米原万里のレビュー一覧
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"ロシア語通訳、作家という肩書きを持つ著者。すでに残念ながらお亡くなりになっている。私が米原万里さんの本に出会った時には、著者はすでにこの世にはいなかった。残念でならない。この本は、米原さんの書評を集めた本。
ロシアに関する本、癌に関する本、大江健三郎に関する本、が特に印象に残る。癌の治療を受けながら、癌に関する書物からいろいろ学びを得つつ(医薬、治療の宣伝本、駄本も多数あり、時間の浪費をしつつ)自らの治療に反映させている。
書評から気になった本のタイトルは
・スミラの雪の感覚
・コーカサスの金色の雲
・赤いツァーリ 上下
・台湾人と日本人
・パーネ・アモーレ
・そして殺人者は野に放たれる" -
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いや~、やっと復刊してくれたよ。ロシア語通訳でエッセイスト。
2005年に亡くなった米原万里さんの幻の処女作である。
晩年、政治を語るようになってからは面白味に欠けるようになった
のが残念だったが、この人の作品のほとんどは我が家の本棚に
ある。
あ、全部読んだ訳じゃないです。積んだままになっている作品も
あります。ワインじゃないんだから寝かせるなと言われるけど。
さて、本書である。江戸時代にシベリアに漂着した日本人の
足跡を追うというテレビ番組の取材に、通訳として同行した
際のシベリア紀行である。
取材期間は1984年から1985年。ソ連邦崩壊以前のヤクート
自治共和国(現サハ共和国)での体験談である。
そこは南極よりも北極よりも寒い国。真冬には連日マイナス50℃
以下になる極寒の地だ。こうなると「寒い」って言うより「痛い」の
だよね。真冬のモスクワやサンクトペテルブルグに行った時、
痛かったもの。まぁ、さすがにマイナス50℃ではなかったけれど。
そんな極寒の地でも人々は暮らしているのである。人や動物の
呼吸、車の排気ガスが瞬間に凍って常に町には霧が立ち込め、
あまりの寒さにプラスチック等の石油製品は使い物にならない。
そんな地に、何故、人々が暮らすのか。その経緯は少々哀しい
物語だった。
元々は子供向けに書かれているので紀行文を読み慣れていると
物足りないかもしれないが、これはこれでいいのだと思う。
写真も豊富なので文庫だと勿体ないかな。でも、米原さんの
処女作をやっと読めたことに感謝。
行きたいな、シベリア。勿論、真冬に。あ、マイナス70℃も記録
した場所だからよっぽどの覚悟が必要だな。汗。 -
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スゴイ本である。
パンツとふんどしについての文化人類学的考察。
パンツとふんどしについて、
これだけ多数の文献に当たり、考察し
つなぎあわせていく。ジネンジョをほるような
面倒な作業を 嬉々として取り組んでいる。
その集中力に 圧倒される。
ガンによって 身体がおかされているにもかかわらず
この執念。まさに 集大成としての「ふんどし学」である。
結論として 『さきにパンツありき』ということだ。
騎馬文化が日本にやって来て、パンツが普及したわけではない。
馬の家畜化を考察し、ハニワなどの パンツ模様の解明をする。
ハンガリーの学校での家庭科での実習が
パンツづくりからはじまるというのが、笑える。日本では雑巾。
えらい違いである。
パンツが工業生産されていなかったという現実
がもっと信じられなかった。
『友誼』という中国製のパンツが 席巻していたというのも、
なんとなく、微笑ましい。
ロシア人のトイレには 紙がない。
たしかに 社会主義国には 神がない。
パンツは毎日変えることということは
確かにその習慣は教えられた。
パンツのもつ文化的価値と羞恥心。
恥ずかしいからパンツがあったのか、
パンツがあったから、恥ずかしいのか?
その問いかけが すばらしい。
イチジクの葉がなぜ落っこちないのか?
十字架のおじさんのはいているのは
パンツかふんどしなのか?
その問いかけが 鋭すぎる。
時間が 子供に さかのぼって、そして
現在まで いたる 考察の方法論が じつに うまい。
子供の幼い質問が なんといっても 本質をついている。
そういう 好奇心にあふれているのが いい。
お父さんのふんどしに 愛着を持っているところが、
ますますいいのだ。 -
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4つのテーマにもとづく講演。
1 愛の法則
2 国際化とグローバリゼーションのあいだ
3 理解と誤解のあいだ
4 通訳と翻訳の違い
ここまで、いっていいのかと思うほど
口が滑らかで 言いたい放題。
そのなかに 洞察力(インサイト)がきらきらと輝く。
さすが、米原万里。
その大胆さと下ネタの爽やかさは なんともいえない風情がある。
言語を理解するとは、記号と概念の間の変換プロセスを体験すること。
1 愛の法則
世界の名作は オトコ(ドンファン)がオンナあさりするものばかり。
そのオンナは 美人ばかりだ。
しかし、美人の基準は 時代と地域によって違う。
源氏物語にしろ、
一方 オンナの物語は 理想の男性を捜すものになっている。
沢山のオトコから 選び抜く物語。
メスは量をにないながら質を追求する。
オスは質をにないながら量を追求する。
結局 オトコは生き延びてつたえる サンプルなんだよ。
オトコには ①ぜひ寝てみたいオトコ②まぁ。寝てもいいのかなというオトコ
③たとえ大金をもらっても絶対寝たくないオトコ
オトコの多くは 90%以上は ③ だとか。
オトコあまりの現象が 質の高い人間に進化する。
オトコが2600万人も余っている中国は まさに 進化の舞台かも。
2 国際化とグローバリゼーションのあいだ
「アメリカ人の言うグローバリゼーションは、自分たちの基準をおしつけることであり、日本人の思うグローバリゼーションは世界の基準に自分を合わせること。」
アメリカ人は 「自分たちは変わらない。自分たちは正当であり、正義であり、自分たちが憲法である。」と思っている。
すごい 本質的な定義。素晴らしい。
中華主義も アメリカ的発想に近いのだ。
陸続きであれば、こころの中にある国境が強くなる。
外国文化を絶対化する病気と自国と自国文化を絶対化する病気。
日本語の国語教育は、日本語を外国語として突き放して勉強していない。
日本語は ウラルアルタイ語とポリネシア語族が合体した。
3 理解と誤解のあいだ
他人まかせは しょせん 身に付かない。
孤立語;語順によって決まる 〈英語〉〈中国語〉
膠着語;たされてくっつく 「テニオハ」日本語 ハンガリー語
屈折語;言葉の語尾とか語頭が変化する。ロシア語、フランス語。
4 通訳と翻訳の違い
「モノを聞き取って正確に把握する能力」と「それをもう一度統合してまとめて表現する能力」
「文学こそが民族の精神の軌跡、精神の歩みを期したもので、その精神のエキスである。」
同時通訳のプロは 言葉に対して鋭敏な感性を持っているだけでなく
更に深く その国の文化さえもつかみ取る チカラを持っている。
そのことを、米原万里が 体現している。
ホントに、惜しい人をなくした。 -
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言わずと知れたロシア語同時通訳の第一人者であった米原万里の通訳論。何度も読んだがやはり文句なしの名著。通訳を目指す人ではなくても、言語そのものに興味のある人は読んでおいて絶対に損はないだろう。
学校の英語の授業では基本的には字句通りの解釈を求められる。もちろん、それが外国語を学ぶ上で必要不可欠なことは言うまでもない。字句通りの解釈は基礎を学ぶ上では有効であるし、大量のインプットなしにアウトプットもありえないことは本書を読めばよく分かるだろう。しかし、ある程度のインプットが済めば次のステップとして求められるのは「ある外国語の発言や文章が何を言わんとしているのか、その核心をとらえること」だろう。言葉とは意味を伝える媒介であるということは、つまり言葉の根底にある意味を掴まなければ意味がないということだ。そしてそれこそが、つまり言葉によって伝達しようとしている発話者の生み出した概念をつかんで外国語に移し替えることこそが、通訳者の仕事なのだ。尚「通訳の全プロセス」におけるこの「言葉の前の概念」は本書で説明されているが、この考え方は外国語を扱う人にとって何かヒントになるものなのではないだろうか。
それにしても通訳という仕事をこれほどまでに魅力的に語った本が他にあるのだろうか?まぁ自分自身、通訳論について書かれた本を数多く読んだわけではないのだが、おそらく、いや絶対にこれほど面白く通訳について書かれた本はないだろうと言い切れるほどに本書は面白く興味深い。言葉を通して数々の考え方、思考方法を疑似体験できる通訳という仕事の魅力が本当によく理解できる一冊だ。 -
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「音楽においては美しい音も汚い音もない。大切なのは伝えたいメッセージを最も的確に伝えられる音だ。そのメッセージにふさわしい音、それがいい音だ。」と。著者が通訳を担当した有名音楽家が、記者からの音楽にとって最も大切なことは?の問いにそう答えた。
「まさに、言葉もそうで、言葉にとって、一番大事なことは、美しいことよりも、最も的確に伝えたいメッセージを、表しているかどうかだ。」(本文より)
米原さんのメッセージはいつも的確で、わかりやすく、ダイレクトに言葉が心に突き刺さる。そして笑いがいつもある。イタリア語通訳者で友人である田丸さんとのかけあいもまた楽しい。 -
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鳥飼久美子著『歴史をかえた誤訳』を読んでこの本の存在を知った。鳥飼氏は私が中学生の頃から憧れた同時通訳者で、ほとんどアイドル的存在だった。本書の著者米原万里氏は今回初めて知った。ロシア語通訳で、エリツィンやゴルバチョフが大統領の頃から活躍しているという。
ロシア語通訳としての豊富な経験から多くの実例を挙げ、通訳者あるいは翻訳者の使命を語る。また同業者や通訳としての先駆者たちの著書からの引用も的確で面白い。ロシア語通訳でありながらロシア語だけに偏らない書きぶりも好感が持てる。とにかく面白くて直ぐに読み終えた。素晴らしい通訳者はアウトプットに優れているのだろう。
本書の『不実な美女か 貞淑な醜女か』というタイトルが目を引くが、これは訳文が原文に忠実かどうかを「不実」と「貞淑」で表し、訳文が美文かどうかを「美女」と「醜女」で表すという、今ならおよそやってはいけないようなことをしていた。あまりに面白い例えで、思わず唸ってしまった。
先日読んだ吉村昭の『黒船』も幕末のペリー来航時に通詞を勤めた男の物語であった。この通訳という家業が如何に大変な仕事かわかる。
この手の話になると、どうしても自らの失敗を思い出してしまう。地元の港湾と米国の港湾との協定の下訳を誤訳してしまった経験がある。後にきちんと訂正されたが、まだどこかに原稿が残っているかもしれないと思うと、いまだに顔から火が出るようだ。 -
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刺激的なタイトルに惹かれて思わず購入。
ロシア語の同時通訳者として活躍する著者の『通訳』という仕事の妙を教えてくれる作品。
外国語もからきしだめ、日本語もおぼつかない私からすれば、バイリンガルな人の頭の中は奇々怪々にしか感じられないが、この本にはわかりやすくそれを解説してくれている。更には著者や他の通訳の方々の失敗談、体験談を通し、異なる文化異なる価値観での会話の中で、日本という国の文化の輪郭を確かめることもできる。
気軽なエッセイ、異国への紀行本のように、通訳を目指していない人でも楽しく読むことが出来るだろう。
この本では通訳という仕事は多様な表現を受けている。たったその場限りに重宝がられ、事が終わればおさらばされる売春婦、ふたりの主人に仕える従僕、絶対的な時に抗う存在でありながら、異なる宇宙を繋げる存在でもあり、コミュニケーションの神に仕える信徒だ。通訳という仕事の大変さと興味深さを広げてくれる。
元より人が何かを表現する、何かを伝えるにあたっては必ず齟齬が生じるのは必然。それは通訳ではなく、普通の日常会話の中でも勿論発生する事態だ。
伝言ゲームはもちろんのこと、一対一であっても伝えていたものが伝わっていない、意図していないものが伝わり相手が不愉快を呈することもしばしば。
人との対話の難しさと、それが通じたときの心の底から溢れ出る歓喜を思い出させてくれる本だった。 -
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ロシア語同時通訳者の米原万理さんは大変な読書家だったようだ。平均1日7冊読むそうで、自称本好きの私でも足元にも及ばない。
この本を読むと、彼女が博識でとても頭がいい人なのだということがよく分かる。紹介されている本のうち何冊かは既読だが、彼女の洞察力、読解力は並外れているし、感じたことを文章にする力もすごい。ジャンルも言語学、民俗学、国際政治、動物から下ネタまで多岐に渡る。
基本的に新聞などの書評欄に掲載されたものを集めたものなので、著者や出版社に遠慮があるのか、それほど辛口の批評は出てこないのがやや残念ではある。それでも今後読みたい本は何冊もメモした。