米原万里のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
めちゃくちゃ読み応えがありながら、読みやすさと先が気になる展開の連続で最後まで夢中になって読んだ。
重厚な社会派ミステリー的な要素もあり、政治や歴史の話がベースにある。時代に翻弄された人々をたどりながら、ある人物の謎が解き明かされていく。
1930年代のスターリンによる粛清によって、悲惨な目にあった人々とその家族たちの話は、目の前で彼らが語っているかのような静かな痛みを感じた。
この時代のことは学校で習ったのかもしれないが記憶になく、その実態に驚いた。
本作はフィクションなので事実とは異なる部分もあるだろうが、ソ連の権力者たちによって多くの国民が簡単に命を奪われたり、収容所での過酷な生活を強いられたりしたことは事実。本作でその事実を知れてよかった。
ハードな話が続くなかで、志摩とカーチャの仲良しコンビが持つ、前向きなエネルギーに救われた。中年女性という設定だったけれど、驚くほどパワフルで私のほうが付いていくのに必死だった…笑
自分ではなかなか手に取らない作品だけど、おすすめされていて読んでみてよかった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ最近お気に入りのひかり書店で発見した、
米原万里さん、
「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」
実は先日、
月に一度の楽しみにしているコミュニティラジオ
「ビブリオラジオ」で紹介されていて気になっていた。
この本は、著者が1960年から1964年までの約5年間、在プラハのソビエト学校で過ごした少女時代の思い出をもとにした自分史的エッセイ。
当時のプラハには世界50カ国以上の共産圏の子どもたちが集まる国際学校があり、共通語はロシア語。
著者は日本共産党関係者の父親の駐在でそこに通い、多国籍の友人たちと過ごす。
本は3編の連作で、
それぞれにギリシャ人のリッツァ、
ルーマニア人のアーニャ、
ユーゴスラビア人のヤスミンカという
魅力的な同級生との子供時代の友情と、
約30年後の1990年代に再会して知る「真実」が対比されている。
再会を通じて明らかになるのは、
プラハの春以降の東欧の激動——チェコスロバキアの変化、ルーマニアの体制崩壊、ユーゴスラビアの内戦など。
子供時代の純粋な思い出と、
大人になって見えた歴史の荒波のギャップが印象的で、共産主義の理想と現実、民族やアイデンティティの揺らぎを個人的な視点から描いている。
3編それぞれに印象的なシーンがあるので、
ここから少し具体的な内容に触れる。
「リッツァの夢見た青空」では、
勉強のできなかったリッツァが、
名門大学の医学部に進学したと噂で聞いて、
父親のコネで入れたのだろうと疑いなく思っていたマリ。再会して真実を知り、会わなかった時間に積み重ねた彼女の努力と苦労を思って、父親のコネだと思い込んでいた自分を恥じるところ。
「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」では、
再会したアーニャに、
言いたいことを飲み込むシーン。
実際には彼女に言ってないが、
あたかも彼女自身に投げつけたかのようなマリの心の中の「」がアーニャとの友情とルーマニアの現実を見た葛藤に揺れていて印象深い。
「白い都のヤスミンカ」はヤスミンカとの再会時、
彼女の以下のセリフで、
事態の深刻さをより大きく感じた。
「でもね、マリ、このすべてが、いつ破壊し尽くされてもおかしくないような状況に、私たちは置かれているのよ。翻訳している最中も、本を読んでいるときも、台所に立っているときも、ふとそのことで頭がいっぱいになるの。すると、振り払っても振り払っても、恐ろしいイメージが次から次へ浮かんできて気が狂いそうになる」(288頁)
「この戦争が始まって以来、そう、もう五年間、私は、家具をひとつも買っていないの。食器も。コップひとつさえ買っていない。店で素敵なのを見つけて、買おうかなと一瞬だけ思う。でも次の瞬間は、こんなもの買っても壊された時に失う悲しみが増えるだけだ、っていう思いが被さってきて、買いたい気持ちは雲散霧消してしまうの。それよりも、明日にも一家皆殺しになってしまうかもしれないって」(288-289頁)
長くなったが、ヤスミンカのこの言葉には、
最近よく考える、国家をはじめとする個人を超えた大きな組織による戦争や紛争に、
否応なく巻き込まれて潰される個人の日常、
奪われるささやかな生活が、
リアルな言葉で綴られていて深く刺さった。
ちなみに恥ずかしながら、
わたしはこのエリアの歴史には特に疎い。
…というか、共産主義や社会主義についても本当に知らないことが多い。
生まれる前の歴史どころか、
自分が生まれた後の歴史でもあった冷戦下に、
共産圏バリバリのエリアでは
どんな生活があったのか。
プラハの春や民族紛争などが、
どんな事態に発展したのかさえ全然知らなかった。
経験したはずの歴史も、
自分の世界とは遠すぎて、
意識することさえなかったな、
とこの本を読んで改めて思う。
こういう事象、いっぱいあるんだろう。
時間的、物理的距離はあっても、
いろんな時代、いろんな場所で送られる日常はそれぞれに尊い。
誰かの日常、いつかの生活も、
今の自分の地続きにあることが少しでも意識できるなら、知らないこと、知らない国、知らない思想について恐怖や嫌悪以外の豊かな感想をもてるかもしれない。
とにかく、いろんな方面からいろんな感情を刺してくる内容だった。
めちゃくちゃ面白かった。
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Posted by ブクログ
「ああ神様!これぞ神様が与えて下さった天分でなくてなんだろう。長生きはしてみるもんだ。こんな才能ははじめてお目にかかるよ!あたしゃ嬉しくて嬉しくて嬉しくて狂い死にしそうだね!」
物語は在プラハ、ソビエト学校の教師オリガ・モリソヴナの強烈な反語法によるダンス指導シーンからはじまる。
彼女の教え子で日本人のシーマチカが卒業後?大人になってから、親友のカーチャとともに青春時代の謎を追い求める。ロシアに訪れ各所をたずね資料や証言を集めていく過程は、作者自身がオリガを調べている様子を鮮明にイメージさせた。
さらに凄いところは、読者自身も旧友と一緒になって歴史の謎を炙りだしていくような連帯感というか没入感。
そして小説のかたちをとることで、スターリン時代のラーゲリ(強制収容所)の実態を文献から歴史で学ぶのとは違って自分ごととして考える機会を与えてくれた本作は読後に内容を反芻したくなる良書だ。
三宅香帆さんが激推しする理由がわかった。また読みたい。
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Posted by ブクログ
話が壮大で中身がギュギュッと詰まった読み応えのある小説。三宅夏帆さんが「一冊しか薦められないとしたらこの本を薦めたい」とYouTubeで仰っていたので、すぐにネット予約し買った。
ソ連の歴史と社会構造について細かく描写されているけど、知識不足でよくわからないことも多かった。でもチャットGPTに「スターリンとは?」「共産主義とは?」とか、わからない単語を調べながら読むと読みやすかった。(新しい読み方!)
ソビエト学校から日本の学校に転校した主人公が、日本の学校の方が社会主義でガチガチで息苦しく感じている描写が意外で、興味深かった。
プロが薦めるだけあって素晴らしい小説だった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ実体験をもとにしたノンフィクションで、すごく濃密な本だ。
チェコのプラハでソビエト学校に通う小学生のマリ。ここには50もの国からやってきた子供たちが通っている。マリの父親は、日本共産党から派遣されて、国際共産主義運動の理論誌の編集局に勤めており、そのため家族でプラハにやってきた。(この学校に通う子供たちは外交官や共産主義運動の幹部たちを親に持ち、それなりにブルジョアな暮らしぶりが散見される。しかし同時に社会主義国としての計画経済による、融通の効かなさみたいなところも描写され非常に興味深い)
米原万里がプラハで過ごした9〜14歳までの期間に出会った、3人のかけがえのない友人たち。リッツァ、アーニャ、ヤスミンカ。それぞれを主役にした三篇からなるお話。
同時に、社会主義、共産主義思想を掲げる東ヨーロッパ諸国の、激動の二十世紀後半記でもある。ロシア語同時通訳者、エッセイストである著者の豊富な異文化体験と、民族に対する冷静なまなざし。読み進めるほどに、なんと聡明な人だろうと驚く。
P247から引用。
『ところで日本ではいとも気楽に無頓着に「東欧」と呼ぶが、ポーランド人もチェコ人もハンガリー人もルーマニア人も、こう括られるのをひどく嫌う。「中欧」と訂正する。』
こんなことぜんぜん知らなかった。
彼らはもちろん地理的正確さを期して東を嫌うのではない。「東」とは、より西のキリスト教諸国の発展から取り残されてしまった、また冷戦で負けた社会主義陣営を指す記号でもあるという。貧しい敗者のイメージ。憧れ、劣等感、蔑視と嫌悪感。これは、明治以降に脱亜入欧を目指したわたしたち日本人に通じる。
民族紛争や異宗教との諍いに、否応なく巻き込まれていくかつての少女たち。
しかし、かといって悲壮感に溢れるだけではない。多感な時期の少女たちの、華やかで明け透けで、ときに大人顔負けの知的さを垣間見せる、希望に溢れた感性も見事に描写される。
歴史に疎い自分にとってはとても勉強になるし、それどころか10代の女の子たちがここまで社会や民族について学び理解し、自分なりの考えを持って生きていたことに頭が下がる。
総じて、いい本を読んだなぁ、という気持ちになった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレペット(猫、犬)エッセイの傑作です。
タイトルから、独身を貫いた米原万里の私生活エッセイかと思いきや、急にペットを飼い始めた筆者に悪友から「人のオスは飼わないの」と冷やかされたのがタイトルの由来。
本来、可哀想な捨て犬や捨て猫を放っておけない性分から、拾ってきた彼らを育てる暮らしが始まる。通訳という仕事がら家を留守にしがちな筆者は、認知症気味の母親がいるので、ペット好きのお手伝いさんを雇い対処する。ご近所さんにもペット飼育の先輩たちがいて、行方不明など困ったときには力になってくれる。ペット病院の院長先生も専門知識が豊富で親身になってくれる心強い存在。
つまり、環境的にはとても恵まれた状況で、筆者のペット飼育の奮闘記が開始される。
愛情たっぷりに接する筆者とその愛情に応えるペットたちの健気な姿は、ペットを飼った経験のある人にはたまらない。また、ペットの生態も参考になる。
捨て犬だったゲンは、前の飼い主の躾がよかったのか、社交的で庭でも滅多に吠えない。それが、ある時から急に番犬的役割に目覚め吠え始めた。ご近所の手前もあるので、獣医師先生に相談すると、「それはおめでとう。ゲンちゃんは今まで遠慮してたんですよ。また、前のように捨てられるかもしれないって。だから、どんな人にも愛想よくして犬なりに気遣ってたんですよ。それがやっと米原さんのところを終の棲家と見定めて、この家は、自分が守って行かねばという自覚が芽生えたんですよ」、なんか泣ける話です。
通訳の仕事でロシアにいる時、町でブルーペルシャ2匹の赤ちゃん猫に一目惚れして衝動買い。しかし、共産圏から無事連れて帰れるのか不安。その時の気持ちがよくわかる文章。
「パスポート審査を終え、搭乗者用待合室のベンチに腰掛けてから初めてじっくりと手荷物ケージの中を覗いた。この瞬間をどれだけ心待ちにしていたことか。2匹を一緒に連れ帰ることが確実になるまで、一目惚れを本格的な愛に熟成させるわけにはいかなかった。一目惚れのあいだは、まだ愛の感情を制御することが可能だからだ」
しかし、家には既に猫が2匹いる。そして、この後悪い予感が的中する出来事が待っていた。
ペット本には、《猫は人に懐かず、家に懐く》と書かれているが、本当だろうか?
米原家に起こったことは、2匹の新参者が現れた途端、古参猫2匹は不貞腐れ、本当に家出してしまう。自分たちへの飼い主の愛情に疑問を持ったのだ。その後、紆余曲折があり、家に戻って来るのだが、今度は逆に新参猫に対して母性愛、父性愛に目覚めてしまう。2匹とも避妊手術と去勢手術をしているにもかかわらず。さらに、家の中で去勢されたオス猫は本来しないマーキングまでやり始める。先生曰く、「父性が目覚めたのです。自分が守ってあげなくてはならない家族が出来て、ここには強いオスがいるぞと周囲に誇示しなくてはならなくなったためです」
群れの動物には、上下関係やリーダーが必要。狭い活動空間でさえ、失われたオス性を振り絞って頑張っているのです。
その後も、嵐の夜、雷を怖がるゲンが居なくなり…
解説は、翻訳者仲間の田丸公美子。普段から仲のいい関係性から下ネタと毒舌と愛情深い内容は味わい深い。
ペット好きには、是非読んでほしい一冊です。巻頭の登場人物一覧(ペット含む)写真も嬉しい。