上念司のレビュー一覧
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通貨高
・変動相場制の国において、為替レートは中央銀行の政策スタンスによって、ほぼ決定する。
お金をたくさん刷れば通貨の希少性がなくなり、通貨安となる。
お金を刷ることを止めれば通貨の希少性が高まり、通貨高となる。
・通貨高が進むと大多数の人が損をし、過度に進むと国民のほぼ全員が損をする。
・輸出企業は、現地における製品の相場に合わせて、販売価格を決定する。
そのため、通貨高になっても販売価格は変わらないため、外国通貨ベースで売り上げは変化しない。自国通貨に換算すれば、売り上げは大きく減少する。
利益については自国からの部品などの仕入れ価格が通貨高によって上がってしまうため、外国通貨ベースで見ても減ってしまう。通貨高では輸出企業は儲からなくなってしまう。
・通貨高によって国内でモノを作ることは割高となる。
すると多くの内需系製造業は、労賃の安い海外でモノを生産したり、海外産の製品を輸入したりした方が、儲かることになる。
国内の生産を縮小すれば、その分だけ労働者の賃金が減り、人々の財布の紐は固くなる。
内需の減少である。
・輸出業者と内需関連業者のマイナス分を輸入業者のプラスで埋め合わせることはできない。
輸入業者の仕入れ価格は通貨高になると安くなる。
しかし、それを販売するための店舗の賃料や人件費は、もともと自国通貨である。
したがって、為替レートに関わらず一定である。
さらに輸出業と内需関連産業が不振に陥った分だけ、経済が縮小する。
・そのため、いままでどおり商品を売ろうと思ったら値下げをするしかない。
このとき、通貨高で得した分を吐き出さざるを得なくなる。
そして、過度な通貨高は海外の高級ブランドにとっても大きなマイナスとなるのだ。
・基軸通貨であれば、お金をするだけで、世界中の産品を取り寄せることができるか?
不可能である。国民が働かずに、紙幣だけを海外製品と交換することはできない。
そういうことをしていると発覚した瞬間、その通貨の価値は、各国通貨に対して暴落する。
紙幣の交換価値はほぼゼロとなる。
世の中、そう甘くはないのだ。
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「国益」<「省益」志向の売国共
「財政再建派」(=健全財政派)の看板を掲げる財務省は「失われた20年」どころか、それを更に更新しようと躍起に成っている。
政治家が言う「積極財政」など「自分達が選挙で落ちたくないから、国民に媚びを売っている」としか見ていないのだろうが、この20年以上、そうした不毛な争いの末、どっち付かすの中途半端な財政政策を続けた為、日本の国力がドンドン低下している現在、彼等は何故そこまで「財政再建」に拘るのか?本書もそうだが、互いに自分達の主張をぶつけ合うばかりでは、話は進展しない。財務省への悪口も同様で、子供の喧嘩に等しい。
国力が低下し、国内経済が立ち行かなくなっても、「借金の無い健全な財政に戻せば、自ずと経済力は戻ってくる」と、彼等は本気で考えているのだろうか?その時点で、税収が激減していたとしても…?
国家公務員の中でもエリートと呼ばれる彼等が、何故「国益」よりも「省益」を大事にするのか?何故、自国を守る防衛力を忌み嫌い「最低限度」や「国債は使わせず増税で賄え」と、平気なすまし顔で言えるのか?そしてその考えを、首相に押し付けられるのか?
「自国を滅ぼしたい」とでも思っているのか、最早怒りや憤りを超え、嫌味でも何でもなく心の底から疑問である。
どっちみち何を言ったとて国民から忌み嫌われている省庁の代表なのだからw、建前論やおためごかしは抜きで、本当の胸の内を一度シッカリと聞かせてもらいたいものだ。
その時には「円」や「日本国債」の国際信用度への認識も併せて、事務方トップが国民へ「自分達の本意」を正直に語らせてあげるべきだと思う。これ以上喧嘩ばかりしていても、わが国は自滅するだけなのだ。 -
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脆弱なマネジメントに対して
・「脆弱なマネジメント」による優柔不断な経営は、常に現場の頑張りによって支えられている。しかし、負担に耐えかねた現場は反乱を頻繁に起こし、場合によっては暴走が止まらなくなることもある。これは組織における永久運動みたいなものだろう。
・転職とは、「ただ新しい組織に移ること」であって、「組織を抜ける」ことにはならない。
・資格取得も、スキル獲得も、結局は脆弱なマネジメント組織から逃れることにはならない。
準拠する法律や、監督官庁、資格ホルダーたちの組織(ギルド)のしがらみから逃れられない。どんな仕事も、何らかの形でどこかの組織のお世話になっているからだ。
・「世捨て人」として生きられるかどうかは、「無収入生存月数」によって決まる。
無収入生存月数=純資産÷人間的な生活を送れる最低限の月収
ここで算出された月数をこえると、ホームレスとして、生きることを余儀なくされる。
・独立とは、会社の「外注業者」になることである。守ってくれる組織がない分、約束を守ること、相手に迷惑をかけないことなどについて、一層気を使うこととなる。
・組織に残って改革するなら、問題は「自分が誰か」である。「正論」を通すためには、まずは現状の枠組みの中で成果を出し、マネジメントに実力を認めさせないといけない。
・脆弱なマネジメントが完全に機能不全に陥ったとき、現場の反乱がきっかけとなって大きな改革が始まることもある。
・デフレ不況では、正しいことをやっている人ですら潰れてしまう。
マクロ経済の好転は、組織に残って改革を進める人に勇気を与える。
より多くの転職先があるということで、自身の行動をバックアップする。
辞表を胸に、改革に取り組める。
成功するまで続けることができる。
・業界自体、既に終わっていると確信したのなら、早々と見切りをつけ、多業種に転職した方が良い。
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住まいと医療の問題
一部ご紹介します。
・「金持ちは資産を買う。貧乏人の家計は支出ばかり。中流の人間は資産と思って負債を買う」
「資産は私のポケットにお金を入れてくれる。負債は私のポケットからお金をとっていく」
・不動産物件は、購入した瞬間、「固定資産税」「維持費」という負債が発生する。
そして、経年劣化により、物件の価値は下がっていく。瀟洒な家もいつかは「古びた家」「冴えないマンション」に変わり果ててしまう。
・不審な人が近所に住んでいなくても、経済情勢の変化や体調悪化で、住宅ローンの返済計画は大いに狂ってしまう。
賃貸マンションなら、そうしたときでも、すぐに逃げ出すことができる。
しかし、マイホームを購入してしまった人は、その場から逃げ出すことができない。
逃げることができたとしても、物件の所有権は自分に残る。固定資産税や修繕積立金を、住んでいないにもかかわらず、払い続ける義務が残る。
・マイホームを買うことと、株式を購入することに、リスクの差はほとんどない。
景気が良くなれば株は儲かる。住宅ローンも破綻しない。それだけのことだ。
・賃貸マンションに暮らしていた場合、病気やリストラにあっても、即座にもっと安い物件に引っ越せる。ローンも残らない。将来のリスクに対応しやすい。マイホームを買う方が、最終的に賃貸マンションを借りるよりも割高となる。
住宅ローンに伴う金利負担、固定資産税、修繕積立金、物件の経年劣化のためである。
・空き家になるような家など、つぶしたほうがいい。補助金を投入しないと住宅市場で相手にされない物件など、存在してはいけないのだ。
・テクノロジーの進歩に伴って、医療も高度化する。より複雑になり、費用も高くなる。
・DPC(診療群分類別包括払い)とは、特定の病気に対して、入院一日当たり一定額を支払う制度である。この制度の下では、なるべく余計な検査、投薬、処置を減らしたほうが医療機関の利益が増える半面、過少診療のリスクがある。
・重要なのは、科学的根拠に基づいた治療だ。エビデンス(科学的根拠)のない診療はかえって有害だ。
・高齢者の介護に必要な一定の医療行為を、看護師やヘルパーに任せる。
高齢者は一定の助けを得ながら、自分で「特別な住居」という福祉住宅で自立して生活させるべきだ。 -
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上念氏の本は以前から読んでいたのですが、最近ネットにて「経済で読み解く日本史」のシリーズとして全5巻セットが文庫本で出ていることを知りました。文庫本なので持ち運びがしやすく、どこででも読めて助かります。
最後に読んだ五冊目は、江戸時代③です~
以下は気になったポイントです。
・有史以来、日本経済においてあれほど大きな存在感を示した寺社勢力は、江戸時代に入って没落した、その理由は秀吉の治世から日本が独自に通貨を発行することになったから(p2)
・日本は大東亜戦争の最中であっても憲法は停止せず、選挙も実施されていた。憲法停止、権力をすべてヒトラーに集中したドイツとは異なる(p34)
・危険な思想、人が支持されたのは、経済がぐちゃぐちゃになって皆が破れかぶれになったから、経済が悪くなったのはある理由により貨幣不足となりデフレになったから(p38)
・江戸時代の特徴、1)400万石(徴税権)の徳川家が3000万石の日本全体を治めた、2)管理通貨制度、官符の捺印により民間に通用させた、3)百姓な農民でない(p45)
・このまま石田三成にまかせていたら、自分たちの利権が危ない、と感じた大名たちが徳川家康を担いで、まさに農民から都市を包囲し、権力を奪取した(p67)
・徳川三代が浪費した資金は、鉱山から掘り出した金銀を鋳造して新しく作った金貨、銀貨、つまり大規模な金融緩和と財政政策を同時に行ったことになる。1932年の高橋是清による日銀国債直接引き受け、2012年のアベノミクスの金融緩和と同じ効果があった(p71)
・2枚の慶長小判を溶かして、3枚の元禄小判をつくる。元禄小判には慶長小判の3分の2しか金が含まれていないが、交換レートを1:1にすることで貨幣量が1・5倍となり、増加分を幕庫に納入できる、通貨発行益(シニョレッジ)が得られる。(p81)
・新井白石は、家宣の遺命だと事実を捏造して、金銀含有量を慶長時代にもどした、これにより激しいデフレ、景気の低迷となった(p90、93)
・水野忠成が老中首座になると、緊縮モードからリフレ政策へと転換した、1818年には80年振りとなる「文政の改鋳」が行われた、1834年までに何度も改鋳と行い、江戸に空前の好況訪れた、これが化政文化というものの正体(p101)
・物価の高騰よりも、幕府内の権力闘争によって老中構成が変わることで「リフレから緊縮へ」何度も経済政策が転換されたことが、真の問題であった(p102)
・江戸、大坂の中心地10里四方にある大名、旗本領を、その外側にある天領と交換する方針を固め、上知令(1843)を発布したが極めて評判が悪かった(p108)
・鎖国をすることで、資本取引の自由がなくなったかわりに、金融政策の自由(貨幣を自由に発行してインフレをコントロールする)を手に入れた。室町時代に改鋳により空前の好況が起きたのは、鎖国という資本取引規制のお陰(p183)
・4代将軍(家綱)以前は生産性が低く、年貢と自家消費で作物がなくなったので、一般人は人的担保しか使ってもらえなかった、「質入借金=質権設定」は、金利はゼロの代わりに質にいれたものから発生するキャッシュは全て取られた(p139)
・「書入借金」は、抵当権設定と同じで、寺社・武士・商人などのように資産を追っている人が使えた、これには金利がついた(p139)
・東回り航路とは、江戸、小湊、銚子、那珂湊、平潟、小名浜を経由して、荒浜(宮城県)に至る航路で、徳川家の天領と江戸を結ぶルートである(p159)
・川村瑞賢は、東回り、西回り航路、淀川河口の改修等、様々な公共事業を行った、インターネットの登場が私達の生活を変えたように、全国の港湾ネットワークをつなぐことで、江戸時代の経済や暮らしを大いに変えた(p161)
・江戸の三大飢饉は、享保(1732-33)、天明(1782-88)、天保(1833-37)だが、最も大きいのが100万人近い人口減少をまねいた天明の飢饉(p163)
・(貯蓄ー投資)+(税収ー財政支出)=輸出ー輸入(p199)
・藩札は、金だけでなく、銀やコメなど多様な資産を裏付けとしていた、日本人が明治維新以降、国際的な通貨制度にいち早く順応したのも、藩札という蓄積による(p205)
・諸藩はアルゼンチン、藩札はアルゼンチン・ペソと考える、金貨銀貨建ての債務はドル建て対外債務、諸藩が債務を返済する場合は、「輸出」をして金貨銀貨を獲得するほかはない。そのためには、屋内において金貨、銀貨の流出をおさえるために緊縮財政が必要となる(p208)
・長州藩と薩摩藩がやったことは、グットカンパニー(藩主の個人のお財布=島津家)、バットカンパニー(藩の公的なお財布=薩摩藩)という会社分割を、誰にも気づかれないようにやった、借金のリスケと緊縮財政は藩の財布に付け回し、殖産興業の儲けは藩主個人の財布に入れた(p215,224)
・天保一分銀は「一分」と刻印されているだけで、銀の含有量換算では本来12.5枚必要なところ、4枚で金貨1枚と交換できた、刻印により銀貨の価値を3倍増させていた。これは現在私達が使っている紙幣と同じ、これは海外から銀貨(メキシコドルラル)を持ち込んで日本の銀貨に両替するとたちまちその価値が3倍になる現象を起こした(p232)
・これを防ぐために、開港日の前日である1859年6月2日に「安政二朱銀」という貿易用の特殊通貨を発行した、安政二朱銀は天保一分銀に比べて銀含有量が1.5倍ある。メキシコドルラルの価値を、天保一分銀に対して3分の1に落として、適正な為替レートを実現するはずであった。これは昔の中国の兌換券(おつりを人民元でもらうと、兌換券には戻せない)と同じしくみ(p238)
・藩札は3倍に発行量が増えたが、銀貨は金流出のために9倍に増えたので、藩札の方が少なく価値が上がった。これが藩札の価値が安定していた理由(p249)
2019年11月23日作成 -
Posted by ブクログ
上念氏の本は以前から読んでいたのですが、最近ネットにて「経済で読み解く日本史」のシリーズとして全5巻セットが文庫本で出ていることを知りました。文庫本なので持ち運びがしやすく、どこででも読めて助かります。
第二冊目は、明治時代④です~
以下は気になったポイントです。
・明治4年の新貨条例は、新しい通貨単位を「円」として、金1.5グラムを含有した1円硬貨を発行した、これは当時のアメリカ1ドルであった、当時の基軸通貨だったメキシコドルラルと同量に定めた貿易決済用の一円銀貨を鋳造した(p49、51)
・明治3年の米価が1石9.30円であったが、新貨条例が制定されて5.63円に大暴落している、これは大幅な貨幣不足によるデフレ圧力である(p52)
・藩によっては藩札の価値もさほど落ちていない、ワーストケースの鹿児島で3割を維持、尼崎、米沢等は額面を維持している。多くの藩札は銀貨に連動していて、銀の大量流入により銀価格が暴落したのでバランスを保った(p57)
・太政官札の回収、金貨銀貨藩札の回収が完了して、すべての紙幣が「明治通宝」に統一されたのは明治11年(p58)
・新政府は平和的に領地を手放すために、各藩の債務を肩代わりするという提案をした、1843年以前のものを旧債、1867年までのものを中債、明治5年までのものを新債とした、全体の8割程度は切り捨てられた、外債は現金で償却された(p64)
・明治4年4月(1871)に、土地永代売買を解禁(私有財産化を許可、地券の交付、売買の自由化)、10月:人身売買の禁止(p79、80)
・1871年に清国との間で締結した日清修好条規は完全な平等条約、朝鮮との条約が不平等条約だったのは、当時の朝鮮は清国の属国であったから(p108)
・秩禄処分において、220石以上の階層は、金利6千万円(5%)だが、22石未満は60万円程度(p115)
・貿易黒字とは、国内の需要が減少し生産力が余っている状態を意味する(p133)
・1ドル=1円で始まったドル円相場、1900年には2円程度になった、銀貨価格の下落により為替レートの切り下げ、西南戦争にともなう金融緩和(p139)
・1795年のナポレオン戦争によりオランダがフランスに滅ぼされると、オランダ王(ウィリアム5世)はイギリスに亡命、これによりイギリスはオランダの植民地の侵略を開始、ケープタウンもその一部(p149)
・1897年に日本が金本位制に移行した最大のメリットは、これにより日本国債への投資において為替リスクが回避できること、日本の正貨(ゴールド)が減るとは、現代風にいうと外貨準備高が減っていることを意味する(p183,195)
2019年11月17日作成 -
Posted by ブクログ
ネタバレ室町時代に続き発見が多く非常に面白かった。
歴史の教科書やドラマでは、「室町時代は武家の幕府があったものの権力を握ることが出来なかったが、戦国時代を勝ち残った信長・秀吉により天下統一された。信長・秀吉は偉大。」程度の描写であると思う。
しかし、当書を読むと信長・秀吉の天下統一は様々なパラダイムチェンジを伴う改革であることが分かった。
そのパラダイムチェンジとは、長篠の戦いにおける鉄砲隊の三段撃ちではなく、経済的な部分と、武士と大名の考え方であると思う。
室町時代において武家が力を持ちきれなかったのは、寺社仏閣が経済を握っていたからだ。
関所を設けて貿易を取り仕切り、貿易から得た通過で中央銀行の役割をする。
経済的な背景と僧兵による武力を持っていた。
これは、武家が武力を持ち征伐などをすることが出来ても求心力は寺社仏閣にあり、バランスを取り上手く立ち回っている場合には政策も安定するが、バランスが悪くなったり、どこかの勢力が強くなってしまうと対抗できなくなる状態であったのだと思う。
信長の経済における功績は、この神社仏閣の行なっている関所や貿易など資金を抑え、経済と政治を包括的に行なっていったことだと思う。
また、武家側の改革として荘園の石高見える化として行なった検知は、画期的なことだったのだと思いました。
というのも、それまでは武家の明確な評価も行われず、優秀な武将に遠征させようにも自分の領地が遠いなどの問題が起こっていた。
秀吉による朝鮮出兵も納得の行くロジックであった。
信長が創業者なら秀吉は経営者だったのかもしれない。
同じパラダイムの中で動く分に優秀であったが、異なるパラダイムにおいて立ち回れることが出来ずに、日本で成功したから海外に出ていって失敗する企業と同じなのかもしれないと思った。