米原万里のレビュー一覧
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米原万里の書評集。週刊文春に連載していた「私の読書日記」と、各誌・紙に書いていた書評を集めたもの。文庫本には、井上ひさしと丸谷才一の解説がついている。
「打ちのめされるようなすごい本」という題名の書評集であるが、本書を読んだ人は、米原万里のすごさに打ちのめされる部分があるのではないか。その読書量、博覧強記さ、歯に衣着せぬ表現、書かれていることの鋭さと独特の感性。米原万里の本を読むのは5-6冊目だと思うが、あらためてすごい人だったのだと感じた。
週刊文春の「私の読書日記」の連載は、2006年5月18日号まで続いている。一方で、米原万里が癌で亡くなったのは、2006年5月25日。亡くなる直前まで連載を続けていたことが分かる。
「私の読書日記」の最後の方は、癌治療に関しての本の紹介と共に、ご自身の治療記録が書かれている。闘病記と呼んでも良いだろう。これだけの闘いに勝てずに亡くなってしまうことが分かりながら読む闘病記は切ないものがある。 -
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ロシア産以外のシャンパンは本場フランスのものでも「スパークリングワイン」と呼ぶというとんでもない法律がロシアでできた、それは原産地の名称保護の動きの一環でアルメニア産の酒に「コニャック」の名称を使わないとした影響かもという記事を読んで、アルメニアのコニャックの通訳譚を思い出して、本箱から掘り出して読み始めたら最後、もうとまらない。ゴルバチョフやエリツィン、ロストロポーヴィッチらの職業上の守秘義務に引っかからないギリギリのエピソードでもここまでおもしろいとなると、墓までもっていったであろうエピソードはどんなにすごかったのだろうと改めて思う。(2021.8.1)
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ロシア語同時通訳者として古今東西に通じる深い教養を持つ一方で、歯に衣着せぬ物言いから「舌禍美人」とも自称する才媛である著者。血液型で人の性格を類型化することを面白がる人に対して、「私は、人類をわずか四つに分類して考えるような馬鹿とは、絶対に友達になりません」とバッサリ切り捨てる。こういう性格、好きだなぁ。
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1984~85年にかけて、TBS取材班はソビエト連邦のヤクート自治共和国(現在はロシア連邦のサハ共和国)を訪れた。本書はこの取材班に同行したロシア語通訳・米原万里さんによる酷寒のシベリア紀行文である。
「世界一寒い国」と言われるヤクートに降り立った朝、外気温はマイナス39℃。鼻の中の水分がたちまち凍って痛みが走り、自分の吐く息が空気中で凍って眉毛やまつ毛に真っ白になって張りつく。
首都ヤクーツクではマイナス40℃以下になると人間や動物の吐く息や車の排ガス、家庭から出る湯気などが全て凍って街中が霧に覆われる。日照時間は一日4時間足らず。バスは停車するとエンジンが凍ってしまうため絶えず動いている。私たちには全てが新鮮に思われる世界が、豊富なカラー写真と共に紹介される。
民家は木造平屋で窓は三重、当然セントラルヒーティングで玄関が冷蔵庫を兼ねる。洗濯物は外に干し、凍った水分を叩き落として取り入れればいいという。風呂は村で共同、なんとトイレは家の外にある。地面に穴が掘ってあるだけだが、全て凍るので臭気はない。
ヤクートの人々はそれでも「モスクワやレニングラード(当時)のマイナス30℃より、ヤクーツクのマイナス55℃の方がしのぎやすい」と言う。日本でも雪国出身の人が東京に来ると寒がるのに似ている。
著者の米原万里さんは当時ロシア語同時通訳の第一人者と言われた才媛で多くのエッセイを残したが、本書はその処女作に当たる。子ども向けに書かれた本なので文章が平易で読みやすく、イラストや写真にはキャプションがついている。私たちが恐らく決して訪れることのないであろうこのシベリアの地を身近に感じさせ、軽やかに脳内トリップさせてくれる。
この取材に同行した椎名誠さんは、シベリア各地のトイレに便座がないことを不思議に思い、『ロシアにおけるニタリノフの便座について』(新潮文庫)を書いた。こちらも抱腹絶倒の面白さだが絶版になっているため、古本なら入手は可能である。 -
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この本は齋藤孝さんの『超速読術』という本を読んでいたら、速読な方の例として『打ちのめされるようなすごい本』を書かれた米原万里さんは1日に7~8冊読まれるそうです。と書いてあり、たまたま私はこの本を積んで手元に置いていたので、すぐに読みました。
でも、この本すごいです。この本にこそ打ちのめされます。
私がレビューなどするのは10年、いえ100年早いといわれそうな気がします。感想文だと思ってください。
米原さんはロシア語通訳者であり、作家です。惜しくも2006年に亡くなられています。
この本は二部構成で、第一部が私の読書日記(目次をよんでいるだけで楽しくなります)第二部が書評です。日記は2001年1月より2006年5月まで、書評は1995年~2005年までのもので、主に新聞連載されたものです。
国際情勢については、もう少しやさしい本から学びたいと思いました。米原さんの専門のロシアや、私にとって特になじみの薄い中東が気になりました。
主に政局は小泉政権で、アフガニスタン問題、北朝鮮の拉致問題が大きく取り上げられていたころの記録なので、現在の情勢とは異なる点が残念ですが(私がもっと早く本書を読めばよかったのですが)私はその時代のことも無知なので、書評と日記を読んでいるだけで勉強になりました。
もちろん日本や海外の小説もたくさん載っています。やはりロシア中心ですが。
そして、書評というものは、こんな風に書くものなのかとも何度も思わされました。自分とはあまりにもレベル違いで参考にすらできないと思いました。
米原さんの作家としての作品やこの本で紹介されている本は是非、興味のあるものから読んでみたいと思いました。早逝されたのが惜しまれます。まだお元気でしたら、今の時代のどんな本を選んでくださっていたでしょうか。
日記の後半部分は、癌治療の闘病記録でもあり、その簡単でない苦しみが伝わってきました。 -
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一体どこが違うのかね? ここで幼稚な感想文を書いてる自分と米原さんは。小学生と大学教授位の差があるから我ながら参ってしまう。
本文にもあったが、書評と言うのは基本的に良いことしか書かれない。モノや人を評する時、貶す場合は舌鋒鋭くて大して中身がなくてもそれなりに迫力ある批評が書けるが、誉めるのはなかなか難しいものである。それにも関わらずこんなに多彩な表現で正確にその価値を伝えられる書評がこれでもかと言うほど読めるなんて幸せだ。まさに書評の活きた教科書。やっぱり圧倒的な読書量の差から来るのかな。
惜しむらくは米原さんの亡くなる前年の2005年で終わっていること。もっと読みたかったよ。残念だ。 -
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良い本は、否、良心的な本は索引がついている。
浅い経験から、僭越ながら申し上げると、本を手にする度にそう思います。
索引のある本がどれほど便利で助かるかー
学校の教科書には必ず索引がついている、筈だ?
デジタル化された現代、原稿はデジタルでスキャン出来るはずです。
小難しい学術本や評論集などはぜひそうあるべきだと
ついつい、ないものねだりをしてしまいます。
いや、小説といえども、人名の索引は簡単に出来るはずだとも思っています。
特に、登場人物が多い作品にはぜひそうして欲しい。
今、読んでいる米原万里「打ちのめされようなすごい本」(文春文庫)
という文庫本には、何と索引が2種類ある。
書名と著者名の二つがついている、何とゼイタクな。
この本の中で、一番引用されている著者はあの丸谷才一である。
この本の解説を書いている丸谷才一は
米原万里との親交があったかどうか不明である。
あとがきで、丸谷才一は、彼女が無類の本好きだった点をまず挙げ、
更に彼女のスターリン批判は半端ではないと述べた後、
スターリンが大変な読書家だったという点において、
しぶしぶ好意をよせる米原万里の心情を讃えている。
『いい人ですね。かういふ人のいい感じもわたしは好きだ』
索引が2つも付いているというのは、
読書人として米原万里の一つの矜持かも知れません。
スターリンは1日、500ページ読破したそうです。
また、彼女は1日平均7冊も読みあげたそうです。