上念司のレビュー一覧
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1.何をもって日本の経済を1位と言っているのかを知る
なぜ借金説が蔓延しているのかを知る
2.日本政府の資産は約700兆円にのぼり、このような国は珍しいとされている。日本の財政に対してのイメージは、「財政赤字なので増税して税収を増やす」「財政縮小をして赤字を削減する」といったイメージが強いと思われる。しかし、それは財務省と手を組んだマスコミの報道操作によるものである。実際のところ、日本の財政は完ぺきではないものの、世界的にみても多くの資産を有している国である。なぜ、日本の財政=困窮というイメージが根強いのか、情報操作をどのようにして行っているのか、実際に公表されている統計を基に、著者が数々の疑問を明らかにしていく一冊となっています。
3.まず、日本政府が持っている資産の大半は有価証券・預貯金であり、これが70%近くを占めている。つまり、すぐに換金できる資産ということです。財務省が提示している貸借対照表を見てみれば一目瞭然で、これを基に様々な報道のウソを見抜くことができます。日本のように多く資産を有している政府は珍しく、これを見る限り財政に苦しんでいるようには見えないです。なぜそうまでして嘘の情報を流すのか。それは、官僚たちが得をするからです。また、マスコミは官僚に逆らえば情報が取れなくなり、記事が書けなくなります。記事を書くためには、官僚の犬として働くしかないということです。
おそらく、どこの国でもこのような関係性は長年続いているのでしょう。国民はこのような関係に気づき、嘘を見抜ける眼を養っていく必要があります。世界的に見て日本人はお人よしが多く、政府の言いなりになっている印象があります。自分たちの生活を守るためにも、自分で力をつけていかなくてはならないと感じました。 -
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ネタバレ室町時代の宗教は何をしていたのか?が面白い。
今の宗教観とは全然違った。
お金は銅銭が流通
銅銭は国内で鋳造されたものでなく、隣国、明から輸入していた。
明と貿易をしていたのは僧侶だった。
僧侶は仏教を持ち込んだのと同時に貿易商人でもあった。
国内のものを持ち込んで銅銭を手に入れていた。
お金持ちの僧侶は将軍家へ貢物をし、代わりに荘園や貿易を許可してもらった。
荘園とは税の徴収がない土地
僧侶は貿易商であり、金融業、不動産業を営んでいた。
禅宗である臨済宗、比叡山の天台宗、浄土真宗が活躍
しかし、明国内は銅を掘りつくし銅不足になり、銅銭が作れなくなったので、
貿易制限をかけた。
そうなると日本国内にも銅銭の流通がなくなり、物を作っても買う金がなく、
デフレに陥る。
将軍家は跡取り問題、側近同士の揉め事でグダグダ
そうなると、幕府の力がなくなっていき、荒れ始めていく。 -
ネタバレ 購入済み
印象操作にご用心
一部ご紹介します。
・デフレ:モノとお金のバランスがお金不足により崩れること。2年以上連続して物価が下がり続けること。
・デフレ継続→物価下落→財布の紐固くなる→支出の先延ばし→モノ売れなくなる→給料安くなる→デフレ継続
・デフレ→就職難、中高年のリストラ、心の病、自殺
・デフレ→サービス残業、ブラック企業、住宅ローン破産
・経済成長に見合った物価上昇は不可欠
・金融緩和+財政出動がデフレ脱却の鍵
・借金があっても、それを上回る資産があれば、純粋な債務はゼロだ。目的が明確で、返せるあてのある借金は正義だ。
・日本政府の負債(借金)=1400兆円(2017.3)=日本政府の資産とほぼ同じ
・日本のGDP(毎年の稼ぎ)=500兆円
・日本の財政健全化は達成済み=増税の必要なし
・新聞を読むときの注意点:ヘッドラインだけで記事の内容を判断しない。印象操作が仕組まれているからだ。
・官僚と記者の関係は、教師と生徒に等しい。そのため、官僚の都合の悪いことは、マスコミ報道にまず出ない。
・財務省がマスコミを手なずける→マスコミが緊縮財政、増税賛成に世論誘導する→景気悪化、自殺者急増→過激な思想の流行、治安悪化
・ヘッジファンド推奨銘柄は絶対に儲からない。「おすすめ銘柄」の実態は金融機関のポジショントークだからだ。
顧客に「買い」を進めておいて、金融機関はその裏で「売る」のである。
この手のポジショントークの最大の問題点は、「経済メディア」がノイズの増幅装置になっていること。
引用記事は、ネタ元の職業やビジネスモデルまで掘り下げて読み解かないと危険だ。
・医療費の削減:テクノロジーの進化を医療サービスに反映させること。
医師と看護師でないと絶対にできないこと以外は、他業種の人間と機械にやってもらう。
それまで医師しかできなかった処置を看護師でもできるようにする。
看護師がやっていたことの一部をヘルパーでもできるようにする。
それによって、少し医療的介護をすれば普通に暮らせる高齢者を、病院から家に戻す。
・消費税は社会保障財源にはなり得ない。消費税とは、モノやサービスの購入に対する罰則のようなものだから。
無理やりそうすれば、むしろ社会保障制度が立ち行かなくなる。社会保障財源は、公的保険+累進課税でまかなうものだ。
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諸外国との関わりが一層意味を持ってきた大正・昭和時代。戦争や内政の混乱などの原因の一つに当時の金融システムの脆弱性があった。それが本シリーズを通して議論されている金本位制。当時はグローバルスタンダードだったこの制度をどうして当時は積極的に採用していたのか。貨幣の天井が決まっているから、生産性の向上に対して十分なカバーができず、デフレを誘発してしまう。その結果困窮した庶民による過激思想や暴力行為に繋がる。戦争や共産主義のデモ行為などはそうして起こってきた。
中学、高校では暗記科目であった、当時の出来事の裏を経済の流れを汲み取って理解できる本です。 -
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最近では「ニュース女子」の司会者としても活躍している筆者は、保守論客というより怒れるご意見番といった立ち位置になるのでしょうか。説得力がある断定的な発言は気持ちいい。本書が書かれた2018年11月時点で、政府の増税政策は間違っていると警告していますが、ご存知のように2019年10月に10%に引き上げられ、彼の警告通り日本経済はパッとしません。馬鹿の一つ覚えの増税バカ財務省、補助金漬けの農業、偏向したマスコミ、最後は税金にたかる無能な日本の銀行、役所のおかしな規制が病院や保育園経営をダメにしている、もはやプロパガンダ機関紙と化している朝日新聞・・などが俎上に上がります。そして、これらの問題に共通するのは、役人の権利拡大や維持(天下り先や接待先確保や省益のため)のために保持されている岩盤規制という時代遅れな遺物です。
今最も「朝生」でみてみたい論客の一人です。
最後に、P5「対局」は「対極」の校正ミスだとおもわれますので、至急訂正をお願いしたいものです。 -
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偏向思考が著しいが良いことを言ってる点もある。 安倍政権重用思考で消費増税反対が繰り返し表明されてるが、なぜ安倍政権下で増税が成されたかの解説など必要だったのでは?? とりあえず言葉使いを正した方が(蔑称を使うのは言わずもがな)、文書としての信頼度は増すのでは・・
各省庁の腐敗ぶりは目に余るものがあり、国民は皆呆れている。エリート官僚にはまず道徳の教育が必要。 ムダだらけで構造改革ゼロの状態でありながら、少子高齢化だから増税やむなしと信じてる国民が多いのは、完全に日本人平和ボケ。 最も成功した社会主義国家なだけあってまだまだ裕福な人が多く、危機感も無いので中道派が多数だからしょうがない。財政赤字が誇張されて増税の機運が煽られてるが、国有財産などが加味されていないなどのカラクリは周知されつつある。
本書で挙げられてる岩盤規制はホンの一部にすぎず、世界的にスタンダードとなってるAirBnBもウーバー(白タク)も日本ではダメ。 価格競争が促進されて利用者利益となるのに、既得権益が優先される。 こんな規制ばかりではソフトウェアが技術革新を担うこれからの国際競争に勝てない。
テレビや新聞に関してはネットにやられるばかりの先細り産業であるのは必至。記者クラブで良しなにしてきたから取材力もない。
少子化の割に待機児童が増えて行くメカニズムは勉強になった。結局は制作側の無能・無策に起因している。 NHKは海外ドキュメンタリーの輸入も実施しているので貴重な存在だったが、ネットで観れるようになりつつあるんで、ネット普及率がかなり上がってきたら不要なのでは・・欲しい情報は個人が必要に応じて得られる訳だし、大災害があればテレビ観れないし・・ -
Posted by ブクログ
面白かった。
あとがきに書かれている様に学校で教えられる歴史では経済的側面があまり説明されておらず、歴史的事件のそれぞれの当事者に関わる経済的インセンティブを意識することが少ない。しかし例えば比叡山延暦寺を単なる宗教団体と捉えると後に織田信長に焼討ちされる意味が分かりづらいけど、宗教団体が国内外の貿易交易を担っていて財力を蓄えていてそれを守りさらに広げていくための軍事力を当然のように必要とした、と考えると社会の中での立ち位置が途端にわかりやすくなる。さらに様々な関係者を利用し利用されて、と言った権謀作術もそれぞれの持つ機能や能力を見通すとわかりやすくなる。自分の無知も含めて色々と腑におちることが多かった。
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上念氏の本は以前から読んでいたのですが、最近ネットにて「経済で読み解く日本史」のシリーズとして全5巻セットが文庫本で出ていることを知りました。文庫本なので持ち運びがしやすく、どこででも読めて助かります。
第四冊目は、大正・昭和時代⑤です~
以下は気になったポイントです。
・大東亜戦争の発端は、日露戦争の戦後処理にあった。あれだけ協力してくれた英米との約束を反故にして、満州の権益を独り占めにしようとした(p2)
・本シリーズの一貫したテーマは、「人々は経済的に困窮すると、ヤケを起こして普段は見向きもしないような過激思想に救済を求める」(p6)
・金の生産量が人間がつくる商品よりも不足して金(ゴールド)の価値が高くなるのが、デフレである。デフレとは、モノとお金のバランスがお金不足によって崩れること(p7)
・戦前の交換レートで金本位制に復帰するには、すでに大量に発行してしまった貨幣を吸収して減らす必要があった、貨幣を吸収するには利上げが必要、しかし利上げをすると不景気になる。利上げにより人々が貯蓄を選好すれば景気は悪化する(p9)
・第一次世界大戦の終結から昭和恐慌に至る間に経済が低迷した本当の原因は「デフレ」であること、インフレではなく、デフレであることが重要(p25)
・植民地獲得の主な目的は、1)増加する本国人口のはけ口、2)原料の供給地、3)過剰に生産される製品を売りさばくための市場、である(p33)
・鉱山ビジネスに参入してきたスタンダードオイルのロックフェラーは、新たな鉱山を購入するたびにハインツとの泥沼の訴訟に巻き込まれるので、1906年に1200万ドルの大金を払ってモンタナのすべての権益を購入した(p57)
・第一次世界大戦の東部戦線において、1908年3月にロシアのボルシェビキ政権との間で「ブレスト=リトフスク条約」を締結し、ドイツ・オーストリア・トルコ連合軍の勝利が確定、フィンランド・エストニア・ラトビア・リトアニア・ポーランド・ウクライナは独立できた(p80)
・ハイパーインフレとなる条件、1)生産設備の徹底的な破壊、2)労働力の中長期的な不足、3)高額紙幣の大量発行(p109)
・旧平価での金本位制復帰とは、1ドル2.5円だったのを、25%円高の、1ドル=2円(デフレ志向)で復帰すること(p121)
・ゴールドが大量に流出したときにイギリスができることは2つ、1)減少した金の量に合わせて貨幣量を減らす、デフレを引き起こす、2)金とポンドとの交換を停止する=金本位制の離脱(p155)
・日銀の直接の国債引き受けについて大事なのは、この政策により貨幣量が今後も増えていくという期待の形成である、それで得た財源(財政政策)はおまけ(p165)
・ヒトラーは政権発足からわずか4か月で一党独裁を実現した、ドイツという国家よりもナチスという政党が上にあるので、ファシズム体制と呼ぶ(p180)
・日本はなぜ高い関税をかけられても日本製品の輸出が伸びたか、その理由は為替レートの大幅な切り下げにある、金本位制を離脱したことで100円=13ポンドが、5ポンドにまで急落した(p183)
・太平洋戦争の敗戦によって受けた日本の被害総額は、1340億円で、当時の国富(正味資産)総額の41%であった、失業者1000万人(p204)
・日本は1973年に変動相場制に移行したので為替介入はしないと約束したのであったが実際には輸出企業の衰退を恐れてやっていた、やめた途端に、為替は250円から120円となった(p253)
2019年11月17日作成 -
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上念氏の本は以前から読んでいたのですが、最近ネットにて「経済で読み解く日本史」のシリーズとして全5巻セットが文庫本で出ていることを知りました。文庫本なので持ち運びがしやすく、どこででも読めて助かります。
第一冊目は、安土桃山時代②です~
以下は気になったポイントです。
・デフレとは、需要そのものが喪失しまったのではなく、人々の需要がお金に向いてしまっている状態のこと。つまり人々はお金を貯めることに熱心で、モノを買うことには消極的になるのでモノは売れなくなる(p12)
・日本国の財政状態はIMF財政モニターによれば日本の純債務はゼロ、債務総額1000兆円とは、貸借対照表のわからないド素人が増税したい官僚の言い分をコピペしているだけ(p15)
・戦国大名たちは淘汰されることで大型化し戦争は大規模化していく、それを支える補給のロジスティクスを整備した結果、生産性があがり市場は多くの貨幣を求めるが、銅銭の供給源であった支那は銅銭の使用をやめてしまった、資源枯渇も一因だが、銀貨の使用(当時の貨幣経済革命)もある、日本から大量の銀が流入した(p18,119)
・信長の功績として、中央銀行と不動産デベロッパー、商工ファンドを合わせたくらいの巨大な力を持っていた寺社勢力から経済政策の主導権を奪い返した点は高く評価できる、寺社勢力と敵対していたばかりではない、1582年の伊勢神宮の式年遷宮には3000貫もの大金を寄付している(p42、45)
・織田信長が焼き討ちしたのは、比叡山延暦寺(天台宗)、近江百済寺(天台宗)、長島一向一揆(浄土真宗本願寺派)、越前一向一揆(本願寺派)、安土宗論で日蓮宗弾圧、和泉槇尾寺(真言宗)、甲斐恵林寺(臨済宗)、1571-1582年にかけて、宗教弾圧は政治的・軍事的に基づくもの(p46)
・教科書では、友好的な日明貿易が倭寇によって壊されたような書き方だが、倭寇が登場する原因は、経済の発展に追いつけなくなった朝貢解禁体制の破綻である。明が貿易を自由化していれば、朝貢よりも自由市場(互市)をメインにしていれば倭寇の発生する余地は無かった(p54)
・鐚銭(びたぜに)の実勢レートを領主が追加で公認するお触れを「撰銭例(えりぜにれい)」と言う、室町時代に良く出されたが、信長も盛んに出したが失敗した、その理由は16世紀前半から支那からの銅銭の流入が大幅減少した(p58、61)
・当初は長曾我部を利用した四国統一(明智光秀担当)を考えていたが、三好と秀吉の連合軍が伊予・讃岐の侵攻に成功、淡路島の安宅氏(水軍)も織田方についたので、三好を使うことになった(p95)
・1547年最後の遣明使が大内氏によって派遣された、それ以降はお互いに密貿易で関係を持続した、ポルトガルとの互市は公認した明朝であったが、日本は警戒された(p111)
・当時の支那における銀の価値は日本の1.5倍であった、このころ欧州では金と銀の比価は、1対12、日本では1対10、中国では1対7であり、膨大な外国銀の流入にもかかわらず、なお銀の価値がかなり高かった、このため購買力の大きい中国に日本や大陸の銀を運び、そして中国商品を輸出すればその利益率はいっそう高くなった(p124)
・秀吉が金貨、銀貨の導入よりももっと高く関心を持っていたのは、「検地=田畑のデジタル化=石高制への移行の前提」と「石高制」の導入である(p145,161)
・1585年は秀吉にとって画期的な年である、2月に毛利氏との交渉成功、同月には信長次男・信雄が臣従を誓った、4月には和泉・紀伊の一揆を鎮圧、8月には四国と越中の国分が終了、このときに、「全所領国替え」を行った(p162)
・1585年に紀伊国で行った「刀狩」が最初、1588年(教科書に掲載)よりも早い、刀狩は、城割・検地とならぶ、豊臣化政策の三本柱となった、これにより土豪たちは、職業的な武士として城下町に住むか、武器を捨てて農村で農民になるかの選択を迫られた、これはまさに室町的権門政治の打破となった(p166,168)
・比叡山延暦寺が復興に向けて活動を開始するのは、1582年6月の本能寺の変以降である、いきなり延暦寺から復旧するのは目立つので、隣の日吉神社から着手した(p180)
・秀吉は、信長のやろうとしていた貨幣経済の導入だけは引き継がなかった、これは江戸時代に引き継がれてしまった(p228)
2019年11月10日作成 -
Posted by ブクログ
上念氏の本は以前から読んでいたのですが、最近ネットにて「経済で読み解く日本史」のシリーズとして全5巻セットが文庫本で出ていることを知りました。文庫本なので持ち運びがしやすく、どこででも読めて助かります。
第三冊目は、室町・戦国時代①です~
以下は気になったポイントです。
・どんなに強い政治権力を持つ者でも逆らえない掟がある、それが「経済の掟」例としては、お金をたくさん刷れば必ずインフレが起きる、お金の量が減ればデフレになる、デフレになるときには自国通貨高になる、である(p3)
・政治権力の不安定化の根本原因は、まさにデフレであり、これを解決しない限り政権の安定は無かった、室町時代の戦乱が続いた理由として、天候不順による飢饉の頻発・武士(守護)による連合政権で不安定だった、以外にも、経済的な理由(デフレ)による(p7)
・本当の貨幣と言えるレベルの国産のお金が登場するのは、天正16年(1588)の天正菱大判から、流通という観点からであれば、慶長6年(1601)からの慶長小判である(p29)
・米との交換レート、鎌倉時代においては、支那では、銅銭1貫文(1000文)当たり、コメ0.5石、日本では1貫文=1石という固定レートを採用していた。(p32)
・国産貨幣を発行しなかったので、実体経済の発達に比べていつも貨幣が不足気味、そのため銅銭の価値を7倍くらいにしないと国内のモノとお金のバランスが取れなかった。つまり、中世の日本はモノより輸入される銅銭のほうがずっと貴重であった、モノよりもお金を尊ぶ、デフレ期待を抱いていた(p34)
・支那との交易は邪馬台国の時代からあったが、銭貨の流入という点で考えると、平安時代末期の「日宋貿易」あたりからが妥当。元寇など政府間では対立はあったが、民間貿易が途絶えることは無かった、この時、すでに明朝の銅銭は基軸通貨であった(p35、39)
・室町時代は銭貨を輸入して、銅銭1枚1文という固定ルートを採用していた、また銭貨の輸入は自由だったので資本取引は自由なので、金融政策の自由を失っていた(p56)
・鎌倉、室町を通じて、比叡山延暦寺(天台宗)の巨大権門に立ち向かったのが、五山(臨済宗:1195年に聖福寺が日本最初の禅寺として開山)、本願寺(浄土真宗本願寺派)や日蓮宗も新興勢力であった(p88)
・箱崎宮は国営港湾(朝廷直轄の貿易拠点)、博多津は民営港湾(平清盛、新興貴族の拠点)であり、民営の方が栄えた。(p96)
・現在の使用価値で1貫が10-20万円であるとすると、日栄貿易(10隻)1回分の貿易で、80-160億円の大金を積んでいた、当時のGDP(724億円)を考慮すると凄いお金(p100,101)
・当初は藤原家の領地だった大和国は、いつの間にか興福寺の荘園になってしまった、鎌倉・室町時代を通して幕府は守護を置けなかった(p107)
・鎌倉幕府の発展と臨済宗(五山)の発展は車の両輪、平安時代における藤原氏と興福寺の関係と全く同じ(p110)
・鎌倉時代、室町時代にたびたび借金を帳消しにする「徳政令」が発布されたが、その理由はまさに気候変動による農業被害が原因であった(p115)
・五山に限らず当時の寺社では、宗教活動をメインにする禅僧集団を「西班」、寺社の経理・財務・荘園経営をメインにする集団を「東班」と呼んでいた(p127)
・貨幣不足の室町時代に唯一の貨幣増加手段である支那との交易を止めてしまったので、デフレとなる。日明貿易が再開される1432年までの21年間はデフレ続き(p147)
・応仁の乱の勝ち組は、細川氏(堺商人)と大内氏(博多商人)であった、本国で内紛のあった四職家(山名、一色、赤松、京極)とは異なる(p163)
・比叡山を焼いた男としては、細川正元(1493)は、足利義教に続いて二人目であった(p178)
・本願寺は、比叡山や五山と異なり、荘園を持たずに信徒からの喜捨によって資金を集めていた、年貢を取るのでもなく関所からの通行税もなく、経済成長に合わせた寄付金による画期的システムであった(p190)
・三好長慶と将軍家は1552年に和解したが翌年に決裂し、長慶が、淡路・讃岐・和泉・丹波・山城など、畿内の主要地域を終わ目る天下人になった(p220)
2019年11月17日作成