野矢茂樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
頭を捻りながら読んだが、決して難しい訳ではない。
この本を読んで『読む』という行為には付帯して『思考』というものが必ず存在することに改めて気付かされた。
野矢先生は全部お見通しかも知れないが“考えずに読む“ことを拒否する文章が優しそうな顔をして並らべてある。
数式や記号をほぼ使わずに対話として語られる「無限論」
分かりやすい論理学の本を沢山お書きになっている野矢先生ならではの文章だと思う。
全て理解したかと言うと自信は全く無い。
同じ内容を他人に説明出来るとも思えない。
しかし、カントール、ラッセル、ゲーデルへと続く無限に対する思考法には馴染めたような気がする。
「そんな気がするだけ」かも知れないけれど…
巻末に紹介のある『無限ーその哲学と数学』と『無限集合』は、今後時間を掛けて読んでみる予定。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ社会人になると「論理的に考えろ」・「頭を使え」とよく言われるが、そもそもとして「考える」とは何かを優しく諭してくれる、そのような本です。
本書の中で語られる「考える」とは、頭の片隅に問題を留めておくということ。
経験から得た常識や枠組みに対して、非常識や枠外の出来事に違和感や課題を感じ、それを頭に残しておく。そうすることにより、ふとしたタイミングで、違和感への理解や課題解決方法がパッと閃くことがある。
個人的には、それこそ「アハ体験」なのではと思う。本書では「ヘウレーカ」と呼ばれている。
日々の中で感じ取った異変(自分が理解できないこと)を頭の片隅に留めながら、生活を送って行きたいと思わせてくれる良書でした。 -
Posted by ブクログ
本来は難解な問題が気楽に面白く読めるのは、とても良いと思う。
ただ個人的には、最初に批判されている一般観念説が何故ダメなのか、いまいち分からなかった気がする。太郎君とお父さんの会話のような事態はどの説でも起こり得て、会話を重ねることで差は埋まっていくけど完全一致したかどうかは分かりようがないのでは..? 文の意味よりも先に語の意味(心の中の一般観念)は決まらない、というのは分かる。でも語が心の中の一般観念を指すということ自体をなぜ否定できるのかは分からない。否定というより不要なんだろうけど、そうなのかな..? 言葉が心の外の対象を指せることの方が不思議で、説明が必要のようにも思える。 -
Posted by ブクログ
論理哲学論考
著:ウィトゲンシュタイン
訳:野矢 茂樹
岩波文庫 青689-1
難書 雰囲気しかわかりませんでした、第一、数学に出てくる用語でも、意味がよくわからない
論理式の展開についてゆけないです
■論理哲学論考(本文)
第一感、岩波文庫にしては、行間がゆったりしていて見やすいというものでしたが
次に、第二感、なんじゃこれは、番号と文章がひたすら、巻末までにならんでいる
つまり、「論理哲学論考」はネスト構造(入れ子)になっている、一連の命題と思われる
1世界は成立していることがらの総体である
1.1世界は事実の総体であり、ものの総体ではない
1.11世界は諸事実によって、そしてそれが事実のすべてであることによって、規定されている
…
7語りえぬものについては、沈黙せねばならない
そして、4.xxx ころから、数学の集合論と、論理記号が含まれるようになる
数学ではなく、定義があいまいな言葉を対象として論理を扱うので、違和感がありました
目次には展開されていないので、本書の構造を見出しのレベル1と2のみ記載すると以下のようになります
1.世界は成立していることがらの総体である
1.1 世界は事実の総体であり、ものの総体でない
1.2 世界は諸事実への分解される
2. 成立していることがら、すなわち事実とは諸事態の成立である
2.1 われわれは事実の像を作る
2.2 像は写像されるものと写像の論理形式を共有する
3. 事実の論理像が思考である
3.1 思考は命題において知覚可能な形で表される
3.2 思考は命題で表現される
3.3 命題のみが意味内容をもつ
3.4 命題は論理空間の中に一つの領域を規定する
4. 思考とは有意味な命題である
4.1 命題は事態の成立・不成立を描写する
4.2 命題の意味とは、事態の成立・不成立の可能性と命題との一致・不一致である
4.3 要素命題の真理可能性は、事態の成立・不成立の可能性を意味している
4.4 命題は、要素命題の真理可能性との一致・不一致を表現したものにほかならない
4.5 いまや、もっとも一般的な命題形式を提示することができると思われる
5. 命題は要素命題の真理関数である
5.1 真理関数は、一列に順序づけられる
5.2 諸命題の構造は互いに内的関係にある
5.3 すべての命題は要素命題に真理操作を施した結果である
5.4 ここにおいて、「論理的対象」すなわち「論理定項」は存在しないことが示される
5.5 いかなる真理関数も、要素命題に次の操作を反復適用した結果である
5.6 私の言語の限界が私の世界の限界を意味する
6. 真理関数の一般形式はこうである [数式が入る]
6.1 論理学の命題はトートロジーである ※トートロジー 同語反復
6.2 数学とはひとつの論理学的方法にほかならない
6.3 論理学の探究とは、(可能な)すべての法則性の探究にほかならない
6.4 すべての命題は等価的である
6.5 答えが言い表しえないならば、問いを言い表すこともできない
7. 語り得ぬものについては、沈黙せねばならない
もともと、哲学とは、論理であるから、わざわざ論理哲学としなくてもいいとおもっていましたが、論理記号をつかった哲学という意味なのでしょうか 数を扱う論理学が数学であるのに比して、言葉を扱う論理学が論理哲学論考と理解しました
ウィトゲンシュタインの時代は以下とされています
前期 論理哲学論考 略して論考
中期 哲学的文法、青色本
後記 哲学探究 略して探究
■ラッセルによる解説
・ウィトゲンシュタインが扱っている問題とは、ある事実が他の事実に対するシンボルとなりえるためにはそこにどのような関係が成り立っていなければならないのか⇒論理的問題であり、彼が扱いべき問題と解いています
・記号体系に関して論理学は2つの問題を扱っている
①いくつかのシンボルを組み合わせたときに、それが有意味なものとなりナンセンスにならないための条件は
なにか
②シンボルないしシンボルの組み合わせにおいて、その意味あるいは指示対象が一つに定まるための条件は何か
・これまで哲学的なことについて書かれてきた命題や問いのほとんどは誤っているのではなく無意味である
・彼は、言語表現を幾何学における射影になぞらえている
・記号体系に関する理論を、「われわれは事実の像を作る」と主張するところから始めています
・事実の論理像が思考であると言っています
・哲学の目的は、思考の論理的明晰化である 哲学は理論ではない、活動である
哲学の本質は、解明することにある
・ラッセル氏は、論理哲学論考を数学的に改良を必要なものとし、有限の数しか扱えないといっています
・困難が特に際立ってくる問題は、一般性の問題といっています
目次
凡例
論理哲学論考
序
バートランド・ラッセルによる解説
訳注
訳注補遺 論理記号の意味について
訳者解説
索引
ISBN:9784003368916
出版社:岩波書店
判型:文庫
ページ数:280ページ
定価:850円(本体)
発行年月日:2003年08月
発売日:2003年08月19日第1刷
発売日:2015年05月07日第20刷 -
Posted by ブクログ
ネタバレ優しい哲学書
考える、ということについて、哲学の授業で出てきた論法を誰でも分かる言葉に置き換え書かれ説かれている
ゆったりとした時間の中で、思考を巡らせながら、読みたい一冊
◎論理は言葉の定義である
仕事をしていて、論理的であることはとても重要視される
論理的にすることは、考えさせないようにしているのだよ、ということにハッとした
言葉の定義を明確にし、論理を創り出して、効率や生産性を求めた結果、評価と成果は得られるが、考えるヒトは生まれにくいのだと痛感
◎考えるということは、軽やかに踊って見せることだ
とても印象的な一文
考える、という行為をこんな風に表現できるのか
物事に対する足場を変えながら、軽やかに、、、
こういう物事の捉え方と表現が出来るようになりたい
◎つめこんで、ゆさぶって、空っぽにする
考えることは、外に出すことだっていう作者の意図が伝わってくる
考えることは、人との関わり合いから生まれるし形を変える、外に出す方法である言葉があるからこそ考えることが昇華されるのだと理解できた