安部龍太郎のレビュー一覧
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話題になり、人からもおすすめされたので手に取りました。
本能寺の変の謎を解く、といった作品は、おそらくこれまで多数あったと思いますが、国内の政治状況に加え、大航海時代という世界の歴史の中でとらえたこの作品は、かなり興味をそそる一冊となりました。
その観点からとらえ、その後の秀吉の天下統一、朝鮮出兵、関ケ原の戦い、大坂の陣まで長期を対象としているため、従来の歴史で習ったことの裏付けのなるかもしれない、という視点で読むとかなり面白い。
歴史は、その時代にとって不都合な部分は見えないようにするということがあるものですが、著者が指摘した、江戸史観4つの誤り(鎖国史観、身分差別史観、農本主義史観、儒教史観)があることを踏まえて、この当時の歴史を見ると、違う発見があるかもしれない。そんな歴史の面白さ、わくわく感を思い起こさせてくれる内容でした。
<目次>
第1章 消えた信長の骨(秀吉は信長を見殺しにしたのか
富士山麓に埋められた信長の首 ほか)
第2章 信長の真の敵は誰か?(正親町天皇の勅命が、織田信長を滅亡の危機から救った
織田信長の覇業を陰から支えた元関白 ほか)
第3章 大航海時代から本能寺の変を考える(隠された信長
キリスト教禁教、イエズス会との断交)
第4章 戦国大名とキリシタン(黒田官兵衛の実力とは
加藤清正の経済力 ほか)
おわりに 「リスボンへの旅」 -
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時代は昭和初期と明治維新の時を行き来する珍しいタイプの歴史小説。
アメリカのイエール大学で日本史を教える60歳の准教授が戦争に突き進む日本に警鐘を鳴らしていたが、効はならず歯がゆい想いをしていた。
そんなときになぜ、日本はこのように心なく無茶を押し付けるような国になったのだろうと思案した時に明治維新そのものに原型があったのではないかと思うようになる。
それをテーマにした書籍を書こうとするが、内容は学術書でなくて、小説とした。そしてテーマは青年期に対立した父の若き日々について。
彼の父は二本松藩の若き侍であり、江戸幕府側として戊辰戦争に参加していた。
その若き父が見たのは、薩長が旗を振る新政府軍の横暴で、勝てば官軍を地でいくような人道を無視したやり方であった。
絶望的な戦いに身を置くことになったが、最後、人としての義を貫かんとした藩の侍達の最後と、昭和初期の政治的暴走を相互に描いている。
今まで、勝った側の視点しかしらなかったが、世の中には勝った側がひた隠したい、不都合な事柄というのはあるのかもしれないと思った。
更にもしかすると、それが現在の問題の原型になっているかも。。
なにかを考えるときに、片方だけの視点に終始する危険性を感じた。 -
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安土桃山時代の名絵師・等伯の若き日から、織田信長の権力側から追われる身となった苦難の日々を経て、関白・近衛前久、狩野派の3代目直信(松栄)や京都奉行・前田玄以たちとの関係を経て、有名絵師として地歩を確立していくまで。妻・静子の献身的な支えが感動的だった。日蓮宗の僧侶・日堯上人の尊像を描くに当たり悟りがどこまで進んでいるかを絵が余すところなく表現している!そして若い僧侶・日槇の肖像画を描くに際しては一途さ、将来の大輪の花を予感させる作品へ向けた努力を惜しまない。等伯の絵のその凄みは実際にあった話だと納得できた。等伯という人の求道者ぶりがよく分かった。下巻へ向け、狩野派4代目州信(永徳)が敵役として登場する予感が期待を膨らませてくれる。
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太平洋戦争前夜のアメリカ・イエール大学で教鞭をとる朝河貫一が、戊辰戦争を戦った二本松藩藩士の父の書き残した手記をもとに、明治維新の意味を問い直すため「維新の肖像」という小説を書くという二重構造となっている。
アメリカで反日の人々から迫害を受けながら、貫一は軍国主義に傾倒する日本を憂える。そして父の手記から、破滅への道へと邁進する日本の病根は明治維新にあると考えるに至る。
明治維新を否定的にとらえ、戊辰戦争で行った薩長の卑怯なやり方が関東軍で踏襲され、満州事変を起こしたと、貫一は考える。
書中の登場人物に、孝明天皇の崩御は長州による毒殺だとも、語らせる。
さらに、薩長同盟の立役者は坂本龍馬との説が一般的だが、これも龍馬がグラバー商会に頼まれ、イギリスの指示を伝えただけだとか。
日本が明治維新で失ったものは、と問われた書中の人物は「やさしさ、人を思いやるやさしさではないでしょうか」と、答える。
戊辰戦争は、日本の古き良き伝統と精神を守ろうとした戦いでもあったのだろうか。
「歴史の地下には、これまで生きてきた人々の声なき声が埋まっている。それを汲みあげることこそ、歴史を語るということなのだ」。
この小説を著す著者の意図でもあるだろう。 -
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『葉隠』(はがくれ)は、江戸時代中期(1716年ごろ)に書かれた書物。肥前国佐賀鍋島藩士・山本常朝が武士としての心得を口述し、それを同藩士田代陣基(つらもと)が筆録しまとめた。全11巻。葉可久礼とも。『葉隠聞書』ともいう。以上、ウィキペディアから。
取り敢えず読んでみようと考えたが、どの本も難しそうだったので、入門としてこの漫画をチョイス。その上巻。
感想。
・一気読みできました。300ページの漫画上下巻で、言わんとすることがなんとなくわかった。
備忘録。
・「武士道とは死ぬことと見つけたり」の名言だけでは少し言葉足らずで、単に死ぬことが殿への忠義になるわけでは無い、との本著の見解。
・侍が命を捨てるのは他を生かすため。わが身に変えても目的の為に、他のために、物事に取り組むということでしょうか。「死んで責任を取る」ということではなく。 -
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黒田如水の密書をめぐり、本多正純が各大名へ訊問する形で話が進んでゆく。
しかし、関ヶ原の前あるいは後と場面が錯綜し、読者もまま惑わされてしまう。
関ヶ原は、家康と三成との戦いというのが歴史の定説であるが、著者はその裏に如水と家康との権謀と策謀の戦いがあったとみる。
これがフィクションなのか、はたまた小説家の想像力によって描き出された歴史の裏面史なのか。
確かに、関ヶ原の戦いの最中、如水は九州の各地を次々と制圧していった。これは史実であるが、その裏にこれ程の策謀があったのだろうか。
如水の密書にいう「三方」とは、誰と誰のことだろうか。後半明かされるその人物の名前には、読者は皆”エッ”との声を上げてしまうかも。
歴史ミステリーファンにとっては、たまらない瞬間といってもいいか。
さらに、秀忠が関ヶ原に遅参したのは信州真田の抵抗によるものではなく、家康からの指示でその場にとどまり、ある勢力の進発に備えたためだとか。
歴史には何が隠されているかわからない、面白いな~。
家康と如水との虚々実々の戦い、「家康は風、如水は水」この例えもなんとなく納得できるなあ。 -
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5名の小説家による歴史座談会。山本兼一さんが亡くなられたので、途中から4名になっています。信長・秀吉・家康・幕末がテーマの4回。
やはり、同じ歴史上の出来事でも、それぞれが着目する点って違うんだな、と当たり前なんだけど新鮮に感じました。それだからこそ、数々の歴史小説を読む意味もあるというものです。まだまだ読書量も勉強も足りません。
司馬遼太郎の影響について言及されているのも興味深い。ざっくりいうと、司馬遼太郎を超えて行け、ということですな。あの竜馬を超えるのは大変でしょうねぇ。
三国志演義と三国史は別物。それに気づいたのっていつだろう?史書でなく小説・マンガから触れることが多いのが歴史だと思います。最初にインプットされた情報がフィクションだと理解するのは大変だもの。その情報のインパクトが大きければ大きい程ね。
「合戦の日本史」というタイトルですが、それほど合戦メインで話はされていないように思いました。
自分が興味持ったのが、世界情勢の中の当時の日本の立ち位置だったからかな。立場が変われば、小説上の善悪が入れ替わる。なので、いろんな小説を読もうと思っているのですが、それこそ当時の日本と諸外国の立場で考えると、面白くなるなと。
合戦メインじゃなくて、合戦単独で話はされていないですね。
ちゃんと東西の歴史を連動させないといけませんね。 -
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ネタバレ常に己の信念に忠実に生きてきた長谷川信春(後の等伯)。
十一歳で武家から染物屋に養子に出されて以降、戦国の激流に翻弄され続けて不遇な時を過ごすも、その都度自身の絵に境地を救われる。
このままでは終わりたくない。
いつかあの狩野永徳を越える絵師になる!と常に永徳を意識しながら。
山本兼一氏の『花鳥の夢』を読んでから俄然興味が湧いた今作品。
等伯がこんなにも追い詰められながら絵を描き続けてきたことに驚いた。
次々に不遇に見舞われても切り抜ける根性。
故に気迫と気高さが込められた等伯の絵。
特に長年等伯を支えてきた妻のために描いた故郷の山水図はどんなにか素晴らしいことだろう。
そしていよいよライバル永徳との対決が楽しみな下巻へ! -
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以前買った雑誌サライに「半島に行く」の連載を見付けた。二度行ったことのある丹後半島だったので、興味を持った。
さて、その連載が一冊の本となって上梓されたのを新聞広告で知り、購入、
気楽な歴史紀行と思ってたら、どうしてどうして、面白くて、久しぶりにページを捲る手が止まらない読書となった。
歴史作家と歴史学者と画家の三人が、司馬遼太郎氏の「街道を行く」のようなことをと考え、街道が整備されたのは江戸時代、むしろ昔は海こそが遠方との交通手段で、半島はその結節点と見込んで始まる企画。
六つの半島に旅して、語られる事物の豊かなこと。
奥能登の大屋敷。若しやと思ったら、網野義彦氏「日本の歴史を読みなおす」で、百姓≠農業を着想し、その海を通じての交易の豊かさを語った場所だった。そして更なる能登の話題は長谷川等伯。
鞆の浦では、最後の足利将軍、義昭の話。信長に京都から追放されて、幕府は終わったと思っていたが、鞆の浦で毛利の庇護のもと将軍として振舞っていたという。大河ドラマや歴史の本でも大抵、傀儡のくせに信長に逆らって捨てられた気位ばかり強い無能のように描かれるが、藤田教授によれば、隠然たる力を持ち、本能寺の変は、義昭ー光秀ラインに長曾我部、毛利までが反信長で繋がった結果とのこと。光秀や長曾我部の文書の解説は歴史研究の面白さをたっぷり味わせてもらえた。
海や山の風景や料理や温泉など紀行文の味わいもたっぷり。僕もどこかに半島旅したいな~。
僕のサライで読んだ丹後半島の旅は収録されていない。まだまだ続くのだろう。司馬さんの本のような大作になるかな。 -
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ネタバレ詳しくはないけど、等伯の画、好み。
華々しい狩野派と同時代のお話。
義父母の死、能登七尾から京の都へと。
「あなたは信長に勝ちたいとは思いませんか」
〜人は理不尽な暴挙に屈することのない気高さを持っていると、自分の生きざまによって知らしめたいのです。〜[日堯の肖像画]
近衛前久との出会い
〜死と向き合う不安と恐怖、それに打ち克とうとする信念と覚悟。〜[教如の肖像画]
『心に分別して思い言い顕す言語なれば、心の外には分別も無分別もなし』
〜言葉というは心の思いを響かして声を顕すという。〜神通というものは、魂の一切の法に通じてさわりのないものじゃ。〜すべての心の動きは悟りに通じておる。〜
〜「力をも入れずし天地を動かす力が、和歌に、いえ、言葉にあるのでしょうか」「ある。心と天地はもともとひとつのものじゃ。心が正しく動けば天地も動く」[日禛の肖像画]
妻、静子の死。本能寺の変。
いよいよ絵師へ。
〜俺ら政にたずさわる者は、信念のために嘘をつく。〜絵師は求道者や。〜 -
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戦国時代の武将、藤堂高虎。
個人的には加藤清正が好きなのだけども、まぁとにもかくにも
藤堂高虎のことなんとなーくしか知らないし
まぁ読んでみようかな、と。
最初の方の小牧長久手の戦いらへんとか
というか、前半がとにかくダラダラしてて
これ進むのか?と思いきや半ばに差し掛かったくらいから読むスピードが急激に上がった。
藤堂高虎、とにかくコロコロ仕える武将を変えまくるので
あまり好きではなかったけど、あぁこうゆうことねー!みたいな。
羽柴長秀との主従関係がなんともグッとくる。
まぁ家康はやたらいい人だし、三成はやたら悪いやつでっていう流れ。
上巻の最後の方はほぼ徳川家康の関ヶ原の戦い前。
まぁそこはさて置き。
急激に面白くなったので下巻が楽しみ。 -
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後白河法皇になる以前の、丁度鳥羽法皇が崩御されて、後白河天皇~後白河上皇時代の保元の乱、平治の乱前後の物語。
昨今平清盛の評価が昔の悪役のイメージから変わっていく中で、清盛と関係の深かった後白河天皇に興味があったので、この本を読み始めましたが、結構面白いので一気に読めました。
後白河天皇は歴代天皇の中では、権謀術策に長けた悪役のイメージが強いが、恐らく鎌倉幕府側から見たイメージだろうと思う。直木賞作家の安倍龍太郎によって、新しい後白河天皇(上皇)が誕生した。
この本を読んで、藤原不比等が祭政を分離、つまり神事は天皇家、政は藤原家が司る仕来りを作ったのを知った。
そのような時代の流れから、悪役の信西法師が現れ、また後白河天皇が、その枠組みを壊してゆくプロセスの中で、源義朝や平清盛の武士団が勢力を増していく様がよく分かる。また傍流ではあるが崇徳天皇(上皇)の悲劇や西行法師などが彩を添えて、新しい歴史の見方なり相関関係が明瞭になってゆく楽しみに満たされる。
ただ登場人物が多いので、大まかな時代の流れを頭に入れておかないと混乱するので、その点が要注意。