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「雨に降られた」はよくて「財布に落ちられた」がおかしいのは、なぜ? 「西村さんが公園の猫に話しかけてきた」の違和感の正体は? 認知言語学という新しい学問の奥深い魅力に目覚めた哲学者が、専門家に難問奇問を突きつける。豊富な例文を用いた痛快な議論がくり返されるなかで、次第に明らかになる認知言語学の核心。本書は、日々慣れ親しんだ日本語が揺さぶられる、“知的探検”の生きた記録である。
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Posted by ブクログ
全6回構成でその主題は次の通りです。 第1回:チョムスキー以後の言語学史 第2回:認知言語学の意味論 第3回:プロトタイプ意味論 第4回:使役構文 第5回:メトニミー 第6回:メタファー 第3~6回は、言語学に興味があれば、そこだけ読んでも面白いです。 反対に第1、2回は、事前知識なしだとよく分か...続きを読むらない話をしています。 そして、哲学寄りの話をしている第2、3回こそ、哲学と言語学の先生の対談にした意義が表れているのかなと思います。 全編にわたって大変面白い本です。 普通に読んでいたら素通りしてしまいそうなところでも、聞き手の野矢先生がバシバシ突っ込みを入れてくるのですが、そういう頭のいい人の考え方が覗けるのも興味深い。 ただ、体系的な理解ができる形式ではないので、本書を手に取るのは、言語学と言語哲学の入門書を読んだ後がいいのでしょうね。
面白かったー!!対話形式で読み口がマイルドだし取っつきやすい。でもやってる内容はガチのガチなので薄っぺらくなることもなく初心者にはうってつけなんじゃないのかな。認知言語学の面白さと、じゃあこれってどういうことなの?でもこうなんじゃないの?と興味を次に繋げる感じの構成で、どんどん認知言語学について知り...続きを読むたくなる。 久しぶりに新書で楽しませてもらいました! (ていうか私が野矢さん好きだからこんなにハマったのかもしれませんね…)
めっちゃ面白く読みました。 やはり何か新しい手ごたえが生まれてくる瞬間に立ち会うというライブ感(もちろん疑似的なものにすぎないわけですけれど)は、面白さを倍増させる気がしますね。 でも、この本を「面白い」と思うための条件は割と厳しいと思います。 まずこれまでに「「野矢哲学」に一度でも触れたことが...続きを読むあること。 そして大学2年生レベルの言語学についての基礎的な理解があること。 この2点をクリアできる人って、本当に大学でその分野を専攻している人に限られるんじゃないだろうか。 だから署名は『入門』じゃなくて『教室』なんだろうなあ。高校生が読んでもちょっと太刀打ちできないだろうと思います。 チョムスキーの生成文法は何か堅苦しくて好きじゃなかったけれど、その理由が自分なりに分かった気がして、その辺りもすっきりしました。
人間は言語を道具として操ることで他の動物にない進化を遂げた。とか何とかいうのは近代的な認識で、20世紀初頭の言語学の勃興以降、言語によって人間の認識が影響を受けるといった言語論的転回がおこり、極論すれば人間こそが言語の道具である、というのが現代思想であった。 しかし、学問というのは進歩するのでは...続きを読むなく振動するものらしく、そうした言語中心主義も揺り戻しが来て、ふたたび人間の心理が言語に影響を及ぼしているという認知言語学が出てきた。本書は言語哲学の野矢茂樹が認知言語学の西村義樹に教えを請うという形の対談によって、認知言語学を解説したものである。茂樹と義樹、ふたつの樹が認知言語学に迫る。 一般には「認知」というと「ああ、俺の子だ」みたいな場合が人口に膾炙しているのかもしれないが、学問の世界では「認知」という言葉が流行りでありながら、認知といって示されることは、生物学的な臓器としての脳をベースに考えようくらいの意味のこともあり、認知をどう認知したらいいのかよくわからないことも多い。認知言語学の場合、おおざっぱに言うと心の働きと言語の関係を(再び)問題にするということのようだ。もう少し踏み込むと、従来、統辞論と意味論というようにわけて考えられてきた、意味と文法との関係を俎上に載せるということが、大事なテーマになっているようだ。 例えば、受動態。「雨に降られた」とか「太郎は花子に泣かれた」という受動態は、能動態を持たず、「間接受身」という。ここには、困ったとか嫌だという「受苦」の気持ちと、それでも仕方がないという「諦念」、さらに雨にしろ花子にしろ、自分ではどうにもできない「他者性」があることを含意していると分析される。この用法を習うと外国人は「財布に落ちられた」などという文を作って、おかしいと指摘されても腑に落ちないのだというが、財布がある程度意志を持った他者的なものである場合には、「財布に落ちられた」という表現は可能となる。かように、「間接受身」という文法には「受苦」「諦念」「他者性」という心の動きなり、意味が介入しているのだといった議論が認知言語学のお話なのである。よって「間接受身」のことを「迷惑受身」とも呼ぶ。 この比較的新しい学問を背負って立つ義樹に、「どうなの、どうなの、教えて」とばかりに茂樹が鋭い質問を投げかけていく対談は読みやすいけれど、難しい問題をあぶり出して言語の面白さを披瀝していく。 後半はメトニミーとメタファーの話で、従来のレトリック論にはない切り口が大変おもしろい。 さて、では言語が先か心理が先か。たぶん言語によって脳=心理が形成され、脳=心理によって言語が変わっていくといった相即の関係にあるというしかないのではないかと評者は思うのだが、本書は、言語は常に揺らいでいるという結論めいた話で終わる。
言語のしくみと心の動きとの関係。従来の言語学では重視されていなかったが、やはり無視することのできない要素だと思う。西村さんと野矢さんがわかりやすく鮮やかに考察されている。 言葉の不思議について日頃から考えている人にとってはとても面白い本。哲学に近い面白さ。ひょっとすると大学の言語学研究室ではこういう...続きを読むことはやってないかも。
哲学者の野矢茂樹先生が生徒役になって認知言語学者の西村義樹先生に聞くという対談形式で認知言語学者について分かり易く教えてくれる本です。 何と言っても野矢茂樹先生の「予習をきちんとしてくる」「分からない点は納得がいくまで質問する」という態度に心を打たれました。 内容については半分くらいしか頭に残っ...続きを読むていない感じですが、認知言語学のこだわりや、メトニミーの概念が理解できてよかったです。
認知言語学の取り扱うテーマについて、平易な語り口で、対話形式で進めていく。言語学についてほとんど全く予備知識は持っていなかったが、とても楽しく読み進められました。
野矢茂樹は、私の好きな哲学者だ。日常を眺める角度を少しだけずらせてみせて、気が付くと哲学的な思考の深みへと自然に誘ってくれる。この人が、「認知言語学」に興味を持ち、自分が生徒になって、その道の研究者である西村義樹に教えを請うという形の対談本なので、これは見逃すわけにはいかない。面白い例文が次々と飛...続きを読むび出してきて、退屈する暇はない。 「雨に降られる」とは言うが、「財布に落ちられた」とは言わない(これは、「間接受身」とか「迷惑受身」と呼ばれる)。 「嘘」は、広辞苑では「真実でないこと」とあるが、「嘘をつく」というのは「①事実でないことを言う、②発話者自身が事実ではないと思っていることを言う、③聞き手を騙す意図がある」という3つが満たされている場合が典型と考えられるという指摘には納得。(これは、プロトタイプ意味論から導かれる) 「花子は交通事故で息子を死なせてしまった」と「花子は交通事故で息子に死なれてしまった」の微妙な違いをめぐるやりとりも興味深い(前者は「許容使役構文」と呼ばれる)。 「近接の関係に基づく比喩」と定義される「メトニミー」に関して、「洗濯機を回す」(別に、洗濯機を振り回しているわけではないのに・・・)や、「トイレを流す」(そのまま受け取ったら、とんでもないイメージが思い浮かんでしまう)など思わず笑えてくる。 「メタファー」についても、詩に代表されるように創造的な使用法なのだが、「考えが甘い」とか「目が釘付けになる」のように人口に膾炙するにつれて、陳腐な言い回しとなってしまうのも確かで、言葉が生き物のように思えてくる。 読後、言語表現と認識方法(見方・考え方)が深いところで繋がっていることに思い至り、普段は何気なく遣っている言葉が、奇妙な形を持った言語として立ち上がってくるという不思議な感覚に襲われた。
実に楽しく、明快で、かつ高揚感に溢れる一冊。異なる言語間の形式的差異を文化の違いに帰するだけの本ならいくらでもあるが、この本が読み手を連れて行く(←語彙的使役)場所はそれより遥かに深く鮮やかな色彩に満ちている。言語学者と哲学者の、どちらが主とも従とも、教師とも生徒ともつかないままの対談形式は澱みもな...続きを読むく、豊富な例とも相まって読み手の理解を大いに助けてくれる。「言語学」「哲学」などというと堅苦しいが、難解な所は全くなく、肩肘張らずリラックスして読める良書。巻末のブックガイドと索引も有難い。 ところで何年か前、大学の農学部を舞台としたマンガが人気を博したことがあったが、その中で「かもす」という動詞が頻繁に使われていたことを思い出した。キャラクター化された細菌が出てきて「かもすぞー」などというのだが、そのマンガを読んだとき、その「かもす(漢字では「醸す」)」という動詞を新鮮で面白く感じつつも、なぜそう思えるのかその理由がよく分からなかった。この本によれば、そのような「動詞+助詞(せる・させる)、例:腐らせる」の形ではない単一の使役動詞を「語彙的使役動詞」というのだが、そのような動詞が使われる場合は行為と結果の因果関係が直接的かつ強固で、客体が主体の完全なコントロール化にある場合が多いのだそうだ。…つまり、微小で頼りない(マンガ内でもラクガキ的に描写されている)細菌が、こと発酵というプロセスにおいては有無を言わせない程強力な役割を果たす支配者なのだという、そのギャップが面白かったのだなあ…とこのように、様々な気づきを与えてくれること間違いなしの一冊。
【星:4.5】 哲学者として有名な野矢氏が生徒で、認知言語学者の西村氏が講師という形で、両者のやり取りを通じて、言語学、特に認知言語学とはどんなものなのかということを解き明かしていく内容。 両者の会話形式で進んでいき、会話内容もわかりやすくなっているので、私のような言語学初めてみたいな人にとっての...続きを読むとっかかりとしては良いと思う。 テーマとして挙げられている具体的内容も興味深いもので良かった。 ただ、上記のようにフリーな会話形式で進んでいく形なので、「で、言語学とか認知言語学って結局何なの?」と聞かれると、「言語学は言語を研究する学問全般のことで、そのうち人間の認知という側面から研究するのが認知言語学」というフワッとした内容しか頭に残っていないのも事実。 でも、言語学を大掴みできて、興味を持つことができたので個人的には「◎」。
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