米原万里のレビュー一覧
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「米原さんといえばふんどし」って、私、どこですり込まれたんだろう?翻訳者よりも通訳者、のほうが、機転と機知とユーモアと冷静さと(とにかくあらゆるいろんなもの)を同時に働かさなければいけないんだろうな。むしろだからこそ、このような形で「残る」文章を残したかったのかな…。他の随筆でもよくわかることだけれど、言葉の遣い方の素敵な人が、つまり素敵な翻訳なり通訳なりができるのだ。「素敵」にもいろいろあって、ユーモアに富む、詩的である、論理的でかつ美しい……、もちろん持ち味はそれぞれの魅力で。敢えて言うなら、私にとって米原さんはやっぱり「ふんどしのひと」です。とくにそれで失礼にはあたらないはずです。だって、カヴァーには、「十字架上のイエス・キリストの下着はパンツか、ふんどしか、腰巻か。幼少期に芽生えた疑問を心の中であたため続け、長じて作家となった著者は、…(略)」とありますもん。さて、この著は(解説にもあるように)、著者にとってはもっと大きな企図の過程であったかもしれません。そのことを悼みます。けれど、誰もが企図半ば、私が明日、健やかに目覚めるという保証がどこにあろう?と、それはともかく、彼女のこういう著作を読んで笑ったりできるということ、これが大事なんだな、とふと考えます。この著の話題に絡めますが、「金玉の小さいやつ」「尻の穴が小さいやつ」…、一応は、オトコに対して、ですよねぇ。オンナに対しては、どんな言い方があるだろうか?「オンナの腐ったようなやつ」ってものオトコ向けだし、「女々しい」のはたいていオトコだし。ちょっと、考えてみよう。それから、カヴァーにはさらに「……、抱腹絶倒&禁断のエッセイ」とありますが、ちっとも禁断なんかではありませんことです、よ。
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大好きな米原さんのエッセイ。エッセイと言いつつ、いろいろな文献や彫刻とか土偶とか絵画を縦横無尽に確認し、ご自身や読者の経験を元に、さらに想像力を駆使して、まじめに考察を試みている(もちろんユーモアはいつもどおりたっぷり)本です。大雑把に言うと、日本男子の心の象徴のように言われる<ふんどし>がなぜそんな象徴になったのかという文化的歴史的機能的背景に思いを馳せたり、はたまたパンツはいったいどこから発生してどのように伝わってそれにはどういう障害やドラマがあったのか、ということが、シベリア抑留者の手紙や明治文豪の日記や万里さんの幼稚園の思い出などなどを引き合いに出しつつ、とことん真面目に考えられています。とても興味深く、情にあふれ、わかりやすく、おもしろかったです。
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万里さんにハズレ無し!っと心の中で叫びながら大事に読みました。
読み終わってしまうのがもったいなかったです。
このエッセイにはロシア語通訳の仕事のことももちろん出てきますが、メインは美智子、無理、道理、ゲン、ノラ、ソーニャ、ターニャ、という万里さんの家族。順番に、ヒト(ていうか母)、猫、猫、犬、犬、猫、猫。それぞれの性質が生き生きと描かれているし、巻頭に写真も付いているので、読み進めるうちには猫たち犬たちを直接知っているような気になってきました。それと獣医さんや猫好き犬好きの友達知り合いなども、個性豊かにハツラツと描かれていて、面白いです。猫好きのヒトはもちろん、犬好きなヒトもべらぼうに楽しく読めると思います。 -
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最近、読んだら社会主義、共産主義関係の小説だったなあと思うことが多く。
戦後の海外の古典を読んだりしてるからそうなるんだろうけど。
著者の名前はロシア語通訳、翻訳家として知っていたが父親が共産党員なのは知らなかった。
共産党って海外支部持ってたんだ!党員が海外支部に派遣されて世界の共産主義者と一緒に仕事(?)をすることなんてあったんだ!と言うのが驚き。
共産主義者は世界共通の理想に燃えてるってことだったんでしょうか。
その父親のソ連派遣に帯同して、まだ子供だった著者がチェコのプラハでソビエト大使館付属の学校に通ったときのことと、十数年経ってかつてのクラスメイトに会いに行った時のエッセイ。
学生時代の各国の共産党員の子どもたちが、皆自国に誇りを持っていてすごい。両親が国のためによいことをしている自負もあったのだろう。
ただ社会主義とはやはり名ばかりのところもあり、労働者のために奔走していると見せかけながら共産党員上層部はありあまる金銭の享受のうえでの暮らしをしているという矛盾も子供の米原さんはしっかりとらえている。
印象的だったのは、ソ連では才能を持つ子供がいたらそれはその子どものものだけではなく、民族の宝であり、無条件で愛され、皆が支えてくれる、という部分。
西側に亡命した才能ある者が、ソ連ではそうだったのに西側では才能は個人の持ち物であり、妬まれ引きずり下ろそうとされると涙ながらに語ったそう。ソ連の考え方があまりにも違うので驚いたし、日本でも個人の持ち物にしか過ぎないので西側と一緒だ。ソ連の考え方はとても素晴らしいことだと思うが、個人の持ち物は皆のものでもあるということは…こういう部分が社会主義がロシアで起きた背景にあったんだろうか。
また、タイトルにもなっているアーニャの章だが、植え付けられた思想は大人になって海外に出てもそう簡単には変わらない。もしくは自分のなかで辻褄が合うように、外の現象を無意識に捻じ曲げてしまう。書かれている内容と「真っ赤な真実」というタイトルに、そんな印象を受けた。
ところでソ連で一番偉いのは書記長でしたが、大統領でも首相でもないのはなぜと昔子供心に思っていた。各国の共産党は理論情報誌なるものを世間に向けて出版するのが使命だったらしく、それで情報誌編纂のトップがそのまま党内でトップになるから書記長が最高指導者だった、ということか?と思って調べたら、当時は「共産党が国家を指導する」(!!)という立場だったがゆえに、共産党のトップが実質一番偉い、ということになっていたらしい。
共産党の方が国家より偉いとは…!国家とは一体何なのか?と考えさせられる。
そして今の日本はもしかして、「政治家が国家を指導する」になってしまっていて、政治家の判断が国家の意思であるかのようになってしまっているのでは?と思ってしまった。 -
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ネタバレ1998年単行本刊行。トップクラスの通訳者として、激動の時代に日ロの外交や交流にかかわった豊富な経験と慧眼…言葉の巧みさも光っている…
ネタは尽きなそうですが、公開できる範囲はそこまで多くはなさそうということも書かれていますが、可能な範囲だけでも色々あってよかったです。ご共有ありがとうございます。
はじめの二章はウォッカの小噺ばっかだったので、アルコールから見えるロシア・ソ連が本書の主題なのかと思ってしまいましたが、
肖像画コレクションなるネタ話では、ゴルバチョフや政治家模様が生情報から伝えられていたりして、ゴルバチョフ、エリツィン、、、一昔前の歴史の教科書の中のロシア・ソ連だったのが少し距離が縮まる感じがします。
そして人間に迫るだけではなく、
世界や時代の潮流といった視座の中でいろいろ語られているので、今日の自分の生活や身の回りにもつながりを感じられたりして興味深いですね。 -
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ネタバレ色々な国に出自を持つ子たちが集まるプラハのソビエト学校。主人公とギリシャのおませ娘リッツァ、ルーマニアへの愛国心が強いアーニャ、ユーゴスラビアのクール才女ヤスミンカとの交流が描かれる。
主人公はわずか13歳やそこらで赤旗を熟読しており、共産党意識がかなり強い。そのせいで、政治的な当たりが強くて結構ヒヤヒヤする。何度「その言葉飲み込んでくれて良かった」と思ったか…!クラスメイトたちもみんな政治的主張や民族意識を持っていて、全然私の知っている小中学生ではない。
小さい国の方が愛国心が強い、ロシアでは才能のあるものは無条件に愛されるみんなのもの、東欧の人は東欧と呼ばれるのを嫌う(中欧と呼称)など国民性がよく知れる。昔の話なので今は違うかもだけど。
NHK「時をかけるテレビ」で、「世界わが心の旅 プラハ 4つの国の同級生」でドキュメンタリーにもなっててU-NEXTで見れるみたいなので、今度見る。 -
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少しずつ気温が上がり、夏が近づ生きたように感じますが、そんなときに「寒い場所」への紀行を読むと少し涼しくなる気がします。
本作の舞台はヤクート自治共和国(現・サハ共和国)で、世界で最も気温が下がる国。
日本史の授業で出てくる漂流民・大黒屋光太夫も訪れたことがあるとか。
釣り上げた魚が10秒で凍り、人間や動物の吐く息、車の排気ガスや家庭で煮炊きする湯気等の水分がことごとく凍ることで「居住霧」が発生し、ひどいときには4メートル先も見えなくなるという世界は、まさに異世界です。
一面凍りばかりなのでツルツルと滑りそうな印象でしたが、まったくスリップしないとのこと。そもそも、氷が滑るのは、摩擦熱で氷が融けて生じた水分によるので、-50℃の世界では摩擦熱程度では氷が解けないのだとか。雪もサラサラで雪だるまを造ることもできなければ、屋根の雪が融けることもないので軒先につららがある、という我々がイメージする「雪国」の景色とは全く異なる風景が広がっているようです。
短い本ですが、色々な発見があって面白く読むことができました。 -
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ロシア語同時通訳者によるエッセー。通訳業界の産業廃棄物をリサイクルして本にしている、らしい。
多文化の橋渡しをする立場ならではの視点が面白い。第二言語、第三言語学習の面白さを再確認できる。
子供時代をソ連で過ごした米原氏が、帰国後漢字学習に苦労した話に共感した。苦労して習得したスキルなので、たくさん読書する事で元を取ろうとしている、といった趣旨のことが書かれており、なるほど、と思った。
言語をやる人は文学を読まず、文学をやる人は言語を学ばない。それじゃダメだろ。という話には、ハッとさせられた。とは言え、辞書片手に文学を読んでも深い理解は得られない。文学を原書で堪能できるレベルに到達するのが、なかなか難しいんだよなぁ。 -
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【2026年58冊目】
幼少期をチェコのソビエト学校で過ごした志摩には、忘れられない人がいた。オルガ・モリソヴナ、生徒を叱る時に必ず反語法を使っていた彼女は舞踏の先生だった。それから30数年後、謎多き彼女の秘密に迫るべく、志摩はモスクワに飛んだ。厳しいソ連時代を生き抜いた女たちの過去を紐解いていく志摩がたどり着いた彼女の真の姿とは――。
実は読みたいと思っていた別の本のタイトルを思い違いしてしまい手に取った本作でしたが、面白かったです。ソ連時代の極悪な状況に触れつつ、オリガ・モリソヴナを中心として語られる女たちの過去を、主人公の志摩と共に追いかけました。次から次へと明かされる事実に、それで一体どういうことだったの?と思って、どんどんと読み進めていけました。
少し前に、満州国の話を読んでいたので繋がる部分もあり、理解しやすかったのもありますし、登場人物たちが過去を振り返ってまるで目の前にいるかのごとくの語り口も良かったです。
過去を紐解いていくといった観点ではミステリー要素もありましたし、歴史を知れるという点でも良かった。登場人物の名前がほとんどカタカナだったので、ちょっと大変でしたが困った時は最初の方にある登場人物一覧が助けてくれました。
間違って手に取った作品でしたが、怪我の功名でした。 -
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めちゃくちゃ読み応えがありながら、読みやすさと先が気になる展開の連続で最後まで夢中になって読んだ。
重厚な社会派ミステリー的な要素もあり、政治や歴史の話がベースにある。時代に翻弄された人々をたどりながら、ある人物の謎が解き明かされていく。
1930年代のスターリンによる粛清によって、悲惨な目にあった人々とその家族たちの話は、目の前で彼らが語っているかのような静かな痛みを感じた。
この時代のことは学校で習ったのかもしれないが記憶になく、その実態に驚いた。
本作はフィクションなので事実とは異なる部分もあるだろうが、ソ連の権力者たちによって多くの国民が簡単に命を奪われたり、収容所での過酷な生活を強いられたりしたことは事実。本作でその事実を知れてよかった。
ハードな話が続くなかで、志摩とカーチャの仲良しコンビが持つ、前向きなエネルギーに救われた。中年女性という設定だったけれど、驚くほどパワフルで私のほうが付いていくのに必死だった…笑
自分ではなかなか手に取らない作品だけど、おすすめされていて読んでみてよかった。 -
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ネタバレ最近お気に入りのひかり書店で発見した、
米原万里さん、
「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」
実は先日、
月に一度の楽しみにしているコミュニティラジオ
「ビブリオラジオ」で紹介されていて気になっていた。
この本は、著者が1960年から1964年までの約5年間、在プラハのソビエト学校で過ごした少女時代の思い出をもとにした自分史的エッセイ。
当時のプラハには世界50カ国以上の共産圏の子どもたちが集まる国際学校があり、共通語はロシア語。
著者は日本共産党関係者の父親の駐在でそこに通い、多国籍の友人たちと過ごす。
本は3編の連作で、
それぞれにギリシャ人のリッツァ、
ルーマニア人のアーニャ、
ユーゴスラビア人のヤスミンカという
魅力的な同級生との子供時代の友情と、
約30年後の1990年代に再会して知る「真実」が対比されている。
再会を通じて明らかになるのは、
プラハの春以降の東欧の激動——チェコスロバキアの変化、ルーマニアの体制崩壊、ユーゴスラビアの内戦など。
子供時代の純粋な思い出と、
大人になって見えた歴史の荒波のギャップが印象的で、共産主義の理想と現実、民族やアイデンティティの揺らぎを個人的な視点から描いている。
3編それぞれに印象的なシーンがあるので、
ここから少し具体的な内容に触れる。
「リッツァの夢見た青空」では、
勉強のできなかったリッツァが、
名門大学の医学部に進学したと噂で聞いて、
父親のコネで入れたのだろうと疑いなく思っていたマリ。再会して真実を知り、会わなかった時間に積み重ねた彼女の努力と苦労を思って、父親のコネだと思い込んでいた自分を恥じるところ。
「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」では、
再会したアーニャに、
言いたいことを飲み込むシーン。
実際には彼女に言ってないが、
あたかも彼女自身に投げつけたかのようなマリの心の中の「」がアーニャとの友情とルーマニアの現実を見た葛藤に揺れていて印象深い。
「白い都のヤスミンカ」はヤスミンカとの再会時、
彼女の以下のセリフで、
事態の深刻さをより大きく感じた。
「でもね、マリ、このすべてが、いつ破壊し尽くされてもおかしくないような状況に、私たちは置かれているのよ。翻訳している最中も、本を読んでいるときも、台所に立っているときも、ふとそのことで頭がいっぱいになるの。すると、振り払っても振り払っても、恐ろしいイメージが次から次へ浮かんできて気が狂いそうになる」(288頁)
「この戦争が始まって以来、そう、もう五年間、私は、家具をひとつも買っていないの。食器も。コップひとつさえ買っていない。店で素敵なのを見つけて、買おうかなと一瞬だけ思う。でも次の瞬間は、こんなもの買っても壊された時に失う悲しみが増えるだけだ、っていう思いが被さってきて、買いたい気持ちは雲散霧消してしまうの。それよりも、明日にも一家皆殺しになってしまうかもしれないって」(288-289頁)
長くなったが、ヤスミンカのこの言葉には、
最近よく考える、国家をはじめとする個人を超えた大きな組織による戦争や紛争に、
否応なく巻き込まれて潰される個人の日常、
奪われるささやかな生活が、
リアルな言葉で綴られていて深く刺さった。
ちなみに恥ずかしながら、
わたしはこのエリアの歴史には特に疎い。
…というか、共産主義や社会主義についても本当に知らないことが多い。
生まれる前の歴史どころか、
自分が生まれた後の歴史でもあった冷戦下に、
共産圏バリバリのエリアでは
どんな生活があったのか。
プラハの春や民族紛争などが、
どんな事態に発展したのかさえ全然知らなかった。
経験したはずの歴史も、
自分の世界とは遠すぎて、
意識することさえなかったな、
とこの本を読んで改めて思う。
こういう事象、いっぱいあるんだろう。
時間的、物理的距離はあっても、
いろんな時代、いろんな場所で送られる日常はそれぞれに尊い。
誰かの日常、いつかの生活も、
今の自分の地続きにあることが少しでも意識できるなら、知らないこと、知らない国、知らない思想について恐怖や嫌悪以外の豊かな感想をもてるかもしれない。
とにかく、いろんな方面からいろんな感情を刺してくる内容だった。
めちゃくちゃ面白かった。