向田邦子のレビュー一覧

  • 男どき女どき

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    私にとって愛は、ぬくもりです。小さな勇気であり、やむにやまれぬ自然の衝動です。
    「神は細部にやどりたもう」ということばがあると聞きましたが、私にとっての愛のイメージは、このとおり、「小さな部分」なのです。

    短編ながら、いつまでもいつまでも、この最後の一節が心から離れない。

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    2026年09月19日
  • 思い出トランプ

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    『思い出トランプ』



    第83回 直木賞受賞



    1980年短編連作
    『花の名前』『かわうそ』『犬小屋』で直木賞受賞
    本作「思い出トランプ」に 収録されている。



    久しぶりの 向田邦子さん♡
    今日 8月22日は 向田さんの忌日でもある
    木槿(むくげ)忌 にあたります。



    ◉ かわうそ
    〇 だらだら坂
    〇 はめ殺し窓
    〇 三枚肉
    〇 マンハッタン
    ◉ 犬小屋
    〇 男眉
    〇 大根の月
    〇 りんごの皮
    〇 酸っぱい家族
    〇 耳
    ◉ 花の名前
    〇 ダウト


    ひとつのお話が 15頁前後、13編収録されている。 短いのだけれど 良く描かれています。


    浮気相手の部下の結婚式に、妻と出席する男の話だったり、かわうそ のような残忍さを持つ人妻、心に毒を持つサラリーマン、こどもの指を誤って切ってしまう母親……。


    誰にでも ひとつやふたつは あるであろう…
    弱さ、狡さ、後ろめたさ…それを向田邦子さんの
    目線で描くとこうなるのね…( ͡ ͜ ͡ ) という
    作品ばかり…贅沢な一冊だと思います。



    ◉ このマークの 三作品

    ・かわうそ
    ・犬小屋
    ・花の名前


    ……は、直木賞に選ばれた作品です( ᐙ و(و


    この三作品の他にも 「大根の月」も私好み♡
    作品の背景は昭和ですが…
    昭和臭さは…ちょっぴり 感じますが…
    読んでいて 心地がいいです(*´艸`)フフフッ♡
    洗練された文章でいて、
    それでいて気取らずに 描かれています。



    今年は没後45年 ということです。
    今もなお 愛され続けている 向田邦子さん。


    直木賞受賞後 僅か一年も経たずに飛行機事故で
    お亡くなりになるだなんて 悲しいです。
    享年51歳は 若すぎる…( ・᷄-・᷅ )



    向田さんの作品を
    これからも大事に読んでいこうって
    思っています( ↂ⃙⃚⃛ ωↂ⃙⃚⃛)

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    2026年08月22日
  • 字のないはがき

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    胸が締め付けられる。字の書けない小さな妹を疎開させることになり、心配な親は自分の住所を書いたはがきを大量に持たせる。元気な時は、丸を書いて毎日ポストに入れなさいと。大きな赤い丸で届いた翌日からは、黒い小さい丸に。それが×に変わってから、ハガキすら届かなくなる。心配になった両親はお迎えに行くと、病気で衰弱した妹が。

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    2026年08月05日
  • 字のないはがき

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    8月に読んでほしい絵本

    向田邦子さんの原作 エッセイの中の 字のない葉書 を絵本にした作品

    絵は作家の西加奈子、文は角田光代さん

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    2026年08月04日
  • 男どき女どき

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    やばい、小学六年生のときに塾で扱ったエッセイと再会してしまった、向田邦子さんだったんだ、興奮がすごい。この人のエッセイ読みやすいのにすごく大切なことをズバッと突く感じが堪らない。

    エッセイじゃない短編小説も面白かった。不思議な雰囲気の話ばかりでとても好みだった。理解力があまり無いのでまだまだ疑問ばかりだけれど、なるべくひとりでじっくり噛み締めて咀嚼したいと思えるお話が4つ。
    学生時代にエッセイを読んだからかな、どのお話やエッセイからも懐かしい香りがして、読み終わったその日にまた何度も読み返してしまった。
    心あたたまる、大切なことに気付かせてくれる、素敵な本だなと感じました。

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    2026年07月19日
  • 新装版 夜中の薔薇

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    違う時代を生きた人の感覚、感情を知る読書の良さを改めて実感できる本だった。
    かっこいい女性だと思った。

    男が男の優しさを語るなと書いてあった。守りたいと思った

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    2026年07月05日
  • 新装版 夜中の薔薇

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    上質な言葉。言葉に情景が浮かぶってすごいことだなと思う。向田さんの得意料理のレシピは読んでいるだけでお腹が空くし、男性鑑賞法もおもしろかった。今の時代のあれこれを彼女ならどう書くか読んでみたかったなぁ、早すぎる旅立ちが惜しまれる。

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    2026年06月20日
  • 新装版 夜中の薔薇

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    特に最後の方のインタビューや自伝エッセイ的な部分、観察眼がえぐい。同じ人を取材してもここまで魅力を語れると思えないし、男女のやさしさについての考察は信じられない色気がある。
    到達点というよりこれも世界観の一つなのだろうが、憧れはやまない。

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    2026年03月25日
  • 新装版 夜中の薔薇

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    向田邦子、直木賞小説とか脚本とかも書いてるけど、文章めっちゃかっこいいなと思ったらエッセイの名手って言われてた人なんだ。

    男を好きな女って男の手が好きって言いがちだけど、私も女のおっぱいとかより女の手が好きでドキドキする。手って色々詰まってるよね。

    向田 邦子
    (むこうだ くにこ、1929年〈昭和4年〉11月28日 - 1981年〈昭和56年〉8月22日)は、日本のテレビドラマ脚本家、エッセイスト、小説家。第83回直木賞を受賞。週刊誌のトップ屋時代は幸田 邦子名義で執筆していた。共同ペンネーム「葉村彰子」の一員でもある。父親の転勤で全国を転々とするが、本人は鹿児島時代が文学の原点と語った。実践女専国語科を卒業後、映画雑誌の記者を経て、ラジオ・テレビの台本・脚本を書く。『七人の孫』『寺内貫太郎一家』等、自分の実感をもとに庶民の生活を温かくかつその暗部をも描いて「ホームドラマの旗手」といわれた。1980年短編連作『花の名前』『かわうそ』『犬小屋』(後に作品集『思い出トランプ』に収録)で直木賞を受賞した。1929年(昭和4年)、東京府荏原郡世田ヶ谷町若林(現在の東京都世田谷区若林)に生まれる[1]。父親は石川県七尾市能登島出身[2]で、高等小学校卒業後に第一徴兵保険(東邦生命保険を経て、現在のジブラルタ生命保険)に給仕として入社し、たたき上げで幹部社員にまで登りつめた苦労人[3]。父が転勤族であったため一歳で宇都宮に転居したのを初めとして、幼少時から高等女学校時代まで日本全国を転々としながら育つ。高松市立四番丁小学校(香川県)、東京都立目黒高等女学校、実践女子専門学校(現在の実践女子大学)国語科を卒業した。
    新卒で財政文化社に入社し、社長秘書として勤める。その後雄鶏社に転職し、「映画ストーリー」編集部に配属され、映画雑誌編集者として過ごす。そのころ市川三郎の元で脚本を学び、シナリオライターを目指した。雄鶏社を退社した後は脚本家、エッセイスト、小説家として活動する。
    ホームドラマ作品の脚本家として現在も知名度は高く、『パパと呼ばないで』『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』『阿修羅のごとく』といった人気作品を数多く送り出した。1970年代には倉本聰・山田太一と並んで「シナリオライター御三家」と呼ばれた[4]。
    1981年(昭和56年)8月22日、台湾への取材旅行中、苗栗県三義郷で発生した遠東航空機墜落事故で死去。51歳没。
    法名は、芳章院釋清邦大姉。墓所は東京都府中市の多磨霊園。墓碑銘は森繁久彌による「花ひらき、はな香る、花こぼれ、なほ薫る 久彌」。遺品はかごしま近代文学館に寄贈され、常設展示されている。寄贈を決めた時の母・せいの言葉は「鹿児島に嫁入りさせよう」[5]であった。
    エピソード
    小学生のころには、父の赴任にともない鹿児島県鹿児島市の鹿児島市立山下小学校で数年を過ごした。この多感な時期に鹿児島の温暖な気候や地元の風習、文化、食べ物、家族や先生、同級生との間に様々な体験をし、忘れ得ない思い出として、代表作エッセイ『父の詫び状』に詳しく綴っている。なお、この作品のモチーフは、鹿児島時代の家族団欒であると言われている[誰によって?]。飛行機事故の直前には、雑誌の企画で鹿児島を訪問し、「故郷の山や河を持たない東京生れの私にとって、鹿児島はなつかしい「故郷もどき」なのであろう」と締めくくっている。
    戦後の混乱期には、一家は父の度重なる転勤により仙台に居を構えていた。最初の社宅は、現在の住居表示で仙台市青葉区国分町二丁目(現在は仙台市都心部の歓楽街だが、当時はオフィス街の裏道)、後に同市同区大手町(旧・琵琶首丁。広瀬川沿いの住宅地)に引っ越した。邦子は実践女子への通学のため、東京・麻布市兵衛町の母方の祖父母宅に下宿し、夏冬の休みだけ仙台に帰省していた。「当時は東京が極度の食糧不足にあえいでいたが、仙台は別天地のように豊かであった」と語っている。1950年に父親が東京本社勤務となり、杉並区久我山の社宅に住み、邦子もまた両親と一緒に暮らし、定年退職の後は杉並区天沼に転居する[3]。
    雄鶏社という出版社に就職したばかりのころは、黒いニットのトップスに黒いロングスカートという服装が多かったため、同僚からは「黒ちゃん」と呼ばれていた。後に妹の向田和子が自著の文中で「その黒いロングスカート姿で仙台へ帰省してきた姉が、当時は黒い服を礼服以外の目的で着ていた人が少なかったこともあり、町へ出るととても目立った」と当時を回想している。
    洋裁が得意であり、一時はコートまで仕立てていた。戦中から戦後の物資の乏しい時期には弟妹たちの手袋、マフラーも手編みで用意し、2人の妹にはセーラー服まで作った。生地の入手自体が困難だったため、古着を仕立て直すなど工夫していた。
    愛猫家としても知られ、実家暮らしのころから亡くなるまで、常に複数の猫を飼っていた。その中でもコラット種のオス「マミオ」はタイ旅行した際に一目惚れした種であり、エッセイにも度々登場させている。邦子の没後は、母・せいと妹・和子が引き取り、16歳で癌によって死ぬまで愛育していた。
    赤旗新聞の愛読者であることを自ら明かした[6]。
    精力的に海外旅行をしていたが、実は飛行機嫌いであった。1981年5月に「ヒコーキ」(『霊長類ヒト科動物図鑑』)というエッセイで、「私はいまでも離着陸のときは平静ではいられない」と書き、あまり片付けて出発すると「やっぱりムシが知らせたんだね」などと言われそうで、縁起を担いで汚いままで旅行に出ると述懐していた。しかしながら、験担ぎも虚しくこの僅か3か月後には飛行機事故で命を落とすこととなった。
    当時珍しかった留守番電話を早い時期に導入していた。機械に慣れない人々が面白いメッセージを多く残したが、中でも秀逸は黒柳徹子で、一分/一通話のシステムでは足りなかったらしく、特有の早口で九通話連続で吹き込まれていたというものであった。しかし用件には全く触れられておらず「後で直に会って話すわね。」という滑稽な伝言であったため、消去せずに保存して来客に聞かせて、もてなしの一つとしていた。
    幼少時より虫が大嫌いだった。虫偏の漢字も嫌いだったが、唯一「虹」だけは好きだった(『クイズダービー』でこのエピソードが出題された)。
    美術愛好家だった。本人がエッセイに記しているとおり、骨董の売り立てによく通い、書画や器を集めていた。かごしま近代文学館には向田が収集した中川一政や長谷川利行、北大路魯山人などの作品が収蔵されている。プライベートでも中川や陶磁器研究家の小山富士夫と交流があり、小山にタイ王国で購入した宋胡禄を鑑定してもらったこともある。向田の没後に出版された小説『あ・うん』の装幀は中川が手がけた。
    グルメとしても有名であった。料理も得意で自炊したが、著述活動の傍ら「女性が一人でも気軽に寄れるお店を作ろう」と、妹の和子と東京都港区赤坂で小料理屋「ままや」を開店した。「ままや」は邦子の没後も妹の和子によって営業が続けられたが、1998年(平成10年)に閉店した。その経緯は和子著の「かけがえのない贈り物」に詳しい。気取った食べ物が嫌いで、海外から帰宅して最初に作る料理は海苔弁当にしていたという。また、エッセイ『夜中の薔薇』に書いてある、レシピを自分好みに改変した常夜鍋(彼女の作り方では昆布を入れず、にんにくとしょうがを加える)が好物であったという。
    手料理のレパートリーの1つであった「若布の油いため」をいしだあゆみに御馳走したところ、いたく気に入られたので、作り方を伝授したことがある[7]。
    遅筆、乱筆で有名であり、切羽詰まると「四」の字を横棒4本で済ましたという逸話がある[8]。
    あまりの遅筆に痺れを切らした樹木希林が「話の筋だけ考えてくれたら、後は現場で何とかする」と電話を掛けて喧嘩になったことがある[9][10]。
    現在(令和6年)では中学校の国語の教科書に、「眠る盃」から出典された「字のない葉書」が載っている[11]。
    向田の命日となった8月22日は木槿忌と呼ばれるが、これは向田と親交があった山口瞳が、向田の死を受けて記した小説『木槿の花』で提唱された忌日である。
    2021年時点で向田を二度演じた美村里江(ミムラ)は、向田のエッセイの方面で敬愛する人に挙げている[12]。また、爆笑問題の太田光も向田作品の愛読者である。
    野呂邦暢の「落城記」を自身初のプロデュース作品として、テレビ朝日にて「わが愛の城-落城記より-」の名でドラマ化したが、放送まで残り二か月を残し飛行機事故で没。遺作となった。[13]。





    「はじめて自分で選んで本を買ったのは、小学校四年のときである。お年玉かなんかでお小遣いがたまり、祖母がつきそって本屋へ出かけたのである。散々迷った末に選んだのは「良寛さま」。たしか相馬御風という方の書かれたものだったと思う。  随分しおらしいものを選んだものだが、四十年前には今ほど子供向きの本はなかった。それでもはじめて自分で本を選ぶ晴れがましさに、本屋中の人がみな自分を見ているような気がした。本屋はその時分住んでいた鹿児島の金港堂である。  ほかに娯楽がなかったせいか、子供の時分から本が好きだった。  学校から帰ると、祖母や母が、「来てるよ」と言う。「小学三年生」「小学五年生」などの本が本屋から届いているよ、という意味である。  ランドセルをおっぽり出すようにして読みふけった。お八つも、本をめくりながら食べた。  私はその時分から、親の目を盗んでは納戸に入り込み、判らないながらも「夏目漱石全集」や「明治大正文学全集」「世界文学全集」を読みふけるマセた子供ではあったが、やはり年相応の、しかも堂々とひろげられるこのての本はやはり楽しみであった。」

    —『新装版 夜中の薔薇 (講談社文庫)』向田邦子著


    「「野中の薔薇」とうたったのは、たしかゲーテだが、わたしは夜中の薔薇のほうがいい。そのへんでやっと、一緒に歌った人の名前を思い出した。一年ほど前にインタビューに見え、簡潔な文章で私が脚本を書いたテレビ番組を紹介してくださった地方新聞の記者であった。」

    —『新装版 夜中の薔薇 (講談社文庫)』向田邦子著

    「それからも、本は好きで乱読したが、将来筆で立とうなど微塵も思わなかった。学科のなかでは体操が好きで、体育専門学校へゆきたいと本気で考えたこともあった。こと志と違って、国文学を専攻したが、これも勉強よりアルバイトとバレーボールに血道をあげている時間のほうが長かった。  二つのなかからひとつを選べるときは、楽なほう面白そうなほうを選び、スキーにゆく小遣い欲しさにさしたる考えもなく放送台本を書く仕事をはじめた。」

    —『新装版 夜中の薔薇 (講談社文庫)』向田邦子著

    「自分に似合う、自分を引き立てるセーターや口紅を選ぶように、ことばも選んでみたらどうだろう。ことばのお洒落は、ファッションのように遠目で人を引きつけはしない。無料で手に入る最高のアクセサリーである。流行もなく、一生使えるお得な「品」である。ただし、どこのブティックをのぞいても売ってはいないから、身につけるには努力がいる。本を読む。流行語は使わない。人真似をしない──何でもいいから手近なところから始めたらどうだろうか。長い人生でここ一番というときにモノを言うのは、ファッションでなくて、ことばではないのかな。」

    —『新装版 夜中の薔薇 (講談社文庫)』向田邦子著

    「そこへゆくとフランス映画はもう少し人間的で、ジャン・ギャバンなども、このテのかっこいい払い方をするが、本当は懐はさびしいんだが連れてる女の手前、ね……といった自嘲と苦みがチラリと出ていたし、イタリア映画は、そこはリアリズムのお国振りで、ソフィア・ローレンのような大美女大女優といえども、私達と同じ感覚でお金を払いお釣りを受取っていたような気がする。  あの頃は、将来、まさか自分がテレビ・ドラマを書くようになろうとは夢にも思わずに見ていた。いまドラマを書きながら、あの頃不思議だなと思った小さな違和感を、忘れてはいけないなと、自分に言いきかせている。」

    —『新装版 夜中の薔薇 (講談社文庫)』向田邦子著

    「よく出来たハナシというのがある。  例えば「カルメン」や「忠臣蔵」がそれである。人間の配置、性格づけ、背景、展開。どれをとっても間然するところがない。わかりやすく、奥行きが深い。さらにいえば、その国の風土や時代、国民性までピタリとあらわしているのに感心してしまう。  こういうハナシは、土台もしっかりしているが、枝葉の方もすぐれていて、何気ない描写やエピソードにも、なるほどと感心する部分が多いものだ。」

    —『新装版 夜中の薔薇 (講談社文庫)』向田邦子著

    「ベルギーぼんやり旅行  小さいけれど懐の深い国大馬小エビ篇  アダモ。  シムノン。  ブリューゲル。  いきなり三題噺みたいで恐縮だが、「雪が降る」のシャンソン歌手と、メグレ警部生みの親と農民画の大家の共通点は、三人ともベルギー生れということである。これもベルギー行きの飛行機のなかで知ったことで、私にとってベルギーは「白耳義」であった。」

    —『新装版 夜中の薔薇 (講談社文庫)』向田邦子著

    「中世がそのまま残っているのはブルージュである。  ブリュッセルから汽車か車で小一時間。  町のなかを曲がりくねった運河が流れ、小さな五十の橋がかかっている。  私はこの町に一泊したが、嬉しいのは、まだ観光ずれしていないことである。  北のベニスといわれ、有名なベギンホフ修道院、白鳥名物のレース屋とお膳立ても揃って、チョコレートの箱の絵みたいに、気恥ずかしくなるほど美しいのだが、この町の人は、己の町の美しさに気がついているのかいないのか、実におっとりしている。」

    —『新装版 夜中の薔薇 (講談社文庫)』向田邦子著

    「 ブリュッセルは爆撃にも合わず、五百年六百年昔の建物を今に残している。 EC(ヨーロッパ共同体)本部は、中世の赤レンガの建物のなかでひときわ目を引く鉄とガラスの鋭角的なビルだが、見ていると、ベルギーは京都と似ているなと思った。  右にも左にもおもねず抗わず、身をまかせると見せてやわらかく身をこなし、祇園ではないが ECという貸席で、ちゃんと世界の中心に納っている。  京都の家は、みかけは小さいが奥が深い。  ベルギーという国も、多分、知れば知るほど懐が深いのだろう。  ベルギー食いしんぼう旅行のハイライトはシャトー(城)での晩餐会である。  赤坂離宮の倍も三倍もありそうなシャトーである。ここも貸席になっていて、みごとな部屋でみごとな料理がいただける仕組みになっている。」

    —『新装版 夜中の薔薇 (講談社文庫)』向田邦子著

    「フランス人でも、シャンパンやリキュールを創ったのは坊さんである。  食事のとき水を飲む、というので、アメリカ人を「蛙」と馬鹿にするというはなしを聞くにつけても、ヨーロッパの人にとって、暮しと酒は切り離すことの出来ないシャム双生児らしい。入院患者の食事にも、ワインのつくお国柄なのだ。」

    —『新装版 夜中の薔薇 (講談社文庫)』向田邦子著

    「一日に何回も鐘が鳴る。  みんなかつての戦争の遺失物という気がした。  猫祭りを見て思いついたわけではないが、私はこの国の黒猫印のインスタントコーヒーが大好きだ。  東京にいる時分、友人からお裾分けしてもらい、モカの香りのすばらしさにすっかりファンになった。  この黒猫印のコーヒーを買いに、ブリュッセルのスーパーをのぞいてみた。  その大きいこと。体育館を五つも六つもつなげたような巨大なもので、端から端までゆくのにローラースケートが欲しいほどであった。  いま、ここが大繁昌だという。」

    —『新装版 夜中の薔薇 (講談社文庫)』向田邦子著

    「ベルギーは複雑な国である。  フランスみたいに、粋です、洗練されてますとひと口では言えないところがある。  正直いって、私にはまとまったものは何も見えなかったが、ただひとつ言えることは、色あいのはっきりした大国を見物するより、判らないなりに生き生きして、とても面白かったということだ。  どこにもハッキリ書いてないから、私はいつも首をひねっていた。何でも早わかりで判るより(いまは行かない先に判っていることもある)飲んでも食べても、見ても判らなくて、これが本当のヨーロッパの姿かな、などと自分なりに宿題を残すほうが、本当の外国旅行かなという気がしている。」

    —『新装版 夜中の薔薇 (講談社文庫)』向田邦子著

    「私が一番好きなのは、この人のユーモア感覚と誠実である。  お行儀のよい好みのなかに一滴まじるおかしみ、抜けたところが、たまらなくいい。  一点一画もゆるがせにしないこの人の端正な字からは想像も出来ないのだが、お酒もかなりイケる口で、酔うとチャーミングな武勇伝もあるらしい。」

    —『新装版 夜中の薔薇 (講談社文庫)』向田邦子著


    「お断りしておくが、これは実在の人物ではない。私が脚本を書いている「寺内貫太郎一家」というテレビドラマの主人公である。毎週一回、一時間だけ茶の間へ登場するこの「寺内きん」なる老女は、演ずる悠木千帆の絶妙な演技と相まって、不思議な人気をよんでいるらしい。彼女が、沢田研二のポスターの前で「ジュリー!」と身をよじって絶叫する場面を模した人形まで売り出されるという騒ぎに、生みの母は、ただ啞然とするばかりである。  大体、何のなにがしの母として登場するからには、障子の切りばりをして節約を教えるとか、志半ばにしてうちへ帰ってきた息子を、戸を閉めて家へ入れずに追い返すとか、世の鑑になるようなことをしでかすのが常であるけれども、この寺内貫太郎の母は正反対。世間様に賞めていただくようなことはなにひとつしていない。それどころか、良識ある家庭なら眉をひそめるような行状が彼女の毎日なのである。  なにせ趣味はいやがらせといたずらなのだ。食事の時に、「そんなに嚙んでると、口の中でごはんがウンコになっちまうよ」などと言う。家族一同の辟易する顔を見るのが、きんさん何よりの食欲増進剤であるらしい。わざと小汚い食べかたをして、隣席の孫から「ばあちゃん、きったねえなあ、もう!」と小突かれると、「なんだよ、寺内!」と小突き返す。「ホラホラ、こないだまでおしっこチビってたのが一丁前の口利いて、まあ」と負けていない。デブで短気で、情は厚いのだが、不器用な息子をからかい、嫁をイビリ、孫と対等にケンカし、お手伝いをいじめる。」

    —『新装版 夜中の薔薇 (講談社文庫)』向田邦子著

    「私が寺内一家を気にいっているもう一つの理由は、家族全員が、おばあちゃんを「みそっかす」扱いしないということである。  特に伜の貫太郎は、人一倍情の濃い親孝行なくせに、極めてジャケンに親を突っぱなしていることである。「年寄りなんてものは楽をさせるとポックリいっちまうんだ」と、あまり大切にしない。ときにはぶっとばすこともする。ただし、要所要所を「しめて」いるから、親のほうもひがまない。  盛大にやったりやられたりしながら、目を白黒させて一瞬の油断もなく、毎日を送っているのである。七十になっても、現役なのである。生活全般にわたって、手加減されない大変さと、生き甲斐を、この寺内きんは味わっている──そこが、私の好きなところである。」

    —『新装版 夜中の薔薇 (講談社文庫)』向田邦子著


    「しかし、これが男というもの、男の職業というものなのだろう。とりわけ伝承芸能とは、まず技術、修業が先決。そこから頽廃を汲みとるのは、鑑賞するこっち側のすることなのだ。繊細な江戸の情緒はしたたかな太い腕で引継がれてゆく。職業だけで、男の中身を計ってはいけない。気の弱い政治家もいれば、肩書の好きな宗教家もいる。そして、たくましい新内語りもいるのである。」

    —『新装版 夜中の薔薇 (講談社文庫)』向田邦子著

    「末端神経肥大症といわれるかも知れないが、私は男性の「部分品」に少なからぬ興味がある。例えば指。手。  器用そうだが卑しい指がある。  不細工だが温かそうな手がある。  氏素性から志の高さ、好きな言葉ではないが知性、感受性の鋭さ鈍感さから、オッチョコチョイかずる賢いか、豊かか貧相か、ウブか助平か──たばこを喫ったりコーヒーカップを持つその表情の中に、チラリと覗くような気がするのだ。」

    —『新装版 夜中の薔薇 (講談社文庫)』向田邦子著

    「 落語家は棟割長屋に住んでいる。  落語家は狆を飼っている。  落語家は車をもたず電車で通う。  落語家はひげをはやしていない。  私は落語家に対して、こんなイメージを持っていた。  落語家がマンションに住んだり、セント・バーナードを飼ったりしては困るのだ。運転手つきの外車にのって楽屋入りされたんでは、いい心持で笑えないような気がする。まして、当節流行のヒゲなど生やして高座にのぼられたんでは、ご存知八っつぁんクマさん横丁の隠居も滅茶苦茶になりそうな気がするのだ。」

    —『新装版 夜中の薔薇 (講談社文庫)』向田邦子著

    「おまけに、子供のくせに、自分のそういう高のぞみを、ひそかに自慢するところがあって──ひとくちにいえば鼻持ちならない嫌な子供だったと思います。爪をかむ癖と高のぞみは、はたちを過ぎても直らず、ますます深みに入ってゆく感じがありました。考えてみますと、私の爪をかむ癖も、フロイト学説によりますと、欲求不満が原因とかで、のぞむものが手に入らない苛々からきていることに間違いはなさそうです。十七、八歳の頃、気持を静めようと本を読んでいて、気がついたら、本の上にポタポタと血が落ちたことがありました。  たしかに、私は苛立っていました。  社員十人ほどの小さな会社でしたが、カメラマン、画家、音楽家もいて、学校では学べなかったさまざまなものを私に与えてくれました。社長夫妻も私を可愛がってくれ、生れた娘に私と同じ名前をつけるということもあったりして──つまり、はた目からみると若い娘の結婚前の職場としては、不平不満をいうのはぜいたくとうつったことでしょう。」

    —『新装版 夜中の薔薇 (講談社文庫)』向田邦子著

    「私は若く健康でした。親兄弟にも恵まれ、暮しにも事欠いたことはありません。つきあっていた男の友達もあり、二つ三つの縁談もありました。今考えればみな男としても人間としても立派な人たちばかりで、あの中の誰と結婚していても私は、いわゆる世間なみの幸せは手に出来たに違いありません。  にもかかわらず、私は毎日が本当にたのしくありませんでした。  私は何をしたいのか。  私は何に向いているのか。  なにをどうしたらいいのか、どうしたらさしあたって不満は消えるのか、それさえもはっきりしないままに、ただ漠然と、今のままではいやだ、何かしっくりしない、と身に過ぎる見果てぬ夢と、爪先き立ちしてもなお手のとどかない現実に腹を立てていたのです。たしかに手袋は手袋だけのことではありませんでした。  我ながら、何というイヤな性格だろうと思いました。  このままでは、私の一生は不平不満の連続だろうな、と思いました。今年の冬どころか来年の冬も、ずっと手袋をしないで過ごすことになるのではないか、と思いました。自分に何ほどの才能も魅力もないのに、もっともっと上を見て、「感謝」とか「平安」を知らないこの性格は、まず結婚してもうまくゆかないだろうな、と思いました。」

    —『新装版 夜中の薔薇 (講談社文庫)』向田邦子著

    「 私は「清貧」ということばが嫌いです。  それと「謙遜」ということばも好きになれません。  私のまわりに、この言葉を美しいと感じさせる人間がいなかったこともあります。少しきつい言い方になりますが、私の感じを率直に申しますと、  清貧は、やせがまん、  謙遜は、おごりと偽善に見えてならないのです。  清貧よりは欲ばりのほうが性にあっていますし、へりくだりながら、どこかで認めてもらいたいという感じをチラチラさせ、私は人間が出来ているでしょう、というヘンに行き届いたものを匂わせられると、もうそれだけで嫌気がさして、いっそ見栄も外聞もなく、お金が欲しい、地位も欲しい、私は英語が出来るのよ、と正直に言う友人のほうが好きでした。」

    —『新装版 夜中の薔薇 (講談社文庫)』向田邦子著

    「 お茶を二時間習い、時計が三時になったから、すぐショパンが弾けるものでしょうか。私は非能率的といわれても、お茶を習った日はお茶だけにして、夜までその気分を大切にしたいと思う「たち」なのです。  いや、それよりも、「私は時間を合理的に使っているでしょ?」という、したり顔が──私は、ダメな人間ですから、きっと口惜しいんでしょうね──気に入らないのです。  時というものは、一秒一秒、時計のセコンドのようにせわしなく過ぎてゆくものでもありますが、一生の単位で見れば大きな河の流れにも似て、ゆったりと流れてゆくものでもあるはずです。  三年五年を、無駄にすごしたとしても、六十年七十年の人生にとって、引っかき傷ほどにもなりません。  私は、どちらかといえば負け犬が好きです。  人も犬も、一度ぐらい相手に食いつかれ、負けたことのある方が、思いやりがあって好きです。  時にしても同じです。  一時間単位、二時間単位で時間を使ったといっても、それはせいぜい、時計を有効に使ったということにすぎません。  人間は、時計を発明した瞬間から、能率的にはなりましたが、同時に「時計の奴隷」になり下がったようにも思います。」

    —『新装版 夜中の薔薇 (講談社文庫)』向田邦子著

    「強いだけの男。  やさしいだけの男。  こういう男は、佃煮にするほどいますが、味わいが乏しいように思います。当り前のことですが、強い中にやさしさがあり、やさしい中に強さがあると、魅力は二乗三乗になるのです。  ターザンやキングコングが世界中の人気者になったのはあのやさしさです。織田信長がなぜ志半ばにして本能寺でたおれ、豊臣秀吉が天下を制したか。それはやさしさではないかと思います。秀吉が陣中から淀君やおねねに出した手紙が今も残っていますが、男のやさしさのお手本のような文面です。この人もサルとよばれた風采の上がらぬ醜男だったそうですが、天下人となってからも、気持のどこかになにか悲しみのようなものがあったのかも知れませんね。」

    —『新装版 夜中の薔薇 (講談社文庫)』向田邦子著


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    2026年03月06日
  • 阿修羅のごとく

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    Netflixで観てどハマりしたので原作も。
    いやー、すごく面白かった。
    ドラマを見た時も思ったけれど、四姉妹を始めとした会話のテンポ感と言葉のチョイスが生粋。
    女同士の会話ってこうだよな〜、話題も喜怒哀楽の感情もコロコロ変わるから、男性の登場人物は結構たじたじ。
    女性作家だから、女性の繊細な感情表現もしっかりと描かれていて、誰が読んでも刺さると思う。
    特に不器用な滝子とこれまた不器用な勝又のロマンスの過程と、巻子夫婦の不倫案件の終着点が良かったなあ。
    これぞ不朽の名作。

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    2026年03月04日
  • 字のないはがき

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    まだ字も書けないほどの小さな女の子が戦争のために家族から離れて疎開した。

    家族からたくさん愛されてきた小さな妹。
    両親の心配をよそに元気に疎開先へ出かけていく。
    その後疎開先でどんどん元気をなくしていく様子が字のない葉書からありありと伝わってくる。
    その変化に胸が締め付けられた。
    どんなに心細く苦しかっただろう。
    お母さんもお父さんも居ても立っても居られなかっただろう。

    子どもたちの無邪気さ、健康、安全基地、時には命を奪ってしまう戦争の理不尽さをひしひしと感じた。なぜ人間はそんな愚かな行為に繰り返し走ってしまうのか。

    小さな妹が無事に大きくなってよかった。

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    2026年02月04日
  • 思い出トランプ

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    昭和の物語りだが、人間の根底に根付く物事はいつの時代も同じ。
    清らかに生きたくても、墓場まで持っていかなくてはならない事情は誰しもが抱えて、平然と生きている。
    騙してる訳では無い、隠している訳では無い...
    今の私、あなた、家庭、家族を保つ為にはそうする事が一番であるのだ。

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    2026年01月11日
  • 父の詫び状

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    読書会のテーマ本でした。昭和の家庭はこうだったんだろうなと思います。同じ昭和生まれとしては、懐かしなと思うエピソードもあり、とても面白かったです。

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    2025年12月16日
  • 阿修羅のごとく

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    凄い本です♪
    よくここまで人の気持ちが書き込めるものです。すばらしい才能ですよね!
    流れるように読みました

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    2025年10月17日
  • 阿修羅のごとく

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    ネトフリのドラマの復習のような気持ちで読んだ。四姉妹ならではの台詞回しは本だとなかなか分かりづらくて、本当にドラマのためのお話だと実感。そして、改めて展開もそれぞれの台詞も本当に秀逸。
    この小説で、ふじさんや恒太郎さんが改めて興味深い存在だと思った。國村隼さんは、原作の恒太郎そのままで、台詞少ないキャラなのに台詞に無い部分もしっかり表現されてたと思った。
    向田邦子さんは男の目線も女の目線もしっかり盛り込んで、浮気や不倫を加害・被害というだけでないものとして、描いていた。

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    2025年09月24日
  • 新装版 夜中の薔薇

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    定期的に読みたくなる向田作品。

    没後もう40数年も経ってしまったのかと
    ふと思い出した。
    こちらの本を購入していなかった事を
    思い出し購入後直ぐに一気読みした
    毎回の事だけど向田さんの作品は 
    読み始めるといつもノンストップ。
    止まらないと言うより止められない。

    今回も同じくで、新装版を読んだのですが
    太田光さんの後書きを読み、芸人としては
    あまり好きじゃない(ごめんなさい)のだけど 
    生粋の向田邦子ファンなのを知って
    見方が変わりましたし何故か涙が出ました。
    いや、かっこいい。
    そこから派生して、太田さんが書いた
    「向田邦子の陽射し」も読む事になりそうです
    これだから読者はやめられませんね。

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    2025年09月07日
  • 思い出トランプ

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    Audibleにて聴書。
    朗読の意地の悪い感じの読み方が向田邦子の原作と合っていてとてもよかった。Audibleを聞いた中では一番よい。

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    2025年08月27日
  • 思い出トランプ

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    初、向田邦子さん
    こんなにもグッと没入させてくれる文章は中々ない様な気がする。とにかく凄みえぐみ。
    共感できる狂気さ、という独特な世界観
    犬小屋という話が特に好き。

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    2025年08月02日
  • 新装版 眠る盃

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    向田邦子さんの魅力が溢れんばかりの随筆集。この人柄からこの文章ありという感じで、とにかく面白くて、しかも文章表現が巧みで飽きがこない。ありきたりでない比喩表現は天下一品。読んだ後に余韻を感じ、また読みたくなってしまう。その理由は、美しい日本語の使い手であるからだと思いました。文章の素晴らしさもさることながら、映像を見ているかのような錯覚に落ちいる自分もいました。テレビドラマ脚本家であった向田さんの実力であると、合わせて思ったしだいです。

    谷川俊太郎さんが登場する随筆があるのですが、その登場の仕方の描き方は、上手い!としか言いようがなかったです。男性鑑賞法と題しての随筆では、登場した男性の皆さん、こんな風に文章で表現されたら、恥ずかしいやら嬉しいやらで、天にも昇る気持ちになったのではないかと思われます。最高級の賛辞でした。

    以前、黒柳徹子さんの著書で、お2人がお友達関係であったことを知りました。両者共に天才的なユニークさをお持ちです。仲が良くなるはずだと合点がいきました。

    たくさんの随筆を読み進める中で、少し前の私自身のことを言い当てられているような文に出会い、ちょっとドキッとしました。

    「人は一生の間にどれくらいの本を読むものか知りませんが、どうも女は、自分の好みのごく狭い枠の中で、似たようなものを読んでいるように思います。たまには思い切って、全く別の世界のものにとりついてみたらどうでしょうか。」

    「一冊の辞書はスリ切れるまで一生使う。そして、あとは、ベストセラーばかり追いかけずに、なるべく人の読まない本、むずかしくてサッパリわからない本を読むのも、頭脳の細胞活性化のためにいいのではないかと思います。」

    向田邦子さんの有難いお言葉、しかと心に刻みました。

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    2025年06月11日
  • 父の詫び状

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    松浦弥太郎さんの『エッセイストのように生きる』の中で紹介されていたので手に取ってみた。
    エッセイとは何か?をまさに体感できる一冊だった。家族のこと、何気ない日常のこと、仕事のこと、一見何の繋がりもないようだが、向田邦子さんの"気づき"や"記憶"を介して、全てが一つにつながるのが、読んでいて気持ちよかった。
    あと単純に文章がすごく上手なんだなあと。
    言葉選びとか描写力が卓越している。

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    2025年06月03日