佐藤賢一のレビュー一覧
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ネタバレ本書は、2部構成となっています。第1部はアル・カポネの立志から栄華をカポネの視点で描く。取るに足らない(しかし才はある)貧民街のイタリア系移民が、如何にして、不俱戴天の仇であるアイルランド系移民と闘争し、裏社会に身を投じそして頂点を極めるに至ったか。そして、多くの映画、劇、活字のイメージと異なるありのまま"人間"としての彼が、人々に好まれ羨望の眼差しを向けられるように至ったかが綴られています。
"イタリア人の誼でな" (引用:『カポネ 上』角川文庫、p.149)
"なあ、マーク、この俺も言わせてもらうぜ。「俺のために、いつか力になってくれとな」おまえの父ちゃんが力になってくれたように、おまえも俺を助けてくれとな" (引用:『カポネ 上』角川文庫、p.152)
極悪非道なイメージの帝王は、その実家族や仲間、地域市民の味方だった。敵対するオドンネル・ファミリーが、アル・カポネ属するトリオ・ファミリー傘下のソーダ・パーラー(禁酒法制下であるためソーダと冠しているが、酒を扱うバーである)を蜂の巣にしました。上記は様子を見に来たアル・カポネがその惨状を見、怪我をした店主の息子であるマークとの会話での台詞です。店の修理や治療費をアル・カポネが全額支払うと約束し、マークはさすがに申し訳ないからと断るのですが、アル・カポネは、イタリア移民は助け合うべきだという信念から、半ば強引に彼を説得するというシーン。アル・カポネの大人物ぶりがよくわかる印象的なシーンだなあと思います。
※このマークという人物、その後あるキーポイントで現れるが、ここでは割愛。
第2部はアル・カポネの向こうを張った、禁酒法取り締まり連邦捜査官であるエリオット・ネスの視点で彼の生涯を描いています。世人の言う何物にも屈しない"アンタッチャブル"の像から程遠い傲岸不遜なエリオット・ネスというもう一人の"人間"が、帝王を誰より憎み、また崇拝する複雑な心境の中で、彼と如何にして対峙するのでしょうか。
エリオット・ネスという人物、これがまた曲者で、幼い頃から一貫してわがまま放題。自分を中心に世界が回っているかのような傍若無人っぷりです。有名になりたい、自分は尊敬されるべきだ、、、etc。有能ではあるようなのですが、その性格が災いすることが多い。物語終盤で彼が立ち寄るバーのバーテンダーの台詞ですが、彼は、"せっかくの幸運を自分で捨てているところがあり"(引用:『カポネ 下』角川文庫、p.253)ます。また、次の台詞もちゃんと聞いていれば、もう少しマシになっていたのではないかと思うほど。
"どんな仕事も楽しいばかりじゃありませんからね。つらいことも我慢して、それでも真面目に働いてこそ、ようやく認めてもらえるんです"(引用:『カポネ 下』角川文庫、p.254)
【総評】
まさか佐藤賢一作品で思わず涙が零れるなんてことは想定していませんでした。これは決して彼の作品がつまらない、という意味ではありません。私は、『ジャガーになった男』『傭兵ピエール』『カエサルを撃て』のような、血沸き肉躍る英雄譚が佐藤賢一の唯一無二の得意技だと考えていました。しかし、この傑作をエピローグまで読むに至り、"人間の泥臭さをテーマにした歴史小説"であるという点は一貫しているものの、それ以上に人間の繊細な心情を表現していると思います。その対象が理解しがたい悪人や変人であっても。 -
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フランク王国が三分割された後のメロヴィング朝、カロリング朝の西フランク王国の宮宰だったロベール家から987年に誕生したカペー朝。ただ成り立ちはカロリング朝の後継が途絶えたからで、実力でなったわけではなく、そもそもカペーという言葉自体意味は合羽。初代国王ユーグ・カペーはカッパのユーグ。であり、若年で王位に就いた。王家は弱く、自分の代に息子を共同統治者として引き上げることを続けてなんとか王朝の継続性を保った。そもそもカペー朝時代は、アンジュー公、アキテーヌ公、ブルターニュ公、ノルマンディー公が同じくらいの領地を持っており、海の向こうにはノルマンディー公が征服することになるイングランドが有り、東は神聖ローマ帝国もあり、ただの弱小国家であった。ただ断絶することなく地道に征服婚姻を通じて領地を拡大していったが、最後は短い治世が連続し、係累のヴァロワ朝に移行することになる。
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ヴァロワ朝のフィリップ6世からの歴史。ブルボン朝に比べると資料が制限されるのか、歴史の教科書的記述が多く、話を膨らます脱線は少ない。この時代は、イングランド、神聖ローマ帝国、スペインといった強力な王に囲まれそのプレッシャーを受けつつ、ブールゴーニュ、ミラノ、フランドルといった各公国を取り込んでいってフランスの版図を拡大していった歴史だが、それは戦争、謀略の繰り返しで、一歩進んでは2歩下がる、その中には百年戦争も含まれ他、中世的な歴史がある。この中で、三部会を数多く開いて徴税範囲を拡大し、常備軍を作り、国力を拡大させることに成功するが、ドイツから来た宗教改革の影響が政治的争いを拡大し、国王の無能さもあって(?)、国内は混乱に陥り、アンリ4世の台頭につながる。
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フランス王朝三部作待望の完結編。
ブルボン朝開祖のアンリ4世に紙面の実に三分の一が割かれている。
アンリ・ドゥ・ブルボン、あるいはナバラ王アンリーのちのアンリ4世の王位継承権の根拠は、13世紀のルイ9世まで遡る。ヴァロワ家がフランス王家から分かれる以前にすでに分かれていた分家だ。しかし他の分家が途絶えていたために、れっきとした次代の王位継承者だった。
問題なのは、アンリが新教で育てられたこと。ときは宗教改革時代。新教ユグノーのアンリが王位を継ぐことをよしとない旧教一派は、由緒ある王家の法を捻じ曲げてでもナバラ王アンリの王位継承権を否定する。
アンリは、信条としてはずっと新教だったのだろうが、情勢に従って何度も新教と旧教の改宗を繰り返す。宗教より国家の安寧を優先するアンリは、最後は旧教に改宗しながら、1598年、ナントの勅令で新教徒の信仰の自由を認めた。
老練なカトリーヌ・ドゥ・メディシスとも対等に渡り合ったたくましいガスコン男のアンリは、国王となった後も精力的に活動し、ついには宗教戦争を終わらせ、国内を平定した。『大アンリ』と称される所以である。
【三アンリの戦い】
・フランス国王アンリ3世(旧)
・ギーズ公アンリ(旧)
・ナバラ王アンリ(新)
国王一派とギーズ公アンリ一派は同じ旧教だが一枚岩ではなかった。王家は新教への歩み寄りも見せていたし、むしろ王家の法をないがしろにする旧教一派を苦々しく思っていた。そしてギーズ公アンリを暗殺する。
ところが翌年にはアンリ3世も暗殺されてしまう。こうして1589年、ナバラ王アンリはアンリ4世となる。
ただし1610年、アンリ4世もラヴァイヤックという男によって暗殺される。数奇なことに、三アンリはみな暗殺によってこの世を去った。
アンリの初めの妻は『王妃マルゴ』で有名なマルグリット・ドゥ・ヴァロワ。しかし世継が生まれなかったため離縁し、次に迎えた王妃がマリー・ドゥ・メディシス。二人の間にはのちのルイ13世など多くの子が生まれた。 -
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本や映画、果てはゲームに至るまで、折にふれ登場するテンプル騎士団。名前は知れど、よく知らない。で、勉強したくなりました。
わかったのは、騎士にして修道士という二面性にとどまらず、軍隊、警察、地主、農家、商人、運送業者、旅行業者、そして金融業者と東西を股にかけ、Googleも真っ青な超国家的組織だったということ。
まさに空前絶後の存在が、ああもあっさり滅びてしまい、後の世では秘密結社だとか斜めに上の角度から語られるようになるのは歴史の無常を感じる。肥大しすぎて組織としての在り方に問題があったのか、本書からはそこまでは分からなかった。カタカナが多くて読みにくいのはお覚悟を。勉強になりました。