野矢茂樹のレビュー一覧
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ただの言語哲学入門ではなく、源流であるフレーゲ、ラッセル、前期ウィトゲンシュタインの三人に絞って成り立ちを徹底して考えます、というユニークな構成。これは面白い。平易な文章で比較的固めなこの三者の言語思想をきちんと辿れるようになっている。確かに初期言語哲学の問題意識は現代のAIの学習と近い発想があるように思う。あと論考はこの本でやっと大まかな輪郭が理解できた気がする。初期からすでに使用としての言語という発想があったのか。
後期ウィトゲンシュタインとかクワインとかここからが現代言語哲学が本格的に展開するのに、という直前で止まっているのはやや残念だがそれも含めてタイトルの「はじまる」ということなのだろう。 -
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認知言語学について、哲学者である野矢さんが、これはこうなんじゃないの?じゃあなんでこれはこうなの? みたいなするどい切り口で突っ込んでいく、ある意味言語学ファイトでした。
日本語ってすごく楽しい! 自動詞を受け身にできる間接受け身は日本語の特徴でもあるけれど、「雨に降られた」を例に「自然現象に他者性を感じて恨みがましい受け身表現を作るなんて日本人らしい」という野矢さんの分析には笑っちゃいました。
メタファーは、一定のルールやメカニズムに従って作り出されるわけではない、というのを、川端康成の4「夜の底が白くなった」を例に説明していて、それも納得でした。
たしかに、メタファーは文学の世界で盛んに行われているけれど、そこに規則性を見出すのは難しい気がする。ある程度はあっても、日常的なメタファーと文学的メタファーはやはり別だという感覚がある。
いやー、認知言語学楽しい! -
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再読。不思議と最初に読んだときと同じ感触があった。もう一度、きちんと読み返したくなる本だと思う。
考えるという行為について、自分ではうまく言語化できなかったことが、そのままの形で書かれていて、「ああ、こう言えばよかったのか」と腑に落ちる瞬間がいくつもあった。
最近、仕事で部下を持つようになって特に感じる。
わからないことを恥ずかしがって聞かない人がいるけれど、本来は逆で、学べば学ぶほど問いは増えていくものだと思う。
わからないことが増えるというのは、探究心に導かれて理解が深まっている証拠でもある。
それと、「自分の頭で考えろ」とよく言うけれど、本書では「考えるのは頭の外で行われる」と語られていて、これがとても腑に落ちた。
頭の中だけで延々とこね回している状態は、考えているというより、ただ悩んでいるだけなのだと思う。
最後にもうひとつ。
「論理的に考えろ」という言葉についても、少し距離を置きたくなった。
前提や結論そのものの正しさと、論理の正しさは別のものだという指摘は、あらためて強く印象に残った。 -
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ネタバレ12「推論の形式化」
推論に本質的に関わっている言葉だけを残して、推論の骨組みを取り出すこと。
ex AはBである
「命題論理」=否定辞と接続詞によって成り立つ
16 否定辞とは、命題の真偽を反転させる働きを持った言葉
真理関数=分子命題の真偽が、原子命題の真偽によって決まるということ
p20 論理記号の基本式
否定 Pではない ¬p
連言 pかつQ p ∧ q
選言 PまたはQ p ∨ q
条件分 PならばQ p ⊃ q (pはqに含まれる)
※条件文は、条件文が満たされなかった時のことは何も言っていないので、その時は帰結(=Q)が成立しようがしまいがどっちでもいい
同値 PとQは等しい p≡q または(p⊃q)∧ (q⊃p)
33 基本的な用語の確認
命題記号、論理記号、否定子、結合子(演算子の一種)、論理式など
56 記号の意味を考慮せず、記号相互の導出関係、記号変形の規則のみを考察する仕方を「構文論」という。←おれがやりたいこと!
57 命題論理の公理系(p49)は、トートロジー(p37)を導出することを念頭に置きつつつくられた記号ゲーム。 -
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思考が言語に意味を与えるのか、言語が思考に意味を与えるのか。
なぜ、わたしたちは「この机はペン立てる」を理解できないけれど、「富士山に小惑星が衝突した」は理解できるのか。
ウィトゲンシュタインの「言語が思考に意味を与える」という提唱を、「思考が言語に意味を与える」としたフレーゲやラッセルの考えと比較して、わかりやすく提示してくれている。
この哲学的に言語を思考するという本書を読みながら、わたしが考えていたこと。
それは、言語というのは、わたしたちの脳にあらかじめインストールされている機能であり、その神秘性についてだ。
文字は後天的に身につけたものなので、文字を持たない民族もいるけれど、言語をもたない民族は発見されていない。
であれば、脳領域で密接にかかわり合っている以上、言語が思考に意味を与えるのだとする説も、突拍子もない説とはいえないと感じる。
実際、心理学では、バイリンガルの子どもたちに対する敷居説という説があり、母国語も第二言語も不十分な子どもは、認知発達にもマイナスの影響を与えることが知られている。
つまり、言語発達が認知発達に影響を与えているということになる。
ウィトゲンシュタインが「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」としてこの発展を閉じてしまったのはもったいないけれど、今後、科学の分野から解明されていくのかもしれない。