米原万里のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
十字架上のイエス・キリストの下着はパンツかふんどしか腰巻か。という素疑問を長年持ち続けた筆者が長じてから綴る『下半身に身につける下着』についての考察を記したエッセイです。
何度か噴き出してしまいました。 たぶん、大体の人は日常に身につけているであろう下半身を覆う下着についての考察を綴ったエッセイです。パンツ・ふんどしをめぐる世界史的な考察をするという途方もないことをやろうとした筆者のチャレンジャーぶりにも脱帽しましたが、人類が『下半身を覆う下着』というものについての複雑さというのか。種類の多さというのか…。民族性や国民性によってもこれだけの違いがあるということにびっくりしました。
特に驚いたのは筆者がチェコのプラハにいた頃、ソ連から来た同級生の女の子が、パンツが乾かないといって、その場で布を裁断しパンツを縫い上げてしまったという話や、ワイシャツで裾が長い理由は、昔のヨーロッパではその長い部分がパンツの役割を果たしていて、それで下半身覆っていたという話や、筆者の父親が生涯、越中ふんどしを愛用していたことから古今の膨大な文献を紐解いて、日本人のふんどしにおける精神的なものを追求して記しているという努力。少し下ネタなども交えながら、ユーモアあふれる筆致で、最後まで楽しく読むことができました。
単行本化する前には自身の病気の関係もあって、紆余曲折があったとあとがきに書いていましたが、こういうことを本気で調べて、一冊の本に纏め上げるというのは、ある意味で途方もない試みであるとともに、筆者にはまだまだ面白いエッセイを書いて欲しかったなと。そんなことを考えてしまいました。 -
Posted by ブクログ
政界における多数派シンドローム、企業の膨張至上主義、崩壊する安全神話、続発する警察の不祥事…。今も変わらないテーマを縦横無尽に語りつくす時事エッセイです。「21世紀は20世紀の続き」かの知れません。
この本が出版されたのが2001年なので、書かれている時期は20世紀の終わりから21世紀のはじめの出来事が中心となっています。ここに書かれているのはいわゆる「時事ネタ」要するにそのときの時事を基にしたエッセイですが、今読んでもその内容がまったく古びていないということに、僕自身驚きを隠せません。
この本のコピーにいわく「21世紀は20世紀の続き?」という言葉が、重い意味を持っていると思うのはきっと僕だけではないと思います。企業が内部留保を持ちながらもリストラまたリストラを繰り返していることに怒り、ロシアのボリジョイが市場経済を意識したがゆえに肝心の芸術のクオリティが下がりっぱなしなことに憤りを感じ、天変地異の続く中で保険の契約に関して疑問の声を上げる。
しかし、そんな「お堅い」話が続く中でもロシアの文豪であるトルストイが
「セックスほど罪深いものはなく、子供を産む目的以外でするものではない」
と書き残していながら、自身は「お盛ん」だったという話などもあったりと、彼女が以下に教養人であったかということが文章の節々から感じることができて、あっという間に読み終えることができました。
彼女は2006年にがんで56歳の若さで逝去されてしまったと、「異能の外交官」という異名を取った佐藤優さんの本で知ることになったのですが、彼女がもしまだ存命だったらどのようなことを発言していただろう…。そんなことを考えています。扱っている話には時代を感じさせますが、その考察には現在も十二分に納得できるものが多いので、面白いと思います。 -
Posted by ブクログ
ロシア語通訳者でありエッセイストの筆者が綴る犬や猫との「いとおしき日々」についてのエッセイ集です。ヒトのオスには歯に衣着せぬ物言いをする筆者が彼ら彼女らに惜しみなき愛情を注ぐ姿がたまりません。
最近のマイブームが米原万里さんのエッセイで、その歯に衣着せぬ物言いがなんとも心地よいです。この本は通訳として第一線の舞台に立ちながら猫の無理と道理。ターニャとソーニャ。犬のゲンとノラ。そして美智子さんと筆者の日常を描いたエッセイです。
国際的な会議の席で拾った無理と道理。ロシア人から譲られたターニャとソーニャ。途中でいなくなってしまう犬のゲンと入れ替わりに筆者の家族になるノラ。彼らと筆者の交流がいとおしく、僕も将来的には犬か猫が欲しいなと思いました。
ヒトのオスには終生、厳しかったといわれる彼女ですが、エッセイの中ではその惜しみのない愛情を注ぎ続けます。よく、作家にはいぬか猫のペットがつき物だという話を聞きますが、その一端がうかがえたような気がします。
個人的なハイライトは去勢されたオス猫の無理がターニャとソーニャが新しく家族に迎えられることになって、オスとしての自分を再認識して、彼らを守るしぐさをしたり、スプレー行為で家中に尿をするところでしょうか?なぜか自分でもわかりませんが、あそこが僕の中ですごく印象に残っています。
猫も犬もいる生活は日常に潤いを与えてくれますが、あくまで、彼ら彼女らと最期まで寄り添っていける方がペットを飼うべきで、途中で飼育を放棄したり、もっとひどいのは飽きたからという理由で保健所に連れていって処分して欲しいなんていうのは言語道断で、ここにも保健所に筆者は行く場面が描かれていますけれども、彼女の言葉をよく聴いて、決して、安易な気持ちで生き物を飼うべきではないということと、作中にえがかれている彼ら彼女らとの「いとおしき日々」を楽しんでいただけると幸いです。