野矢茂樹のレビュー一覧
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哲学者・野矢茂樹が、「論理学ってけっきょく何なんだ。何をやっているんだ」ということを著した、論理学の入門書である。
本書の最大の特徴は、「はじめに」で語られる通り、現代の論理学の主流は「記号論理学」と言われ、入門書も横書きで記号が頻繁に出てくるものが大多数である中で、本書は縦書きで、普通は記号を使って書かれる部分も文章で説明されているところである。
著者はまず、「論理的」であるということを、「ことば」は意味の連関性を持っており、その連関性によってつながる意味のネットワークを踏み外すことなく正確に行き来することである、と述べる。
そして、「A」と「Aではない」(否定)、「AかつB」(連言)、「AまたはB」(選言)、「AならばB」(条件法)の4つと、「何からその主張が導けるのか」(導入則)、「その主張から何が導けるのか」(除去則)の2つ、計6つのシンプルな公理から成り立つ演繹的推論を扱う体系(公理系)の作り方を、日常の具体的な事例を示しながら分かりやすく説明している。
上記の公理系を論理的に理解することが、普段の仕事・議論をロジカルに進める上で有益であることは言うまでもないが、そのような完全な体系を作ることの面白さも味わうことができる一冊である。
(2009年12月了) -
Posted by ブクログ
ネタバレ認知言語学という学問の先生である西村さんが、
哲学者の野矢さんを生徒役に迎えて対談する形式の本です。
本書の中盤にはいるくらいの話になるけれど、
言葉でカテゴライズするときにプロトタイプがあって、
それに拠ってカテゴリー分けしているという。
プロトタイプというものにプラトンのイデア論が思い浮かびました。
似てるかな、と。
ぼくは、言語の成り立ちや構造にも興味があるけれど、
言語化の前段階の意味だけの状態にもっとも興味があるみたいなんです。
学生のときから、言葉の源泉のどろどろしたものとして興味を持っている。
独創性に絡めてね。つまり、独創性はそのどろどろの内容によるというわけです。
認知言語学は、
けっこう文学的な言葉の使い方についてあれこれ考えている人には面白いんじゃないか。
レトリックだとか、同じ真理を表現していても、
言葉の並べ方で意味が違ってくるんだ、って思える人は認知言語学向きです。
日本人の使役文でもってする「~~させてしまった」みたいな言い方のうちには、
責任を持ちすぎなのが多いようです。
また、たとえば、借りたウォークマンなんかが壊れたときに、
「壊してしまった」といって謝るのが日本人で、
「壊れたわ」とただ報告して返すのがアメリカ人
という違いがあるというようなことも書いてありました。
日本人ってのは、責任を感じて謝る国民性なんだなあ。
また、「壊れたよ」と言って返されるとムッとするのが日本人だ、とも。
勝手に壊れてもそこに責任を見るのだなあ。
言われてみると、そういう思考の中にいるとわかったりする。
なかなか気づけない。
なんでも自分のせいにするっていうのは日本人のメンタリティとしてあるようだ、
って言語学から見えてくるんだけれど、
なんでもかでも他人のせいにするメンタリティの人もいるわけです。
自分のせいにするにも他人のせいにするにも
「責任」ってものを重く重ーくとらえているのが共通しているのかな。
初めて知ったものとしては、メトミニー(換喩)がありました。
赤い頭巾をつけた女の子を、「赤ずきん」と呼んだり、
メガネをつけた男の子を、「メガネ」と呼んだり、
「村上春樹を読んでいる」という言い方で、
村上春樹さんの作品を読んでいる意味になることだとか、
そういう種類の、言葉の使い方については、
そっか、そういうグループの言葉だったのかと初めてカテゴライズして認識しました。
全編とおして、ちょっと難しいのですが興味が勝れば読み通せます。
言葉自体に興味がある人はきっとエキサイティングな読書になりますよ。 -
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自分の頭で考えることのおもしろさ、ということについて思い出させるというか、気づかせてくれる本。平易な文章でとっつきやすく、新聞で連載されていた1回分が短いエッセイが前半部で、物理的重量からもお風呂で読むのにちょうどいい。ちょっとした事柄について、改めていかに自分が自分の頭で考えずに考えていたつもりになっていた、ことに気づかされる。例えば、「神だのみ」に関して、評者はつねづね、「日本人は何でも神様に頼ればそれで安心する安直な心性を持っている」と思っていたけれど、次のような一節を読んでむしろそんな自分の方が不遜だったのかもしれない、と考え直すのだ。
「…柏手を打ってお願いごとをしたりする。いったいなぜだろう。神様なんか信じていないのに。…いもしない神様にお願いごとをするというのは、「私ではどうにもならんのです」と頭を下げることなのだ。努力すれば何とかなるというのは、勘違いであり、傲慢である。…」 -
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外国語という「言葉」と向き合ううちに、言葉と言葉の関係を規定する「論理学」というものを学んだ方が外国語を含む言葉に対する理解が深まるのではないか、と思って手にしたのが本書。「入門!」というその名の通り、論理学の基礎基本と思われる事項が分かりやすくかつユーモアたっぷり書かれている。「否定」「かつ」「または」「ならば」といった日常でも使う言葉を、論理学という分野の中ではどのように定義してどのように使うか、またそれらを使うことで様々なことが証明できることが示されており興味深い。入門書として興味を喚起し尚且つ基本をつかめるものとして
筆者も最初に指摘しているように、この本は縦書きて書かれていることもあって通常論理学で使うような記号がまったく出てこない。それは入門書としてはとっつきやすくてよいのだが、本書をきっかけにより本格的な論理学の本へと進んでいきたい。ただしその前に、第5章以降が今の自分には難解で消化不良である故、特にこの部分については再読の必要あり。 -
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ウィトゲンシュタインが生前に刊行した唯一の著書。
文章をいじくりまわして世界の可能性を思考の限界まで探っていく論理実証主義と呼ばれる思想の流れは、このウィトゲンシュタインに始まったと学生のころ学んだ気がします。
ふと思うところがあって今こうして読み返してみると、一切の実存への意思を排除したかのような内容が逆にスリリングであらたな魅力を感じました。
語りうる領域と語りえない領域との境界線画定を試みたと言われている本ですが、「語り得ないものについては沈黙せねばならない」というフレーズはあまりにも有名。
当たり前ですが、これは「語り得ないもの」を排除しようとしたのではなく、そうしたものを希求するがゆえに、安易な形で「語り得ないもの」が語られてしまうことを戒めています。語り得ないものを軽視しないで、どっからが語り得ないのかを意識しろよっていう。
かくしてポスト論理実証主義や分析哲学への道がひらかれたわけですね。 -
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本屋さんを物色していると思わぬ類の本に遭遇することがあります。この本もその一冊。本の帯にあった「昨日、財布に落ちられました」はどうしておかしいんだろう?というペンギンの絵のセリフに目を奪われて中身をぱらぱらめくると、さらに「雨に降られた」はごく自然な日本語なのに「財布に落ちられました」は?・・の理由が、対談形式で述べられている・・というわけで、普段意識しない言葉の使い方の世界を覗きみてしまった感じで無視できず、つい買ってしまいました。
対談形式ですが、中身は言語学の格闘技のようなお二人の議論が延々と続きます。認知言語学という分野を研究している西村さんを師として、年下の哲学者の野矢さんがこの分野に非常な興味を抱き、講義を受ける生徒の立場として、いや、もう楽しくってしかたがない!とのわくわく感満載で質問をぶつけていきますから、編集されたあとの本の内容でさえかなりの臨場感がありました。(この人たちはこういうことを考えるのがよほど楽しいんだろうなあ・・)
とはいえ、買った動機は知的好奇心を触発されたのは事実なのですが、中身は言語学の専門用語が飛び交い、質問するのは哲学者の野矢さんですから生徒の知的レベルが私とは違いすぎて最後まで読んだものの、やっぱり肝心なところはさっぱり分かりませんでした・・というのが正直な感想です。ただ部分的には、冒頭の文章のおかしい理由や、村上春樹の作品の文章の用法がちょくちょく引き合いに出されていたので、興味を惹かれながら読むことができました。メトミニーという日常ではありふれている比喩の表現方法(例えば自転車をこぐ、とか、洗濯機を回すなど)のことやメタファー(隠喩)や直喩の例を述べている部分は、村上作品を読む上での勘所が分かった気がして合点したのでした。 -
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言語を文法だけでなく人間の認知として捉えることが認知言語学らしい。
本書は対談のテープ起こしであるが、そのライブ感だけでなく、二人の感性、本文では違和感と表記されるもの、が伝わってくるのか面白い。
工学の立場からすると、こんな曖昧なものが学問として成り立つのか、プログラムに出来ないものが金になるのか、とも思ったのだが、感性が殆んどであろうUX/UIの話にも似ていて参考になる。
画像の話もそうだが、結局認知とは、そもそも人間に備わっている機能、その機能に関する記憶、他の機能、特に感情に関わるものとの相互作用だと思う。
同じものを見たとして、認知はその人で異なるのはもちろんのこと、コンテキストで異なるはずである。
プロトタイプという言葉は面白い概念だと思った。コンテキスト推定などにも活用出来そうだと思った。 -
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「無限」とは何か、をテーマに、教授と二人の大学生が講義を進めていく形で話が展開します。抽象的で難しいテーマでしたが、かなり丁寧に解説されている印象を受けます。数学が苦手な僕でもストレスをあまり感じませんでした。
ベキ集合のところの感覚を掴むのが少し大変でしたが、非常に興味深く読むことが出来ました。特に、可能無限という考え方(実無限の考え方が頭から離れなくてなかなか考え込んでしまいましたが、一度しっくり来てからはこちらのものですねw)やそれに基づいた実数の捉え方、対角線論法、ヒルベルトプログラムについてが面白かったです。
高橋昌一郎先生の「限界シリーズ」にもゲーデルの不完全性定理が出てくるのですが、ヒルベルトプログラムの詳しいところは書かれていなかった(ハズ^^;)ので、その背景を読むことが出来てよかったです。
タジマ先生と二人の学生のやりとりも、ユーモアがあってクスッと笑ってしまいました。
本書からの引用
「どうも数学っていうのはわれわれのちゃちな想像力を越えて自然連動していくところが、なんとも面白いですねえ。」 -
Posted by ブクログ
何回読んでも難解な本ですが、ようやくこの本の提示するスコープが見えてきたような気がしました。
①成立していることがら(=事実)から構成要素に分解する。
②それらの可能な組み合わせ(=事態)を記号(=像)にマッピングする(=命題)
③命題についていろいろ語って思考の限界を探る。
④語りえないものについては、沈黙しなくてはいけない。
正直なところ、解説を読まないと、何を言っているのかさっぱり意図がつかめないです。でも、解説を読んだ後で流し読みしてみると、そういうことか!という発見があります。
この本は、解説本を読んだ後にまた再読したいです。