向田邦子のレビュー一覧
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ネタバレ原作・向田邦子さん、文・角田光代さん、絵・西加奈子さんという豪華な顔ぶれの絵本が出たと知ったときから手に取りたかった一冊。
ストーリーは知っていましたが、どんな絵になるのか、装丁になるのか興味しんしんでした。
西さんの絵が温かみがあってしみじみ佳いです。
厳しくて怖いお父さんが、小さなかぼちゃを取ってしまったらいつもは怒るお父さんが、小さくなった小さな妹をだきしめて、おおんおおんと泣くシーンは何度読んでも涙が出ます。
悲しみややりきれなさ、戦争に対する理不尽さも込められた泣き声なのではないでしょうか。
読後、表紙の可憐なたんぽぽにまた涙が誘われてしまいます。 -
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読み終えるまでに何ヶ月もかかった。それだけこの世界観に浸っていたい、終わってほしくないと願ってしまったのだ(実際は長い放置期間を挟んだ)。彼女の目や心を通して観る昭和初期の風景、家族の営みが、決して派手ではないけれどささやかなユーモアに満ち満ちている。断片的なのにしっかりテーマとリンクした思い出の数々は、時々ゾッとするものもありつつ、けれどそれらを見つめる眼差しはあたたかい。彼女のような文章を書けるようになりたいと素直に思う。そして彼女にとって大切な、身も心も移り変わる時期を過ごした鹿児島が、わたしにとっても「転」の地であることを誇りに感じた。
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ゴールデンウィークに入る前、髙島屋の月刊誌で、この本についての太田光のエッセイを読んだ。昭和50年に刊行され、ドラマ化もされたこの小説。今から40年以上も前に書かれたのに、未来を予見していたかのように現在の社会の様子を描き出している、と太田は言っていた。
具体的には、「祭りばやし」という章で、町の人々が祭りに浮き足立っている様子を、お手伝いさんのミヨ子が冷ややかな気持ちで眺めるシーン。ミヨ子は母親を一年前に亡くしており、祭り当日が命日だったので、一緒に楽しめる気分ではなかった。でもみんなの雰囲気に水を差してはいけないとずっと我慢してきた。それでも態度には出てしまい、それが原因で一家と喧嘩になってしまう。自分の態度を責められ、ついに我慢できなくなったミヨ子は、母の命日であったことを告白し、同時に、みんなが祭りに浮き足立って、先に解決すべき問題の数々から目を逸していると怒りをぶつける。
「みんなから寄付を集めて、そのお金で飲んだり食べたり騒いだりーーーバカバカしいと思わないんですか。道だって凸凹だし、街灯だってついてなくて暗いとこだってあるのに、町内会の人が酔っ払うのにお金使って」
「朝からドンドンピーピーお囃子流してーーー病気の人だって心配ごとある人だっているのにーーー非常識だと思います!」
「幸せな人だけが楽しんでるんです!私、お祭りなんて大嫌いです!」
40年も前に書かれたこのセリフが、今、オリンピックをどうにか開催しようと躍起になっている一部の日本人を表しているかのようだ、と太田は言っていた。時代を超えて真実を描き出す力がすごいなぁ、と私も思った。
大変なこと、未解決の問題があるから、楽しいことをするのは良くない、という自粛の精神は好きではないけれど(3.11の翌日だった結婚式を延期せざるを得なくなり、結局一年半「自粛」した十年前を思い出している)、大事なのはバランスなんだろうなぁと思う。楽しいことを挟んで、明日からまた頑張ろうと思えるのであれば、建設的で有意義なのだけれど、「楽しいこと」そのものが目的になってしまうと、未解決の問題はそのまま置いてけぼりになってしまう。オリンピックはどう考えても、後者に見える。問題(コロナの感染者が減らないこと、それに伴って医療従事者の負担が増えたり、飲食業についている人々の収入が不安になったりしていることなど)はいったん置いておいて、の「いったん」が長くなりすぎるし、オリンピックの開催期間中も人々の暮らしは続いているわけで、その保証はどうするのだとか。「とりあえずオリンピックで楽しんで、テンション上げて、終わったらまたコロナ対策とかいろいろ頑張ろうぜ!」というレベルのイベントではないと思う。
こうやって書いていると、私はオリンピックに反対なのだな、と感じる。これまで明確にどちらのポジションも取ってこなかったけれど、書いていてしっくりきているというきとは、そういうことなのだろう。
私が反対しようがしまいが、世の中は変わらないし、オリンピックはきっと開催される(あるいは私の意見とは全く関係ないところで中止が決定される)。でもきっとそうであっても、自分の立ち位置みたいなものを持っておくことは必要なように思える。口論するつもりもなければ、違う意見の人を論破しようとするつもりもない。ただひとつの芯のようなものとして、自分の立ち位置を決めることにする。そしてその芯のようなものは、柔軟であったほうがいいと思う。事実に基づく柔軟さを持ちたいと思う。その場の感情や、社会から読むことを求められる「空気」に惑わされない、事実に基づいた柔軟さを身に付けたいと思う。 -
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感動したんですよ。好きで書き留めた言葉がいくつもありました。
今、Pairsのプロフィールに書いているのが「七分が粋で、三分が野暮」です。すみません、実際の俺は「七分が野暮で、三分が粋。いや、それ以下か」なのに。
この装丁と相まって、ほんと永遠に残したい一冊ですね。
そうしみじみと読み終えようとしたところ、解説が太田光さんでした!私は太田さんが大好きなのですーーー。
確かに、太田さんが向田邦子さんファンというのは、何かで見たことがありました。でもね、もう自分が向田さんのエッセイで感動していた矢先に、自分が好きな太田さんが子どもの頃から温め続けている向田さんへの思いを綴った解説を読むとね。もう二度おいしいというか、もう昇天してしまうわけです。
なんだろう。人と、しかも好きな人と、感動を分かち合えることの喜び!!! -
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ネタバレ向田邦子 著「男どき女どき」、1985.5発行(文庫)。小説4編とエッセイ21篇、向田さんの最後のメッセージともいえる作品ではないでしょうか! 小説では「鮒」と「ビリケン」、エッセイでは「若々しい女(ひと)について」「独りを慎む」「ゆでたまご」「反芻旅行」「壊れたと壊したは違う」、特に秀逸と感じました。
向田邦子さんのラストメッセージとも言える「男どき女どき」、1982.8刊行、1985.5文庫化。21編のエッセイと4つの短編小説が収録。たった3ページのエッセイ「ゆでたまご」が映像的に心に迫ってきます。著者が小学4年生の時の出来事から「愛」を紡いだエッセイです。片足、片目が不自由で疎んじられていた同級生Iにまつわる2つの話。遠足の時、汚れた風呂敷に包まれた大量のゆでたまご。母親が「これみんなで」と著者に。徒競走で遅れて一人走るI、厳しくて人気のない女の先生が飛び出し一緒に走った。愛はぬくもり、自然の衝動!
向田邦子「男どき女どき」、1985.5発行、再読です。「ゆでたまご」と「無口な手紙」がお気に入りです。「ゆでたまご」には、短いエッセイ文の中に、貧しく動作ののろい女の子への母親の愛と教師の愛がぎっしり詰まっています。手紙は、簡潔、省略、余韻、そして、その人ならではの情景か言葉が。そうありたいと常々思っています。
4つの短編小説といくつかのエッセイが収録されています。向田邦子「男どき女どき」、1985.5発行、再読。小説では「ビリケン」が好きです。エッセイでは、「若々しい女(ひと)について」「独りを慎む」「ゆでたまご」「草津の犬」「壊れたと壊したは違う」「無口な手紙」「甘くはない友情・愛情」がお気に入りです! 女は具体的な動物、夫を愛し子供を愛する本能はすぐれているが、友情という抽象的な精神は男にはかなわないのでしょう。とありました。
TVで北海道の言葉: 自分の意志なし(不可抗力)で押してしまうのを「押ささる」、自分の意志で押すのを「押しちゃった」(自分の責任)だと。これを聞いて、向田邦子さんの父からの教えのエッセイ「壊れたと壊したは違う」が浮かびましたw。向田邦子「男どき女どき」、1985.5発行。「思い出トランプ」で直木賞、何事も成功する男どきでした。その後の「男どき女どき」、21編のエッセイ集と遺作を含む小説4編が収録されています。エッセイ「無口な手紙」「独りを慎む」「ゆでたまご」が好きです。台湾旅行は女どき、早逝されました。 -
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ネタバレ電話は固定してるのが当たり前であった時代、平成という時代も、携帯もパソコンも見ることはなかった向田邦子さん(1929~1981)の「父の詫び状」に続く二冊目のエッセイです。「眠る盃」、2016.1発行。一人暮らしで猫と一緒に暮らす粋で上品な独身女性の生き方を楽しく拝見しました。眠る盃、噛み癖、夜の体操、字のない葉書、抽出しの中、恩人、鹿児島感傷旅行など、とても面白かったです。
向田邦子 著「眠る盃 新装版」、2016.1発行。第1部のエッセイはお馴染みのエッセイ集ですが、第2部の男性鑑賞法や第3部については、感心が薄いのでさらっと流しました。やはり、眠る盃、噛み癖、字のない葉書、Bの二号さん、抽出しの中、恩人、うしろ姿、鹿児島感傷旅行など、読んでて、さすが向田さんのエッセイだと感じます。
独り暮らしで猫と一緒の独身女性だった向田邦子さん(1929~1981 享年51、没後40年)、2冊目の随筆集「眠る盃」、1979.10刊行、2016.1新装版、再読です。眠る盃、噛み癖、字のない葉書、猫自慢、鹿児島感傷旅行・・・、何度読んでも素晴らしいです。
♪~春高楼の花の宴 めぐる盃かげさして 千代の松が枝わけ出でし むかしの光いまいずこ~♪ 24歳で早逝した天才滝廉太郎(1879~1903)の名曲「荒城の月」、大好きな曲です。電話は固定されたものが当たり前、携帯はなく、パソコンも普及していなかった時代をさっそうと生き抜けた向田邦子さんの名調子、「父の詫び状」に続くエッセイ、「眠る盃」2016.1発行。知的ユーモアと鋭い感性、温かで魅力的な人柄が詰まった55編のエッセイです。「向田邦子は突然あらわれて、ほとんど名人である」(山本夏彦)よくわかります!
向田邦子さんの「眠る盃」(2016.1)、何度か再読しています。著者の2冊目の随筆集。今回、私のベスト10を選びました。(ページ順に:)潰れた鶴、眠る盃、夜の体操、字のない葉書、能州の景、Bの二号さん、猫自慢、抽出しの中、恩人、鹿児島感傷旅行。