桜井章一のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ「群れない生き方」というタイトル以上にこの本は深い。
雀鬼の思想そのものをシンプルに文章化した良書と言えるのではないか。
・現代の"群れ"自体を損得勘定のみの集団と切り捨て
・群れなくてはならない人間たちがそもそも様々な不安に苛まれている
・己を知り不安を持たないコツとして、自己責任、周囲に期待しない、率先して試練に向き合う
・それら覚悟と自分は二の次という活発な人格が”粋”を作るのではないか
つまり、群れない生き方とはつまり”粋”な生き方であると結ぶところに気づくと、つくづく本の題名とマーケティングは難しいなと感じさせられた。 -
Posted by ブクログ
運を支配する
読む目的
雀鬼の考え方の一端に触れるという目的で、紐解いた本。雀鬼桜井さんの言葉を藤田さんが解説するというような形式。一般的な言葉で語る桜井さんとそれを現代のビジネスの言葉に翻訳してくれる藤田さん。タイトルからは予想できなかったなかなか奥深い本である。
以下注目点
・シンプルに考える。
・自分のタイミングで勝負しない
・負けは自滅
・自分の力を超えた無理なことをして自滅。
・逆風の時は限られた時間の中で色々と工夫をしていかなくてはならない。
・力まない
・見切る力を伴わない勇気は蛮勇
・運は無限
・切れたらそこでゲームオーバー
・気分がいいと運に恵まれる
・気の合う人と仕事することで、気分を良くする。
・とりあえず。絶対ではなく。
・仕事にはあそびが必要。がちがちに固めると、自由な発想は柔軟な対応ができなくなる。
・間違った流れでも我慢して、正しい姿勢を貫く。
・集中が囚われを生むこともある。
・雑用とは仕事の基礎であり、現場である。
・開き直りと覚悟は違う。
・無理なポジティブは逃げ。そのときのマイナスを素直に受け止める。
・これでいいと思った最後にネガティブチェック。
・心が囚われる前にスイッチを切る。
・考えるより感じる
・流れが悪い時は慌てず丁寧にやる
・保証や確証を求めない強さ
・真面目という名の牢屋
・借りを作らず。貸しをつくる。
・ミスはいったん受け止めて、そして忘れる。
・相手の目線を取り入れた準備
・自分の立場→相手の立場→相手から見た自分の立場
・不調こそ我が実力
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ネタバレ 購入済み
感情をうまく整理する。
「感情は本来、川のように流れるべきものだ。水は流れなければ澱んで腐ってしまう。」
問題の多い家庭環境で感情を押し殺してきた結果、うつ病になりました。
「押さえ込んでばかりでいると感情は滞り、心はバランスを崩す。」
まさにその通りだと思います。
マイナス感情はその場で発散させる! -
Posted by ブクログ
支配どころかコントロールすらできてないのにσ^_^;
毎日やるべきことをやってきた自信を持つということはとてもよくわかります。
人生の選択の連続でシンプルにベストの答えを出してきた自信があれば運はついてくるのかもしれません。
シンプルというのが重要で複雑に考えるのはよくないのかもしれません。
ただ出した答えには自分なりに納得のいく答えを持つようにしています。
その積み重ねで執着がなくなっていくのかなあと。
お金にしても地位にしても執着することはよくないですね。
バランスよりもニュートラルという表現がよくわかります。
あれもこれもでバランスを取ろうとするのに対して色々なものを手放してニュートラルになるという方が俯瞰的な視点を信条とするぼくとしてはぴったりくるのかもしれません。
久しぶりに麻雀しようかなσ^_^; -
Posted by ブクログ
ネタバレチェック項目12箇所。力が入ると何事も嘘っぽくなる、力まず、そっと触れるという感覚、力を入れる生き方から離れて、そっと触れる感覚を取り戻せば、どんなものごともスムーズに何かを成せることをカラダは素直に教えてくれる、幸せもつかみにいくのでなく、そっと触れる感覚を持てたときに、本当の幸せを感じるのかもしれない。カラダを使った遊びのおもしろさ、人が成長するにつれ、言葉を増やし、知のほうへ行くに従ってそれは見えにくくなるが、本来は本能に根差した無条件の喜びを伴うものだ。「力を抜く」ということは力が入っていない状態だが、これは何に対しても「~しよう」という思考の癖を持っている人にとっては難しい、だから、力を抜こうと思うのでなく、カラダの動きを流れにするという感覚を持ったほうがカラダは素直になるかもしれない、カラダが素直になる、正直になるということが、カラダのもっとも自然な状態なのである。カラダを正直にすると、気持ちも正直になる、それが、みんな気持ちから入って「気持ちを正直にしいよう」とするから、嘘っぽくなるのだ、気持ちをいくら正直にしたつもりでも、カラダに対しては正直になれない、カラダはどこか力が入っている。目線は地面と平行でなく、やや上にして遠くを見るようにするといい、立った状態で目線を下にするときと目線をやや上にするときを比べてほしい、目線がやや上を向いていると、気持ちが広がっていく感覚があるはずだ、カラダも流れだし、動きも軽くなる。カラダというものは部分でなく、全体で考えるべきだ、部分だけに囚われてあれこれ努力したりするのではなく、全体のバランスの中でこの部分をどうしようという発想をしないといけない、そうしなければ、必ずおかしなことになるものだ。指が開いていないと不自由に見えるが、軽く閉じたものが自由に力を操れるのである、だが、生活習慣などで指を開く癖がついていたりすると、相撲をとっている最中に微妙に開いてしまうことがあるのだろう、また指を開いてしまうことでカラダが硬くなってしまう。膝が痛くなったり、腰痛になるのも、すべてはカラダが下に下がって負荷が膝や腰に強くかかるからだ、その意味でも、縦の動きをふだんからよくしている人は、歳を取ってもカラダ全体が下へ下がるスピードが遅くなるのである。素直な人は癖が少ない、素直とは「素」になることである、背伸びも飾りもない自分の基本に戻ることである、人が素の状態でずっといることがもしできれば、癖はできない。人は動物である、動物というのは動くから動物なのだ、働くという文字も「人が動く」と書く、常に動くことがすなわち生きるということである、変化という流れの中で生きていれば、当たり前のことだ、生身のカラダを持っている限り、人のカラダは絶えずどこかへ動こうとする本能的な意思を秘めている。