上念司のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
上念氏による「経済で読み解く歴史シリーズ」の第三弾です。今回は私が長年興味を持ち続けている「織田信長」を経済の面から解説しています。
中高で学習した、かすかな記憶では彼は先駆けて、楽市楽座の導入(既得組織の座の解体)、関所の廃止等があったと思いますが、この本ではなぜそのような政策をとったのか、また果たしてそれに独自性はあったのかが事実とともに解説されています。
信長といえば「比叡山の焼討」が有名で、宗教弾圧を行ったイメージがありましたが、その時代に比叡山をはじめとする宗教勢力の既得権益を保持する体制が世の中にどのような影響を与えていたかもこの本では解説されています。現代人の感覚からすれば、私たちが目にする宗教はすべて歴史のあるものですが、歴史の浅い宗教を「新興宗教」といって色眼鏡をかけて見てしまうように、当時も同様だったようですね。
信長の時代には、本願寺の一向宗や親鸞の浄土真宗も新興宗教と見なされていたということに、この本を読んで気づきました。歴史を振り返る時には、現在の常識や考え方、さらには気候や地形も含めて、当時のことを思い浮かべる大切さを感じました。
以下は気になったポイントです。
・財源には、1)増税、2)予算の組み替え、3)国債発行がある、国債発行には、中央銀行による買い取りと、民間金融機関による買い取りがある、トランプは減税と、巨額の財政支出を公約としたので、市場は民間金融機関による国債買取を予測して、ドル高が進んだ(p7)
・室町時代から戦国時代にかけて戦乱が多かったのは、経済がデフレであったから、デフレは景気悪化、停滞により人々を困窮させる(p12)
・ワルラスの法則と言われるマクロ経済学の恒等式によれば、モノとお金のバランスで経済の先行きが決まるというもの。お金が不足すると物価が下がる、さらにモノは毎年自然に増えていく、そのレベルは2%程度(p25、26)
・世の中全体にあふれるお金を「マネーストック」と称するのに対して、その根幹をなす日銀がコントロールするお金を「マネタリーベース」という、マネーストックが断然大きい(p31)
・室町時代においても、土倉(とくら)や酒屋が金融業に勤しみ、その元手となる資金は寺社勢力が提供、そして支那との貿易をしていた(p32)
・平均的な金利は月利8%、年率96%と高いが、農民は種籾1粒から、米粒を何十倍も収穫できることを考えるとそれほど無理な金利でもなかった(p32、117)
・室町時代が始まる300年も前の987年11月に、国産貨幣は利用停止となり市場から消えた、そして物納(米、絹)で決済するようになった。国産貨幣が登場するのは、1588年(天正16)の、秀吉による「天正菱大判」から、流通の観点では1601年(慶長6)の慶長小判である(p34)
・鎌倉時代の、米との交換レートについて、支那では銅銭1貫文(=1000文)当たり、米0.5石で交換されていたが、日本では1石という固定レートを採用していた。当時の日本は国際貨幣を発行せず、実体経済の発達に比べて貨幣が不足気味であったため、銅銭の価値を7倍くらいに調整しないと国内のモノとお金のバランスが取れなかった、これが危険な航海も顧みず支那と交易した理由(p38)
・支那では1368年、元朝がモンゴル高原まで撤退し、代わって明朝が成立する。紙幣発行による激しいインフレが原因(p41、49)
・明朝は国際貿易秩序を通じて自国で鋳造した銭貨を大量にアジア地区へばらまいた(基軸通貨)、2016年のSDR入りを果たしたが、明朝は自国通貨をそのレベルのポジションに押し上げていた(p44)
・朝貢貿易において、従属国から宗主国への朝貢であったから関税は無し、使節・商人の滞在費など一切の費用は明朝の負担、朝貢品に対しては、賜与という名目で価格以上の代価が払われた(p45)
・応仁の乱(1467)は寒冷化の大底、織田信長が台頭する1500半ばも寒冷化が進み、江戸時代が始まる前まで続いている(p46)
・足利義満の時代に北山文化が栄えたのは、日明貿易により大量の銭貨が流入するマネタリーベースの増加があったから、日便貿易を押さえるとは、貨幣の発行権を把握すること(p67、68)
・足利6代将軍(義教:1428)のころは、天台宗(比叡山)は当時の日本の政治、経済、学問におけるスーパーパワーであった、これに立ち向かったのが五山(臨済宗)、日明貿易を再開するものの、1433年から宣徳要約という条約で貿易に制限(頻度、人員、船数、積載量)が加えられた(p71、92)
・箱崎は朝廷直轄の神社のある貿易拠点であったので、刀伊入寇、文永の役では攻撃目標となった、博多は平清盛や新興貴族勢力の拠点であり、民営港湾であった(p99)
・栄西や臨済宗の僧達は仏教を学びに行くついでに、支那で交易してたんまり儲けてきた。そこから幕府に銭貨を献上し彼らの政治闘争を経済面で支えていた(p100)
・沈没した船が属した船団が、80-160億円の銭貨を持っていた、14世紀当時の日本のGDPは724億円程度であり莫大である(p104)
・興福寺のすごいところは、藤原氏が政治力を失ったのちも領地支配システムを継続した、鎌倉・室町時代を通して、幕府は守護をおけなかった、宗教団体というより地方軍閥であった、鎌倉幕府の発展と臨済宗の発展は両輪であった(p110、112)
・京都五山(臨済宗)のヒエラルキーは、トップが南禅寺、五山は、天龍・相国・建仁・東福・万寿寺、その下に十刹などがある。13世紀には鎌倉五山が建てられている(p111)
・比叡山(天台宗)の主な収入源は、関所と金融、荘園であった(p115)
・当時の寺院では、宗教活動をメインにする禅僧集団を西班、自社の経理・財務・荘園経営をする禅僧集団を東班と呼んでいた。(p129)寺社の持つ荘園は、基本的に幕府からの徴税は免除されている、その代わりいざという時には幕府の財布として財政面をバックアップしていた(p130)
・信長の136年前に比叡山延暦寺を焼いた足利義教、事実上室町幕府を取り仕切った細川政元、信長よりも先に天下人となった三好長慶など、信長の先駆者はいた(p146)
・足利義満自身は五山(臨済宗)とべったりだったが、子供は比叡山に二人、高野山にひとり、五山にひとりとバランス良く配置している(p151)
・経済的に困窮した人々は普段は見向きもしない狂った考え方に憑りつかれる。(p161)
・応仁の乱の勝ち組は、細川氏と大内氏である、本国で内紛が絶えなかった四職家(山名、一色、赤松、京極)とは異なり、細川氏は堺商人、大内氏は博多商人の利益代表であり、支那との交易を通じて力を蓄えられた(p164)
・応仁の乱により幕府による畿内支配に変化はなかったが、幕府の保護を受けて経済的な栄華を誇っていた京都五山が壊滅的な打撃を受けた、これは荘園の解体につながり、これと入れ替わりに北陸地方に本願寺が浸透した(p165)
・本願寺は比叡山や京都五山と異なり、荘園を持たずに信徒からの喜捨によって資金を集めた。領地を支配して年貢をとるのではなく、関所を設けて通行税をとるのではなく、経済成長に合わせて寄付金を集めた(p190)
・奈良は比叡山と並ぶ寺社勢力の老舗で、興福寺が平安時代から統治していたが、一向一揆(本願寺)の攻撃で興福寺は全焼した、三好討伐に本願寺を利用した細川晴元は、対抗するために日蓮宗を利用した(p204)
・日蓮宗は、地方で食べていけなくなって都会へ流れてきた京都の新住民たちに受け入れられた、これは地方出身者を中心とした都市の新住民に創価学会が爆発的に広まったのと似ている(p207)
・信長は歴史上の大きな存在ではあるが、信長の短い生涯のうち大半は中小企業の経営者、大企業になったのは本能寺の変の3年前くらいから(p230)
・中央銀行と不動産デベロッパーと、商工ファンドを兼任して巨大な力を持っていた寺社勢力から経済政策の主導権を奪い返した点は信長の高く評価できる点である(p232)
・信長は義昭を将軍に任官させ、義昭側近らを巧みに三好三人衆の旧領国に配置、ただ、大津・草津・堺を直轄都市としては一大名の管轄から切り離した(p236)
・楽市楽座令を最初に出したのは、六角氏(1549、近江石寺)、次は今川氏真(1566、駿河富士大宮)信長はその次で1567に美濃加茂において、またこれは本願寺の寺内町と同じ政策でもある(p241、243)
・織田信長は多くの焼き討ちを行っているが、対象は天台宗・浄土真宗本願寺派・日蓮宗・真言宗・臨済宗と多岐に渡っている。(p256)
・悪銭の実勢レートを幕府や大名が追加で公認することを「撰銭令」という、信長も上洛後に盛んに発令した、これは貨幣量全体が縮小することになりデフレを招くことになった(p268、272)
・信長は比叡山を焼き討ちし、石山本願寺包囲戦を戦ったことで、結果的に物流の主導権を寺社勢力から武家勢力に取り戻すことになった(p282)
・信長の凄いところは、歴史に学び同じ過ちを繰り返すことなく、徹底的に成功事例を取り入れることに徹底したことである(p288)
2017年3月19日作成 -
Posted by ブクログ
いつの時代でも、重要な価値観、衣食たって礼節を知る。
国民経済をしっかり維持発展させることが、無謀な戦争に巻き込まれないようにするための為政者の鉄則だ。
金本位制、基本的に金の保有量でもって、通貨の量を調整する、そんなことでもって、無限な人間の欲得から発する経済活動をコントロールできるわけがない。
デフレを生じさせ、国民生活の困窮、経済の不安定化、そのことが、危険な思想でもって、国の政策を誤らせてしまう。
なんで、あの時代の人々は、そんな危険思想に毒されてしまったのだろう?
衣食たって礼節を知る状態の人々からしたら、アンビリーバブルなことが起こってしまったのだ。
この本は、いままで、習った所謂「通説」が如何に、スーパフィッシャルな見方であったのかを教えてくれている。
社会科学という捉え方も基本的には気に入らないが、せめて、人間が起こしてしまう社会現象を色んなジャンルから捕捉してほしいものである。
所謂「通説」おたくの本は、一種のプロパガンダとして、読むのがよろしいようで(笑)。 -
Posted by ブクログ
▼第2次世界大戦に到った経緯を金融経済の視点からザックリ考察していった良書です。経済知識のない人でも理解は難しくないと思います。
▼ザックリ言うと、人間は余裕がある時は過激に思想には簡単にはなびかない。貧すれば鈍す。社会も同じく景気が悪くなると単純化した過激派の勢力が大きくなる。
▼大戦前アジア・ヨーロッパのお金がアメリカに集中する仕組みになっていた。アメリカに集中し過ぎてアジア・ヨーロッパが不景気になった。
▼不景気により日本では共産党、ヨーロッパではナチスとコミンテルンが勢力を伸ばした。不景気
を打破する為に破壊的創造などの過激なスローガンが持て囃された。
▼地政学的に大国は大国である限り必ず他の大国と衝突する。環太平洋の地域大国の日米露中はぶつかる素地があった。
▼経済失政が続く日本では国民は現状打破を求め、アメリカ陰謀論をがなりたて戦争を賛美する新聞に熱狂する。そして後戻り出来なくなった。
▼さらっと読めてなんとなく分かって賢くなった気分になれます。 -
Posted by ブクログ
この本はネットで見つけた本なのですが、タイトル名を構成している「本当は世界一の日本経済」という文言に目を惹かれました。この本の著者は今までに何冊か読んできているので、いい加減な内容ではないと信じて読みました。
このタイトルには、その前に枕詞があり、それが、「財務省と大新聞が隠す」とあります。最近の新聞は会社に置いてあるので見ますが、時々、誤解を招く表現やグラフが描かれているのを見ることがあり、筆者の上念氏は、あのような事を言っているのだなと思いました。
今までの本でも、日本経済は実質世界一である、と主張されていましたが、この本では、最近のデータに基づき、各国との比較で書かれて、面白かったです。誰かこの本の批判をしてくれると面白いのですが、誰か出てきませんかね。
以下は気になったポイントです。
・大新聞が財務省は日本銀行の見解を無批判に報道(日本経済の悲観論)するのは、財務省の記者クラブ、日銀クラブのキャップを経験しないと出世できないから(p5)
・物価上昇率が2%に届かない場合、むしろインフレの発生は好ましいので、日銀は2013年から国債買い入れを緩めていない。物価が上昇する気配を見せれば、買い入れを減らせばよい(p17)
・政府と日銀を「統合政府」を見れば、その財政状態は改善している。統合政府資産と負債の割合は、2012年の155%から2015年の130%となっている(p19)
・政府からの出資金や借入金の引き上げは、一部の既得権を持つ人にとっては迷惑な話なので抵抗する。これが日本の財政健全化を妨げている(p22)
・日本では素人でも記事が仕組みが整っている、それが記者クラブという制度である(p42)
・日本だけば唯一通貨量を増やさず、他の主要国は通貨量を増やしたので円高が発生した、日本が世界から信頼されるようになったわけではない(p60)
・デフレとは、物価の継続的な下落を意味するマクロ経済学の用語、物価とは世に出回る商品を加重平均して決まる、個別の商品価格の下落ではない(p77)
・外国から借金をすれば、海外から資金が流入するので、資本収支は黒字、日本から外国に投資すると赤字となる。また、経常収支(=貿易・サービス収支+所得収支)が黒字なら、資本収支は赤字、反対もその通り、という関係が必ず成り立つ。(p81)
・国際収支の発展段階、1)未成熟な初期:開国から明治時代、2)成熟した債務国:貿易サービス収支が黒字化した明治時代、3)債務返済国:高度経済成長時代、4)未成熟な政権国:2000年まで、5)成熟した債権国:2000年以降、6)債権取り崩し国(p84)
・2014年末の主要国の対外純資産は、1位:日本366兆円、2位:中国214兆円、3位:ドイツ154兆円、4位スイス・香港:99兆円(p90)
・日銀が国債を半分(新規160兆円の内)も買うので、民間銀行が割りをくっている(p97)
・日銀は国債を満期まで保有して借り換えをしない、手持ち国債を市場で売ることにより、インフレ率の上昇を防ぐことができる(p90)
・日銀の負債に発行銀行券:89兆円があるが、これは世に流通している日本銀行券(現金)のこと、流通価値を保証している点で負債となっているが、一般的な負債ではない(p107)
・プライマリーバランスは、前年の名目GDP成長率を強い相関があるので、財政再建をしたいのなら名目GDPをあげれば良い。名目GDP成長率=実質GDP成長率+物価上昇率なので、物価上昇率=インフレ目標を達成することが大事である(p111)
・ハイパーインフレの定義は、古典的定義(フィリップケーガン)では、年率1万3000%、国際会計基準では年率26%(p116)
・人口の減少は、むしろインフレの原因となる。死んだ人の財産は生き残った人が相続するので、お金の総量は変化なし。モノが減って、お金が現状維持なのでモノの値段が上がる(p123)
・日本全体で資産は7751兆円、負債は7748兆円、日銀の資産3兆円を加えるとバランスする。(p142)
・年収500万円、3000万円の住宅ローンを組むと、債務残高比率600%、政府債務はGDP比で200%超えたくらいでビビるのはダブルスタンダード。日本では中古住宅は価値がない、85%が新築物件。木造は22年で減価償却が終了し、建物価値がゼロになる。(p158)
・消費税の増税において、最初こそは税収は5兆円増えたが、二度目はマイナス、三度目は2.4兆円(p165)
・10年以下の満期国債は全体の75%、現在の国債利回りはマイナス、つまり、10年以内に借り換えによってマイナス金利の国債に入れ替わる、大半の国債が金利を払うものから貰う国債に変わることになる(p191)
・大東亜戦争により、国富の41%(1340億円)が被害を受けた、鉱工業生産力は1935年の2割強、軍人が360万人、従事者160万人、大陸・南方からの引揚者が650万人、合計1000万人以上が溢れた(p203)
・旧円から新円切り替え、預金封鎖が行われた。旧円は新円と交換しない限り、流通させることはできない。交換機間は2月25日から3月7日(1946)のみであった(p204)
・預金封鎖の目的は、インフレ抑制、闇市場から物資と資金をあぶり出すこと、現在の日本ではメリットがないだろう(p207)
・1945年9月=100として、1948年には600、1949年には800となった。インフレ率は月率で4.9%(p208)
・ハイパーインフレを発生させる要件は、1)生産設備の徹底的破壊、2)労働力の極端な不足、3)高額紙幣の大量発行(ゼネスト支援のための補助金=通貨発行を支給)、この要件を、ドイツやジンバブエは満たしていた(p214)
・日本は高度成長から低成長へと転換したが、その時に日本が行ったのは、投資から消費への経済構造の転換、さまざまな自由化による市場開放である(p227)
・ソ連が崩壊して始めたわかったことだが、GDPはその半分であった。1928-1985年までの国民所得は公式統計では90倍であるが、実際は6.5倍、平均成長率は8.3%(公式)に対して、実際は3.3%(p229)
・GDPと失業率の間には、オークンの法則という負の相関、物価と失業率には、フィリップス曲線で知られる逆相関がある。各政府機関が産出した値をこれらの法則にあてはめると、日本の場合はすべて整合する。中国の場合は整合できない(p232)
・日本が中国大陸で戦っていた相手は、主に蒋介石の国民党軍や、張学良が率いた大軍閥(p234)
・財政の壁の根拠となった論文には、政府債務が90%を超えると成長率はマイナス0.1%になるとしていたが、正しいデータを使うと、プラス2.2%であることがわかり、執筆者(ロゴフ・ラインハート)も認めざるを得なかった、つまり債務残高と経済成長には強い相関がないことがわかった(p244)
2016年10月1日作成 -
Posted by ブクログ
この本の著者である、上念氏の本は、経済関連の本を中心に今まで何冊か読んできましたが、「不動産を持つことの是非」を問うた本としては、初めてのように思います。上念氏の実体験(失敗談)を基に、どのような家に住むべきか、不動産を持つことのリスクについて解説しています。
このテーマを勉強するにあたっては、不動産取引をされている方の本だけでなく、不動産を保有することで実際に得た「教訓」を語ってくれる本も読むべきだと思いました。上念氏は、その教訓をこの本で惜しげもなく公開してくれていて、一般ではなかなか得にくいものだと思いました。
冒頭に書いてある、ロバートキヨサキの引用句:お金持ちは資産を買い、貧乏人は負債を購入する、これは意味深いですね。
以下は気になったポイントです。
・2040年に空き家率40%となる可能性あり、2013年現在では、13.5%である(p8)
・1970年代の日本の合計特殊出生率は 1.77-2.14なので、平均すると団塊ジュニア世代でも、一人っ子か二人兄弟となる。すると、あと数十年も経たないうちに誰もがほぼ、タダで家が手に入ることになる(p13)
・アメリカの住宅ローンは、ノンリコースローンが一般的で、ローンを返せなくなったら家を銀行に引き渡す、それで借金はチャラ、残債リスクはゼロである。サブプライムローンで多くの人が家を追い出されたのは、ローンをチャラにするため(p16)
・自宅購入:価格4000万円(頭金1000万円)、35年ローン(修繕費は10年毎に150万円)、賃貸:家賃、10年目まで15万円、26年目まで20万、35年目まで10万円とすると、金利が1%の場合は22年目、金利が1.7%となると両者は同じになる(p20)
・相続したい財産が1億円あったら、わざと1.8億円の物件を8000万円借金して買うと、物件の評価額は6000万円程度なので、借金が8000万円あると、相続財産はマイナスとなり相続税がかからない、というのがタワーマンション節税(p33)
・20階建て高層マンションで80平米の修繕積立金を計算すると、16,480円程度、200円/平米となる(p37)
・どんなに手入れした家でも、駅からxx分・xLDKという、カタログスペックでしか評価されない(p40)
・株取引では当たり前の情報が、不動産サイトでは開示されない(p46)
・金利は、あくまでも実質金利(名目金利-物価上昇率)で考えるべき、デフレ下では金利負担は増える。バブルの発生要因として一番影響が大きいのは、実質金利、人口動態や土地神話以上(p57,59)
・スキーリゾートマンションは、共用部分がやたら豪華な造りになっているので、毎月の管理費が3-10万円とばかにならない、そして今後値上がりする可能性は限りなくゼロ(p63)
・一度購入してしまったら最後、もう二度と売るに売れず、半永久的に管理費・修繕費、固定資産税を支払い続けなければならない、恐ろしい物件である(p64)
・日本で長らく地価が大きく上昇しなかった理由のひとつとして、日本銀行がデフレを容認して、実質金利を高止まりさせていたから(p71)
・危ないサブプライムローンを1000件集めて、リスクの少ない順に並べると、マジックにより、評価がトリプルAとなる(p76)
・礼金とは、1923年に発生した関東大震災の名残、関西地方にないのはそのため(p101)
・都心ではなく、郊外の私鉄沿線の駅から徒歩10分以上かかる戸建て住宅は悲惨、備え付けの設備は賃貸・分譲に限らず、なんの価値もない(p123、126)
2016年7月3日作成 -
Posted by ブクログ
いままで歴史に関する本は多く読んできましたが、この本の様に経済の面から見たものは数少なく、とても興味があります。江戸時代とは、なぜあのように続いて戦争の無い時代が続いたのか、どのような経済政策を行っていたのか気になっていました。
特に、江戸時代には何度も貨幣の改鋳が行われています、今までこれは悪い事の様に思っていましたが、これは必要な経済政策であったことが、この本を読んで理解できました。
明治維新は江戸時代とは一線を画した革命と思っていましたが、これも江戸時代に多くの発展があったので起こすことができたと思いました。
以下は気になったポイントです。
・江戸時代において日本経済は飛躍的に発展していた、明治維新は政治体制の変化という点では画期的な出来事かもしれないが、経済の発展のという点から見れば、江戸時代の延長でしかない。維新の成功は「江戸の蓄積」(p22)
・ファシズムの定義は、国家の上に政党や宗教があること。憲法を停止して全ての権力をヒトラーに集中させたドイツと日本は違う(p35)
・景気が悪くなると、普段は見向きもされない危険な思想に人々は救済を求める(p38)
・19世紀後半から発生する恐慌の原因は、金本位制によるデフレにあった、金本位制に固執した理由は、それ以前の決済システムに比べて圧倒的な利便性の高さにある(p39)
・江戸時代の問題は、生産性の向上がもたらす経済規模の拡大に合わせて十分な貨幣量を供給していたかという点にある(p40)
・江戸時代のポイント、1)400万石の徳川家が3000万石の日本を治めなければならない財政構造、2)貨幣通貨制度(藩札も流通)、3)百姓は農民に非ず、百姓は多くの非農業民を含む(p45)
・経済の3つのインフラ、1)物流の自由、2)決済手段の確保、3)商取引のルール整備、これらが確保されるとその国の経済は発展する(p54)
・家康の天下統一は、秀吉の場合と異なり、全国の300諸侯が徳川家に忠誠を誓って中央集権国家が成立したわけではない。中央集権的な政治の仕組みを強化する「石田三成」と、それを否定する「現状維持でいい」と考える勢力の戦いの結果(p58)
・家康は年貢だけに頼れない(400万石で3000万石を賄う)ので、全国のめぼしい金山、銀山をすべて手中に収めた。3000万石の財政政策をすべて引き受けることになる(p60、66)
・徳川三代の浪費は、日本経済の発展を考えると極めて大きなプラスの効果がある。浪費のための資金は、大量の貨幣を発行して大規模な公共事業を行ったことと同じ(p62、63)
・五代将軍(綱吉)の時代の発明により、その後の200年間を乗り切ったが、それは「通貨発行益」である(p71)
・萩原重秀が「品位の悪い貨幣」を作ったのは、評判が良くないが、実は生産量の増大に合わせて貨幣量を増やし、モノとお金のバランスを取るという点では極めて正しい政策であった。お金を貯めこんでいた大商人は貨幣価値の目減りを恐れて貯蓄を減らして投資に回したので元禄時代は好況となった(p73、76)
・萩原重秀を失脚して、一時的に権力の座についた新井白石は、小判の金含有量を高める「逆鋳造」を行ったために、激しいデフレと景気の低迷を招いた(p84)
・多種多様な地酒があるのは、吉宗の酒造業奨励による、コメの消費を増やすという政策のおかげ(p88)
・江戸時代は、物価の高騰よりも、幕府内の権力闘争により、老中の構成が変わることで、「リフレから緊縮」、またその逆、と何度も経済政策が転換されたことが真の問題であった(p91)
・幕府との顔つなぎのために自ら進んで、妻子を江戸に住まわせて、自身も積極的に参勤した(p110)
・家光が改正した「武家諸法度(寛永令)」には、参勤交代のお供の数を減らしなさい、と書いてある(p111)
・金銀の採掘は貨幣発行と同じ意味を持っている。絹と金銀の交換は、現代的な意味でいう、繊維製品と鉱物資源の交換ではないというところが大きなポイント(p120)
・鎖国により、資本取引の自由が制限されたので、金融政策の自由(=貨幣を自由に発行、インフレ率を制御)を手に入れた、固定相場制は堅持したまま(p123)
・田畑の担保価値が認められるのは、4代家綱以降のこと。それ以前は生産性が低く、年貢と自家消費で作物が無くなり、人的担保しか取れなかった(p129)
・カリスマ経営者の三井高利は、大名貸が極めてリスキーであると見抜いて、1673年アパレル業界に進出、これが越後屋(p130)
・三井高利の新機軸の商法とは、「店前売り」「現金掛値なし=定価制」、現金売りのため、資金回転が早まった。更に切り売り(当時は一反から)を行った(p140)
・東回り航路とは、江戸から荒浜(宮城県)に至る航路で、江戸の東から北に位置する、徳川家の領地と江戸を結ぶルート(p147)
・天明の飢饉が100万人の人口減少を招いたのは、流通網の整備と、コメ取引の活発化がある。米を都会に運んで高く売った(p151)
・幕府は、中央政府でありながら、諸藩から米を取り上げて被災地に送る権限は持っていなった(p153)
・天明の飢饉において、菱垣廻船の配下にあった、地方廻船問屋は、独自に江戸まで輸送して莫大な利益を得た。飢饉で食糧不足になっているので、幕府もルール破りを黙認せざるを得なかった。(p154)
・農民の妻のイメージは今でいう「専業主婦」だが、実際には夫が農業に従事する傍ら、妻は家内制手工業を営むといった形が一般的、夫は米以外にも、市場で高く売れるコメ以外の商品作物を栽培していた(p157)
・知多半島、尾州廻船の創業者である内田氏は、三河地方で生産される、酒・味噌・醤油・みりん・酢等の原料となる、大豆・塩を運んで巨万の富を築いた(p160)
・幕府は、徴税システムの欠陥、経済の質的な変化、という二重苦と戦わなければならなかった。これを克服するには、税金の取り方を変える必要があった。それが明治時代に行われた、地租改正である。課税基準は、収穫高ではなく地価の3%。大東亜戦争後に地租は、固定資産税に変わった。現在その税率は、1.4%だが、住宅用地は特例で6分の1(p185)
・マクロ経済の恒等式:(貯蓄-投資)+(税収-財政支出)=輸出-輸入(純輸出)(p187)
・幕府が金の保有残高を重視していたので、大抵の藩札は銀札(銀との兌換を保証する紙幣)、幕府との対立を避けるため。藩札の発行は西日本が中心(p191)
・1700年代中頃には、金貨、銀貨の取引は幕府直轄の大都市だけで、地方の諸藩における日常的な決済手段は殆ど藩札になっていた。慢性的な貨幣不測のため(p191)
・藩札は領内限定の紙幣なので、領民が旅行や仕入れなどで藩外に行くときには、共通通貨である金銀銭などに両替した。私達が外国へ行く感覚(p192)
・藩札は、金銀銭や米などまで裏付け資産にしていた分、よほど複雑であった(p193)
・藩札は廃藩置県当時の発行残高は、約9000万両、幕末の金銀貨の発行残高は、1億3000万両(p194)
・長州藩と薩摩藩は、グットカンパニーは藩主の個人のお財布として、バットカンパニーは藩の公的なお財布として、会社分割を行った。誰にも気づかれないように。借金のリスケジュールと、緊縮財政は藩の財布、殖産産業の儲けは藩主個人の財布に入れるというやり方(p203)
・金の大量流出の過程で、超過需要の発生による金価格が上昇、洋銀流入により銀価格が低下することで、品位が劣る万延小判を鋳造することで初めて、金銀比価を国際基準に近づけることができて、金の流出が抑制された(p227)
・銀価格が低下したので、銀貨に刻印することで通貨発行益を得ていた幕府は財政難、長州藩が大量の藩札を発行してもその価値が下落しなかったのは、ここにあった(’p232)
・薩長同盟では、武器の購入が禁止されていた長州藩の代わりに薩摩藩が購入、それと兵糧米を提供するという取引だが、一番大きな成果は、第二次長州征伐において薩摩が幕府の出兵要請を拒否した点にある(p240)
・明治時代は、江戸時代に作られた生産システムや、流通システムが稼働していて、近代的な仕組みに代られるのは、大正時代以降(p247)
・資本取引が自由化され、固定相場制が続いたので、必然的に金融政策の自由が失われた。幕末の激しいインフレはまさに幕府が金融政策の自由を失ってしまったことにより発生した(p250)
・1871年の新貨幣条例では、金1.5グラムを含有した金貨を1円硬貨とした。(p261)
・廃藩置県が実施される1871年までは、藩、年貢、藩札も存在していた。年貢が地租になるのは、廃藩置県から2年後の1873年(p263)
・新政府は、各藩が負っていた借金を3分類した、1)1843年以前:1200万両、2)1867年以前:1100万両、3)明治以降:1300万両、そして1)の旧債は破棄、残りの中債と新債を引き受けた(p268)
2016年5月1日作成 -
Posted by ブクログ
マイホームの購入を考えている人に警鐘を鳴らす上念司氏の新著。
著書自らマイホーム購入経験があり、痛い目にあっているらしく、その経験を元にアツく語られている。
家庭を持つと、持ち家か?借家か?という議論がよく聞かれる。
あっしもいい歳なので、まったく考えないことはない。
上念氏は借家派の立場で、悪魔(不動産関係者や金融機関)のささやきから身を守るための知識を、ユーモアたっぷりに伝授してくれる。
ある動画では「この本は、宗教の本です」と語っており、自ら借家派の信者として、マイホーム購入反対を訴えている。
あっしも今んとこ借家派だけど、一生ローンにしばられなければ持ち家もいいと思う。
ただ、どの分野でも言えることだけど、知識のないまま手を出すのは危険。
悪魔に搾取されないように、必要なちからをつけて、対等にわたりあえるように準備しておくことが重要だ。
宗教テイストが著書のいたるところにちりばめられているので、初めて著者の本を読んだ人はひくかもしれない。
しかし、このノリが著者の魅力なので、軽く読み流す感じでOKです。 -
Posted by ブクログ
今までに何冊か、日本はなぜ大東亜戦争に突入することになったのかを解説した本を読んだことがありますが、いずれも政治の観点から考察したものでした。確かにそれは事実だと思いますが、私の理解力に問題があるとは思いますが、ピンと来なかったのが印象です。
この本は、それを経済の観点から解説しています。第一次、第二次世界大戦ともに、ドイツや日本が米英の経済覇権に挑戦しようとした戦争であるという考え方です。この本では世界大戦の定義を、その勝者が次の世界の覇権を握ることになる戦争、としています。
それによると、現在はすでに第三次世界大戦が始まっていると見ることができるようです。以前に予言本で第三次世界大戦が21世紀直前頃から起きると書かれていたのを思い出しました。
特に、ドイツや日本が戦争に向かった原因として、当時の生活が不安定で、精神的に追い詰められていたから(p4)という内容は印象的でした。現代にも通用することのように思われました。
経済を通して現代史を見ると、私にはとても興味深く読むことができました。この本の著者の上念氏の本はこれで数冊になりますが、毎回読むたびに楽しませてくれます。今後も期待したいですね。
以下は気になったポイントです。
・第一次世界大戦の終結から昭和恐慌にいたる間に経済が低迷した本当の原因は、デフレである。人々は、株価大暴落から始まる世界恐慌の原因がインフレと思っているが、世界恐慌も昭和恐慌もすべてデフレを原因とする、長期的な経済の低迷である(p18)
・人口が減少、外国から安い製品が入ってきたからデフレになるのではない、お金不足で発生する貨幣現象である(p19)
・植民地獲得の目的は、1)増加する本国人のはけ口、2)原料供給地、3)過剰生産品を売りさばく市場(p24)
・オランダ、スペイン、ポルトガルは植民地に投資せずに搾取してきたので、結果的に植民地経営に失敗して植民地は独立したケースもあるが、本国からの投資と技術移転でその地域の文化・文明を高めたケースもある(p27)
・戦争がプラスになるケース、1)その国が不況である、2)戦場は本国から遠い、3)失業率が高く兵員の動員可能、4)経済がデフレ気味(p32)
・欧米のほうが技術力が上だったにも拘わらず、日本の輸出産業が延びたのは技術優位のおかげ(p53)
・イギリスと交易する国にとっては、イギリスの制度である金本位制度を模倣すれば貿易決済業務を効率化し、為替リスクが低減できた(p59)
・景気が良くて仕事が順調ならば見向きもされなかったであろう共産主義は、デフレのおかげでイギリスのみならず欧州の労働者の期待をひきつけた(p68)
・戦争の反動で景気が悪くなったと言われるが、本当は、全世界的な金本位制の採用が発端で、金の産出量の低下がそのシステムの余裕を失わせた。(p96)
・イギリスがアメリカへの金流出を嫌って、利上げしたために、国内で金をあまり使わなくする=財政緊縮政策となった(p97)
・日露戦争の戦費調達は、国債発行によるもので外貨建て、実質的には金で返済するのと同じ意味(p98)
・ロシアは、オーストリアのセルビアへの宣戦布告を受けて動員を開始する。すると、フランスはドイツに攻撃されることになる。ドイツはフランスとロシアの挟み撃ちになるため(p109)
・ドイツは東部宣戦では連戦連勝して、ブレスト=リトフスク条約により、ドイツ・オーストリア・トルコ連合軍の勝利確定、それにより、フィンランド・バルト3国・ポーランド・ウクライナは独立した(p111)
・日露戦争の対外債務10億円は、アメリカからの物資調達の特需により28億円もの外貨を獲得して財政状態は好転した(p115)
・貿易収支1億円の赤字=資本収支が1億円の黒字ということ、これは国内需要がなく供給力が余っているので、黒字は資金ニーズのある海外に流れていることを意味する(p131)
・ドイツでゼネストが行われていたさなか、中央銀行は紙幣を印刷して、ゼネストに突入した労働者に日当を配り始めた。これがハイパーインフレのもと(p138)
・ハイパーインフレの起きる最低条件、1)生産設備の破壊、2)労働力不足、3)高額紙幣の大量発行(p139)
・関東大震災の被害は、当時GDPの4割、国家予算の5倍、東日本大震災の場合は、国家予算の17%、GDPの3.6%(p142)
・第一次世界大戦前の為替レートは、1ドル=約2円、金本位制を再離脱すると、1ドル2円から5円まで大幅下落した(p149、188)
・イギリスが金本位制を停止すると、自国通貨をポンドにリンクする国(オーストラリア、ニュウージーランド、南ア、インド)が現れた。ポンドを外貨準備としてロンドンの銀行に預け、貿易決済を行った。ポンド切り下げの恩恵を蒙れた(p196)
・226事件の後、二度とクーデター騒ぎを起こさないように、軍部大臣現役武官制が復活し、結果的に内閣を潰す力を得た(p210)
・もともと海軍が持っていた作戦プランは、フィリピンでアメリカ軍を殲滅して、大量の捕虜を奪還するためにやってくるアメリカ海軍と艦隊決戦をするというもの(p214)
・ドイツは1914年、日本は1945年、ソ連は1991年にアメリカに敗北した、今は支那が台頭しつつある(p217)
・イギリスがアメリカに屈服しなければならないと悟ったのは、1922年2月のワシントン会議における「四カ国条約」、このときにに日英同盟も終結(p218)
・大東亜戦争の被害総額は、約1340億円、当時の国富(国民の正味資産)の41.5%(p222)
・軍人:360、軍需関係従事者:160、支那大陸からの引揚者:650万人の合計1000万人以上の失業者が発生した。戦死者185、負傷行方不明者67、離散者875万人であった(p222)
・1946.2.16に預金封鎖発表、翌日に実施、旧円紙幣は3.2に廃止(p226)
・1947年発表の価格統制により、工業総平均賃金は戦前平均(1934-36)の、27.8倍の1800円、基礎物資価格は60倍程度となった(p230)
・1949年にGHQは1ドル=360円とし、1950.4.25から実施、当初日本側が想定していた300円よりもかなり円安であった(p236)
・1950年7.6には、225種の単純平均株価は62.3円となり最安値となったが、1952年には180円となった(p242)
2015年4月3日作成