくるし、お茶や食事にも頻繁に招かれ、忙しい毎日。しかし本務は勉強と研究、心は時に静謐、孤独な修行僧のよう。持ち前のおどけや冗談は一切感じられない。モーリアック、ベルナノス、ジッド、クローデル、サルトル、ボーヴォワール、カミュ、マルロー、フォークナー……興味の赴くままに読み耽り、真摯にものごとを考える遠藤青年がいる
日記には、天気や風景の描写もあり、その時の空気や日差しも感じられる。どこか朝