尾木直樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
感想ではなく個人的まとめです(長文)
思春期の子供の特異性
・思春期の心の中は自分と自分がぶつかり合い苦しくなってしまう傾向
親の価値観や社会通念などをそのまま受け入れていては新しい自分になれない
・プライドが傷つく言葉
「なに生意気言ってるの」、「子供なのに大人ぶっちゃって」
・不安や不満の持って行き場所を求めている。
子供たちは何かの目標に向かって打ち込んでいくことが好き
・学校や家庭や地域といった狭い関係からグローバルな視野を持ち始める時期
・友達は命
思春期の子供達にとって友達の存在は「命」と言えるほどに大切。友達を否定されることは自分を否定されることと同じ。
その友達はだいたい中学2年頃になると見事なくらいにグループ化ができ、似た者同士に分かれていく
壁になる
※悩みや迷いや不安を抱えてる子供と正面から向き合い、子供自らが解決策を見つけられるように「先生はこう思うよ」、「こんな風にして乗り越えたなぁ」 と伝えたい。このような言葉は子供にとって成長に向けた大きな力となる。
もし親や先生が壁として立ちはだからず、ただ思春期の嵐が通り過ぎるのを待つ のみであったら、子供は生き方の方向性を持てないまま大人になってしまう。
何でも親が選んで押し付けるのではなく、さりとて突き放すのでもなく、子供が自己決定できるように導き、最後は子供に任せる。それが子供の自立を早める。
自己決定力がついていくと、子供の中に自己肯定感や責任感も生まれる。
〇ほめる
できたことを褒められるのは子どもは誰でも嬉しい。そしてやる気や元気が湧いてくる
褒めるとおだてるの違い
褒めているつもりでおだててしまうということを親はやってしまいがち
おだてるとは、できていなくても努力していなくてもとりあえずご機嫌を取る
〇深追いはNG
子供との言葉のバトルが始まるきっかけはだいたいにおいて親の「深追い」から始まる。 〇思春期の子供を叱る時の極意は、「言いたいことだけをスパッと言ってさっと引く」
〇グローバルな視点
子供達が生きていくこれからの時代は今以上にグローバルな視点を持つことが求められる。言い換えれば「グローバルであること」がもはや当たり前となっていく
〇お金の話
お金を稼ぐことの「意味」について教えていくことも大切。しかし、お金の儲け方だけにフォーカスしてしまえば、子供の中に歪んだ金銭感覚を植え付けてしまう。
〇スマホとSNS
子供たちにとってSNSの返信の速さは相手を大切に考えているかどうかのバロメーター。送ったメッセージに間髪を入れず返事をくれるのは「いい友達」である。そのためメッセージが来たらすぐに返信しなくちゃ、という「返信プレッシャー」もある
いじめと自殺
※「死ぬほどの勇気があったら何で踏みとどまらなかったか」という声
これは全くの見当違い勇気を出して死んでしまっている子なんか誰一人いない。
自尊心がズタズタ➡生きる気力萎え➡疲れ果て➡楽になりたい。
一方でいじめられながらも加害者の子たちと仲良く遊ぶ場面が見られる。大人からすると不可解に映るが、その子の行動も思春期特有のもの。それは心理的に依存できる場所は友達との関係の中にしかないから。いじめを苦しいと感じている子がいじめられているのが嬉しいなどと思うわけがない
〇大人から見たら中学・高校時代は人生の中のほんの一時期であるとわかるが、子供には今しか見えない、今が全てなのだ。
〇内申書は
各教科とともに「関心」「意欲」「態度」。「思考」「判断」「表現」「技能」「知識」「理解」による観点別評価。中でも関心意欲態度は最も重要視されている。
内申書のために自分を偽り、さらには偽っている自分に苦しむ10代の子供たちが 学校では未だに「量産」されている
〇思春期のエネルギー
「これは嫌い、やりたくない」、という声ほど大切に受け止めてあげることが必要。
思春期の大きなエネルギーは「危機」として唱えるのでなく、それをどう活かしていくのかということが大事。
〇性格別の効果的な声かけ
1 理屈っぽい子
女の子
感情的になりやすくすぐに泣くが、すぐ後でケロっとしている
男の子
時系列的に事柄を追って認識する力を持っていることが男の子の大きな特徴。それに沿って時系列で説明してあげると伝わりやすい
2内気な子
大事なキーワードは「だいじょうぶ」と言ってあげること
3反抗的な子
ドライブをしながら「助手席」に座らせ会話するとお互いの気持ちが伝わる
〇 IT 革命は人類にとって産業革命以来の大改革大革命。
親世代はIT分野ではとても子供に太刀打ちできない
〇優秀な人材を採用していった結果、ほとんどが外国人になったという笑えない話
〇「生きにくい時代だ」、「先行き不安ばかりだ」と言った言葉で子供たちに将来への絶望を植え付けてはいけない
年功序列はないぞ、親御さん
※一流大学から一流企業に入れば仕事はそこで年功序列である程度の肩書きを得て定年退職。こういった人生すごろくはもはや存在していない、と価値観を変える必要がある
高い学歴より「何を学んできたか」が価値を持つ。
以上 -
Posted by ブクログ
先日実施した「教育セミナー」の内容は、この本からの情報と刺激によるところが大きかった。現在、お母様方との座談会形式の番組などに出演し、「尾木ママ」として知られる尾木直樹さんだが、以前は「ママ」どころか、かなり硬派な評論家だった。中学教師を務めるころからテレビで紹介されるなど、熱血で知られる先生だったが、変えようのない教育の現場に失望し、退職。それからは評論家として活躍されている。この本は、「ママ」色のない、硬派な尾木さんが、日本の教育に鋭く切り込んでいる。
尾木さんが特に主張するのは、タイトル通り、日本の教育の立ち遅れだ。日本の教育水準が高いと思い込んでいる人たちは現実を見るべきだ。日本ではトップクラスの東大・京大でさえ、最新の「世界の大学ランキング」では、東大が46位、京大は74位に過ぎない。中国やシンガポールの大学の方が上位だし、韓国や台湾の大学も台頭している。島国に生きる我々がいかに「鎖国」的であるかの自覚は、まったく十分ではない。まして「九州」「大分」とスケールダウンしていけば、世界水準からはどんどん引き離されていく。尾木さんは「序章」でこう述べている。「実は、これほど『教育』に対して経験主義に陥り、視野の狭い国は珍しいのです。私は、日本の国民の多くに見られる、『教育』に対するまるで、〝麻痺したような感覚″を、このまま放っておいてはいけないと感じています」。
そして最終章では、日本の教育を変えるための「6つの処方箋」が示されている。世界水準に劣ることなく、国が責任をもって子どもを教育し、子どもを一人の人間として尊重する。尾木さんのこの処方箋こそ実践されるべきだ。(K)
紫雲国語塾通信〈紫のゆかり〉2017年10月号掲載 -
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未来の日本をつくっていく若者を、学校という場所で育てる。教育者としてこのうえない楽しみであるが、育て方のアップデートをしなければならない事すら、当事者意識がない教員には難しいことである。現在、教育現場でどのような試みがおこなわれているか?また、何か動きがあることすら知らない人が多い。私の職場でこの本を読んで、何を言っているのか理解できない人が半数以上はいるであろう。
みんな違ってみんないい。という考えには共感できるが、みんな違っていいという事は、対立がうまれることもある。それは、対話をする必要があり、対話をするにはコミュニケーション力が必要になる。非認知スキルの向上こそ学校で行いたい。 -
Posted by ブクログ
高架線を走るJR阪和線で天王寺に向かう電車の窓からは、「笑顔と音楽あふれる大空小」と体育館の窓に1文字ずつ貼られているのが見える。ある人にとっては何か貼ってあるなくらいの感想かもしれないけど、ある人からすれば「ああ、ここが『みんなの学校』の舞台なのか」と映画の各シーンが思い浮かぶだろう。
しかし大空小のある大阪市住吉区をはじめ、近辺の東住吉区、阿倍野区などの一帯は元々小学校教育に熱心だというのは大阪市に住む者ならばよく聞く話だ。とは言ってもこのあたりの公立小学校で何か特別な教育がされているとか、優秀な先生が集まっているとか、そんな話ではない。この近辺の特徴は“地域が小学校教育に熱心”。これにつきる。その地域の力に、木村さんの力や他の教職員の力が合わさった結果。
いや、その言い方は厳密には正しくない。いい学校をつくっているのは、あくまで子どもたち。子どもたちの力に地域や大人の力がうまく合わさった学校について、木村さんは「みんなの学校」という用語を使っている。
この本は、大空小の元校長で映画でもたくさん映っていた木村泰子さんと尾木直樹さんが、その当時小中学校で導入目前だった「道徳の教科化」をテーマに対談したもの。
でも道徳の教科化の議論を出発点に、その枠を超えて、木村さんの体験に立脚した教育についての考え方が随所に出てくるのはうれしい限り。
そして木村さんが、自身の長い教員生活で失敗を重ね「先生が子どもを教える」から「子どもから教えられる」へ発想を180度ひっくり返したことで教育の本来的な姿を見い出したというのが随所から読み取れたのもよかった。
「いま全国の教育現場で問題の根源になっていると思っているのは、学校が『見せるもの』になっていることです。『うちの学校、良い学校でしょ?』と、自分たちの学校を良く見せることが目的になってしまうと、子どもたちはそのための手段になります。そうなれば、邪魔な子は排除しようとする原理がどうしても働いてしまいます。ところが『見せる学校』を断捨離すれば、一人ひとりの子どもが見えてくるようになります。」(P10)→①
「『学校があるから学校に行く』。これは従前の考え方です。…そして、学校はそこにあるものではなくて、つくるものです。では誰がつくるのか。『みんながつくる みんなの学校』を合言葉に『自分』がつくるのです。学びの主体である子どもが、自分が学ぶ学校をみずからつくる。保護者が、自分の子どもが学ぶ学校をみずからつくる。地域住民が、地域の宝が学ぶ学校をみずからつくる。教職員が、自分が働く学校をみずからつくる。みんなという言葉は一人ひとりの『自分』がそこに存在していることで成り立ちます。だから人任せなんてしません。」(P14)→②
「全国のみなさんとお会いして『みんなの学校』を紹介していると『あんな校長だからできる』とか『いい先生やいい地域の人がいるからできる』というように、自分にはできないと思い込んでしまい、『いいとは思うけど、うちは無理』とあきらめの声をよく耳にします。でも本当に必要であれば『みんなの学校』はつくれます。それにはまず、一人ひとりが大人としてどういう社会をこれからつくればいいのかを改めて問い返す必要があります。もちろん正解などどこにもありません。」(P44)→③
なお、偶然朝日新聞の読書欄を読んでいたら②と符合すると思われる本田由紀さんの書評に行き当たったので、あげておきたい(2019.9.21 朝日新聞朝刊)。
「『みんなの教育 スウェーデンの「人を育てる」国家戦略』第4章が伝えるように、学校のすべての授業が民主的方法で行われ、生徒たちが社会の土台となる権利と影響を行使するとともにその責任を取る力を育めるようにすることが理想である。…「日本ではありえない!」と肩をすくめるのではなく、不合理な細かすぎる指導や校則が蔓延している日本の学校のほうが異常ではないかと考えて見るべきだ」
また道徳の教科化についても、学校の在り方自体が③のように正解がない中での暗中模索である以上、道徳も「こうすべき」というような“正解を子どもに教える”ような現行の指導方針は危うさを多分に含んでいることが読み取れた。
そして、木村さんについては、間違っても“カリスマ”とか“プロフェッショナル”とか言って祭り上げようとせず、そっとしてあげてほしい。そもそも木村さんを引き込もうとすること自体が①②③と矛盾するから。 -
Posted by ブクログ
ネタバレこれはなんだ~と思いながら読み進めたけど、最後にはうるっときた。
「叱らない子育て」というか、私の場合は「怒鳴らない子育て」やってみたいー!
・子供はあらゆることに関心を寄せて、想像をふくらませて楽しみながら、じっくりゆっくり遊びながら心豊かに育っている。そのための時間なんだからたっぷり使わせてあげる。
・教育とは共育
・子育てをしているママは一流作家。ママがお話を作る
・子供はパパとママとの約束のなかから約束や信頼の大切さを学んでいく。
・子供というのは、無条件でかわいいものではない。当たり前だけど親の思い通りにはいかない。理想どおりになんて全然育たないもの。3歳をすぎて自我が目覚めてくるとお散歩も一筋縄ではいきません。いちいち腹を立てていてはストレスのもと。子供への期待がおおきすぎ。親としての根気。日常の中でできたところをほめて子供を認めていく。それが実を結ぶ。どんな子供もママが思っているほどかわいくない。そう思えば子供ものびのび育つ。子供はママの思い通りにはならない。
・せっかく始めた習い事が長続きしなくてもいい。いろいろ迷ったり寄り道するのは子供の特権。やり抜く、習い事ぐらいでそんな苦しい思いをさせる必要はない。好きなことならやめなさいと言ったって絶対にやめない。子供が自分で自分のやりたいことを見つけるまでじっと待ってあげる。
★怒鳴りたくなったら深呼吸して無理やりにでもほめる。どうしたの?とたずねる。
★叱りたいと思ったときこそ、子供をほめるチャンス。子供を伸ばすタイミング。ママの愛こそが子供の芽を大きく太く伸ばしていける。