窪美澄のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
『夜に星を放つ』を読み終えて、ちょっとやるせない気持ちになっていたところ、窪作品で読みかけの本があることを思い出し、最後まで読み終えました❗️
最初の『ちらめくポーチュラカ』が余りイイ感じがしなくて、『夜に星を放つ』同様にちょっとやるせない作品なのかなぁと構えて読みましたが、全体を通して言えることは、家族あるあるが沢山描かれていて、少し息苦しい気持ちになることもあるけれども、前向きに明るい気持ちにさせてくれる、温かい家族小説でした❗️
特に印象的なのは、『サボテンの咆哮』、『砂のないテラリウム』で既婚男性ならそんな気持ちになることは一度位あるのではないか⁉️と思います。
好きな話しは、『かそけきサンカヨウ』と『ノーチェ・ブエナのポインセチア』の最後の2編で、陽や陸の関係がとても微笑ましく感じられました❗️ -
Posted by ブクログ
audible52冊目。
好きな作家は?と聞かれた時に答えたことがなかったけれど、わたしは窪美澄さんが好きなのだと思う。
『ふがいない僕は空を見た』
『晴天の迷いクジラ』
『水やりはいつも深夜だけど』
『さよならニルヴァーナ』
特に、迷いクジラが好きだった。
そんなわけで、窪美澄ワールドのダークな感じが好みなのだけど、この作品はちょっと雰囲気が違いました。
純粋な(?)大人の恋愛小説、でした。
かつて母に、「どんなに近くにいても、縁がない人もいるでしょ。どんなに離れていても、縁がある人とは続いていくよ。」と言われたことがあります。
きっと、縁がある人とは、たとえば一度離れてしまったとしても、また続きが始まるものなのですね。 -
Posted by ブクログ
若林さんは不思議な人だ。
めっちゃ自意識過剰で自己防衛本能が強くて、見栄っ張りでカッコつけ。本音は言わない。
だけどスッと人の懐に入ってくる可愛げもあるんだなぁ。
この本では、若林さんのそんな部分が遺憾無く発揮されていて、終始ほっこり見守る気持ちで読むことができる。
人が死ぬ本ばっかり読んでたアタマが癒される〜。
私が好きなのは、羽田圭介さん&藤沢周さんの回。
この回は、若林さんが話すボリュームも多くて、羽田さん、藤沢さんとの相性の良さを感じる。話してることもほどよくカタくて、良い意味で、男同士っぽい感じ。小気味よくてずっと読んでたい。一冊丸ごとコレでもいいなぁ。
あとは角田光代さん回。角田さんがおっしゃることがいちいち納得感がある。難しいことは一切言ってないのに。伝わる言葉でなるべく正しく考えを伝えようとされてるのが分かる。
そしてこの回でも、若林さんが良く話す。
ホストがノッてる方が対談は面白くなるよね。
西加奈子がやたら作中で〈セックス〉という言葉を使うのはそういうことか。説明したがりだと言う朝井リョウは実際どれくらい読者を縛り付けてくるんだろう。羽田圭介、やっぱり(人間として)好き。そのイメージを崩したくなくて彼の本はあんまり読んでないのは内緒だ。中村航の〈100回泣くこと〉再読したいなぁ。でも中村文則の〈教団X〉再読はしんどいなぁ⋯
エッセイを通じて作家さんのキャラクターを垣間見ることはあっても、話す言葉を聞く機会はなかなかないので、そういう意味でもなんか新鮮。
-
Posted by ブクログ
6つの短編。うまくいかない家族の毎日を描いています。
セレブママとしてブログを発信しながらも、周囲の評価を気にして怯える主婦。
子育てで、自分なりにできることをやっているつもりなのに、妻や義両親からうとまれる夫。
娘の発達障害を疑い、自己嫌悪に陥る主婦。
出産を経て変貌した妻に違和感を覚え、若い女に傾いてしまう夫。
父の再婚で突然やってきた義母と義妹。家族になることに戸惑う娘。
前編の連作で、彼女の家族に刺激を受けながら、自分の歪んだ家族を受け入れて向き合おうとする息子。
夫婦や家族はうまくいくことのほうが少ないと思います。幸せそうに見えても綻びはあって、理想どおり、不満もなく暮らしている人はそんなにいないはず。だからこそ、その辺に転がっていそうな「うまくいかない毎日」にリアルさがありました。
1話ごとに1つの植物がモチーフとなっています。植物を育てる=家族を育てるというイメージなのかなと思いました。「水やりはいつも深夜だけど」のタイトルのように、水やりが深夜になっても、ギリギリだったとしても、家族を育てていこうということなのかなと勝手に解釈しました。うまくいかなくても読後感は優しかったです。 -
Posted by ブクログ
窪さんは女性を書くのが上手い。いつもなら窪さんの書く女性が好きだと読み始めてすぐに思えるのだけど、自信のない専業主婦の絵里子の日常から始まるこの物語を、この主人公を、好きになれるか不安になった。
主人公絵里子、そしてその友達詩織の年齢が50歳。同じ50歳でも全く違う生き方をしている2人の描写が対照的で、自分が50歳になったときどうなるんだろうか…とぐるぐる考えてしまい話が頭に入らなくなってしまった。きっとそれはわたし自身も絵里子のようになってしまう未来があるんじゃないかと思ってしまったから。結婚していないし主婦でもないけど、生き方の姿勢が後ろ向きになってしまうんじゃないかと思ってしまったから。自分の主張も意見もないそして自信もない、「世間」というものの目を気にしている、よくいるタイプのおばさんという印象の人間になってしまうのではないか。
読み始めは絵里子と詩織で対局を書いているかのように思うのだが、もう1人印象的に描き出されている人物がいる。絵里子の母である。娘と母の確執と一言でいえばそうなのだが、自由に生きる母と自分は真逆なのだと、ちがう生き物なのだと思っている絵里子の感情が変化していく過程に涙が出た。男という生き物に失望させられ、落胆させられたという共通点を見つけることができた時分かり合えたのだと思った。
家族とも自分とも向き合わずに50歳まできてしまい、感情を殺して、殺していることにも気が付かずに生きていると自分が何を思っているのかどうしていきたいかがわからなくなる。あぁ、これは、絵里子はわたしなんじゃないかと思えて、涙が止まらなかった。
絵里子が自分の髪型や服装などの身なりに気を遣い、自分自身に自信を持って生活する姿を描き出してくれて本当に嬉しかった。読み終わる頃にはいつもの窪美澄作品と同様に、いや、それ以上に、絵里子という人物が大好きになっていた。 -
Posted by ブクログ
「やめるときも、すこやかなるときも」
結婚の誓いの言葉であることは最初は知らなかった。知ったあと、このタイトルの重み、そして結婚ということの重みが感じられる。
相手が病んでも、健やかであっても、一生添い遂げる覚悟があるのか?
盲目的になることではない。桜子のなかにも壱晴のなかにも、複雑で暗い部分がある。付き合うと決めたのは、各々の目的があり、必ずしも純愛ではない。激しい熱愛も持たなくて、会うたびに付き合い方を模索しているような恋愛模様。心の傷のかさぶたが剥がれるときは、試練が来るときである。
「やめるときも、すこやかなるときも」とは、結婚というものには、性格と習慣の調整もあれば我慢もあるが、「これから共に進みたい」という心情、そして相手に対する信頼、自分に対する信頼も要る、どれも欠かせないということ。と、読後考えた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ窪美澄氏の著作を読むたびに性愛の小説が上手だなあ…と感じる。直木賞作家に向かってなんてことを言うんだという話だけど
理性ではわかっている、でも心が情動が泊まらない、止められないという人間が本当に愛おしい。窪氏の小説にはそういう人たちがよく出てくる
私は理性的な人間が好きだし自分もそうありたいと覆うが同時に感情も大切だと思うし感情こそが人間だと思っているので人間臭い登場人物がたくさん見られる作品は好きだ
直接的なタイトルもすごくいい。私はフェミニストだという自覚があるがこういう恋愛をする女性の話も大好き
たぶん嫌いな人も受け入れられないひともいると思う。主人公のように大人で自立もしている女性が一人の男性に身を焦がすどうしようもなさに私は少し安心する
私はフィクションだろうが女性には欲しいものは全部手に入れちゃえ!やったれ!と思タイプなのでラストのシーンはお気に入りだ
恋愛でぐだぐだしている人間が見たいときは窪美澄作品に限る -
Posted by ブクログ
かつて、この国では庶民の殆どは貧しかった。
貧富の差が激しくなってきたのはいつごろからだろうか。
父が亡くなり、母はまだ10代の娘二人を置いて家を出ていった。
体の弱い妹はパン屋のアルバイトをしているけれど、そんなにお金にならない。結局は姉の働きで生活している。
ある日、妹がおじいさんに声をかけられて団地警備員になる。
二人で、団地に住んでいるお年寄りを見回るのだ。
やがて妹の二人の友人も団地警備員に加わる。
友人もそれぞれに訳ありだ。
一人は在日韓国人で、もう一人は吃音者。
おじいさんの存在が、彼らが今後生きていく上で大きな力になるだろうと思う。